夜更け過ぎ、ここ越後春日山城でも張り番の者を除いては誰もが寝静まっている刻であるが、この城の主である
長尾景虎は一人目覚めていた。手酌の酒にも飽いて今は夜着姿で書物を読んでいる。
じじっと音がして、灯が消えた。
―油が切れたか。

呼べば誰か参じるであろうが、己の酔狂のためにわざわざ寝ている者を起こすのも気が引けて自ら立った。
また、もし起きている者がいれば話し相手にでもしようかという気もあった。
廊下を歩いてゆくと折よく浪の部屋に灯りがついていた。

浪は直江実綱の娘で、城に上がって以来侍女として景虎の身の回りの世話をしているが、気立ても働きぶりも
中々良い。気性が真っ直ぐで気高さもあり、侍女として城に入った経緯(いきさつ)のせいか、景虎は己では
気づかぬながら姉の桃に重ね合わせ、実綱の目論見とは少し違うのであろうが気に入って信を置くようになった。
手渡した経文を毎日熱心に読んでいるのも感心である。
「あの娘は実綱ではなく母御に似たのであろうか」
と、つい一人ごちた。
実綱とて景虎が女人を抱かぬことは知らぬはずはないが、それでも美しい娘を差し出せば易々と不犯の誓いを
破ると思ったか、あるいはあれでも、まだ若い景虎を気遣っての所業であったのか。
ともあれ、その後の浪の働きぶりに免じ、実綱の行いを浅ましいと断じるのはやめにしたのであった。

部屋の中からは読経の声が聞こえ邪魔をするのを少し躊躇ったが、灯がないのも困るし浪なら話し相手には
願ってもない。そっと戸を引くと灯に映る浪の影が揺らめいて見えた。
声をかけあぐねつつ経文を聞いていると、時折途切れ、呻くような声が混ざる。
具合でも悪いかと一歩踏み出した時、眼前に現れた浪の姿に景虎は掛ける言葉を失った。
緋色の着物の襟元は開き、裾は大きく乱れ、片手は膝の間に差し込まれている。その手の動きに合わせて身悶え

する姿は、まるで灯の中に飛び入ってその身を焼かれる虫の如くであった。
今は女人への欲を断っている景虎であるが、十四の時に還俗させられたのち全く女と交わらなかったわけでは
ない。浪が何をしているのかはおぼろげに知れた。
膝の奥深く、女人の秘所を擦っているらしかった。

―何と……
驚きのあまり咄嗟にどうしようとは思い浮かばず、とりあえず息を殺してそのまま部屋を出ようとした。
が、後ずさる時に戸に踵を打ちつけてしまった。
かたり、という音に読経の声が止む。
「誰じゃっ」
浪がはっとした様子で怯えたように振り返りつつかすれた声を上げた。
「……儂じゃ。遅くにすまぬが油が切れた」
もはや致し方無しと、声とともに景虎が姿を現すと浪はひいっという悲鳴のような声を上げて飛びすさった。
「と、殿っ……お、お赦しをっ」
乱した着物を整(ただ)しもせずそのままひれ伏して赦しを請う姿に、さすがの景虎も声を掛けられず黙っていた。

やがて浪はきっと面を上げて真っ直ぐに景虎の眼を見据えると、震えてはいるがはっきりとした声を発した。
「わ、わたくしがこちらに上がりましたのは欲からではないと申しました。なれど、殿にお目通りしたその日
よりわたくしの心に欲が生まれましてございます。その欲は富でも権力(ちから)でもございませぬ。……殿が
経文を下されたあの夜から、それを読むのが伽と仰せられた時から、その経を読む度にただただ殿のお情けを
頂戴したく、この身が燃えるのでございまする。経を、読んでも読んでも火は消えませぬ。……お赦し下さり
ませ……いいえ、いいえ。毎夜かような業火に苛まれるのはもはや耐えられませぬ。……いっそ、お手討ちに
なさって下さりませ」
激しくかぶりを振って髪を乱し、吐き出すように言うと、浪の見開いた瞳から涙の粒が零れ落ちた。
色を失った唇がうっすらと一筋朱に染まるのはきつく噛み締めたゆえに血が滲んだものだろうか。

『経を読んでも荒ぶる魂は鎮められぬ』
景虎は兄の言葉を思い出しながら、浪がこのような有様を晒していることに困惑していた。
しかし、この素直で真摯な娘を、色に迷うたからといって見殺しにするのは果たして正しき道と言えようか。
身の欲に迷うは病のようなもの、されば、救ってやるのが仏の御心に添うものとは言えまいか、そう思った。
さらに、宇佐美定満が景虎を諭した言葉を思い出す。
『人の欲を否としてはなりませぬ』
己は不犯の誓いを立ててはいるが、己の誓いのために浪を見捨てるは宇佐美の言うようにまさに己の欲なのかも

しれぬ。眼前で震えている哀れなおなごひとり救えぬ己に何ができるであろうか。
つまり、この場において浪を救うというのは情けを掛けてやるということであるが、それは決して己の欲からで

はなく、ならば仏の道に背くことではない。
景虎が己が胸の内で問答していると、浪はいつの間にか護身の懐剣を取り出していた。
「殿がお討ちくだされないのなら……かような浅ましき姿を見られて浪は生きては居れませぬ」
鞘を払い今にも刃を首筋にあてようとする浪の手首を、景虎は腰を落としながら、はし、と捉え、そのまま引き

寄せつつ静かに呼んだ。
「此方へ」
浪は懐剣を握り締めたまま、景虎を見た。
景虎の顔には怒りも蔑みもなかった。常のように微かに眉根を寄せて憂いに満ちてはいるが、その眼には慈しみ

を湛えている。
掴まれている手首から懐剣が落ち、浪は景虎の顔を見つめたまま吸い寄せられるように近づいた。
片膝をついていた景虎はその身体をそっと抱きかかえると、胡坐を組んでその中に包み込む。
「……お屋形様…」
「違(たが)えるでないぞ。これは儂の情ではなく毘沙門天の慈悲と心得よ」
景虎は浪の乱れた襟に両手をやり、それを正すのかと思えば、く、と左右に大きく開く。
たわわな白い乳房がこぼれた。
己の身に何が起こっているのかわからぬかのように、浪はぼんやりと景虎の顔を眺めている。口は薄く開いた
ままである。
景虎は印を結ぶようにそろえた人差し指と中指を、円を描くように乳房の上で滑らせ始めた。
浪は驚いて声も立てられず、今度はその指を惚けたようにみつめている。
その息遣いが荒くなり始めた頃、静かに景虎が言った。
「浪、唱えよ」
「は……」
「毘沙門天の真言じゃ。……なうまく さまんだぼだなん おん べいしらまなや そわか」
その言葉に操られるように浪の唇からも真言がこぼれだした。

景虎の指先は椀を伏せたような乳房の上の小さな蕾を捕らえ、真言を唱えながら数珠を巡らすがごとくに
その蕾をつまむ。その度に浪の声は艶めいた吐息に変わるが、それでもやっとのことで唱え続けている。
景虎は乱れていた裾をさらに開き、白く柔らかい太腿の間にそっと手を差し入れた。
指先で奥の秘肉に触れながら、その湿り気を帯びた弾力のある手触りは、城から程近い浜にあがる貝の肉に
似ているとふと思う。山中の栃尾城と違い春日山城から浜までは近い。この城に戻ってすぐは懐かしく、
しばしば馬を駆って潮風に吹かれに行ったものだった。
―浪という名も海に因んだものであるか……
そんなことを思いつつ探るように指を這わせると、その奥に少し硬く触れるものがあった。
―これは……珠……
万葉の歌に詠まれた白珠*を景虎も見たことはないが、秘肉の狭間に隠れている様は貝の肉の中に生まれる
という白珠を思わせた。ふと見てみたくなったがそれは欲かと思いとどまりつつ、その手触りを楽しむように
指先で転がすと、浪が腕の中で身体を跳ねさせた。
景虎は秘肉の芯に戻した指で潮が満ちているのを確かめると、襞の間にゆっくりと埋めていった。
「う…んっ…」
二本の指を差し込まれた浪は快楽とも苦痛ともつかない呻き声を上げる。
中は濡れてはいるが指を通したその襞は閉じた貝のように固い。
「そなた、もしや未通女(むすめ)か」
浪がこくりと頷く。
当たり前である。所望されたのであれば別であるが、どこの家臣が主君の伽をさせるためにわざわざ生娘でない

者を侍らすであろう。しかし景虎はそういう機微には疎い。
ただしおなごの扱い方は、還俗してすぐに教育と称して与えられ幾度か実践もさせられていた。元服したと
いえど齢十四ではまだ家臣に抗いきれるものではない。相手をしたのは然るべき家臣の縁者の後家など手練の
女であったが、いざというときに女の前で戸惑わぬよう、未通女の扱い方、見分け方も伝授されていた。
教えられていた通り、硬い秘肉をほぐすようにそっと掻きまわせば、浪がまた息を飲みながら身体を震わせる。
景虎の指の根元には熱い潮がこぼれ出し、吸い着くようなその口に指を押し入れる度にぴちゃぴちゃという
水音が聞こえたが、浪はそれを恥じいるゆとりもないのか、熱に浮かされたような眼で中空を見つめながら
遠慮がちに喘ぎを漏らした。

「そなた、悔いはせぬか。もしまことに契りたい男がいるのであらば……」
景虎が静かに問うとその言葉が終わらないうちに浪は首を強く横に振った。
「おりませぬ、そのような……。このお城に上がるまでは…。今は、お屋形様に、否、毘沙門様にこの身を
捧げることこそが無上の悦びにございまする」
「……さようか、ならば」
参るぞ、と言いながら浪の体を少し持ち上げると、己の矛先をあてがった。
浪の乱れた姿に欲を催したわけではないが、乳房をとらえてやりつつ真言を唱えるうちになぜか男の徴(しるし)
が硬くなり、隆々としたそれはまるで毘沙門天の宝棒の如くにそそり立っていた。
「っ…うっ…」
充分に潤っていても、初めて男を受け入れる浪の秘貝は想いとは裏腹に固く閉じている。それを突き破られる
痛みは並大抵のものではないであろう。浪は呻き、景虎の衣をぎゅっと握り締めた。
「痛むか」
固く目を閉じ眉根を強く寄せながらも首を横に振る。
「ならば真言を……」
「はい……おん…べい…しらま…なや……ああっ、うっ、うぅっ…」
景虎は呻く浪の身体を抑えつけるように抱き締め、ぐい、と己の宝棒を押し込んでひと息にその殻を破った。
声無き悲鳴をあげて気を失ったように浪の首がのけぞると、その頭(こうべ)を片手で支え、血の色を失った唇に
吹き込むかのように真言を唱えながら口づけた。
「なうまく さまんだぼだなん べいしらまなや せんじきゃ そわか……」
薄く瞼を開いた浪が、あぁとつぶやき、口移しに受け取ったかのように真言を唱え始めた。

「そなたの中は温かいの……。ここは人がこの世に生を受ける時に通り来る道か。人は生まれる前の胎内が
懐かしくこうしておなごの中へ潜り込もうとするのやもしれぬな」
景虎は憂いを帯びた瞳のままでふと頬を緩めながら言った。
そうしてしばらく赤子をあやすように浪の体をゆっくり揺すっていたが、やがてその背中を支えながら己の
宝棒の根元へと打ち下ろし始めた。
その度に痛みとも心地よさともしれぬものが大波のように浪をさらい、唱え続けている真言を時折途切れさせる。
景虎も真言を唱えているがその息が乱れることはない。
浪の身体を持ち上げては打ちつけるように貫きながら、時折いたわるように乳房の先に口づけてやる。

硬く張りつめた剛直は、まさしく煩悩を打ち砕く金剛杵の如く浪の中に突き立てられていた。
その金剛杵は、凪いだ海の如く静まり返った景虎の面とは裏腹にますますその熱と強さを増していき、もはや
まともに真言を唱えることができなくなった浪が絞り出すように喘いだ。
「…はっ…ああっ…うっ…」
やがて浪は景虎の夜着を固く握り締め、大きく背をのけぞらせながら気を失った。
景虎は放たぬままにその秘肉の中から己を引き抜いた後、乱れた髪を梳いて着物を整(ただ)してやりながら、
浪が正気を取り戻すまで腕の中に抱いてやっていた。
その胸にはまた別の言葉が思い浮かぶ。
『人を慈しんだこともなく如何に領民を治めまするや』
―あれは……道安、否、山本勘助めが言うたのであったな。人が人を治められるとは思わぬが、実のところ浪も
含めて家臣や民はこの儂を頼りに暮らして居る。それを欲として嫌うは己の欲、ならば慈しむ心を忘れてはなる
まい。宇佐美の申す通り、民のあるがままを、俗世のあるがままを……

「気づいたか」
「は…、お屋形様…。ご無礼を、……お、お赦し下さりませっ」
その腕の中から飛び出さんばかりに身を起こすのを景虎が宥めながら腕を緩めた。
「構わぬ。身体は大事無いか」
「は、はい……」
「ではもう休むがよい。……いや、その前に油をもらってゆこう」
「た、ただ今お持ち致しまする」
「いや、よい。持って帰れば済むことゆえ」
景虎は何事もなかったかのように憂いを含んだ笑みを向けて帰っていった。


―今のは、夢であったのか
油を持ってゆっくりと歩み去っていく景虎の背を見送りつつ、浪は思った。
しかし、景虎が来る前の嵐のような懊悩は消え去り、代わりに身体の奥に微かに痛みがあった。
―毘沙門様のお慈悲……
「……浪は、お誓い申し上げます。これより毘沙門様にこの身も命も捧げまする。お屋形様の御為ならば
如何なることでも致しまする」
そうつぶやいた浪は、景虎が消えた部屋の外へ向かって身体を擲(なげう)つようにひれ伏すと、ひたすら
毘沙門天の真言を唱え続けていた。

――完――

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