小山田が障子を開けると、締め切られていた部屋には女の部屋独特の甘い香気がしっとりと立ち込めていた。
それに混じった薬湯の匂いがわずかに鼻腔をつく。
部屋の灯台に明かりを燈すと、揺れる炎が寝具の上で悩ましくうねる黒髪と女の白い顔を映し出した。
黒い瞳の焦点が不安定に揺れながら小山田の顔に結ばれ、唇がわずかに「との」と動いた。
衰弱ゆえの鈍い動きが悩ましい。
「そのままでよい」
だるそうに体を起こそうとした美瑠を手で制し、小山田は彼女の褥の傍らに胡坐をかいた。

美瑠が産んだおさな子が病でこの世を去ったのは秋のことだ。
季節は冬へと移り年も改まったというのに、美瑠の嘆きは癒える様子がない。
美瑠はろくに食事も摂らない。
眠りも足りてはいない。
精神の均衡を失った彼女が、夜な夜な悪夢にうなされるのを小山田は共寝の床で聞いた。
「藤王丸……!」
それは亡き子の名を呼ぶ悲痛な声であり、何者かに許しを乞う苦しげな声だった──。
「……殿……父上……お許しください、どうか……」
武田に滅ぼされた彼女の父や先夫、そして志賀城で死んだ兵の霊が夢に現れて彼女を責め立てている。

小山田は美瑠がうなされるのに気づくとそのたびに彼女を揺さぶり、大急ぎで亡者の輪の中から連れ戻した。
そうしないと、彼女が黄泉へと引きずられ、そのまま二度と目覚めぬような気がしたからだ。
ぐったりした体を抱きしめ、耳元でささやく。
「大丈夫、わしはここにおる。そなたの傍を離れぬ」
離さない。断じて──。
「……生きることは、裏切りではない」
小山田信有もまた、美瑠と同じ「武田に負けた家の子」である。
ただ、郡内小山田家は武田に膝を屈することでその命脈を保った。
父の心中はいかばかりであったろう。彼自身、幼き日より受けた屈辱は数え切れない。
しかし、父の決断のお陰で今の自分があり小山田家がある。
美瑠に出会うことも──できた。
平賀家も笠原家もくだらぬ誇りゆえに身の処し方を誤り滅びたのだ。生き残った美瑠に咎はない。
それとも、誇り高き死者とやらの血を引く唯一の子を、仇の家臣の庶子として葬ったのがそれほど不満か。
閨にわだかまる闇の中、小山田は姿の見えない怨霊を睨みつけた。
罪悪感で心を満たした美瑠は、日々花がしおれるように弱っていく。
目を覚ましていても幻は追いかけてくるのか、ふいにおびえる素振りを見せる。床についている時間は増え、正気でいる時間は日々短くなっていく──。

「また、何も食さなかったそうじゃな」
苦悩を押し殺した小山田は美瑠を優しく叱咤してから微笑みを作った。
手に提げてきた小籠から黄金色の果物を一つ手に取って弄ぶ。
「蜜柑じゃ……美味いぞ」
小山田が果皮に爪を入れると、酸味を含んだ爽やかな香りが澱んだ部屋の中にこぼれた。
駿河や相模のごくごく温暖な沿海部で産する蜜柑は、貴重品である。小山田はそれを食の進まない美瑠のためにつてを尽くして取り寄せさせた。
このようなものならば喉を通るかと、祈るような気持ちだった。
器用に手を動かして皮を剥く。ほろほろと果肉にまつろう白い筋を丁寧に取り除いて、半透明の膜に包まれた房を一つ、美瑠の口元へ差し出す。

美瑠は首を横に振るった。
「……お許しくださいませ」
小山田は仕方無しに剥いた蜜柑を一房自らの口に含んだ。
身を屈め、美瑠に口づける。
閉じた唇と歯を愛撫して開かせ、柔らかく噛み砕いた果肉を女の口へ注ぎ込む。
励ますように唇を舐めてやると、しばらくしてゆっくりと美瑠の白い喉が動いた。
「……甘いであろう」
笑みを浮かべる小山田の目の前で、口中のものをすべて飲み下した美瑠の唇が薄く開いた。
喜んでもう一房与えようとしたが、それは拒まれてしまった。
「……もういりませぬ……そうではなくて」
細い指が小山田の胡坐をかいた膝にゆるゆると這い上がる。
「殿……」
果汁に濡れた唇がなまめかしくて目を奪われる。
「ならぬ。体に障る」
「抱いてくださいませ……」
「ならぬと申しておる──こんなに、弱っておるのに」
彼の下肢で頭をもたげ始めたものを、いつの間にか衣の中に潜り込んできた美瑠の指が擦る。
「よさぬか」
息を乱しながら、弱々しくしなる女体を注意深く引き剥がすと、背を反らした美瑠の潤んだ目に視線を囚われた。
美瑠の手が小山田の手を取って懐へと導く。
手足は折れるように細くなったが、美瑠の乳房はまだ淫靡な柔らかさを保っていた。
悩ましく体をくねらせると、乱れた襟元で乳房がふるりと揺れた。
「抱いてくださらねば、眠れませぬ……鎮めて下さいませ。昨夜のように……」
情けないほどに理性が揺れる。
乳房を握る手に力を入れると、美瑠は、ああ……とうれしそうに喘いで己の太腿をすり合わせた。

「わかった。ただし、そなたはこれをすべて食べるのじゃぞ──よいな?」
こくりとうなずいた美瑠の体を膝の上に抱き上げると、小山田は蜜柑を一房もぎとって美瑠の唇に入れた。
生ぬるい舌が甘い果実よりも小山田の指を求めて吸い付いてくる。
唾液で濡れた指で舌をなぞり、咀嚼を急かす。
一房、また一房。美瑠の唇に小さな果実のかけらを運びながら、小山田の息はさらに荒くなっていった。
美瑠の体が膝の上で弱々しく体を揺らし続けるのが体の芯にたまらなく響く。
早く、抱きたくてたまらなくなる。

苦しそうに休み休み果物を食す美瑠の口元から甘い汁が一筋伝い落ちた。
小山田の舌がそれを丁寧に舐める。
美瑠がせつなく躯をすり寄せてくる。
「殿……もう」
「まだじゃ」
最後の一房を口に含まされた美瑠の唇が小山田のそれに吸い付いた。
汁気の多い果肉が二つの舌の間で弾けて、甘い水分が溢れる。
焦れた小山田はそれを自らの喉に飲み下した。
細い女体を褥に押し倒し、裾を開く。
美瑠が自ら開いた足の間で彼女の果肉がぬらぬらと露を含んで光っていた。
むしゃぶりつくと口に残る酸味が美瑠の分泌する生ぬるい液体に混ざる。
「あぁ…あああ」
かすれた嬌声にくらくらしながら夢中で肉襞を指でこじあけてすすり上げる。
「ん……」
べとべとに濡れた顔を上げると、美瑠は己の両の乳房に細指を埋めていた。
柔肉を揉みしだき、紅色に尖った乳首を掌で擦りあげて悶えている。
「ん……ぁ」
慎みや矜持の糸はほつれ、彼女を彼女たらしめていた心のかたちは、もう保てなくなっている。
小山田は愛する女の痴態を陶然とした目で眺めた。
「殿……」
美瑠が小山田を呼ぶ。痩せた手足を悩ましくくねらせる。
その細い体に覆い被さる。
まとわりつく夜着を剥ぎとるのももどかしく、まず急いで貫く。
極めて乱暴な挿入を女の濡れた肉は柔らかく受け入れた。
「ぁあ……ああ」
腕の中の女の唇が狂おしい啼き声と共に甘い果実の香りを吐きだした。
互いに噛み付くように唇を貪り合っていると少し塩辛い鉄の味が混じった。
美瑠の歯が小山田の唇を傷つけていた。
血の味は興奮を一層煽った。

肌を無茶苦茶にまさぐり合って、争うように体を叩きつける。幾度も幾度も。
「……このまま死にたい」と息を乱して美瑠が言う。
「殺してくだされ、さもなくば私は……」
言葉の続きは絶頂の喘ぎにまぎれた。

いつの間にか火桶の火は尽き果て、閨の空気は冷たく冴えていた。
外でさらさらと雪が降り積もる気配がある。

小山田は、まるで底知れぬ深きところから伸びる触手に絡め取られ、溺れかけているような美瑠の体を抱きしめた。
彼女の絶望の海は深く冷たく、どこへ泳ぎ着けばいいのかわからない。それでも小山田は彼女を抱いて力の限り泳ごうと思った。

力尽きた時は──共に溺れればいいだけのこと。

快楽に消耗しきって眠った美瑠の髪を男の手が愛おしく撫でる。
小山田は女が夜明けまで、安らかに眠れることだけを、ただ祈りながら眠りに落ちた。

おわり

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