<僕の夏休み> 三女:陽子 その4

 

 

「……」

僕は、その後の半日を、ソフトボール部の女に子達の応対に使った客間から動かずに過ごした。

ぼおーっと、中庭のほうを、眺める。

時々、隅っこに見える「外の物置」が目に入り、僕の心臓はちくりと痛んだ。

あの中には、陽子のソフトボールの道具とユニフォームがしまわれている。

僕と子作りをし、僕と結婚したら、おそらくはもう一生着ることのない、

「高校時代の部活のユニフォーム」が。

(……陽子……)

春休みに会ったとき、陽子は、高校でソフトボール部に入る、ということを大はしゃぎで僕に報告してきた。

もともと野球やソフトボールのたぐいが大好きな陽子は、

通っていた中学では部活がなかった(なんでもちょっと前に不祥事を起こして廃部になってしまったらしい)ことを

随分残念がっていたから、高校で念願の部に入れることを、ものすごく喜んでいた。

ゴールデンウィークに会ったときも、わざわざ僕にユニフォーム姿を披露してくれたくらいだ。

そんな楽しみにしていた部活も、一年の三分の一も過ごさないうちに辞めなくてはならない。

いや、ソフトボールだけじゃない。

高校生活という、多くの人にとって当たり前の世界が、陽子から失われてしまう。

「本家」とその本拠地を守るべく、当主となる子を産む──志津留家を保存するための役目のために。

兄弟のように暮らした、従兄弟の僕と交わって……。

それは、十六歳の普通の女の子にとって、文字通り「世界」が変わることのはずだった。

 

息苦しくなって、僕は「外の物置」からむりやり視線を外した。

「……」

どこからかまぎれこんだのか、芋虫が一匹、縁側をもぞもぞと這っているのに気がついた。

芋虫は、身体を縮こめたり、伸ばしたりして、一生懸命に動いていた。

時々、何かを探すように首を振って、周囲をうかがい、また動き始める。

餌となる葉も、つかまる小枝もない、縁側。

小さな身体にとって何十キロメートルの道のりにも等しい、不毛の道を、黙々と進む。

その進む先には、目的の草木はない。

「……」

その無知と無力さ──それは、まるで僕そのものだった。

──そして、僕は、自分がなぜ陽子と交わることに、反射的な嫌悪感を抱いているのかを悟った。

 

……陽子は、僕の過去のすべてだった。

 

あらゆる思い出を、いっしょに、対等の立場で経験して育った、

互いが互いを分身と呼べるまでに密接な存在。

それは、今まで生きてきた僕の過去──未熟な、子供の自分を思い出させるものでもあった。

そうした弱い自分のすべて──自分の<幼虫時代>を見られてきた相手では、

いくら覚悟を決めても、重い責任を負った大人の関係になれないような気がしてならなかったのだ。

(夫として、妻の陽子を守る)

僕が、そんなことを言ったら、陽子は笑い出してしまうかもしれない。

まわりの皆も。

これが、未熟な自分を積み重ねることで築いた今の僕(それでもまだまだ未熟だけど)を

交わらせることが出来る「まったくの他人」ならば、僕はこうした恐れを抱かなかったのかもしれない。

陽子は、僕の弱さや未熟さを、僕と同じくらいに全部知っている女の子だった。

……そして、僕はそれを、どうしようもないくらいに恐れていたのだ。

 

心の中の闇を自覚した僕は、畳の上で、崩れるかと思うようだった。

お膳に手を着いて、ようやくか身体を支える。

「――あら、彰ちゃん、まだ支度していないの?」

美月ねえが、にこにこと笑いながら入ってきた。

「……支度?」

「今日はお祭りの日よ。神社のほうは準備ができているみたい」

「あ……」

今年はすっかり忘れていたが、今の時期、「下の神社」は夏祭りの盆踊りがあった。

キャプテンも帰りがけにそんなことを言ってたっけ。

今日のお祭りで待っているって言っていたな。

(――今日の夜のお祭り、みんなで下の神社の境内で待ってる)って……。

「キャプテンさんのことばも、ちゃんと伝えといたわ。

そしたらね、あの子、浴衣着て、「神社に行く」ってさっき出て行ったわよ……」

そうか、陽子は、部活の友達と話さなきゃならないことがあるんだろうな……。

「……」

「――迷ってるの、彰ちゃん?」

不意に、美月ねえが、僕の顔を覗き込みながら質問した。

「――う……ん」

僕は、頭を振って、そしてうなずいた。

「……僕は、陽子と本当に「お定め」をしていいのか、わからないんだ……」

「あらあら……」

美月ねえはくすりと笑った。

「――笑い事じゃないよ、美月ねえ!」

僕は、美月ねえをにらみつけた。こんなことは、はじめてだった。

「ごめんなさい。――でも、なんだか彰ちゃんと陽子らしいな、と思って」

美月ねえは、和服のたもとで口元を覆いながらくすくすと笑い続けた。

「彰ちゃんも陽子も、ほんと、子供の頃から全然変わらないのね」

「……そんなこと──」

僕は、ここ数年、陽子との間に横たわっているもどかしさを思い出して反論しようとした。

僕らは変わっていないどころか、変わりすぎていて、そしてそれに戸惑っているのだ。

でも、それを口にする前に、美月ねえが口を開いた。

「赤ちゃんの時も、幼稚園の時も、小学生の時も、中学生の時も、今、この時も──。

そして、きっと二十歳の時も、五十歳の時も、百歳の時も──。

彰ちゃんと陽子は、お互いを求めてやまないんだろうなあ。……うらやましい話ね」

「……!!」

美月ねえのことばは、けっして僕の質問に答えるものではなかった。

どちらかと言うと、まるで脈絡のない、といってもいいことばだった。

でも僕は──それを理解した。

心の中の、絶対に解けそうにないと思っていた複雑なジグソーパズルが、突然すべて完成してしまったように。

 

ああ、僕は──陽子といっしょに居たいんだ。

ずっとずっと、いっしょに。

生まれたときから、死ぬときまで。

 

中学生、高校生になって、感じていたもどかしさ──。

僕は、それを、性差のせいで、以前のように「兄弟」のように密接に遊べなくなったもどかしさだと思っていた。

でも、違うんだ。

それは、そのせいで、陽子といっしょに居られることが少なくなってしまったことへのもどかしさだったんだ。

──六歳の僕が、六歳の陽子と、「一番いっしょにいられる」ためには、兄弟のように暮らせばいい。

──では、十六歳の僕が、十六歳の陽子と、「一番いっしょにいられる」ためには……?

──大人の男となる僕と、大人の女になる陽子が、これから「ずっとずっといっしょにいられる」ためには……?

 

「うふふ、相変わらず、彰ちゃんってば最初は鈍いのね。でも、最後にはちゃんと全部が分かる。

そして陽子は先走りすぎて、一番の大切なこと以外はよくわからないままに走り出しちゃう。

だから彰ちゃんは、いつも走り出した陽子を見て、考えて、答えが分かったらおっかけて、捕まえて、

――行くべき道を二人でいっしょに行くの」

「……」

それは、今までの僕と陽子そのものだった。

そして、これからも──。

僕は、ふいにこれから僕のやるべきことをはっきり悟った。

 

「……あらあら、こんなところに迷子さん──」

美月ねえが、縁側に視線を向けながら言った。

さっきまで僕が見ていた芋虫だ。先ほどよりだいぶ前に進んでいる。

美月ねえは、正座からちょっと膝立ちになってするすると近づくと、白い手を芋虫の上に重ねた。

優しくくぼませた手のひらの中に芋虫を収める。

「うふふ、頑張り屋さんにちょっとお手伝いしちゃおうかしら。

星華や、まだ力が眠っている彰ちゃんほど志津留の血は強くないけれど、

私にも、これくらいはできるのよ……」

美月ねえがそっと手を戻したとき、そこには緑色の芋虫の姿はなく、こげ茶色のサナギが居た。

「あ……」

そのサナギの背中が割れ、中から成体が身を引き出してくる。

美月ねえの手のひらから与えられた朧な光に包まれたそいつ──美しい揚羽蝶は、

普通よりもずっと早い速度で羽根を伸ばして乾かすと、夕暮れの空に飛び立った。

「……すごい……」

「うふふ、これも志津留の力のひとつ──でも、今のは全然すごくないわよ。

私は、あの迷子さんに探していた小枝のかわりをあげて、ちょっと羽根が乾くのを進めただけ。

芋虫さんからアゲハさんに変わるための、ものすごい力と、それを蓄えるための時間は、

全部、あの迷子さんが自分の中に持っていた物ですもの」

「美月ねえ……」

「――さあ、彰ちゃん。きっとどこかに、あなたが見つけるべき迷子さんがいるわよ。

彰ちゃんの手で──蝶々さんにしておあげなさい」

「――!!」

美月ねえのことばが終わるか終わらないかの内に、僕は部屋を飛び出していった。

陽子を、僕のものにするために。

僕を、陽子のものにするために。

 

お屋敷を出て、走る。

道は二つに分かれている。

ひとつはバス停に続いて、街――「下の神社」があるほうへ。

そしてもうひとつは、山頂のほう──七合目にある「上の神社」へ。

正反対に伸びる道を、しかし僕は迷うことなくひとつを選んでいた。

山道を駆け上る。

(神社に行く──)

陽子は、美月ねえにそう言った。

キャプテンの伝言を聞かせたといった美月ねえのことばを聞いたとき、

僕は、陽子が、「下の神社」のお祭りに行ったと思った。

「下の神社」で、ソフトボール部の友達と話し合うつもりだ、と思った。

でも、それは違う。

陽子は──自分がこれからどうするのか、とっくの昔に決めていたんだ。

だから、陽子の行った神社と言うのは──。

 

「……陽子……」

僕は、お社の電灯の下にたたずむ影に声をかけた。

「彰……」

赤と青と朝顔の柄をあしらった白い浴衣姿の陽子は、

びっくりするほど綺麗で、大人びていて、女らしくって──でも、陽子だった。

僕と、ずっとずっといっしょに居た子。

僕が、ずっとずっといっしょに居たい子。

僕は、駆け寄って、陽子を抱きしめた。

抱きしめて、キスをした。

男と女として初めての抱擁と口付けは、それまでの長い葛藤がウソのように、自然に、本当に自然にできた。

まるで最初からそうなることが定まっていたように。

いや。

本当に定まっていたのかもしれない。

陽子と僕がつがいになること──それが今の代の志津留にとっての「お定め」だから。

 

「やっぱり、来てくれたね……」

長い長いファーストキスが終わり唇を離すと、陽子は微笑んだ。

「うん……」

「いつも、そうだった。あたしがわけも分からず駆け出すと、彰が追いついてくれた。

走り出したあたしは、自分が何をしているかわからないけど、追いついた彰がちゃんと教えてくれた。

いつも、いつも──今回だって……」

「僕は、いつも陽子を追いかけてた。陽子を捕まえようとしてた。

僕は臆病で、駆け出す勇気はなかったけど、陽子が駆け出した理由を一生懸命考えてた。

──陽子を追いかけて、捕まえたかったから……」

「そして、いつもあたしは彰のものになる。今も──これからも」

陽子はにっこり笑って、今度は自分から唇を重ねた。

遠くから、祭囃子が聞こえてくる。

「下の神社」のお祭りの声だ。

「……あそこで、部活のみんなが待っているって言ってたよ……」

僕は、林の切れ目から見える、明るい光を見下ろしながら呟いた。

「ふふっ、待ちぼうけさせちゃって悪いな……」

陽子はくすりと笑った。

僕の胸に頬を寄せた陽子が、同じようにその光を見つめた。

「ごめんね、キャプテン、みんな。――部活も、高校も、みんなみんな大好きだったけど、

世界でひとつ、何かを選ばなきゃならないなら、あたしが選ぶものはいつも決まっているの」

「僕も、そうだよ。……世界で一番大切なものはいつも変わらなかった」

いつだって僕が欲しいものは決まっていた。

志津留家とか、「お定め」とか、運命だとか、人生だとか、

それら全ては、一つの目的のためのものでしかなかった。

──陽子といっしょに居るための手段。

もし、陽子と離れ離れにならなければならないのならば、

僕は志津留家だろうが何だろうか、全てを敵に回したってそれを阻止しようとするだろう。

僕にとっては、世界そのものの価値さえ、「一人の女の子といっしょにいるための器」にすぎなかった。

だから、志津留家の「お定め」が、僕と陽子が一生いっしょに居るために必要なものならば、

陽子と僕は、喜んでそれを受け入れるのだ。

 

僕たちは手と手を取り合い、ゆっくりと社へと入った。

 

「えへへ、変わってないね。ここも」

お社の中は、たしかに記憶の中のままだった。

月光が差し込む古い建物の中は、手入れもよく行き届いている。

お屋敷のお手伝いさんたちが定期的にお掃除をしてくれているおかげだけど、それだけではない。

このお社のもう一つの貌は、お屋敷の人たちの逢引場所。

誰もが一度はお世話になったことがあると言われる場所を、綺麗にしておかない人はいない。

物入れを開けると、真新しい布団とまだビニールに包装されたままのシーツが納まっていた。

その上に、ティッシュの箱が鎮座している。

用意のいいことに、蚊取り線香の缶が二つとライターまで揃えてあった。

「うわあ。お布団、誰かが代えたばっかりだね……」

「なんだか、気恥ずかしいな。これを置いた誰かに「しっかりやりなよ」って言われているようで」

「あはは。きっとその誰かさんに祝福してもらってるんだよ」

陽子が頬を染めながら、僕のことばをポジティブに言い直した

まったく、こいつにはかなわない。

缶のふたを開けて、これも新しい蚊取り線香に火をつける。

なつかしい煙と匂いが、お社の中を満たしていく。

「――あ、これはいらないよね、……私たちには」

物入れの中には、もう一つ、置いてあるものがあった。

<明るい家族計画>――それも、僕が駅で買ってきたものと同じもの。

昨日のこだわりやいさかいの原因は、しかし、今日は僕らにとって、もうなんでもないものだった。

「うん。――陽子に、僕の子供、産んでほしいもん。これはいらない」

「あたしも、彰の子供、産みたい……。じゃ、これは次の人に使ってもらおうね」

陽子は、僕のことばに真っ赤になりながら、コンドームの箱を物入れの隅っこに置き直した。

 

「ん……うむぅ……」

物入れから取り出した布団を敷き、シーツをかぶせるのももどかしく、僕らはもう一度唇を重ねる。

陽子の桜色の唇はどこまでも甘く、柔らかかった。

口を開けて舌を出そうとすると、陽子のほうも口を大きく開けて待っていた。

お互いに相手が何をしたいのかが、わかる。

僕は陽子の、陽子は僕の舌を求め合った。

 

唾液にまみれた桃色の肉塊は、それ自体が生命と意思を持っているように絡み合う。

もし、陽子と僕の舌が根元から切り落とされたら、

──きっとこいつらは、新しい生き物として生きていくだろう。

生れ落ちてすぐにつがいとなる相手は見つかるから、どんどん増えるに違いない。

僕と陽子と、これから生まれる僕らの間の子のように。

ぼんやりとする頭でそんなことを考えたのは、二人の舌が、何百枚もあるように

お互いの口腔内をなぶりあっていたからかもしれない。

「ふうぅ……ん」

長い長いディープキスを交わしてから唇を離すと、陽子が、甘いため息をつく。

名残惜しそうに僕の唇を見つめる、その蕩けたような表情は、はじめて見るものだ。

だけどそれは、僕がずっとずっと前から知っている陽子だった。

陽子が、僕を何もかも全部知っているように、

僕も、陽子の何もかも全部知っていた。

今まで見たことはない、キスに火照った陽子は、そうした陽子の一部だ。

首筋に唇を這わせた僕を、戸惑いながら受け入れる陽子も。

胸乳に伸ばした僕の手を、上から自分の手を重ねていっしょに揉みしだく陽子も。

月光の下、布団の上。

浴衣をはだけて横たわる白い裸身──それは、僕が無意識のうちでずっと求めていた陽子だった。

 

陽子の乳房を掴む。

「……」

「どうしたの、彰?」

「お、大きいなって思って……」

「ば、馬鹿……」

陽子の頬に、朱がさす。

僕は、それをとっても可愛いと思った。

「……おっぱいは大きいほうが、いいんでしょ……?」

上目遣いに、僕を見る陽子も、とても可愛い。

「うん!」

「あははっ、やっぱり。……これでも、胸にはけっこう自信があるんだ。

中学の頃から腕立てとか、いろいろやってきたし。――彰、おっぱい大きい子が好きだから」

くすくすと笑う陽子も、もちろん可愛い。

 

「えええ……、ばれてたの……?」

「わからないわけないでしょ。彰って、ちっちゃな頃から

美月ねえとか、千穂さんとかおっぱい大きな女の人が大好きだったもん」

「……」

やっぱり、こいつは、僕のことを裏の裏まで全部知っている。

「――だから、あたしも、そういう女の子になろうと思ったんだ」

そして、それを空気でも吸うかのように受け入れる。

僕のほうも、もちろんそのつもりだけど、

こういうことについては、陽子は、いつも僕の一歩先にいる。

僕は、お釈迦様の手のひらの上の孫悟空のような気分になった。

あったかい手のひらの上。

僕は一生その上から逃れられない──もちろん、逃れるつもりもない。

僕は、陽子の胸を揉み始めた。

なめらかな肌の下にたっぷりとつまった瑞々しい肉が、弾力感をもって僕の指に応える。

浴衣の胸元を広げる。

小さなフリルがつつましやかな、純白の下着。

「あ、あはは。いつもはスポーツブラとかなんだけど、今日は──」

「……」

「お、おかしい? に、似合わないかな……」

「……最高にかわいい!」

「!!」

多分、これが、陽子がひそかに一番のお気に入りにしているのものだと、僕は分かっていた。

おとなしめの、でも、いかにも女の子っぽいこれを、今日という日に着けてきた

──これが、陽子の「勝負下着」だった。

きっとあれこれ迷いながら、陽子はこの下着を手に取ったのだろう。

僕はその布きれさえも愛おしく感じて、ブラジャーをしたままの陽子の胸に顔をうずめた。

ふうわりと、やさしい香りがする。

ひなたの匂い──陽子の匂い。

すんすんと鼻をならしてその香りを胸いっぱいに吸い込む。

「あっ、わっ、ちょっ──彰っ?!」

陽子が慌てた声を上げる。

 

「いい匂い」

「ちょっ……あ…きら……。に、匂い、かがないでってば……」

「んんー、やだ。陽子の匂い、好きだもん」

「!! ……で、でもここに来るまでにちょっと汗かいちゃったし……」

「そんなことないよ。お湯のいい匂いもする」

「そ、それは……出る前にお風呂入ったから……。あ……」

匂いをかがれているのと、出掛けに「準備」をしてきたことを口に出したことで、

陽子は恥ずかしがって真っ赤になった。

――胸に顔をうずめている僕には見えないけど、見なくたって分かるんだ。

陽子の香りと、ブラジャーと、恥ずかしがる様を十分に堪能した僕は、「次のこと」に進むことにした。

顔を上げて、陽子のブラに手をかける。

ちょっと手間取ったけど、うまく外せた。

「ははっ……」

「どうしたの? 何か、変?」

突然くすくす笑い出した僕に、陽子が小首をかしげた。

「いや……、一昨年(おととし)の冬のこと、覚えてる?」

「え?」

「みんなでこたつで話してたら、何かの拍子にフロントホックのブラジャーの話になってさ。

僕が「フロントホックって、前で<外す>やつ?」って聞いたら、星華ねえが「そう、前で<止める>やつ」って言ってさ。

──それ聞いた陽子が「外すことを真っ先に思い付くなんて、明のスケベ」って言って、僕と大ゲンカになったじゃん」

「あ、あははっ……」

「でも、考えてみりゃ、女の子にとっては「止めて着けるもの」でも、

男にとっては「外して脱がすもの」だよね、やっぱり。僕の論理は間違っていなかった、と思う」

「んんー。そこ、真面目な顔でしみじみ言わない!」

陽子は僕の下で横たわったまま、ぶつまねをした。

それから、僕に負けず劣らずくすくすと笑い出した。

「まあ、でも、考えてみればそうだよね。彰にとって、あたしのブラは「外して脱がす」ものになっちゃったし。

これからは、フロントホックは<前で外すもの>って言ってもいいよ。……あたしのブラ限定で」

「……」

「で、彰。――男の子の論理に従って「外して脱がした」感想は?」

「……中身のほうが百倍くらい、いい!」

言うなり、僕は、陽子の乳房に吸い付いた。

 

 

 

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