<ナイルなティティス>4

 

 

<裏庭連峰>のふもとは、まばらな林になっている。

ティティスは、俺をそこに連れ込んだ。

若い白樺の、細く、華奢な木陰。

しかも、葉も落ちて枝ばかりの木の下に、ティティスは俺を転がした。

「ちょっ! ま、待て、ティティス。こ、ここでする気かっ!?」

思わず叫んだのは、向こうに校舎が見えているからだった。

200階建ての第四中央校舎、通称<ハーベルの塔>。

第二中央校舎、通称<バベルの塔>と並ぶ学園の屋根だ。

<バベルの塔>上層階が教授棟として使用されているのに対して、

<ハーベルの塔>のほうは、全フロアが教室及び学生用施設なので、俺たちには馴染みが深い。

 

一時間100円(ドリンクフリー)で、「光速」スパコンで世界中とつながれる

113階のインターネットカフェ、<レーザー・ソード>。

 

<学園>内の、つまりは人類が知るすべての毒薬の対処法がそろっているという、

176階の万能保健室、<蜘蛛の医師>。

 

カレーライスから、古代神が伝えた<神食>まで、寸胴鍋とおたまで作れない物はない、という

198階の空中食堂、<天空の学食街>。

 

どれも<学園>の生徒ならお世話になる施設で、つまり、この校舎はいつでも学生で溢れかえっている。

そこから見えるということは──。

恥ずかしさと狼狽が押し寄せてくる。

だが、俺を枯葉のベッドの上に転がした<ナイルの女王>は、

「なんのこと、……じゃ?」

……にやりと笑っただけだった。

お前な、そういう返答は一番頭に来るんだぞ?

もっと親身になって答えろ。

 

「――だ、だから、校舎から見えるって!」

「それが、何か問題があるのかえ?」

「だって……」

「見せ付ければよかろう。誰かにつがいとまぐわう姿を見られても、わらわは一向に困らぬぞ?」

たしかに<学園>は、その非公式な「真の目的」の関係上、

「正規のつがい同士の正しい性行為」は、暗黙の了解のうちに推奨されている。

部室棟の一区画、小部屋が三百室も並ぶ<Hブロック>は、いわゆる「エッチ部屋」だし、

各施設に、「それ用」の部屋が設けられているのは<学園>の誰もが知る公然の秘密だった。

発情しきった牝獣人が、そこかしこでつがいになった男子生徒と嬌声を上げる姿は、

放課後にしかるべきエリアを歩けば1分で遭遇する羽目になる。

だが、俺は、大多数の生徒と同じく、野外で誰かに見られる心配をしながら

ことに及ぼう、という蛮勇は持ち合わせていない。

「かまわぬ。わらわは、誰に見られても恥じぬぞ。――お主との交わりならば」

……ティティスは持ち合わせているようだった。

「だ、だけど……」

「……ほれ」

躊躇する俺の顎に手をかけて立ち膝になるまで引きずり起こしたティティスは、迷うことなく唇を重ねた。

「あ……むぐっ……」

ティティスの舌は柔らかく、すべすべして、甘い香りがした。

異国のお香のような、清々しくも艶かしいそれは、ティティスの匂い。

俺の舌よりもずっと小さい少女の舌は、俺の口腔内で大胆にうごめいた。

「ん……む……」

ティティスが目を眇めた。

唾液が俺の口の中に流し込まれる。

俺は──抵抗もせずに、それを受け入れた。

銀の糸を引いてティティスが唇を離すと、俺は、くたり、と枯葉の上にへたりこんだ。

身体の芯が熱い。

神経が蕩けるように痺れている。

ティティスはそんな俺を見下ろしながら舌なめずりし、自分の服に手をかけた。

 

白い麻の貫頭衣(ティティスの「制服」だ)の裾がするするとまくられるのを、

俺は呆然と眺めた。

ティティスが、その下のやはり純白の下着に手をかけ、ためらいもなく脱ぎ捨てるのも。

「わっ……わっ、馬鹿!」

俺が我に返ったのは、この美しい同級生が毛一本生えていない、

滑らかなその部分を俺の目の前につき出してからだった。

「ふふふ、――舐めてたもれ」

ティティスは、たくし上げた裾を掴んだまま、両腰に手を当てている。

両足は、目一杯に大きく広げて大地を踏みしめる。

いわゆる「大威張りのポーズ」だ。

<ナイルの女王>を自称する学級委員長が、よく見せるポーズ。

だが、今のティティスは、下半身に何も纏っていない。

むき出しになった太ももと、その奥にある女性の部分が俺の視線に晒されていた。

「ティ、ティティス……」

「どうしたのかえ? 好きな女の、女子(おなご)の部分じゃ。

男なら、どうすればいいか、分かるであろ?」

昨日の俺なら、怒り狂って否定するようなことば。

だが、俺の口から漏れたのは、高慢な女王に対する反発の声ではなく、

ごくり、という唾を飲み込む音だった。

「さ、早よう、舐めてたもれ」

ティティスは強制的に命じてはいない。

俺を誘うだけだ。

それは、強制よりも驕慢な態度。

拒まれることがない、と知り尽くした女の余裕。

それが、俺の背筋をぞくぞくとさせる。

きっと俺は、泣きそうな顔をしていたに違いない。

俺は、ティティスを、俺よりもはるかに強力で凶悪な俺の女王を、見上げた。

<ナイルの女王>は、にやりと笑って、足をさらに広げた。

その股間に俺は顔をうずめた。

 

ティティスの小麦色の肌は、肌理が細かく、滑らかだった。

まるで彫刻のような──それも、最高級の芸術品だった。

あながち間違いでもないかも知れない。

<ナイルの支配者>の一族が、数千年間かけて作り出した<最高の一匹>がこの女だった。

その女の中心に顔をうずめた俺は、必死で舌を使った。

女の子のあそこなんて、舐めるどころか生で見るのも初めてだ。

ましてや、学年が五つ六つ下だと言っても皆が信じそうな娘(こ)の物なんか。

初等部の女の子のそこを舐めているような感覚に、俺は狼狽した。

だけど、すべすべしたそこは、俺の唇と舌と心を惹き付けて止まない。

ちゅく……。

ちゅ……。

舌の上に広がる甘い香りと僅かな酸味。

異国の瑞々しい果実のような──。

「ふふふ、ずいぶんと上手いではないか、我が背」

ティティスの声は、空から聞こえるように遠く、またすぐ耳元で聞こえるように近かった。

「どうじゃ、わらわの味は──?

こうして、皆が見ているかも知れぬ場所でわらわの性器を舐めるのが、そんなに良いかえ?」

「!!」

俺は戦慄に我に返り──は、しなかった。

その代わりに襲ってきたのは、凄まじい快感だった。

「おおっ……こ、これは。舌がますます……!!」

ティティスは仰け反った。

俺の髪の毛を掴んで、身体を支える。

「ふ……ふふ……。軽く…イきかけたぞえ……。自慰の何層倍もの悦楽じゃ」

身を引き戻したティティスが、覗き込むように俺を見下ろした。

「そなたも、ほれ、――普段の何層倍も、感じているのであろ?」

ティティスの足が上がった。

片足で立ち、履いていたサンダルを軽々と投げ捨てる。

丸太のように太い尾が支えるバランスは、いささかの揺らぎもなかった。

俺は、その細い足の先が俺の股間に伸びるのを呆然と見守った。

 

「――!!」

なめらかな足の甲が、ズボンの上から俺の股間を嬲る。

いきり立った男性器の上を。

「ほれ、こんなになっておるわ。

嬉しいぞえ、わらわでこんなに男根を堅くしておるとは」

「ち、ちが……」

違う、と最後まで言い切ることはできなかった。

「ふふふ、もう隠すこともあるまい。

そなたは、強い女王が好きな男(おのこ)じゃ。

わらわの力を見て昂ぶったのであろ?」

「……」

沈黙は肯定。

俺は、ティティスの人外の力に惹かれた。

「……それこそが、わらわの夫となる男の証。

普通の純血種は、獣人のむき出しの暴力と本能を好まぬ。

自らがそれを持たぬゆえに。──だが、そなたは違う。

獣人の中でももっとも凶暴で強力な猛獣のひとつ、ナイルワニを孕ます男は、

最も力が強い女を見分け、惹かれるのじゃ」

器用な足指が、学生服の厚い生地越しに、力強く男根を挟んだ。

「うわっ……!」

痛みはない。

正確につがいの牡の器官をつかんだ足指は、脈打つそれを巧みになぶった。

「愛おしや……」

ティティスが笑った。

血の香る女王の美貌で。

「――だから、わらわは、そなたのために踊ろう。

暴力(ちから)と本能(あい)の舞踊を。

そなたに、わらわが最強の女王であることを証明しよう。

そなたが欲情し、男根をそそりたてるに値する女王(おんな)であることを。

そして、あらゆる競争者(ライバル)から、いや、そなた自身からさえも、そなたを奪い尽くそう」

 

ティティスが、俺の顎下に片手をかけた。

ゆっくりとゆっくりと、傷と痛みを与えぬように慎重に、

だが、抗いを許さぬ強さと傲慢さを以って、俺を引きずり起こして立たせる。

「脱ぎや──」

三十センチ下から俺を「見下ろし」ながら、ティティスは傲慢に言った。

「あ……」

「わらわに見せたいのであろ? わらわも、見たい」

「で、でも……」

屋外だ。野外だ。誰かに見られているかも知れない。

「皆に見られるのも、良いのであろ? 

わらわが、そなたにふさわしい女であることの証しを立てたいのと同じく、

そなたも、わらわに犯されるにふさわしい男であることの証しを、立てたいのであろ?」

反論が出来ない。

身の内で燃える欲情の炎は、脳髄と理性を焼き尽くす。

俺は、ズボンに手をかけた。

犯されるために、自分から服を脱ぐ。

誰かに見られてもおかしくない、校舎裏で。

自分より頭一つも小さな女の子の前で。

俺の物は、屈辱と緊張で小さく縮こまって──。

「立派なこと──」

……それどころか、天を向いて限界までそそり立っていた。

「大きい。逞しい。それに堅くて、熱い」

<女王>の小さな手が、俺のものをつかむ。

ささやくような感嘆の声は、つがいを褒め称える熱っぽさでかすれていた。

これから犯し尽くし、奪い尽くす相手に、

いやその相手だからこそ、混じりっ気なしの尊敬と愛情を注ぐ女。

世界中の人間の前で獣のように交わって、世界中の人間から軽蔑されても、

こいつは、俺を唯一のつがいとして慈しみ、ともに歩むことを望むだろう。

自らの血と力の自身に微塵のゆるぎも持たず、ゆえに、それを次代に残す行為に

微塵のためらいも持たず──その世界に俺を連れて行く。有無を言わせず。

 

「コノ女ハ、危険ダ……」

頭の中で、最後の理性がちかちかと警告を与えていた。

そんなことはとっくの昔に分かっていた。

多分、はじめてティティスと会った日から。

だから、俺はこいつを避け続けた。

触れてしまったら、もう逃げられないから。

ティティスにとって、つがう相手が俺しかいないように、

俺にとっても、つがう相手はティティスしかいなかったのだ。

純血種の理性はそれを恐れ、俺はティティスから逃げ回った。

だが、ティティスは、俺を捕まえた。

どうしようもなく、強い力と魅力で。

「もう、我慢できぬ。――ゆくぞ」

ティティスがじりじりと身を寄せてきた。

目が、据わっている。

爬虫類獣人特有の、どこに焦点が合っているのかわかり辛い瞳が、今は完全にぶっ飛んでいた。

欲情しきっている。

俺に。

それは、手加減をする余裕もなくなっているということで──俺は、それに戦慄とそれ以上の期待に打ち震えた。

発情期に入った獣人がゆだねる生殖本能は、純血種のそれの比ではない。

獣人種が生殖行為──それも子作りの際に分泌する生殖ホルモンは、

純血種の知るどんな科学薬品よりも強力だ。

ましてや、最強の猛獣のそれなら──。

枯葉の上に再び押し倒されながら、俺は、俺の世界がティティスに埋め尽くされるのを感じた。

それは、普通ならば、純血種が垣間見ることができない本能の坩堝だった。

「わらわの中に来(き)や──」

耳元で、熱っぽい声が聞こえ、俺の先端は、温かくて湿った肉の中に埋没した。

 

「あぁっ、ああっ……」

ティティスの黒髪がうねる。

小麦色の肌に透明な汗が張り付く。

湿った音が二人の股間で聞こえる。

ティティスと、俺のつながる音が。

もう、どれくらい長い時間こうしているのだろうか。

土の香りと血の香り。

そしてティティスの香り。

俺は何度も達しそうになり、そのたびに引き止められた。

ティティスは、まるで俺の身体を支配しているかのように、

絶妙なタイミングで射精を押し留めていた。

腰の一振り、あそこの一締め、それで達せられるというのに、

ティティスはそれを許さず、前後に左右に肢体を動かし、あるいは止めた。

「出したいかえ? 出したいかえ? 精を出したいかえ、わらわの中に?」

吸い込まれそうな黒瞳で俺を見下ろしながらティティスがささやく。

胸もまっ平ら、あそこに毛も生えていない、初等部の女子のような同級生は、

俺の上で、成熟しきった女王そのものになっていた。

ティティスにとってもあきらかに、はじめての性行為のはずだったのに、

もう破瓜の痛みはなくなっているらしい。

これも、獣人の強力な本能のなせる業なのだろうか。

「まだ駄目じゃ、まだ駄目じゃ。もっと、そなたの精を濃くするのじゃ。

そなたの濃い精は、わらわの卵を目覚めさせる。

わらわを孕ませるために、もっともっと昂ぶるがいい、我が夫よ」

うわごとのようにつぶやき続けるティティスは、異教の巫女のようだった。

仕える神は、淫らな性愛の女神にちがいない。

いや、ティティスそのものが、女神か。

 

「も、もう……俺……」

何十度目かわからない快感のうねりに翻弄されながら、かすれた声をあげる。

「おお……おおっ、き、来たぞ、来たぞえ。

わらわの卵が、そなたの精を呼び始めた……!!」

ティティスが、目を大きく開いて叫んだ。

「う、うわぁっ!!」

同時に、俺をくわえ込んだ<女王>の女性器がうねる。

膣壁が、粘膜が、俺の性器をめちゃくちゃに嬲り始めた。

「くううっ……」

ティティスが俺の上に覆いかぶさる。

紅い唇が俺のそれに重なる。

舌をからませながら、俺はこれまでにないほどの高みに登りつめるのを感じた。

「ティ、ティティスっ! 俺、もう……」

「よいぞ、よいぞっ! 精を放ってよいぞっ!!

ああっ、わらわの中に出してたもれっ!!」

その声が聞こえるのと、射精が始まるのは同時だった。

びくっ、びくんっ。

びゅくん、びゅくんっ。

身体の中身がすべて吐き出さされるような感覚。

「お……おお……!!」

俺にしがみついたティティスがぶるぶると震える。

見えなくても分かっていた。

俺の最大限に濃縮された精液が、ティティスの子宮の奥深くに注がれ、

<ナイルの女王>は、それをしっかりと受け止め、自分の卵に結びつけたことが。

「ティティス……」

「わが背……」

俺たちは、ひとつの小さな大事業をやりとげたつがいとして、もう一度口付けを重ねた。

それは、もちろん、俺の上に乗る<女王>のほうが先に求めてきたものだった。

奪うように、貪って。

 

 

 

「――これ、どこに行く、待ちゃれ!」

「オセ……いや、<64モーグリ倶楽部>の昼会合だ!」

「たわけ、今日こそは、昼休みの甲羅干しじゃ。太陽をたっぷり浴びねば卵に悪い」

「ふざけろ、こんな真冬に正気の沙汰じゃねえ!」

俺は、じりじりとにじり寄ってくるティティスの脇をすり抜けた。

さすがに、すり抜け際に押したりはしない。

ティティスの腹は、ゆったりした貫頭衣でもかくしきれないくらいに丸く大きく膨れ上がっていた。

「あ、こら、待ちゃれ! この馬鹿夫!」

「誰が馬鹿だ!」

夫、のほうには反論できない。

親父とお袋は卒倒し、ため息をついたが、

妊娠させてしまった以上、男としての責任は取らざるを得ない。

<学園>を卒業したら、俺たちはティティスの故郷に行くことになるだろう。

まあ、木星の衛星とか、冥王星とかに比べれば、エジプトなんかすぐ近所みたいなものだ。

兄貴と同じでお盆くらいには帰ってくるさ。

 

──俺とティティスの関係は、まあ、あまり変わらない。

ティティスは、相変わらず「明るくてちょっとそそっかしい世間知らずのお姫様」だし、

俺は俺で、それから逃げ回っているめんどくさがりの普通の高校生だ。

セックスをして、子供も作ったけど、そういう関係は変わらない。

別に演じているわけでもないけど、他人の前でそうそう「本当の自分」をさらけ出す必要はない、

二人で考え考え、そういう結論に達しただけの話だ。

ティティスが妊娠したことが分かるまで、何百回もあいつに犯されながら。

 

もっとも、変わったこともいくつかある。

ティティスが、俺を捕まえる回数が増えたこと。

──今みたいに、偶然を装って、俺の手をうまくつかむ。

そして、そういうときは耳元でささやくようになったこと。

「そなた、六時限目は空きじゃな? ――東校舎の裏で待っておる」

にやりと笑ったティティスが、俺に手を振りほどかれて叫ぶ。

「――あ、これ、逃げるな、戻れ!」

振り向きもせずに、俺は、小うるさいジャリから逃げ出した。

心臓は、どきどきしている。

走りながら、生唾をのみこむ。

六時限目、校舎裏に、今振り切ったばかりの少女と同じ姿の女が待っている。

知っている人間なら知っている、強力で凶暴な<女王>が。

……そして、俺しか知らない、淫らで魅力的な<女王>が。

俺を犯すために待っていて──俺はそれから逃げられないんだ。

 

 

Fin

 

 

 

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