<ロビンソン・クルーソーの島> その1 鸚鵡のポル

 

 

青。

不純物が混じらない空と海の色。

他に色といえば、僕の乗る船が生み出す波の白だけ。

強い日差しのもと、僕は目をこらした。

「見えまシた」

ちょっとイントネーションがおかしいけど、とても分かりやすい日本語が後ろから聞こえた。

「え、……どこ?」

「あそコです。まっスぐ、正面」

「あ……!」

それは、緑の点にしか見えなかった。

でも、どこまでも続く海の中、それは確かに陸だった。

「あれが──叔父さんの島かあ……」

高速艇を使ってもかなり長い船旅だったけど、もうすぐそれも終わりだった。

「はい。あれがDr.クルーソーの島です」

僕をここまで連れてきてくれたクレアさんは、

来蔵(くるぞう)叔父さんの名前を濁点なしで発音した。

サングラス越しにもわかる、エメラルドの瞳がとても綺麗な女(ひと)は、

来蔵叔父さんの事をそう呼んでいる。

海風にたなびく金髪と赤銅色に焼けた肌を持つ、異国の美女の唇から漏れると、

その名前は、いかにもあの島の持ち主にふさわしいものに思えた。

実際、外国暮らしが長く、ついには南海の孤島を買い取って研究所を作った叔父さんは、

純日本的な本名よりも、そのあだ名が気にいっていたようだ。

僕への手紙も、もう十年来<クルーソー>の名前で送ってきている。

もっとも財産相続に関わる遺言状だけは、「呂瓶来蔵(ろびん・くるぞう)」とちゃんと署名してあった。

そう。

僕は、父の弟で、生物学の世界的権威だった叔父さんの相続人に指名されたのだった。

 

 

「わが甥、呂瓶尊(ろびん・みこと)にクルーソー島とその研究施設一切を譲る」

 

そう書いてある遺言状を手渡されて、僕は正直戸惑った。

(──島と研究所を相続と言われても、どうすればいいんだろう?)

お葬式が終わった後で父さんに聞いてみたけど、いたって気楽な口調で答えられた。

「なあに、研究所と言っても、どうせ名前ばかりのものだろう。

あいつは十年も前に引退して、ぷらぷら遊んでばかりいたからな」

たしかに、いくつかの論文と特許とで早々に名誉と財産を築き上げた叔父さんは、

まだ若いうちにすっぱりと学会から身を引いて、孤島での悠々自適の生活を楽しんでいた。

「……やりたいことをやりたいだけやったら、早死にしちまいやがった。

だから、いつももっと真面目に生きろ、ちゃんとやれ、と言い聞かせていたのに……」

喪主を務めた──父方の親戚はもう誰もいなくて、

父さんと叔父さんの二人だけの兄弟だった──父さんは、

軽口を叩いた後で、叔父さんの遺影にぶつぶつと小言を言った。

父さんと叔父さんは正反対の性格で、こうしたお小言を叔父さんはものすごく苦手にしていた。

でも、会うとすぐ口論になる二人が仲のいい兄弟だったことを、僕はよく分かっていた。

お葬式の後で、いつになく軽口や憎まれ口を叩っきぱなしの父さんが、

本当はものすごく悲しんでいるのは、はじめて見る真っ赤な目元を見るだけでも。

「……あいつの島、見てきてくれないか」

父さんが、夏休みに入ろうとする僕にそう言ったのは、きっとそういう気持ちだったからだろう。

島自体は、父さんの助手だったジルさんが今も管理しているので何も問題はないけれど、

父さんは、叔父さんの最後の住まいを、自分の代わりに見てくることを望んだ。

僕は、二つ返事で引き受けた。

南海の孤島(それも法的には僕の物になった島)で過ごす夏休みなんて最高だと思ったからだ。

だから、僕は──それがこんな日々の始まりになるなんて思いもしていなかったんだ。

 

白い砂浜。

浜辺に降り立った瞬間、暑い日ざしが、容赦なく僕を直撃する。

僕は呆然と当りを見渡した。

父さんの言ったとおり、ここに本格的な研究所なんかありそうにもない。

まあ、それはそれでいいのかもしれないけど。

クレアさんは、僕を下ろした後、船を停泊所に戻しに行った。

叔父さんの研究所にはそこよりもこの浜辺のほうが近いから、ここで降ろしてくれたのだ。

でも……。

「……案内の人がいないんですけど……」

予定では、この浜辺に研究所から道案内の人が来てくれるはずだったんだけど、

きょろきょろと辺りを見渡しても誰もいない。

クレアさんの船は、もう見えなくなった。

「えっと……」

それでも気分が明るいのは、砂浜のあまりの綺麗さのせいだろうか。

どこかのポスターか何かで見た、リゾート・アイランドという雰囲気。

いや、人工物はたった今僕を下ろした桟橋以外には何もないから、

どちらかというとプライベートビーチか。

波の音以外に、何も聞こえない。

「……」

僕は、360度、ぐるりとあたりを見渡した。

熱帯の植物。

熱帯の植物

砂浜。

海。

海。

海。

砂浜。

熱帯の植物の中に立つ、少女。

熱帯の──いや、待て、なんだ、少女って?

僕は急いで振り返った。

 

「……」

それは、長い髪をした少女だった。

太ももの辺りまであるそれは、青みがかった灰色。

僕が見たこともないような色。

瞳も、同じ色。

強い光をたたえて僕を睨みつける。

……睨みつける?

僕は、自分が混乱しているのを自覚した。

始めてきた場所で、初対面の女の子に出会った。

考えてみれば、ただそれだけだ。

なのに、僕は、とっさに声もかけられなかった。

後から考えれば、それは、たぶん、僕の動物としての本能のなせる業だったのだろう。

生き物は、自分を否定し、拒絶し、敵対する動物を相手に警戒心を持つ。

別の種族、別の生き物ならばなおさらだ。

五メートル先でだまって立っている女の子の拒絶。

それは、僕が経験したことのある、どんな人間相手のそれとも違っていた。

小学生の頃、短期間だけど学校でいじめられたことがある。

中学生の頃、なぜか女の子の一部からやたらと敵視されたことがある。

高校生になって、たちの悪い不良にからまれたことがある。

──そんなときに感じたものが比べ物にならないほどの敵対心。

僕の脳は、それだけを理解した。

「……」

がさっ。

草が揺れるその音が耳に聞こえたとき、僕は唐突にその緊張感が去ったことを知った。

女の子がいなくなっているのに気がついたのは、その後だ。

 

「今のは……」

幻だったのだろうか。

思わずつぶやいた僕の後ろから、

「おー、悪(わ)り、悪り。待ったかー?」

と能天気な声がかけられたのは、次の瞬間だった。

「あ……」

振り返ると、目がちかちかした。

赤。

まず真っ赤な、赤。

それと、オレンジ、それとピンポイントの緑、青。

僕の目にハレーションを起こさせたのは、

「ジャジャーン。お迎え参上や!」

と親指をビっと立てた女の人だった。

「……か、傾き者?」

思わずつぶやいてしまったのは、女の人の服が、

原色真っ只中の色とりどりの羽に覆われ、髪の毛まで

赤とオレンジで染めあげられていたからだ。

服の羽と同じく、髪の毛にも少しだけ緑と青の房がある。

日本人には到底真似できない、南国スタイル。

「あはは、なんや、それ」

女の人は屈託なく笑うと僕に歩み寄ってきた。

「ふんふん、ほほー。なるほど、なるほど」

僕のまわりをぐるりとまわって、正面に戻る。

「え……と……」

「合格やー! ばっちり合格やー!! もう満点いうことなし、うちの好みやー!!」

「……へ?」

また親指をビッっと立てた女の人に僕の目が点になる。

「ようこそ、クルーソー島へ、ミコト!!

うちはオームノ・ポル。仲ようしよーな!!」

女の人――いや、オームノ・ポルさんは、そのまま僕に抱きついた。

「え、え、何? 何?!」

ぎゅーっと抱きしめる力は思ったよりもずっと強くて、

僕は、ポルさんの胸に押し付けられた。

その時はじめて、僕は、ポルさんがすっごく胸が大きくて、背も僕より高くて、

髪の毛は派手だけど、すごい美人だということに、やっと気がついた。

 

「──こっちや、こっち。この小路を上がって行くんや」

ポルさんは、大きなシダ(なのかな?)の脇にある細い道を指差した。

それは、最初見ただけでは絶対分からないくらいの獣道だった。

(さっきの女の子もこの道を通ったのかな?)

方向的にそうは思えなかったけど、他は文字通りのジャングルだ。

「お、どした?」

「あ、いや……。さっき女の子が……」

僕は、青灰色の髪の女の子が消えたあたりを見つめた。

だけど、そこには人がいたような気配すらもない。

「は? 女の子? ウチは見んかったけど、ジルかマリーが来てたんかいな?」

ポルさんの言ったその名前には聞き覚えがあった。

たしか、来蔵叔父さんには四人の助手がいて、

高速艇を運転して迎えに来てくれたクレアさんのほかに、

ジルさん、マリーさん、ポルさんがいるということだった。

ポルさんは今、僕の目の前にいるから、

……じゃあ、あれはジルさんか、マリーさん?

と思ったら、ポルさんがケラケラ笑い出して自分で否定した。

「……な、こたないなー。ジルやマリーじゃ<女の子>てことはないわー」

「え?」

「あの二人、ハタチ超えた婆さんやでー。とくにマリーは二十五ぉ越えてるんやないか?」

「そりゃ……」

二十歳過ぎで婆さん扱いは、あまりにも失礼だと思う。

「ちなみに、うちは十九や!」

あんまり変わらないと思う、と言おうとして、僕は息が詰った。

いつの間にか手を伸ばしたポルさんが、僕をぐいっと引き寄せたからだ。

「おー、ミコト、何思ったん? まっさかハタチと十九と「同じ」思ったんじゃないやろな?」

す、鋭い。

思わず沈黙すると、ポルさんは笑顔のまま、手に力をこめた。

「ゆーとくけどなー。女の十九とハタチはめちゃ違うんやでー!

お肌の張りもお肉の弾力も全然ちがうんや!! ……ほれ、ほっぺで分かるやろ?」

もがこうとして、僕は、頬に当てられているのが、ポルさんのおっぱいだということに気が付いた。

ポルさんは、にまっと笑って、二、三回僕の顔にそれを押し付けてから僕を解放した。

「……」

真っ赤になってわたわたしていると、ポルさんはケラケラと笑った。

「まー、この島はうちらの他に色々棲んでるからなー。

猛獣とか、怪獣とか……。気ぃ付けー」

「ええー!?」

ポルさんのことばに、僕は、先ほどあの女の子に感じた強烈な警戒心を思い出した。

「どしたん、先行くで?」

ポルさんは、今のことばがまるでジョークか何かのように明るく笑い、

さっさと小路を登り始めたので、僕は慌てて原色の羽装束の後ろを追った。

 

「……」

歩いていると、どうしても、さっき抱き寄せられたときの感触を思い出してしまう。

すごい弾力感。

でも、柔らかくて……。

男の身体には絶対にない、塊。

あれが、女の人のおっぱい……。

母さんのから乳離れして以来、はじめて触れたそれに、僕は今更ながらどぎまぎしてしまった。

思わず、ポルさんの様子を伺ってしまう。

鼻歌など歌いながら時々僕に話しかけてくる極彩色の美女は、

さっきのことをなんとも思っていないようだ。

たぶん、あれに、いやらしい意味はないんだ。

なんというか、その……開放的なスキンシップ?

これが南国式ってやつだろうか。

そう思っていたら──。

「どしたん、うちのおっぱいの感触でも思い出したか?」

ポルさんが、あはは、と笑いながら図星を指した。

「い、いやっ、あああ、あのっ! そのっ!!」

慌てて首と手を振って否定する。

ポルさんは、にまーと笑った。

「お見通しやでー。ミコトはおっぱい星人やな!」

「いや、その……はい……」

「あっははー! 正直やなー。ますます気に入ったわ、あとでうちのおっぱい見せたるわ!」

ポルさんはケラケラ笑ってまた正面を向いた。

じょ、冗談……だよね?

どこまでが本気なのか全然分からない関西弁(?)に、僕はたじたじになった。

「あれ……」

そういえば、今まで全然気がつかなかったけど、

「……ポルさんって、日本語うまいんですね」

クレアさんの日本語も上手だったけど、どこか異国っぽいイントネーションが残っている。

でも、ポルさんのしゃべり方は、まったくネイティブだ。

大阪弁なのか何処弁なのかはわからないけど、声の質や息継ぎまで全部、違和感がない。

格好といい、雰囲気といい、名前といい、どう見ても日本人に思えないのに、

僕が今の今まで、初対面と思えないほどに会話が弾んでいたのは、そのせいだ。

「ああー。そりゃ、うちはアレやから。才能がちがうわー」

ポルさんは、自慢げに舌を出した。

真っ赤な、肉厚で長い舌。

なぜだか、ぞくっと来た。

濡れた舌は、すごくセクシャルだ。

「ジルとかもけっこう上手いけど、ありゃ、きちきちっとした標準語で堅苦しいわ。

うちはこのしゃべりが気に入っとるんやー」

ポルさんは、自慢げに胸を張った。

「やっぱり才能とかあるんですか」

「そりゃそうやでー。ウチみたいに舌が肉厚で人間に似ている種族のほうがうまいのは当たり前や」

……人間に? 種族?

不思議な言い回しをしたポルさんに、しかし、僕はそれを聞きなおせなかった。

ポルさんが、もう一度舌を突き出して、もっととんでもない事を言ったからだ。

「あとなー、うちはおしゃべりの他、おしゃぶりも上手なんやでー」

「え?」

「これも才能やなー。後でミコトのもいっぱいしゃぶってやるから、楽しみにしときー」

「え? え?」

ポルさんは、にまっと笑うと、僕をからかうようにゆっくりと舌を引っ込めた。

それは、まるで舌なめずりをしているようで、僕は呆然となった。

「ま、お楽しみは後でや。行くで」

 

ポルさんは、歩調を速めて小路をどんどんと進んで行く。

「ちょ、まっ……」

慌てて後を追う。

見失ったら、本当に遭難しかねない。

と思ったらー。

「あいたっ」

ポルさんの極彩色の衣装の背中にぶつかった。

「あっ、ごめんなさい……」

「んー?」

ポルさんは気にした風もなく、前を見詰めている。

「あれ……?」

目の前には、ガケがあった。

そして、吊り橋──らしきものの残骸。

「あー、誰かが切り落としたな、こりゃ」

ガケのこちら側にぶら下がっている橋の残骸と、

何か鋭利なもので切られたロープの端を見れば、

誰かが向こう岸に渡ってから、それを切り落としたのが一目瞭然だ。

「ど、どうしましょう……」

見たところ、ガケは、そう高くない。

どこか傾斜がゆるいところに遠回りして降りて登れば──。

でも、この先には、悪意を持ってこの吊り橋を落とした「誰か」がいて……。

「まどろっこしいわ。――行こ」

僕の考えがまとまるより先に、ポルさんが僕のベルトを両手でつかんだ。

「え? え?」

「行くでー、1,2の、3でジャンプしい。

それ、1、2の──3っ!!」

思わず言われたとおりにジャンプする。

と──ふわりと身体が宙に浮いた。

「えええ?!」

僕の叫び声は、ガケの上、3メートルに木霊した。

それをかき消すような、ばさっばさっと言う、羽音。

次の瞬間、僕は向こう岸に立っていた。

 

空を飛んだ?

なぜ、どうやって──。

振り返って、僕はその答えを知った。

「なんや、そない驚いた顔して。――クルーソーはんから聞いてなかったんか?」

腰に手を当てて呆れたような声をあげたポルさんの背中には、

服や髪の毛と同じ、極彩色の大きな翼が生えていた。

「は、は、羽根!?」

「そうや。さっき言ったやろ。うちは<鸚鵡のポル>。よろしゅうな」

「オームノ」ではなかった。……「鸚鵡の」だったんだ。

でも羽根──翼?

なんでそんなものが人間に?

あれで空を──?

何、何が起こっているの、僕の目の前で?

ぺたん。腰が抜けた。

「……あー……」

突然のことに混乱する僕を見て、ポルさんは少し何か考えていたけど、

やがて、にまーっと笑った。

「どうやら、うちら<獣人>のこと、何も聞かされてなかったようやな。

よし、――後でと思ってたけど、今、歓迎会やったろか?」

すっと翼を折りたたんだポルさんが、僕の前に立つ。

かがみこんで──キスされた。

いきなり。

それも、唇を割って、舌を入れられた。

これって、ディープキスってやつ?!

驚くより先に、僕はとろんとなった。

甘い、いい香り。

滑らかな、すごく、滑らかな動きと舌触りの物体が僕の口の中を蹂躙する。

こ、これがキス?

ちゅっ、と音を立てて離れる舌と唇を、僕は無意識に追ってしまう。

「あっ……」

「落ち着いたか?」

「あ……その……」

「まー、まだ混乱しとるわなー。キスくらいじゃ収まらんわなー」

「あ、あの……」

「ま、四の五の言わんと、三、四発、精子出しいな。

男が頭冷やすには、それが一番やさかい」

「えっ!?」

ぐるぐる回る頭にも、理解できる、まちがいようもない単語。

思わず見上げると、ポルさんが、今までで一番の「にまーっ」とした笑顔を浮かべて舌なめずりしていた。

「大丈夫、大丈夫。さっきもゆーたろ?

――うちはおしゃぶり自慢の<鸚鵡のポル>様や。

<舌使い>と<淫語攻め>なら、誰にも負けへんで!!

すぐに気持ちよくイかせたるから──うちの口ん中に精子ぎょうさん出しいな」

そうして、ポルさんは、呆然としている僕のズボンとパンツを手早く引き下ろして、

僕の男性器をその赤い唇の中にくわえ込んだ。

 

 

 

ちゅるっ。

ちゅぱっ。

ちゅぽん。

湿って、柔らかくて、気持ちのいいものが、性器のまわりにまとわりついて、

すっごくいやらしい音を立てて離れた。

そして、それよりもっといやらしい声が降ってくる。

「あはっ、ミコト、ちんちんデカいなぁ! ますます気に入ったでぇ!」

「そ、そんなことっ……」

反射的に返事をしてしまう。

「お、謙遜かー? せんでもええわー。半勃ちでこんなんなら、威張ってエエで!」

ポルさんは、口から離した僕の性器の先っぽを、指先でちょんとつついた。

「あっ!」

思わず隠そうとして、僕の手はポルさんの手で阻まれた。

「お? お? 何しようとしてん? 隠すのなしやでー、ミコト?」

股間に持って行こうとした手が、上に戻される。

僕の抵抗がまったく意味をなさない――ポルさんは、僕よりずっと力持ちだった。

「ちょっ……まっ……」

気がついたとき、ポルさんの顔は、僕の顔の真上にあった。

南国のまぶしい太陽が、原色の美人にさえぎられる。

逆光の中でさえ、ポルさんは綺麗な女の人だった。

そして、

「もっと、うちにミコトのちんちん見せてーな」

それ以上に、いやらしく、生々しい牝だった。

「ポ、ポルさ……」

「あ、そだ。こうすればええんやな」

地面に横たわった頭よりも上に、両手を押し付けられる。

万歳ポーズだ。

鼻歌混じりのポルさんは僕の両手首を重ねて紐で縛り、その紐を尖った石で地面に固定した。

「さーて、これでミコトはちんちん隠せないでー?」

ポルさんは、心底楽しそうに笑った。

 

「ま、待ってポルさん、いったい何を……!」

僕は慌てて叫んだ。

もう、ポルさんに翼が生えてるとか、空を飛んだとか、

その辺は頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

「んー? 言ったはずやで。ミコトにちーっと頭冷やしてもらうんや」

「冷えました! 今、冷えました! すごく冷えました! もう大丈夫です!」

慌てて叫ぶ。

「あははっ、嘘はあかんでー。こんな熱々やんか」

きゅっ。

ひんやりした、すべすべの手が、僕のおちんちんをつかむ。

「ひゃいっ!」

思わず、女の子みたいな甲高い声をあげてしまうと、

ポルさんは嬉しそうな表情になった。

「お、ちょっと緊張が解けてきたな? 少し硬くなってきたで?」

ポルさんの言うとおり、僕のそこは、こんな場合なのに、

少しずつ硬く大きくなり始めてしまっていた。

「ポ、ポルさんっ……」

僕は、とにかくこの状況から逃れようと、何か言おうとした。

「ん、なんや、ミコト?」

ポルさんが僕の顔を覗き込む。

「あ、あのっ、そのっ……」

ほんの十センチまで顔を寄せられて、僕はことばにつまった。

顔が近い、近すぎる。

甘い、甘い、ポルさんの香りがする。

どきまぎして僕は思わず目をそらしてしまった。

「ふうん……ミコトが言いたいこと、わかったで。

そーゆーコトは、もっとはよ、言わんと」

ポルさんは、にんまりとしながら僕に頷いてみせた。

「え……わっ!」

わかってくれたのかな、と思って視線を戻し、僕は慌てた。

ポルさんは、もっと顔を寄せて、僕に頬ずりしたところだった。

頬ずりしながら、耳元でささやく。

「ミコト、ここの呼び方、「ちんちん」より「おちんぽ」のほうがええんやな?」

 

「……えええええ!?」

予想外のことばに、僕は思いっきり叫んでしまった。

「恥ずかしがらなくてもええで。こーゆーのの呼び方は大切なんや」

ポルさんの表情は見えないけど、にまあ、と笑っているのがわかる。

「セックスする時は、とことん気持ちよぉせんとなー。

おちんぽも、相手の女に一番興奮する呼び方で呼ばれたほうがええやろ?」

「そんな……」

何を言われているのか、わかるけど、わからない。

思考が半分くらい停止している。

それが、強引に理解させられる。

柔らかく、すべすべとした手で、つかまれて。

きゅっ。

「おっ。こうして握ると、血管がどくどくいってるで?

ミコトのおちんぽ、もっとボッキしたいゆーとる」

そんなはずはない。

こんな異常な状況で勃起するなんて、まるで変態だ。

でも、ポルさんの言うとおり、僕のそこはどんどん元気になっていた。

「まあ、ミコトも若いからなー。

三日もオナニーせんかったら、精子ぎょーさんたまっとるやろ?」

「いっ!?」

突然の言葉に、僕は動揺した。

はじめて見るものの連続の旅の中ですっかり忘れていたけど、――確かにしてない。

「あはは、空港から、ずっとクレアが付いとったろ? 

夜もミコトがオナニーせんよう、さりげなーくマークしてたはずや。

相変わらずええ仕事する奴っちゃなー。あとでなんか奢ったろ!」

こっちに着いての二泊目、ホテルでなんとなくそんな気分になったとき、

クレアさんが部屋に来て、話しているうちにいつの間にかそれを忘れたことを思い出した。

あれは──クレアさんが狙ったこと?

「な、なんでそんなこと……」

「そないなこと決まってるわな。うちらとするのに、無駄玉使わんようにや」

あっさりと言い切って、ポルさんは僕の性器を手でしごいた。

 

やさしく、ゆっくり、――突然、はやく。

こすられる。

「ああうっ!」

びくん、と身体全体が反応する。

手を固定され、地面に横たわった僕は、まるで陸に打ち上げられた魚のように跳ねた。

「あはっ、これ、ええのか? ミコトは根元が弱いんやな!

ここをこう、輪っかにして、こうしごくとええんやな!」

ポルさんが嬉しそうに、それを二三度繰り返し、僕はその回数だけまた魚になった。

「そっかー。ミコトはこうするとおちんぽが気持ちええんやな。

オナニーするときもこうやっておちんぽしごいてしてたんなー? 覚えたでー」

「忘れてっ、忘れてください!」

何か、他人に知られてはいけないことを知られた気がして、僕は必死でそう言った。

「あはは、そらムリやー。うちは鸚鵡やで? 物覚えはすっごくええんや。

知っとるか? でっかい鸚鵡は、百年も二百年も生きるんやで。

しかも、覚えたこと、教えられたことばは絶対忘れへんのや。

うちも、ミコトのいやらしいところは、絶対忘れんで。約束したるわ」

「や、約束しないでください!」

僕の悲鳴は、無視された。

「ほら、ほら、どうや。こうか、これがええんか?」

ポルさんは嬉しそうに笑いながら、おちんちんをさする手を早めた。

「うわっ……ああっ!!」

「おお! すごいで、ミコト!」

僕の男性器は、ポルさんの手の中で、完全に目覚めていた。

「これがミコトの<ばっちり>状態おちんぽかー。ええで、ええで!」

 

「み、見ないでください……」

おちんちんを、しかも勃起したのを女の人に見られるなんて、初めてだ。

僕は、顔かあそこか、どっちかを隠したかったけど、

手を固定されてるので、どっちもできない。

「ミコトもいけずやなあ」

ふっと、耳に息をかけられて、僕はびくっ、と体を震わせた。

いつのまにか、ポルさんが姿勢を戻して、僕に頬ずりしている。

甘い息が鼻腔をくすぐり、僕はぼぉっとなった。

「い、いけずって……」

どんな意味だったっけ?

意地悪……?

「せや。こんなすごいおちんぽをうちの前に出しておいて

いまさら「見るな」ゆーなんて、ほんといけずな子や」

ポルさんは僕の耳元でささやいた。

「そんな……」

おちんちんを出したのはポルさん……と言いかけたけど、

それは、ポルさんの次のことばにかき消される。

「だから、うちもミコトに、うんーと意地悪したろ。

このおちんぽ、めちゃめちゃいじめたるで?」

「い、いじめるってっ……!?」

ふいに、ぎゅっとおちんちんを強くつかまれ、僕はすくみあがった。

まさか、痛いこととか、されるの?

僕のおびえた様子に、ポルさんはにまあ、と笑った。

「そうやでー。このおちんぽ、これからうちがたーっぷりいじめたるでぇ?」

そう言ったポルさんの笑顔は、暴力とかの恐さが感じられない。

僕は、少しだけほっとした。

だけど、僕の小動物的な本能は、

この女(ひと)が、もっと別の意味で「怖い」ことを感じ取っていたのかもしれない。

「――あはっ、なんや、ミコト、おちんぽさっきより硬くなっとんで」

たぶん、頭よりも、あそこのほうで、より鋭敏に。

 

「――ひゃうっ」

ポルさんの舌が這う。

真っ赤な、真っ赤な舌。

不健康な白い舌ゴケなんか一ミクロンも生えていない、

おそろしいまでに、原色の赤。

それが、舐めている。

僕の牡の性器を。

長い、肉厚の舌が舐め上げるたび、僕は甲高い悲鳴を上げて悶えた。

手は地面に止められ、足は太ももに乗ったポルさん自身の身体で押さえつけられているから、

僕はせいぜい身をよじるくらいしかできない。

それでも、僕は、何度も身を捩った。

「それ」から逃れようとしてではない。

あまりの気持ちよさに、反応してしまうのだ。

絶頂。

自分でするときとは別世界の快感。

でも、僕は、まだ一度も射精していなかった。

限界がくるたびに、ポルさんの唇と舌は、すっと離れる。

指先が、茎の根元をぎゅっと押さえつける。

「ひゃうう……もう、許してえ……」

僕は何度も音(ね)を上げた。

だけど、ポルさんは許してくれなかった。

「ダメやで、ミコト。まだまだうち、ミコトのおちんぽ虐めたりないでー」

「そ、そんな……」

「ほら、わかるかー? ミコトのタマタマこんなパンパンやで?

ここに三日も溜めたミコトの精子がぎょーさん詰ってるんや。

ウチはこれから、これ、もーっと濃くしたる。ミコトの精子、めっちゃ濃くしたるで。

ミコトが出すのは、それからや!!」

ポルさんはにまあ、と笑って、また指と舌とことばで僕を嬲り始めた。

 

ささやき声。

舌の奉仕。

指先の技。

それから何十分、僕は、ポルさんに嬲られていたのだろう。

頭の中は真っ白で、同時に虹色にちかちかと輝いていた。

「気持ちええんか、ミコト? こんなに硬くして」

「ミコトのおちんぽ、こんなガチガチやでー?」

「こんなにフルボッキさせて、ミコトはこのおちんぽ、どないしたいんや?」

ポルさんの、甘く妖しい声が届くたび、

僕は、舐めあげられると同じくらいの快感に震えた。

ちゅぱっ。

先っぽから口を離したポルさんが、指先で僕のおちんちんを突(つつ)いた。

「お? お? なんかおちんぽからこぼれてきたで?」

「はううっ……」

ポルさんが、整った人差し指の先をゆっくりと引く。

僕の男性器の先から、透明ない糸が伸びる。

「ほれ、見えるか、ミコト。ガマン汁やで。すっごいで、どんどんこぼれてくる」

その言葉通り、びくんびくんと痙攣する僕の先端からは、透明な液体が溢れてくる。

「あははっ、ミコトのおちんぽ、泣いとるでえ。

精子出したい、精子出したいって、こんな涙流してるわ。

ほんといじめがいのあるおちんぽ──好きやで、ミコト」

びくん、びくん。

指と舌の愛撫と、ささやき声。

僕の下半身──いや、全身の神経が、一箇所に集まる感覚。

ポルさんが言ったように、そこから流れる透明な液体は、

僕の身体が流した涙なのかもしれない。

 

欲しい。

これ以上の、快感が。

出したい。

今、身体の奥底に溜まっている熱い汁を。

「ふああ……」

ことばにならない声が漏れる。

ふと、ポルさんが、笑った。

「あ、もう限界やな、ミコト。ふふふ……」

その笑顔は、今までで一番優しく感じられた。

「よーし、ミコト。こん中にぎょーさん詰ってるドロドロの精子、

うちのお口に全部出しいな。もうガマンすることあらへんで?」

ちゅっ。

ポルさんの僕の先っぽの先っぽに口付けをする。

ちゅるり。

亀頭がぬめぬめした口の中に含まれる。

ぬろお。

たっぷりと唾液を含んだ粘膜が、僕のおちんちんを奥まで呑み込んで行く。

「あっ、あっ、あっ……!」

ポルさんの口の中、あんな狭い空間の中で、それはどう動いたのだろうか。

先っぽといい、茎の部分といい、根元といい、

飲み込まれた男性器のすべての部分にポルさんの舌が触れるを感じたとき、

僕は射精していた。

「ひあっ!!」

びゅくん、びゅくん。

どくん、どくん。

体中から血液が集まって、充血して膨れ上がった器官から、

飛び出るようにして、別の色をした液体がはじけ飛ぶ。

強く、もっと強い力で。

濃く、もっと濃いエキスを。

多く、もっと多くの量を。

この女(ひと)の中に──。

僕はのけぞりながら、ポルさんのお口の中に射精を続けた。

限界まで。

頭の中が、真っ白になり、虹色になり、そして真っ黒な闇になった。

 

気がつくと、僕の体は自由になっていた。

上から覗き込む原色の美貌。

「ポルさん……」

目が会うと、ポルさんはにっこりと笑った。

「あ、あの……そのっ……」

先ほどの、気を失うほどの快感。

まるでそれが夢のことのように思われて、僕はことばを失った。

手足は自由だ。

ズボンはちゃんと履いている。

黙って僕を見ているポルさんを見ると、

さっきのことが、まるで現実感がなく思える。

……ひょっとして、あれは、夢だったのか?

ポルさんの翼も、あのフェラチオも……。

あの崖から落ちたりした僕が、垣間見た夢、とか……。

「……」

──夢ではなかったみたいだ。

ポルさんの背中には原色の翼が生えていたし、ここは崖の向こう側だった。

そして、ポルさんは、僕に向かってあっかんべえ、のように舌をつき出した。

真っ赤な真っ赤な舌。

それに、何か白いものが絡み付いている。

男なら、見間違うことはない粘液。

僕の精液。

僕が、ポルさんのお口の中に射精した、精液。

ポルさんは舌を引っ込めると、にやっと笑って、ごくん、と喉を鳴らした。

もう一度、べえっと舌を突き出す。

真っ赤な舌には、何も乗っていなかった。

自分の精液を、目の前の女(ひと)がためらいもなく飲み下したことに、

僕の背筋に、ぞくりと快感の震えが走った。

同時に、先ほどの夢のような快感をい思い出す。

ポルさんとのあのひと時は、淫らな淫らな、現実だった。

 

「ぎょーさん出したなー、ミコト。

そんなにうちのお口が良かったん? ん? ん?」

ポルさんが、笑いながら口を開いた。

「いやっ、あのっ、そのっ……!!」

「ゼリーみないにめちゃめちゃ濃かったで、ミコトはほんとスケベな子やなー!」

「……いやっ、あ、あのっ……」

「ごちそうさま。とっても美味しかったで、ミコトの精子。

また飲ませてーな!!」

「え?!」

ポルさんは、くすっと笑って、大きく背伸びをした。

伸びをして、翼を二、三回、軽くはためかせる。

それが、僕にはとても美しく思えた。

そして、僕は、さっきとは違って、それをご自然に受け入れていた。

「お、なんや、一回で頭冷えたよーやな。感心、感心。

体力尽きるまで出させなきゃならんかと思っとったけど、

さすがクルーソーはんが決めた跡継ぎやな!」

ポルさんは、にっこりと笑った。

爽やかな、とてもいい笑顔。

今、あんな淫らな事を喋ったとは思えないくらいの。

だから、僕は、とても穏やかな、落ち着いた気持ちでポルさんに聞いた。

「あ、あの、……教えてくれますか。叔父さんのこととか、色々……」

「ん。ええで。研究所に付いたらな。その辺はジルが詳しゅう教えてくれるやろ」

鸚鵡の翼を持つ美女は、あっさりと頷いた。

「ええ」

なんとなく、じたばたしてもはじまらないということを僕は悟っていた。

たぶん、悪いようにもならない、ということも。

 

立ち上がって僕も背伸びをする。

ポルさんは、それを嬉しそうな表情で見詰め、

それから、さっきとはまた違う笑みを浮かべた。

フェラチオの前に見せた、いたずらっぽい、笑み。

「でも、まあ、あれや、ミコト……」

「な、何ですか?」

「頭は一回で冷えたようやけど、おちんぽがまだ熱そうやから、

もう二、三回精子出させてもええで?」

「ぶっ!!」

思わず、咳き込んだ僕を、ポルさんはにまにま笑って見ている。

「い、い、いや、あの……」

「またお口がええか? それとも、うちのあそこ使わせてやろか?

ミコトは童貞なんやろ? いっちょ男になってくか? そこの茂みで?」

「いいいいい、いや、ああああ、あの……」

「そーいや、さっき、おっぱい見せたるゆーたよな。今、見せたろか?」

「ちょ、ちょ、ちょっ……」

ポルさんが、一歩こっちに歩み寄ったとき。

──ふいに、空気がびりびりと鳴った。

 

×××××××××××××××××!!!

△△△△△△△△△△△△△△△△△△!!!

 

二つの叫び声――いや、鳴声?

音は、はっきりとは聞き取れない。

だけど、それはものすごく強い「意志」をのせて僕の耳まで届いた。

 

「……!!」

反射的に、僕はしゃがみこんで身体を丸めた。

猛獣の声を聞いたとき、小動物が取る本能的な姿勢。

叫び声は、ジャングルの奥から聞こえ、ふいに止んだ。

「な、何……」

「あちゃー、怒っとんなー、あいつら」

ポルさんが、しかめっ面をしてほっぺたをポリポリとかいた。

「だ、誰が?」

「んんー。ミコトの童貞奪うのは自分やとかほざいとる奴らや」

「え?!」

今、何か相当不穏当なことが聞こえたような。

「ま、うちはミコトのお口のお初と、

最初の濃ぉ〜いのを貰(もろ)たから、別にえーんやけど」

ポルさんは、ぺろっと舌を出した。

「ちょ、え……と」

「まあ、ええわ。研究所、行こか」

ポルさんは明るく笑って歩き出し、僕は、めちゃくちゃ不安になりながらその後を追った。

 

 

 

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