スターリグル

 

 

 

 どうも息苦しくて目が覚めたリグルが目にしたものは、白い壁だった。
 そいつは自分が寝床にしてた木の洞の入り口を、何の遠慮もなく塞いでしまっている。
 見るとファンレターだ。
 もしくはラブレターだ。
 そんな手紙の山がリグルの寝床を毛布みたいに隠してしまっているのだった。
 昨日より量が増えているな、とリグルは思った。
 ここ三日連続で増えてないかとも思った。
 おそらく放って置いても、まだしばらくは悪化の一途だろうと読めた。

 リグルは手紙の壁に頭から突っ込んで埋もれ、両手で灰色を掻き分けながら表に出た。
 外に出てぶるぶると水を払うように手紙を落とすと、森はまだ薄暗く、鳥の声もなく静かに黙っていた。
 空に一つ、ドロワーズ。
 こんな朝早くから郵便配達までしている射命丸の勤労少女ぶりが気に障る。

 リグルは手紙を振り返った。
 差出人に開けてもらおうと宛先の住所ですら目一杯目立つようにカラフルだったり枠で囲われてたりハートマークがついていたりしてる。
 リグルはこの手紙が嫌だ。
 間違いなく本人に届いている不特定多数のファンの声が嫌いだ。
 三日前の朝は歓喜に震え、夢かと思い、抓った頬が痛くて嬉しくて泣いた程のファンレターの山が今は邪魔でしかない。
 いや、むしろ屈辱にさえ思っている。
 理由は簡単で、どいつもこいつも致命的な間違いをしてるからだ。

『プリンスリグル様へ(はぁと)』

 なにがプリンスじゃこの野郎! とリグルは手紙の山を蹴った。
 ばらけてひるがえった手紙のどれもが、リグル様、リグル様、と煩くアピールしていた。
 あぁ、たった一枚の写真が新聞に載ったことで、こんな……。
 あんな写真撮らせるんじゃなかったと、リグルはあれから何度目か分からない後悔をした。
 騒動は射命丸が「文々。新聞」に載せたたった一枚の写真が発端だ。

 奇跡とも呼べるベストショットが取れたそのせいで、幻想郷はすっかりリグルブーム。
 どのくらいブームかっていうと人里では隔週発刊のリグルファン雑誌が出来て、その二日後にはあまりの人気の高さで毎週火曜金曜発行に変化し、ブームに苦言を表していた稗田阿求でさえ、今じゃすっかり会員に収まっているという。

『ですから〜、私は怪しい写真一枚であまりに妖怪を持ち上げ過ぎるのはどうかと思うのですよ。考えても見なさい、写真なんて光線の具合や角度、風景やら技術やらで大幅に出来が左右される物です。会心の出来の一枚くらい誰だってあるでしょう? まぁ、私は件の写真を見ていませんし、興味も湧きませんけどね――は? 持ってきた? わざわざ持ってきたのですか……ふむん、折角だから皆の目を覚ませてやるとしましょう……見なさいこの写真……まず……いや、もう話すこともないですよ。私は忙しい身なのでこれで失礼します。急いで求聞史記のリグル様の頁に加筆及び修正を加えなくてはいけないのでねっ!!』

 確かに光線の加減とか、斜め45度が映えるのとか、色々あるのだろうがそんな偶然を超越したところにリグルの写真はあった。
 リグルにとって不幸だったのは、写真の中で魅力大幅増されたリグルのベクトルが自分の性別とは反対の方向へ真っ直ぐと向いていたことだろう。
 これには理由がある。
 その日が青白い満月だったとか、良い風がリグルのマントをはためかせていたとか、そういうのもある。
 だが圧倒的な理由はリグルの表情だった。
 少年と誤解される理由もそこだった。
 すぐ終わりますから、という射命丸の言と、自分の写真が新聞に載るんだということにわくわくして、撮影の前にお手洗いを後回しにしたことが失敗であった。
 要するに撮影中迫り来る尿意に耐えていたのである。
 だから、目つきが鋭い。
 口元も触覚も引き締まっている。
 それでいてどこか不安を抱えているような表情が、リグルを光らせていた。
 もちろん、始めはリグルもにこやかに笑って尿意に耐えていたのだけど「んー、もう少し顎を引いて……あー、だめだめ、無理な上目遣いなんて止めてー、視線はさり気なくカメラに流すように……そう、そうですねー。うーん? やっぱり立ち位置もっと木寄りがいいかな。移動移動〜」とか全然纏まらない射命丸の態度にぶち切れかけたその時にシャッターが下りたのである。
 瞬間、リグルに迫力が生まれた。
 カッコイイ。誰もがそう思う奇跡の一枚が生まれた。

 しかも射命丸が煽った。
「この秋、一皮向けたリグル……」とかコピー書いて煽った。

 ブレイクは止められなかった。
 それでもリグルは、この嘘だらけの幻想郷を何とかしてやろうと、噂を訂正してこようと勇気を振り絞って一人里に下りて、リグルの話に盛り上がる娘達の輪に突っ込んだ。
 そして、言ってやった。
 私は女の子だ! と。
 そうすると娘らは笑って言った、そりゃそうでしょうと、で、そのコスプレ良く出来てるけど何処で買ったの?
 残念ながら大衆のリグル様の認識は今のリグルではなかった……。
 まぁ、写真のリグルはリグルが見ても「誰てめぇ」であり、こうした結果になったのも仕方ないと言えようが、本人なのにレイヤー扱いされた上に小一時間リグル談義に付き合わされた元祖リグルの心を誰が癒してくれようか、である。
 
 だが、リグルはまだ諦めてはいなかった。
 前からやらなければと思っていたが、どうしても決意出来なかったことをまた考えていた。
 リスクは高い。
 だけどもう射命丸への直談判しかないだろう。
 ペンで曲げられた真実は、ペンで直すしかない。
 リグルは森の泉に向かって冷たい水で顔を洗った。梢から太陽の光がちらちらとリグルに降ってきたところで泉を離れ、マントを身に付けたリグルは射命丸の家へ向かった。

―――――
 
 射命丸はネタという餌で日々を食い繋いでいる幻想郷の鴉だ。
 恐るべき嗅覚と、貪欲な食欲で通った後はペンペン草一本残さないとか言われている。
 しかも雑食で、ジャンルを厭わない。
 今回リグルが載った「秋の妖怪特集」のコーナーの横には裏山の変なキノコを食べたせいで笑い続ける霊夢の姿が写されていた。

 リグルはこれから死地に赴く。
 背水の陣などという生ぬるいものではない。
 正直、口でも腕っ節でも彼女にまるで勝てる気がしない。
 射命丸はこの騒動で得こそすれ、騒動を終わらせたいなんてこれっぽっちも考えてないだろう。
 だから難しい。
 本当はもっと早く話し合いたかったのだけど、リグルが避けていた理由はそこにある。
 射命丸の恐ろしいところは、どんなに黒い陰謀を腹の中に渦巻かせていても、一貫して人当たりの良さそうな笑顔しか見せないことだ。
 例えばリグルが赴けば「分かりました、私に任せてください!」なんて言うと思う。
 言って、微妙に捻じ曲げた記事を書く。
 この微妙に捻じ曲げるというのが射命丸の嫌なところで、今回だってリグルのことを男の子だと書いているわけではない。
 思えば虫の知らせサービスの時のインタビューも完全に射命丸が上手だった。

 一歩も引かない覚悟で望む。
 それで射命丸が臍を曲げるなら仕方ない、リグルは帰ろうと思う。
 利害が一致しないのだから、射命丸のブン屋としてのプライドをくすぐれるかどうかが全て。
 不幸な蟲を哀れみ、嘘に塗れた幻想郷を真実に正す為の正義の炎があいつの心にあるかどうかだ。

 リグルは射命丸の一片の良心を信じて山を進んだ。  
 確かこの辺だったなという地点まで来て、リグルは鴉を探した。
 射命丸の家の近くには、大抵鴉が群れている。
 だけど、鴉が見つかる前に射命丸が住んでいる山小屋のような粗末な屋根が見えて、リグルはそれに向かって下りていった。
 この時間、奴はまだ新聞配達の途中のはず。
 一応慎重に気配を探ったが、屋根に何羽か止まっている鴉以外の気配は感じられなかった。
 
(先回りして玄関で待ち構えてやる……!)

 先手必勝の構えで望む。
 少しでも射命丸有利の会話にしてはならない。

 リグルは鍵もかかっていない射命丸の家の玄関を開いた。
 ちょっと無用心に思うのだが、場所が場所だし、大体にして天狗様の家へ泥棒に入ろうってなら、こんなちんけな家を狙っては危険に見合わないから害はないのだろう。
 玄関を開けると、右手に靴箱と傘立てがあり、その上の壁土には半紙を四枚繋げて標語のようなものが書かれていた。
(大丈夫! 文々。新聞だよ!)そんなに人々から信用されてないのかと涙を誘った。

 とりあえず土足で上がるわけにもいかないので、リグルは小さな靴箱に靴を入れようと屈みこんだ。
 そうしたら、奥に続く廊下からぺたぺたと音がした。
 ――まずい。
 いたのか、射命丸。
 土間に屈み込んで斜め六十度でお尻を向けた姿勢で射命丸を迎えるのは最悪だった。
「いやあ、蛍は尻が違いますね」とか射命丸の第一声が今にも聞こえそうだった。
 ひぇぇ、いきなり失敗だぁ、と萎んで飛んでいきそうな心を抑えて、リグルは敢然と振り返った。

「射命丸! 今日はあんたに話が――ひぇぇ!」

 だが、無理だった。
 虚勢は一気に吹き飛んでパニックになった。
 何しろそこには、わしゃわしゃと大きなタオルで短い髪を拭いている、真っ裸の射命丸がいたからである。
 
「おや、泥棒さんかと思ったら、幻想郷のスーパースター、リグルさんじゃありませんか」
「何普通に会話してんの!? きゃーって叫ぶとか、慌てて戻るとかしてくださ、あ、服着て! まず服!」
「朝の新聞配達終わったら行水タイムなんですよ、私」
「誰がいつ裸の理由なんて尋ねたのよ!? そんな格好で玄関に出てきて私じゃなかったらどうするつもりだったのよ!」
「大丈夫、ピンチの時は神速でスクワットをすれば、身体全体にボカシ処理入りますから」
「そんなわけな――おわ、すげぇ! 実践すんな!!」
「ともあれ、仲良しのリグルさんが相手で良かったー」
「ほぼ他人だよ! いつから仲良くなったんだ、私後ろ向いているから早く服着なよ!」

 リグルは入ってきた玄関の方を向いてしゃがんだ。
 射命丸はまだリグルに話しかけていたが、応答がないことを知って服を取りに戻ったようだ。
 奥から衣ずれの音が聞こえる。

「うーん、あと少しリグルさんの到着が早かったら水音を聞いて風呂場を覗きに来たリグルさんに、きゃー、リグルさんのえっち! とか言ってあげられたのですがねぇ……」
「誰に対してのサービスだ」

 しばらくしてシャツとドロワーズだけという非常に始末の悪い格好で射命丸が戻ってきた。
 リグルはもう何も突っ込まなかった。
 射命丸が「まぁ、上がってください」と言い、リグルはそれに素直に従った。
 とりあえず話そうと思ってたことが頭から吹き飛んでたので、リグルにも少し時間が欲しかった。
 居間に通されてちゃぶ台の前に座ると、一つお茶が置かれた。
 飲んでいいんだよね、とリグルが射命丸を探してみると、彼女はここからでも見える隣の台所でなにやら作業をしていた。
 朝食でも作ってるんだろうか。 

「卵焼きと目玉焼き、どっちがすきですかー?」
「え? あ、卵で」
「はーい」
 
 …………。
 勢いで返事をしてしまったが、何やらおかしくないかとリグルは思う。
 これは自分の分の朝食も作っているということか――あ、駄目だ、これこそが射命丸の罠じゃないの。
 問答無用で帰りにくい状況を作り、お腹が膨れて上機嫌の相手に一方的な質問攻めを行う、それが射命丸というものだ。
 すぐにこのペースを崩さねば!
 リグルは楽しそうに朝食を作る射命丸の背中に、その場から正座して声をかけた。
 
「射命丸! 私は朝食なんて食べないよ、今日は話があって――」
「ふんふ〜ん♪ いやーリグルさんのおかげで、私凄い助かってるんですよ。山のようなファンレターにより副業の郵便配達も素晴らしい滑り出しを見せてますからねー」
「は? い、いやそんなことどうでもいいから、私は――!」
「このようなしがないブン屋を有名になってもまだ気にかけていただけるとは、さすがリグルさんは違いますね。射命丸、感動です!」
「あ、あの、そういうことじゃなくて……」
「いえいえ、お忙しいのは言わなくても分かっております。それでも折角来たんです。朝食ぐらいは食べていってくださいよ、私腕によりをかけて作りますから」
「だから」
「里では物凄い人気ですよリグルさん。次回作の自機はこのお方しかいないって、出なかったらおかしいって、もう、そりゃあ」
「ほ、ほんと? 自機に?」
「スーパースターリグルさんに手料理を食べてもらった、なーんて言ったら里の皆さんの嫉妬の視線が明日から突き刺さって大変ですよ。ふんふんふ〜ん♪」
「えー、そうかなぁ」

 リグルは頭を掻いて照れた。
 卵焼きの甘い匂いもしてきて、なんだか気分が良くなってきた。
 射命丸は出来た卵焼きを巻きすでぐるぐると巻いて、大きな茶碗二つにご飯を山盛りにすると、卵焼きと一緒に持って卓袱台に戻ってきた。
 二人でご飯に手を合わせて、いただきますと言った。
 それからもくもくと食べている間に、何か変だなと気がつくことが三回あったが、悲しいかなリグルはあんまり賢くないので、その度に卵の甘い香りに流されていて、四回目でようやく「おかしいだろ!?」と叫びながら卓袱台を叩いた。

「あら、お口に合いません?」
「そういう問題じゃないよ! いや、そういう問題にも突っ込んどくと、腕によりをかけたお持て成しが卵焼きとご飯の二品だけってのはどういうこと!?」
「満足げな顔をしてたじゃないですか」
「一般的なレベルでのお話よ!」
「リ、リグルさんひどい、私の家が貧乏なのを知っていて……」
「貧乏まで話の武器にするな! 私はご飯を奢ってもらいに来たんじゃなくて、別の用件でここに来たのよ! 分かってるくせに!」
「えー、今日が誕生日でした?」
「誰がそんな事をあんたにいちいち告げに来るよ!? 超祝って欲しいのか私は!?」

 いけない、いけない、冷静になれ……!
 リグルはこめかみを抑えた、射命丸は涼しい顔でもりもりご飯を食っている。
 食っている。
 落ちつけ、気にするな。
 食う。
 ――食われ……。 

「今、私の卵焼きが勝手に小さくなったよ!?」
「私じゃありませんよ、リグルさんと卵焼きとの間にはハッブルの法則が適用されるから、見た目どんどん小さくなりますよ」
「何の法則か知らないけど絶対違うわ! こら、箸を止めろ!」
「ちょっと、離して下さいよ……! 私は食事中に箸の動きを制限される事が、味噌汁の具にかぼちゃが入ってることの次くらいに嫌いなのに!」
「大して嫌いじゃないでしょうそれ!?」
「折角楽しく食べようと思って作った二人分の朝ご飯を……そんなに私のことがお嫌いなんですか?」
「……別に、嫌いじゃないけど」
「じゃあ仲良く食べましょうよ、はい、あーん」
「ええっ……」
「誰も見てませんよ、仲直り仲直り」
「でもぉ」
「はい、あーん」
「まいったなぁ、あーん、もぐもぐ」
「美味しい?」
「ははは、君には敵わないよ……ってどこの新婚さんだ!!」

 リグルはもう一度卓袱台を叩いた。
 射命丸は自分のご飯がこぼれないように守っていた。

「いい!? 私は悩みがあってここにきているの!」 
「あら、人気絶頂のリグルさんに悩みなんてあるんですか」
「ありますよ! 大有りですよ!」
「ふむ、まあ聞きましょうか」
「あんたが新聞に載せた写真のせいで、私の性別認識がおかしなことになっちゃって大変なのよ!」
「ほう? 例えば」
「このラブレターの数を見て!」

 リグルは予めポケットに突っ込んでおいた幾つかの手紙を卓袱台に引っ張り出した。

「これだけじゃないよ、もっとたくさん毎日来てるんだ、射命丸ならもちろん知っているはずだけど」
「ふむ……」
「こんなのたくさん来たってただの迷惑だよ。私はたった一枚でもいいから、ちゃんとした手紙が欲しいんだよ」
「売れっ子スターの悩みってやつですかねぇ」
「茶化さないで」
「で、私にどうしろと?」
「射命丸の新聞に、写真の私が女の子だってことをちゃんと載せる。それで全部解決する」
「何故?」
「え、何故?」
「どうして私がそんなことする必要があるのかと、訊いているのですが」
「き、記事で私が不利益を被ってるから。それから伝統のブン屋が真実を曲げちゃったらいけないと思うし……」
「それは私のせいですか?」
「勘違いされそうな記事を書いたんだから責任はあるでしょう?」
「それも私のせいですか? 私のコピーよりもリグルさんのファッションの方が性別が勘違いされる要因の圧倒的な部分を占めていると思いますが」
「うっ……」
「ただ、私もリグルさんがラブレター届くの嫌だったのは知りませんでした。確かにあれだけの数になると処理に困りますかね」
「じゃ、じゃあ、配達止めてもらえる?」
「いや、私がやらなくても誰かが引き継ぎますよ。需要はたっぷりあるわけで。里の方ではなんとかリグル様と直にコンタクトを取ろうと決死の探検隊が森に何度も入っているそうです」
「げぇ、そこまで……」
「それに、ラブレターが止まらない根本的な理由は、リグルさん本人にあるんじゃないんでしょうかね」

 射命丸はじろじろとリグルを見た。
 やはり服装が問題だと言いたいのかとリグルは考える。
 無理矢理スカートでも着せられるんだろうか。
 リグルだって女の子らしい格好を試してみたくないわけじゃなかったが、通してきたキャラクターというものがある。
 急な変化は難しい、恥ずかしい。

「仕方ない、私が一肌脱ぎますか。すぐにすぐというわけにはいかないので、しばらく時間をください。準備が整うまで私の家に匿ってあげますから一緒に生活しましょう」
「え、え?」
「大丈夫。異性に向けられたラブレター、ファンレターならば、この方法で確実に減りますよ」

 リグルはぽかんと口をあけていた。
 射命丸は、自分の悪評でも流すつもりなんだろうか?
 いや、今そんな事をしたら射命丸に不利が及ぶだろう。じゃあ、私に女の子らしい格好をさせるか、もしくは私を女の子だと記事を書くか。
 しかしそれに時間が必要な理由が分からない。
 もしかして、可愛い服を仕立てるまでに結構かかるという意味なんだろうか。

「さぁ、忙しくなるぞー!」

 美味しそうにご飯をかきこむ射命丸をリグルは呆然と見つめていた。


―――――

 リグルにとって意外だったのは、射命丸との生活がとても快適だったことだ。
 まず場所がいい、ここに隠れていれば、知り合いの顔にびくびくと怯える事もない。
 人間だって天狗の根城まではやって来ない。
 言われた通りラブレターやファンレターも来なくなり、リグルは大変助かっていた。
 きっと射命丸が配達を控えてくれているんだろう……そう思ってリグルはお礼を言ってみたら意外な答えが返ってきた。

「あ、リグルさんにラブレターを出すような方達は、今はそれどころではないってことですよ」

 良く分からない返事だったが、射命丸がいつも忙しそうにしているので、それ以上訊かないでおいた。
 新聞の方は殆ど書いていないのに、どういうことだろう。
 必ず南の方角に――人里の方に飛んでいくので、里で事件の兆しがあったのかもしれないなとリグルは考えた。

 リグルは一人で射命丸の家にいることが多くなったが、木の洞と落ち葉のベッドより布団は柔らかいし、庭に出れば虫達とも出会えるということで、現状に満足していた。
 このままでもいいかな、なんて思う。
 安全な家でごろごろしているだけで、朝、昼、晩と三食が付いてくるのだもの。
 不思議なことに、最初は質素というか粗末だったおかずも、食事を重ねるたびに一品ずつ増えて次第に豪華になっていった。
 どういう理由か分からなかったが、まさか自分を餌付けしようとしているのではあるまい。
 射命丸の善意だと、リグルは素直に受け取っていた。

 が、四日後、事態が急転する。 

 食事中にその話を聞かされた時、リグルは酷い冗談だと思った。

「……嘘でしょ?」
「だからー、私はラブレターが来るのはリグルさん自身に問題があるっていったじゃないですか」

 射命丸はしれっとした顔で箸で床に山となっている書類を指し示すと、そのまま食事を再開した。
 リグルは箸を落とすほど動揺した。
 射命丸がリグルの横に置いた、リグルの横でうず高くなっている紙の束は、ぺたんと腰を下ろしたリグルの肩と同じくらいの高さがあった。
 それが三式、でん、でん、でんと並んでいる。
 一番上の書類の上部に張ってある名も知らぬ娘の写真がリグルに向かって緊張気味に微笑んでいるのにリグルは戦慄した。
 このとんでもない数、まさか全部がそうなのかしら……。
 リグルは恐る恐る一枚捲った、しかし、それは穴に紐を通した形で三枚綴りになっており、写真と履歴書、生活状況書、家族書と一纏めになっていた。
 ――お見合い資料だ。
 眩暈がした。
 リグルは天に祈って次を捲ったが、その次もやはり同じ構成だった。
 
「しゃ、しゃ、しゃ、しゃめ、しゃめーまるぅっ!」
「ちょっと、離して下さいよ……! 私は食事中に箸の動きを制限される事が、ラーメンを作った後でネギを切らしてることに気付いた時の次くらいに嫌いなのに!」
「一体、これはどういうことなの!?」
「ふふっ、私の嫌い順位は微妙なバランスの上で成立ってますから、毎日更新されちゃうのですよ」
「好き嫌いの順番変わってることなんてどうでもいいわ!! この一見お見合い資料に見えそうで、やっぱりどう見てもお見合い資料な紙の山は何だって訊いてるの!?」
「リグルさんのお見合い相手の資料ですけど?」
「うわあああーっ!!」
「そんなに喜んでもらえるとは〜」
「絶望してんだよぉ!」

 ご飯食べてからでいいから全部に目を通してくださいね、と射命丸は爽やかに言うとお新香をぼりぼりと齧り始めた。
 今日もまたおかずが一品増えている。
 このご飯がグレードアップしていくカラクリは、射命丸は里に出てお見合い写真を取って荒稼ぎしていたからに違いない。
 そして、これだけの数を用意してたから今日まで時間がかかったんだ。

 ――騙しやがったなこの天狗……!

 一瞬で怒髪天に達しちゃったリグルは、まだ食べ続ける射命丸の手をがっしと掴んで反撃に出た。

「や、やだ、やめてくださいよ、昼間からっ……」
「どうして!? どうしてこんな勝手なことをしたの!? なんで私がお見合いしなければいけないの!?」
「えー、勝手じゃありませんよ。私はリグルさんとの前日の話の流れ通り、ちゃんとラブレターやファンレターを減らすべく考えてこの結果に辿り着いたのですから」
「んなアホな!?」
「いいですか、リグルさん。ファンレターやラブレターが止まらないのは何故だと思います?」
「質問に質問で答えるのは止めて!」
「それは、今のリグルさんがフリーだからです」
「フリー?」
「そうです、あの手の手紙をストップさせるのに恋人を作るほど効果のある方法はありません。それも大々的に知れ渡れば尚良し。今回の一斉お見合い大会が上手くいけば、リグルさんを狙ってる娘さん達の意気は確実に消沈することでしょう」

 リグルは射命丸のさせようとしてることが理解でき、同時にそこそこ理に適っているかもなぁ、とぼーっと考えた。
 ところでリグルの頭はあまり良くないのだが、この話にどっか確実に噛みあってない歯車が見え隠れしていて、あんれ、どこかしらと探していると全力で逆回転してる歯車を発見したので叫んだ。
 
「私は女の子だーっ!!!」
「おぉ?」
「お見合いの方向性完全に間違ってるじゃん! あれは異性同士で成立ってるものでしょう!? 何で女の子が女の子とお見合いしなければいけないの!?」
「私的にはアリですけど」
「一般的には無いよ! あんたはネタになれば何でもいいんでしょうが!!」
「そんなことはないですけど……心配しなくても幻想郷は全てを受け入れますけど……」
「性別くらい線を引けよ! っていうかさっきから何なのその喋り!? あ、ちょっと待って……お見合いの後に大会って付いてるんだけど、これ何かしら!?」
「効率良く大量の人数を裁くシステムってとこかな。まあ、万事私に任せてください」
「まーかーせーらーれーるーかー!!」

 いよいよ我慢ならなくなったリグルは飛び掛った。
 本来なら蛍とライオンくらい実力差がある二人だったのだが、ご飯を食べてる時の射命丸はなんか頼りなくて、マウントポジションに持ち込めた。
 しかし、ここでお新香を食べ終えた射命丸がリバース。
 あっさりリグルが畳にひっくり返った。 

「やるじゃないですか……私が口に含んでいたお新香が後一本多かったら勝負は判らなかったですよ……」
「憎いッ! こんな奴に負ける私の力の無さが憎い!」
「まあまあ、黙ってた私も人が悪いのですが、実は恋人を作りたくないという場合には、ちゃんとリグルさんに退路を残してあるのですよ」 
「ええ?」

 射命丸は机の下から(意地悪く隠してたのか、大雑把で片付いてないのか知らないが)皺になった履歴書を足で手繰り寄せてリグルに見せた。
 しかし、それは他のどれとも違っていた。
 顔がない、要するに肝心要の写真が貼られていなかった。

「これは?」
「言うならば出来レースなのですよ。リグルさんは誰も選びたくない場合、その架空の人物を選ぶことになります」
「え? そうするとどうなるの?」
「その人物と駆け落ちしたということにして、大衆からしばらく姿をくらませてください。大衆の興味が消え失せてすっかり過去の人となったところで、今回の件を新聞で説明をして誤解を解きます」
「は? は?」
「何で私がこんな回りくどいことをするかというと、単純に新聞の売り上げのためです」
「おい!?」
「そうであってもリグルさんと私の利益が一致しないとは限らないのですよ。ブームというのは勝手なもので、夢中になっているものの価値を高める情報しか受け入れてくれません。盛り上がってる連中に都合の悪い情報なんて流しても無意味なのです、叩かれるだけでいいことナッシング。だから熱を冷ますのです。冷めればあっという間。後でどんな記事を流しても、ああ、そうだったのね、ふーんって感じで受け入れてくれます。今回熱を冷ます方法こそ、リグルさんが彼女を持つことなのです」
「……さり気なく彼女とか出たけど私女の子……」
「っと失礼、訂正だ。お嫁さんを持つことでした」
「何でグレードを上げた!?」
「リグルさんの気持ちも解りますけど、さすがにこれだけリグルさんの写真と現物が違うと解決がストレートにはいきませんよ。ほらこの写真、右と左で北京原人とアウストラロピテクスくらい差があるじゃないですか」
「どっちが上なの!?」
「どうですか? 私の説明で解ってもらえました?」
「えー? うーん……うーん……あ、それじゃあ、どうして私がお見合い志願者の資料に目を通さないといけないわけ?」

 リグルは山となっている資料に目を落とした。

「出来レースなんでしょう?」
「まあ、そうですけど、慕って応募してきたのだから目ぐらい通してあげてくださいよ。それで気に入っちゃったらその場で結婚しちゃってもいいんですよ?」
「いや、ないから」

 射命丸はそこまで言うと話を切り上げてご飯に戻ろうとした。
 しかし、もう自分が全部平らげていることに気付いてしまい、残念そうに箸を茶碗に置いた後、リグルの方を見ているので、リグルははっとなって鉄壁のボディディフェンスでおかずを守った。
 射命丸は諦めて、食器を持って台所に向かった。

 水音を聞きながら、リグルは考える。

 盛り上がってる連中に何を言っても無駄というのは、リグルには痛いほど解っていた。
 先日自分が出向いて違うと言った時には、まるで相手をしてもらえないどころか、リグル談義に付き合わされてしまった。
 一旦熱を冷ましてもらう。
 たぶん賢い方法だ。
 上手く切り抜ければ短時間で終わる、射命丸の案も悪くないかもしれない。

(うーん……)

 リグルはこの時、まだ射命丸を疑っていた。
 ついさっきまで、いやこれからも自分をダシに使おうとしている射命丸なんて信用するに値しないと思っていた。
 だから答えは簡単なはずだった。
 すぐ逃げる。
 それ以外に導きようがないはずだった。

(…………) 

 水音に混じる食器の音を聞いて、リグルは思う。
 射命丸は優しかった、少なくともこの三日間、とても良くしてもらってきたのだ。
 全てが売り上げの為の演技だったなんて、信じたくない。
 なのに、泊まるだけ泊まって尻尾を巻いて逃げるのか、なかったことにするのか、本当に私を逃がしたくなければ当日不意打ちでお見合いさせればいいではないか。
 一宿一飯の恩は犬だって忘れないぞ。

 既にリグルはちょっぴり射命丸に親愛の念を抱いていたのだ。
 それはもう誤魔化しようがないもので、簡単に打ち消せるものではなかった。
 だから言った。
 
「射命丸! 分かったよ! 射命丸の方法でやってみよう!」
「おー、さっすが、スーパースターリグルさん!」
 
 射命丸は流しから笑顔で振り返った。
 リグルも悪くない気持ちで、笑顔を返した。
 
 それが間違いだった事に気付くのはお見合い前日であった……。

―――――

 参加者総勢3687名。

 その人数にぞっとしながらも、リグルは日々履歴書を読むことで時間を潰していた。
 もう3400名くらいは確かめたのだけど、特に見知った者の参加も無く、このままいけば射命丸の案が無事に通って終わりそうだった。
 尚、リグルの顔は蝶柄のマスクで隠す事になっていて、リグルは当日に完成したお見合いステージの上に立っているだけで全て終わることになっている、と射命丸より伝えられている。
 リグルは危険な妖怪が大会結果に納得せず暴動を起こす事を警戒していたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
 
「ふぅ……3600番終わり、後87枚」

 結構可愛い子も参加してきている。
 3600番の里の花屋の娘さんなんて、きらめく黒髪おめめパッチリの清楚な美少女だった。
 世の中間違ってるな、と思う。
 幾らでもいい人がいるだろうに、と思いながら続く3601番の写真を見て、心臓が跳ねた。
 稗田阿求……ああ、そうか、この人もファンだったな……。
 リグルは理想と現実のギャップに打ちひしがれる彼女を想像して可哀相にと溜息を吐きながらも、彼女がただの人間であまり危険がないことにはほっとした。
 やれやれと思いながら、続きを見ていく、すぐに3682番まで終わった。
 残り5枚。
 幻想郷にこれだけ女の子がいるのも驚愕であったが、もうあとは5――。

 No3683 蓬莱山輝夜

「かぐ……?」

 目が点になった。
 この人、永遠亭の偉い人だろう?
 何が目的でこんな大会に参加してきているんだ。
 遊び? 遊びよね? マジじゃないだろうなおい……。
 しかも、永琳の推薦ですと書かれてある。あの医者、まずは自分の頭を治せよ。
 まあ、いいよ、一人くらい暴れても射命丸が食い止めてくれるよ、次は

 No3684 博麗霊夢

「おらあぁ!?」

 リグルは卓袱台に頭突きで穴を開けた。
 何でよりによって……霊夢!? 最後の最後に、こんな凶悪な二人が混ざってた!
 ついてないにも程がある!
 あと「待っててね私の王子様!」の王子様のルビが「さいせんばこ」なのはおかしいだろ、どれだけ私からお金を絞るつもり!?
 お金持ってないから! 私売れっ子だけど君の想像と違うから!
 くそう、もう他にはこんなのいないだろうな! 



 No3685 八雲紫

 No3686 風見幽香 

 No3687 東風谷早苗――with山の神様ズ




 ――なにこれ、死んだ。

「ただいまーっす」
「しゃめいまるううううううっ!!!」
「うわぁ、どうしたんですかリグルさん。今日はいつにも増して愛がこもってますねぇ」
「呆れてんだよ! 怒ってんだよ! 絶望してんだよ! あんたわざとだろ? これわざと一番下に纏めて隠してただろ!?」
「あ、卓袱台弁償してくださいね、これ」
「そんな場合じゃねえー!」
「まあ、確かにこのラインナップでリグルさんが不安になるのも分かりますけどね。でも大丈夫。愛は力ってことで、大会はバトルロワイヤル形式に決まりましたから残るのは誰か一人です」
「誰が残っても死ぬーっ!!」
「リラックス、リラックスですよ。最近の幽香さんなんて大人しいもんですよ? この間なんてフラワースパークで山をえぐって、トンネル開通だ、と里の人達も大喜び」
「無茶苦茶力ありあまってるだろそれー!!」
「へへへっ、紫さんなんて、ちょっと婚期をどうのと煽ってやればちょろいもんでしたよ」
「やっぱりお前の仕業かーっ!!」

 リグルは今度こそ本気で射命丸に向かっていたのだけど、射命丸は、おお、こわいこわいとその場で反復横とびを繰り返すだけで全部かわした。
 呆れるほどの実力差に血の涙も出る。

「うう、どうするの……こんなのもう架空の人物を選ぶとか関係ないじゃない……」
「泣かないでください。これもちゃんと作戦通りなのですよ。架空の人物は最後に登場して絶対勝ちますから、リグルさんはそれを選んでください」
「登場? 架空の人物なのに登場? しかもこのメンバー相手に勝つって……」

 射命丸は懐から写真の欄が空になっている履歴書を取り出して、にやにやと笑った。
 何だかリグルは酷く嫌な想像が浮かんで、でもそれを否定したくて、卓袱台に伏せて泣いた。

―――――

 パン、パン、パン。
 空に煙だけの花火が上がる、まるで運動会の開始を知らせるみたいに。
 
「えーっ、本日は、リグル様争奪大会にお集まり頂き、まことにありがとうございます!」

 出だしからして運動会っぽい。
 って争奪ってお見合い大会じゃなかったのかよ、とリグルは司会者気取りの射命丸に声無き突込みを入れた。
 既に声を出す勇気は無い。
 空はとてもよく晴れ、射命丸の口も良く回っていたが、特設ステージの下は500mほどの半径の円を描くように参加者3687名がびっしりと立っていて、熱気と殺気でえらいことになっている。
 リグルはもはや運を天に任せて、タキシードとマスクをして黙ってステージに立てられた柱に縛られていた。

「愛は力! 力は愛なり! 参加者の皆様は戦いながらリグル様のもとへ辿り着き、リグル様の口から一番早く好きだと言わせることで勝利となります!」

 うおおおおっという津波のような歓声が上がる。
 女の子のテンションって怖い、リグルは半泣きで震えた。
 射命丸の司会が続くので、リグルは参加者の中にいるはずのやばそうな連中を探そうとしたが、多すぎて一体どこにいるのか良く分からなかった、
 が、そのうちに群衆の中に開けた空間があることに気付いた。
 そこには白いワンピースを着た女の人がいたのだが、彼女が醸し出す異様なオーラからその正体に気付いたリグルは悲鳴を上げそうになった。
 八雲紫……。
 可憐な麦藁帽子を被り、竹で編んだ買い物かごにはフランスパンを刺して、綺麗に二本にわけた金色のおさげは少女を主張しまくっている。
 痛い。
 どれだけ若作りしてきたのこの人。
 この調子だと他の参加者も怪しいもんだ、と思ったら普通の服装で来ている守矢神社の娘さんを見つけた。
 
「早苗、ここは必勝だよ!」
「この総力戦で博麗の巫女に勝てば早苗の株はストップ高さ!」
「がんばります、私!」

 これ、そういう大会じゃねえから。
 この人らは流れに流されて確実に勘違いしたまま出てきたんだな、とリグルは思う。
 とりあえず自分を狙っている人が一人減ったことに、リグルは安堵の息を漏らし――ひいいっ!?
 物凄い気配を感じて振り向くと、遥か東から博麗の巫女が鉄板も貫きそうな眼力でこちらを睨んでいる。
 明らかに想い人を見る目ではない。
 逃がさんぞ、金の蛍、という目でリグルを見ていた。
 駄目だ、今日のロードショーは蛍の墓か……。

「それではぁ……リグル様争奪大会ぃ〜、スタート!」

 射命丸の開始の合図にあわせて、恐ろしい声を飛び交わせながら群衆の波が動き出した。
 揉み合い、押し合い、少しずつ数を減らしながら波が前に出てくる。
 リグルは震えた。
 この地獄絵図が自分を目標としていることに震えた。
 そうだ、八雲紫はどこだ……?
 ……彼女はカゴから抜き出したフランスパンを二刀流にして、物凄い勢いで周りのライバルを殲滅していた。
 乙女衣装台無しである、しかし強い、なんだこの八雲紫無双。
 倒れる人々、飛び散るPアイテム。
 人を倒してもPアイテムが出ることは新しい発見であったが、紫が倒した敵のPアイテムを獲得して早苗さんに付いたオプションが神奈子と諏訪子って発想も新しい。
 あんたが地霊殿で自機になれなかった理由が主にバランスの面から分かる。
 本体より付いたオプションの方が十倍強いだろ。
 うわ、守矢の巫女も一騎当千になってきた。

 遠くでは、5つの神宝が暴れてスペースを作っていた。
 奥からしずしずと進んでくるのは……赤い紅葉柄の着物と黒髪の対比が大変映える、蓬莱山輝夜さんだ。
 リグルが男だったら人生捨ててやれる、というレベルで美しい。
 歩いている場所が人の絨毯でなければという条件が付くが……。
 勢力が三分化されてきた。
 このあたりで妙だなと思い、リグルはまだ現れぬ一人の優勝候補を探していた。
 最もやばくて凶悪な笑顔をもつあの人が、まだ――。

「きゃあああっ!」

 西に閃光と悲鳴を感じて、ああっ、と溜息を吐いた自分が嫌だった。
 地上に伸びた極太のレーザーの向こう、薙ぎ倒された人々の向こうに、世界で最も恐ろしい笑顔があった。
 風見幽香、やはり来ていた。
 だが、相変わらずの凄まじい火力の代償というか、やはり足が一番遅い。
 他の連中とは少し距離が開いているように感じる。
 ほっとするやら悲しいやら複雑な気分であり、やはりここは是非紫とかち合って共倒れになっていただきたい。

 こんな悲鳴のほとばしる戦場を、まだ倒れずに走っている人間の阿求さんには、リグルは好感を覚えた。
 なんとか彼女が勝つことは出来ないだろうか? 
 出来ないだろうなぁとは解っている。
 だって、もうぼろぼろだし。
 倒れた、ここまでか……。
 全く弱肉強食ってやつはろくな結果を生まないな……。

「リグルーッ!」

 なんだと!? ありえない声の近さに驚いてリグルは振り向いた!
 夢想天生だ! 常時夢想天生をしながら高速で近づいてきている巫女がいる。
 どれだけ本気なんだ今回!
 それを必死で猛追しているのが、守矢一家だ、もはや彼女達は明らかに霊夢しか狙っていない。
 しかしこの速度では霊夢が先にリグルに辿り着いてしまうことは、どうしようもなかった。 
 くそう、なんとかしなければ。
 射命丸、射命丸さん何とか! ってあれ、いない!? あんた肝心な時にいないな!?

「ハァハァ、捉えたわよ私の賽銭箱っ!」
 
 もう駄目だ、ネックハンギングツリーされて私浮いてます。
 霊夢さん、ノー、ノーッマネー、私、お金もってません。
 あと、好きって言えって言われても、それじゃ声が出ませんです。
 一方、ステージの下では八雲紫と風見幽香と蓬莱山輝夜の三大勢力が出会おうとしていた。
 地獄絵図秒読みにして、私死亡寸前。

「そこまでですよ! 霊夢さん!」

 リグルが酸欠で白くなってきたところで、守矢一家が颯爽と割って入った。
 助かった。命がやばかった。
 まるで悪の組織のボスと正義の味方が出合ったような雰囲気である。
 しかし、一対三ではさすがの霊夢も厳しかろう。
 風は完全に守矢に吹いている。

「あなたも玉の輿が狙いなのね!?」

 霊夢が血走った目を早苗さんに向けた。
 早苗さん、大いに戸惑って両手を振った。

「ち、ちがいます、私は霊夢さんと戦いに、え、玉の輿って?」
「ウソよ! お金が目当てなんでしょう!? こっちは冬が近くて明日の飯にも困っているのよ! あんたなんかに取らせてたまるもんですか!」
「そんな、違います、私は純粋にあなたと……!」
「ふんっ、違うならそれでいいわ。黙ってそこで見ていることね。ほら、リグル、さっさと好きって言いなさい!」
「止めて……」
「ほらほら!」
「止めてっ! 霊夢さん!」
「……何よやっぱり邪魔をするの?」 
「私、霊夢さんのそんな姿見たくない……!」
「……」
「霊夢さんは、いつも私の憧れだった、私の憧れのままでいて欲しいんです……! 私が……」
「そんなのあなたの勝手……」
「私が……ご飯なら、作ってあげますから!」
「え!?」
「私がこれから、毎日作ってあげますから!」

 顔を真っ赤にした早苗の告白。
 突然のサプライズにどよめく会場。
 溢れる愛、流れる涙、切られるシャッター、っておい射命丸!!
 霊夢は身近にあった真実の愛に気付かされ、それに打ちのめされたというように早苗の胸に寄りかかった。
 ホントにいいの? 私、ご飯に味噌汁かけちゃうのよ?
 うふふ、わ・た・し・も。毎日です。
 ぽっ。
 そんな会話のあと顔を赤らめた二人に、神様達の祝福が待っていた。
 おめでとう霊夢! おめでとう早苗!
 二人は紙吹雪乱れる中、仲良くバージンロードを歩いて去っていった。


 …………。


 いい加減にしろよ、おい。

 何しに来たんだ、そんなんでいいのか。確かに、お見合い大会の名に反しない結末ではあるのだけれど。
 リグルは痛みが続くこめかみを抑えたかったが、手が縄の下で動かない。
 しかしこれであと三人だ、ステージの下で出会った三人が仲良く倒れてくれれば――。

「久しぶりね年増」
「また会ったわね行き遅れ」
「やだわぁ、歳を取るってのは余裕がなくなることなのねぇ……」
「「お前が言うな!」」

 既に悪口合戦が始まっていた。
 ガンの飛ばし合いも凄まじく、たぶんあの視線が交差してる場所で生卵割ったら落ちる前に目玉焼きが作れると思う。
 子供の喧嘩か、あんたら。
 リグルは他の参加者達の様子が気になって、ステージの上からぐるりと周りを見たが、辺りは死屍累々、まともに立ってる人はもういなかった。
 そんな中を八意医師チームが介抱に駆け巡っている。
 その様子から、どうやら死人は出てなさそうだった。幻想郷で生きるにはこのくらいのタフガールじゃないと無理ってことなのか。

「大体、このメンツだと貴女が一番年寄りでしょうが!」
「あら、私の歳は止まってますもの。ですけど例え見た目の若さで勝負したって軍配が上がるのはどうも私のようですし……」
「こ、こいつ……! ちょっと紫、あんたも何か言ってやりなさいよ!」
「え、えっと、ばーか、ばーか!」
(紫、いつになく必死で可愛いわ……!)

 駄目だ、紫さんが限界だ、あれだけ若作りしてきたのに、あんなこと言われたらかなわないだろう。
 幽香さんですら、その話題は巧妙に避けてあげたのに!
 リグルは身を縮こまらせて防御姿勢を取った。
 ラストハルマゲドンの爆心地は間違いなくこの会場になりそうだったから。
 もうすぐモヒカン頭がヒャッハーと叫びながらバイクを駆る時代が始まる。
 既に会場の声は輝夜の高笑いしかなく、残る二人から聞こえるのはギリギリッという異様にでかい歯軋りだけだった。

「私も面食いだから困ってましたけど、今回は相手がプリンスだそうだし? 私もプリンセスだし? うーん、永琳がやたら推すし、やっぱり私しか似合う人いないのかなって思いまして……あら、あなた達ちょっと通行の邪魔ですわ、早く端にどいてもらえる?」
「よ、よ、よ……妖怪なめんなコラー!」

 いよいよ切れた幽香さんが先制攻撃。
 輝夜さん、蓬莱の玉の枝で振り下ろす傘を受け止めると言う、時代劇のおかっぴきみたいな防御。
 そのまま二人、顔を近づけあって鬼も裸足で逃げ出すような形相で睨み合い。
 怖い、これが女の戦いなのか。
 二人に反して、どうもショックから立ち直れていない紫さん、金髪お下げのほつれ具合も彼女の精神的な疲れを示している。

「紫様ーっ! ここを逃したらもう次は無いかもしれませんよー!?」

 なんとそこへ空から回転しながらやってきた狐の援軍。
 その一言が胸を打ったのか、紫、復活。
 おい、いらんこと言うな、とリグルはきっと狐を睨んだ……睨んだつもり、いや目は合わさなかった……。

 復活した紫はフランスパンという名前の刀を竹篭の鞘から抜き取り、奇声を上げて輝夜に襲い掛かる。
 さすがの輝夜も二人は捌けない。
 一刀両断のフランスパンと、一撃粉砕の傘のコンビネーション。
 それにしても本当は仲いいんじゃないかってくらい、二人の攻撃は揃っていた。
 リグルはふと思う。こんな神レベルの妖怪二人から同時に攻撃くらった人なんて、幻想郷でこの人が始めてなんじゃないだろうかと。
 
「ちょっ、二人とか卑怯、フランスパンかてえっ、ごふっ!」
 
 フランスパンが横から、傘が縦から、殴打殴打の滅多打ち。
 は、スペルカードルール? 恋にルールなんて無いんだよっ! という逆上っぷり。
 霊夢が今の紫を見たら泣く。
 だが見た目と違いその攻撃力の高さは本物だった。
 輝夜さん、もはや頭に星マークが回っているのが見えるくらいの気絶寸前。
 
「「とどめだーっ」」

 最後に一際タメを作り、両脇から振り下ろされた渾身の攻撃……だがそれを受け止めたのは輝夜さんではなかった。
 何故かもうもうと立つ煙の中から、ゆらりと立ち上がったのは火の鳥――。

「妹紅!?」

 どうやら輝夜さんのピンチに駆けつけて来たらしい。
 妹紅さんは、攻撃の犠牲となって肉が抉れた両腕を修復しながら不適な笑みを浮かべて立ち上がった。
 妹紅、どうして? 輝夜さんの問いに、妹紅さんが良く響く声で答える。

「あんたを倒していいのはこいつらじゃない」
「え……」
「輝夜を殴っていいのは、永琳と……この私だけだ!」

 永琳はいいんだ……。

 輝夜さん、はっと口に手を当てて目を潤ませる。
 あー出ましたよ、身近にあった愛に気付くという展開。
 ってかこの展開、さっき巫女コンビがやってただろう、もう。
 でも、良かったですね、丸く収まりまし「余計なことすんなバカ妹紅!!」……あー、ですよねー。

「バ、バカって!?」
「私一人で十分だったのに、なんであんたが飛び込んでくるのよ!? バカ!」
「ひ、人が助けに来てやったらなんだよその態度! ああ、なんかむかついてきた! もう知らない! おらぁ!!」
「痛っ! 知らないとかいいつつ、殴るんじゃないわよこのやろう! うらぁ!」
「今日は輝夜が泣くまでやるからな、でやぁ!!」

 ああ、この人達、とても幸せそうに喧嘩する。
 これも一つの愛の形なんだろうか……。
 遠くから成り行きを見守っていた八意医師団も思わずハンカチを取り出し――いや、感動する場面じゃないから。
 
 ともかく輝夜は脱落した。妹紅と仲良く喧嘩するのに精一杯で、もうこっちに興味は無いようだ。
 これで残ったのは、八雲紫に風見幽香ということになる。
 後二人しか残ってないのに、いよいよ危機感が増してきたのはどういうことだろう……。 
 もうちょっと意外性のある人物が残ってよ、応援するから。

「紫、いい機会よ! いずれあんたとは決着をつけないといけないと思っていた……!」
「くくく、いいわあ、あなたの傘は一本、私のフランスパンは二本、これが何を意味しているか……あなた分かります?」
「ほざけっ!」

 強襲するフランスパン、迎え撃つ傘のツバメ返し、頼むから弾幕使ってくれ。
 リグルはもうダブルKOを祈るしかない。
 ああ、神様、一度だけでいいです、私のような蟲の妖怪にもハッピーエンドを用意してあげてください。
 紫と幽香の攻防はもはや常人の目には見えない状態であったが、ぶっちゃけた話、どちらの物理攻撃も相手に効いていないように見えた。
 それとは別に攻撃の瞬間に繰り出される、悪口の方が相手の心に刺さっている。

「若作りっ!」
「鈍足っ!」
「でべそっ!」
「ドブス!」

 もはや根拠すらない小学生同士の争いにリグルは参った。
 砕けるフランスパン、折れる傘、やがて拳の殴り合いに発展したその勝負も長くは続かなかった。

「ぐああっ……!」

 なんと紫が倒れた。
 一度も土が付いたことは無いとの噂の紫さんが倒れてしまった。
 だが実力で負けたとは思えない。
 若作りで慣れない衣装を着てきたもんだから、今回は機動力に問題があったのだろう。

「年増って十回も言われたぁ……」

 違った、単純に悪口に耐えられなくなっただけだ。
 
「ふふっ、ふふふふ、勝った、勝ったわ!!」

 要するに幽香さんの口の悪さが勝因らしい。
 幽香さんは天高く拳を突き上げて、己の勝利を祝った。
 幽香さんにしてみれば一つの最強の証明なのだろう。
 良かったね幽香さん。
 幽香さんの目的はそれだったのね。じゃあ帰ってね。
 ……ってなんでこっちに近づいて来るかな。 
 リグルは現実から逃避しようとしていたのだけど、やっぱり幽香は帰ってくれない。
 それどころか何も悪い事していなくてもつい土下座してしまいそうな満面の笑みを浮かべながらリグルにゆっくりと近づいてくる。
 その手が顔のマスクにかかった時が私の最後の時なのだろう。
 その後0.5秒以内に「偽物めっ!」とか言って放たれるコークスクリューブロウで私は死ぬ。

 射命丸頼む、早く来てっ!
 もうあんたの秘策にかけるしかないんだ!

 ……来る、来る、と信じていた希望も、幽香さんの手がマスクにかかったところでリグルの胸の内から消えた。
 もう何もかも終わった。
 マスクが上げられる。
  
「……ぷっ、なに情けない顔してるのよ」

 だが幽香さんは自分を殴らなかった。
 それどころか笑っている。
 リグルは戸惑う、写真を見て応募してきたんじゃないんだろうか?

「あーあ、やっぱりこんなもんか。ま、楽しかったわ」
 
 縄まで解いてくれる。
 一体どういうことなんだ、そんな親睦を深めた覚えは無いのだけど。

「勘違いしないでよ。あんたのミツバチとかにはお世話になってるから」 
 
 良く分からない、しかもデレられた。
 だけど、これ……これって……助かった、の?
 リグルの胸の中に渦巻いていた葬式の気配が、ドカーンとやってきた幸せムードに弾かれて飛んでいく。
 幽香さんは私を助けてくれる。
 敵じゃなかった!
 ありがとう、ありがとう幽香さん!
 今までごめんね、私あなたのこと誤解して――。

「ちょっと待ったぁっ!!」

 ……最悪のタイミングでいらない援軍が右斜め上から登場した。
 しかも、鼻メガネとマントを付けた女は、どう見ても射命丸であり、その変装に手間取っていたのならあんたのセンスも手際の悪さも異常だ。
 せっかく平和的にいってたんだから、頼むから帰ってほしい。
 だけど幽香さんの目に闘争心が再び宿った。
 いや、違う……。
 これを最初から待っていたとばかりの気配だ!
 
「ようやく会えたわね、ドSの射命丸! あんたリグルの弱みを握り拉致監禁して手篭めにしたんですってね!?」
「なんですって!? 何故に私が射命丸だと!?」

 ドSとか拉致監禁とか手篭めに突っ込めよ。

「全く、あなたのようなドSにリグルを任せてなんていられないわ! ここで成敗してやる!」 
「ええぇ……何その台詞……私そんなSじゃありませんよ、Sなのは頭文字くらいであって、幽香さんのそのサドっ気なんかと比較したらカバティとボブスレーくらい違いがありますよ」
「ど、どっちが上なのよ!? とか言いながら、あなた、今助けに来る時もわざと遅く登場したでしょう?」
「ぎ、ぎくっ!」

 わざと遅れて来てたのかよ。
 もう最悪だこの人。

「ふん、あなたのサドッ気がリグルに引き寄せられたのは分からなくもないけれど、だからってリグルの気持ちも考えず拉致監禁ってのは酷すぎるわね。すぐに止めなさい」
「私、監禁なんてしてませんよ、リグルさんが望んで居ただけですって!」
「どうかしら!?」
「本当です!」
「じゃあリグルに訊いてみましょうよ。今から射命丸のところを出るか、私の方に来るか」
「それ、どっちも同じじゃないですか! でもリグルさんなら当然私を選びますよね!?」
「は、何言ってるの? 当然私よね!?」
「ねえ!?」
「ね!?」

 詰め寄ってくる二人に、リグルは弱った。
 こんな展開は想像していなかったが、これならいっそ一思いにやってくれとさえ思った。
 どっちかって選べるわけないだろ。
 どっち選んでもどっちかが殺しにくるだろこれ。

 だけど、どうなんだろう……自分の気持ちはどうなんだろう……と考える。
 射命丸には監禁されていたわけじゃない、引き返そうと思えば幾つか選択の場所はあった。
 それでも結局私は射命丸に従ったんだ……。
 もしかしたら私はあの生活に幸せを感じていたのかもしれない。
 彼女は諸悪の根源ではあるけど、ほら、最後には私を助けようと飛び出してきてくれた。
 あああ、駄目だ、こういうのが駄目な考えなんだ、酷い目に合っているのが事実なんだからすぐに切って飛び出さないと駄目なんだ。
 じゃあ幽香さん?
 彼女はちょっときついところあるけど、いつも蝶や蜂に花を提供してくれているし、たまに機嫌が悪かったりするとフラワースパークが飛んでくるだけで、ってその時点で駄目だろう!!
 でも、なんかこう落ち込んでる時には幽香さんって優しいんだよなぁ……。
 いけないいけない、また流されそうになっていた、幽香さんを選んだ方が今後幸せのような気もするけど、それは絶対違うような気もするし、ええと、どっちを選ぶかってプレイボーイ的な展開になってきたけど、コレって別にそういうのじゃなくて、結局は今どうやってここを切り抜けるかという問題であって、別に私が今どちらかを恋人に選ぶとかいうのでは決して無くて、もうっ、なんかもう! なんでこんなことで悩まないといけないんだ、私の勝手でしょうこんなの! 激しい混乱の渦の中で私はぶち切れ気味に叫んだ!




「両方で!!」



―――――

 大会は終わった。
 嵐は去ったのだ。
 一時期は射命丸の同業者に『貪欲! 二人の美女を選ぶプリンス!』とか『二股の王子様!』とか散々煽られたけれど、それも少しずつ落ち着いてきている。
 リグルは白いご飯をテーブルに並べながら、今生きている幸せを噛み締めた。

 結局この騒動で幻想郷に変化があった事と言えば、博麗神社に掲げられた表札が「博麗 霊夢・早苗」になったことくらいだった。
 他に派手な変化はなく、ブームはやっぱりブームで、時間と共に少しずつ収束して、消えていこうとしている。
 世間の勝手さに一抹の怒りと寂しさを覚えながら、リグルは朝食の準備を終えた。
 そろそろ帰ってくるかな。

「「ただいまー」」
「おかえりー」

 いいタイミングで、朝刊を配りに出てた射命丸さん達が帰って来た。

「リグル聞いて、今日は結構バラが売れたのよ」
「良かったね幽香さん、幽香さんのバラは綺麗だもんね」
「もうっ」

 何とはなしに笑い声が起こる、この生活は幸せだ。
 みんなで食べるご飯はとても美味しい。 
 
「今日はね、リグル……」

 …………。
 
 夜になってやっぱり何かおかしいなと思ったリグルは布団を抜け出し、一人で酒を飲みに出かけた。
 そうするとミスチーが香ばしい匂いの向こうで、首を捻ってからこんなことを言った。

「あ、リグル、あんたそれヒモだよ」

 ああ、そうか、それか、とミスチーの言葉に深く落ち込む。
 だけど、わかってしまっても……それでも、ぼかぁ、今幸せなんだ……。
 酒を飲み、酔っ払う。
 しばらくしてリグルが抜け出したことに気付いた二人がもの凄い勢いでやってくる。
 襟首を掴まれて、いつものように家まで引き摺られていく。

 そんな姿のまま、もうしばらくはこの生活から抜け出せそうもないなとぼんやり思った。
 流されやすいし、私。

 

 

 

 


ようやく脱走を心に決めたリグル。
だが立ちふさがる強大なドSコンビから自力で逃げる事など不可能なことに思えた。
この二人に対抗できるのはあの人達しかいない!
思い立ったリグルは博麗夫婦に手紙を出す。

「なんてひどい、もうリグルさんは、私達の養子にします!」

早苗から予想の斜め上を行く返事が返ってきてしまって、事態はますます混乱を極めた。
深まる対立、冷戦、鉄のカーテン、なんという暗黒時代だとピリピリした生活に胃が萎縮してきたリグル。
そんな中、親友のミスティアから手紙が来る!「アス、ウナギ、サンビャクエン」宣伝は空気読め! あと漢字覚えろ!
一体リグルはどこに行くのか!?
私ならゆうかりんのスカートの中で暮らしたい。



SS
Index

2008年11月11日 はむすた

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