<砂漠の女王>3

 

──闇の中に光点が二つ。

砂漠の街の冷える夜気に、紅い瞳が鈍く光っていた。

のそり、と、しかし、その巨体を全く感じさせない動きで<獣>がその闇から這い出る。

<獣>は、自分が何をすればいいのか分かっていた。

これから、この高い城壁を飛び越え、風よりも迅く、影よりもひそやかに場内に忍び寄る。

そして、地下の女王の部屋に行き──。

そこで<獣>の足が止まった。

目の前の闇に立ちはだかる三体の影を見つけて。

ぐ、る、る、る──。

<獣>は低い声でうなった。

こいつらは、敵──。

彼の親友で主人である魔女の、宿敵の下僕だ。

自分を包囲するようにじりじりと距離をつめてきた異形の兵士を見据え、

金色(こんじき)の毛皮を持つ魔獣は、

神々しい美しさすら持つしなやかな筋肉をたわめ、臨戦態勢に入った。

 

「──」

ヘルバトラーは水の入ったグラスを持ち上げかけ、卓に戻した。

魔界のモンスターである彼は、普通の人間が昏倒するくらいの酒が入っても行動にまったく支障がない。

しかし皇帝リュカから、勇者のお目付け役を命じられている彼は、

自分自身の行動から、そうした「不の可能性」をできるだけ取りのぞくことを旨としている。

この点、女王から出されたご馳走を腹いっぱい食べてひっくり返っているプオーンや、

プオーンほどではないにしろ、食べ盛りの旺盛な食欲は抑えきれずに料理を平らげ、

いまはソファでうたた寝をしているプチタークとは異なっていた。

彼らは、もちろん強力な戦士であるが、いわば「同世代の友人」として勇者に付き従っているのだ。

「……」

無言のまま何事かを考えていたヘルバトラーは、しばらくして傍らに置いていた布を頭からかぶった。

テルパドールは勇者とその下僕たちにとても友好的とはいえ、

日が沈んだ今の時刻に、住民が魔界の魔物に出会えばびっくりすることだろう。

顔まですっぽりと布で覆えば、目立つことはない。

バトラーは女王に与えられた部屋から抜け出した。

 

ざわめく胸の内は、──戦いの予感。

かつては魔王の──今はそれ以上の存在である皇帝と勇者の──近衛兵を務める戦闘種族は、

夜の街に渦巻く緊張感と殺気を肌で感じ取っていた。

──アイシス女王のたくらみは、承知していた。それを阻むつもりはない。

女王は、ある意味「非常によこしまな考え」のもとで行動しているが、

勇者に対して一片の悪意も害意もなく、むしろ、少年のために嬉々として奉仕している。

女王の後ろにはフローラ皇后がおり、こちらも母親として勇者のことを案じこそすれ、

傷つけたり陥れたりする気は微塵もない。

彼女たちは、蛇のように執念深く、陰湿で、綿密な策謀を練ってはいるが、

それ自体は、決して勇者への脅威にはなりえないものだ。

だから、皇帝直属の戦士長として勇者の護衛をまかされているヘルバトラーは、

彼女たちの姦計自体には、まったく興味がなかった。

この魔界の親衛隊長にとって、女王はおろか、皇后その人でさえも、

しょせんは「主君の妻」という程度の認識しかない。

 

──だが、その策謀そのものは、「ベッドが一つあれば済む」ほど小さな話であっても、

フローラ皇后やアイシス女王、そして<伝説の勇者>といった力のある人間がかかわると、

その「結果」は世界を変えるほどに大きなものであるし、またそれによって悪化してしまう「事態」も存在する。

ヘルバトラーが動いたのも、その「事態」のためだった。

「……こっちか」

街路を走り抜けるヘルバトラーは、風を巻いて飛び上がった。

王城の裏手にある、小さな泉のある広場。

夜になれば水を汲みに来る者もない、その一区画に、殺気が渦巻いていた。

 

「むうっ!」

広場に足を踏み込んだヘルバトラーは、一瞬にして状況を把握した。

(キラーマシーン!)

フローラ皇后が好んで使う暗殺機械兵が──三体。

勇者の母親は、敵に対して容赦のない女だった。

「……」

ヘルバトラーを一顧だにせず、キラーマシーンを見据える<獣>。

その<獣>が、一歩前に出た。

新たな影が二体あらわれ、<獣>の左右にふわふわと寄り添った。

(……ドラキーと、ゴースト!)

<金髪の魔女>の故郷・アルカパに棲む竜コウモリと、

彼女が幼馴染と冒険したという廃城にたむろしていた幽鬼。

姿こそ愛くるしくさえあるが、いずれも十分に成長したあなどれぬ魔物だ。

 

──皇后と敵対する女も、総力戦の覚悟を決めていたらしい。

何よりも、その<獣>がここにいる、ということが、

彼女の不退転の決意を雄弁に表していた。

キラーパンサー。

──魔女ビアンカの護衛にして使い魔。そして親友。

「……両者とも引かれよ」

ヘルバトラーは、どちらからも距離をとりながら言葉をかけた。

どちらからも、返事はなかった。

人間語を理解することはできても話すことはできない魔物たちであるから、当然といえば当然だが、

彼らは魔物語での返答も拒否していた。

キラーマシーンもキラーパンサーたちも、魔物使いである皇帝リュカに仕えるモンスターであるが、

そのリュカの命令のもと、皇后と<金髪の魔女>の護衛に配置されている。

真の主人である皇帝からの直接の命令がないかぎり、彼らは、今の主人の命令に絶対服従だ。

つまり、フローラとビアンカが引く気がない限り、彼らは死ぬまで戦う。

「……それほどの決意なのか、<金髪の魔女>」

ヘルバトラーは嘆息した。

感情のない機械兵に対して、皇后は「便利な手駒」以上の感情をもっていないだろうが、

ビアンカの魔物のほうは、いずれもリュカとの思い出があふれる長年の友人だ。

それを死戦に送り込んで悔いぬ執念──。

(──いや)

金色の獣と、竜コウモリと、幽鬼。

それぞれの瞳に宿る光を見て、ヘルバトラーは戦慄した。

三体の魔物が、魔女のために自ら望んでここにやってきたことを悟ったからだ。

(これは──まずい)

この戦いは、フローラとビアンカの全面対決になりかねない。

「くっ──。プチタークとプオーンを連れてくるべきだった!」

実力者ぞろいの六体の魔物を力ずくでも止めさせるには、

ヘルバトラーの力を持ってしても一人では難しかった。

愛用の<地獄のサーベル>を抜きながら、魔界の魔物は珍しく焦った。

その苦悩を省みることなく、<獣>たちと暗殺機械兵たちはじりじりと間合いをつめていた。

彼らは、あるじ達の意思をどこまでも貫くつもりだった。

一人は、愛する男の子供を守るために。

一人は、愛した男の子供を得るために。

そして、両者は、──戦い始めた。

 

 

 

「──うわあっ!」

勇者は、女の子のように甲高い悲鳴を上げた。

「ふふふ、どうしました、勇者様?」

アイシスは、勇者の首筋に唇を這わせながらささやいた。

その手指は、信じられない淫らさで、勇者の幼い男根をなぶっている。

「こうやってしごくと、とてもよろしいでしょう?」

若々しい茎を弄びながら、女王は少年の唇をちろりと舐めた。

「くぅっ……」

勇者は目をつぶって体中に襲いかかってくる快感に耐えていた。

(──自分は勇者だ。何者にも負けてはならない、何者にも屈してはならない)

少年は、無意識下でそう思っている。

それは、大魔王との長い戦いの中で、人々の「希望の星」として期待を一身に背負った名残だ。

苦痛や困難ばかりではなく、快楽に対しても勇者は耐えようとしている。

いや。

むしろ、万事保守的なフローラ皇后から厳しく育てられた勇者は、

こうした性的快楽に対して、できるだけ潔癖であろうとしているのかも知れない。

「ふふふ」

魔法で心を読めなくても、アイシスにはそうした勇者の心のうちはわかっていた。

少年のストイックな抵抗は、女王にとってむしろ好ましく感じるものである。

下手すれば自分の産んだ子供と言ってもおかしくないほど年下の少年を、アイシスは尊敬してさえもいた。

──だが。

いや、だからこそ蹂躙せずにはいられない。

アイシス女王は、喜んで少年の牝奴隷になる女であったが、

同時にまた、少年を限界一歩手前までいたぶることに悦びを見出す女でもあった。

「──勇者様ったら、ほんとうにいやらしいですわ。

アイシスの手で、おち×ちんをこんなにパンパンにしてしまって……」

甘い吐息を耳に吹き込みながらささやくと、勇者は激しく反応した。

「そ、そんなこと、ないっ……よっ!」

「うそですわ。勇者様は、とってもいやらしい男の子です。

普通の男の子は、女の手でしごかれて、こんなにいやらしく悶えませんもの」

「そ、そんな……うわわっ!」

アイシスがタイミングよく手首を軽くひねったので、勇者は声を上げてのけぞった。

「勇者様くらいの男の子なら、おち×ちんは自分でいじるお年頃でございますわ。

自分でいじって、精液をぴゅっぴゅっと出してしまうのが普通なのです。

勇者様のように、年上の女にこんなふうにおち×ちんをいじらせて喜んだりはしません」

アイシスのことばは理が通っているようで、その実全然めちゃくちゃだが、

頭の中が沸騰している勇者は気がつかない。

「ぼ、僕だって……じ、自分でしてるよぅ……」

「あら、勇者様も自分でなさるのですか?」

「う、うん……た、たまに……」

「左様でございますか。

──ふふふ、勇者様はどんなことな事を考えておち×ちんをいじっているのですか?」

「!!」

アイシスの誘導尋問にひっかかり、勇者は自分が罠のさらに深いところへ陥ってしまったことを悟った。

「……そ、それはっ!」

「ふふふ、ラインハットのぱふぱふ屋さんですか?

あの娘さんはさすがに専門家だけあって、みごとなおっぱいでございますからね」

「!!」

勇者の顔がこわばった。

ぱふぱふ屋で遊んだことがばれて、母親からを大目玉を食らったことは最近の勇者のトラウマだ。

「な、なんでそれを……」

「ふふふ、言ったはずですよ。私は、テルパドールの女王ですもの。

──その気になれば、勇者様の過去とお心は、全て読めます。どんなことでも」

「あっ、ああっ!」

「でも、おっぱいなら、私もひけをとりませんわ。──ほら」

女王は横抱きにした勇者の頭を自分の胸の谷間に押し付けた。

若い娘の弾力と熟女の柔らかさが絶妙のバランスで混じる乳房は、

女王の体臭に合った最高級の香水をもっとも効果的な量だけ振り掛けてある。

触感と、体温と、甘い香りに、少年は気が狂わんばかりに反応した。

 

──例によって、アイシスは堂々と嘘をついている。

ぱふぱふ屋の一件は、各地に送り込んでいる諜報者からの報告で知ったものだ。

しかし、勇者は、女王のこれまでの巧みな演技と暗示ですっかりと騙されている。

誰にだって隠しておきたい秘密はあるものだ。

それがこうもぴたりぴたりと言い当てられたのでは、立つ瀬がない。

それは精神の強姦だ。

アイシスのぱふぱふに判断力を封じられた勇者は、パニックに陥った。

「あのっ、そのっ、女、女王っ……!」

「わかっておりますわ、勇者様」

アイシスは優しく微笑んだ。──次なる罠のために。

「私とて勇者様が望まぬのに、そのお心を読むのは、好むところではありません。

ですから、私がそんなことをしなくても済むように、勇者様のほうから告白してくれれば良いのです」

「えっ!?」

「私の質問に、勇者様が正直に答えてくだされば、わざわざお心の中を読む必要はありません。

どの道、アイシスには勇者様のことが全て分かるのですから、そうしたほうがよろしいのではないでしょうか?

自分の精神に立ち入られるのは、──たとえ実害がなくても──嫌なものでございましょう?」

「う、うん」

勇者は、心を読まれることへの恐怖と嫌悪感から反射的にうなずいてしまった。

「では、あらためてご質問いたします。──勇者様は、アイシスにどんなことをされたいのですか?」

「〜〜〜っ!!」

勇者は涙目になった。

 

──自分から、いやらしいことばを告白させる。

それが、アイシスが用意した少年への責めだった。

同時に、アイシスの責めを精神的な強姦から、和姦にすりかえる作業でもある。

(──勇者様は、勇者様であることに多大な重圧を受け続けている)

久しぶりに再会した時から、女王は、勇者が自分自身でさえも認識していないでいるストレスを感じ取っていた。

それは、女が、深い好意を寄せている男に対して持つ観察眼とでもいうのだろう。

明るく振舞っているが、勇者は無意識に自分に課し続けた重圧で押しつぶされる寸前であった。

おそらくは、皇后フローラも、そのことに気がついている。

アイシスに破廉恥な役目を依頼したのもそのせいであった。

「や、やだ……言いたく…ない……」

勇者は子供のようにいやいやをした。

「言うのです、勇者様。──お心を開いて、いやらしいご自分をお認めください」

アイシスは勇者をやさしく追い詰めた。

それは、性的行為を利用した一種のカウンセリングであった。

重圧が大きい王族には、こうした方法での精神解放法が伝わっている。

高貴な身分には性的に奔放な人間が多いのも、こうした理由からだ。

「ううう……」

女王の尋問はどこまでも優しく、何処までも真摯なものだった。

「……勇者様。テルパドールは、勇者様のために作られた国でございます」

「──」

「そしてテルパドールの女王は、勇者のために生まれた女でございます」

「──」

「この地の役割、私の役割とは、勇者様が心を広げ、安らぐ場所を提供すること。

今だけは、ここでだけは、自分に厳しくすることをおやめください。

この快楽に、私に、心と体をおまかせください……」

少年をいたぶる女王は、あらゆるものを少年に捧げて悔いぬ女奴隷であり、

勇者のためだけに用意された癒しの女神であった。

快感と羞恥に、白くとろけた脳髄でもそれを感じたのだろう、

勇者は涙がにじむ目で「告白」をはじめた。

「ぼ、僕は……アイシス女王と……えっちなことが……したいです……」

「――よく言えました。ご褒美に、うんとよくして差し上げますわ、私の勇者様」

自らを縛る枷を取り外した愛しい少年に賞賛のことばを与えたアイシスは、

その報酬を与えるべく、少年の上に自分の裸体を重ねた。

 

 

 

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