魔弾の行方

 

 

 

 どうせ無駄だろうとは思いつつ、紫を起こすべく彼女の私室へと向かっていた藍が見たものは、着衣を整え日傘を手にして廊下に立つ主の姿だった。
 愕然と足を止める藍に気付き、紫はうっすらと笑いかけた。
「あら、どうかした?」
「あ……いえ、昼食の用意ができたので、お呼びしようかと」
「そうなの。でも悪いわね、これからちょっと出掛けてくるから」
 まだ家の中だというのに、紫は日傘を広げて肩の後ろでくるりと回す。
「今日はなんだか、あちこちで面白いことが起きそうな予感がするのよ。そうね、取りあえずは霊夢のところから回ってみようかしら」
 はあ、と藍は気のない返事。主の気まぐれで意図不明な行動はしょっちゅうのことなので、今更驚くには値しない。でも呆れはする。
「そんなこと言って、また引っ掻き回すんじゃないでしょうね。そうでなければ、自らが騒ぎを引き起こすか。またあちこちから苦情が来ますよ。どうせ私が対処させられるのでしょうけど。本当に、もういい歳なのですから、そろそろ落ち着きというものを見せていただかないと……」
 ――そう、ある意味で今回の事件、引き金を引いたのは八雲藍、彼女だったのかもしれない。
「らーんー?」
 ねっとりと絡みついてくるような低温高湿度の声に、やっと藍は自分の過ちを悟った。はっと主の顔を見ると、そこには悪鬼さえ気死させてしまいかねない凄まじい笑みが貼り付いていた。
「あの……紫様……」
「ふふ、今日はどの弾頭にしようかしら」
 物騒な単語混じりのつぶやきを漏らしながら、紫は何やら考えはじめる。
 果たして何をかましてくれるのか。藍は慄きながら、審判の時を待つ。素直に待っていないで逃げればいいのに。
 やがて紫の顔に、会心の笑みが浮かんだ。傍らに、おもむろにスキマが開かれる。
「これにしましょう。劣化ウラン弾、なんか砂っぽい所で拾ったのだけれど」
「ちょっ……何か危険な響きがするのですが、それ」
「じゃあ、こっちのタングステン弾にしておいてあげる。ほーら、いくわよ」
 紫が手を振ると、スキマから威嚇的な形状の弾丸が飛び出し、藍を襲った。
 弾はたった一発、速度もさほどでない。弾幕とも呼び難いそれを、藍は難なくかわした。
 しかし紫は笑いを、藍は体の緊張を解こうとはしない。これで終わりではないと知っているがため。
 忽然と、大きなスキマがもう一つ、藍の後方にも現れた。
 外れた弾丸はそれに吸い込まれ、消えた――かと思いきや、紫の傍らのスキマから再び飛び出してきたではないか。それも、さっきよりも速度を増して。
 藍はまた避ける。弾丸は彼女の後ろのスキマに飛び込み、また紫のそばから飛び出す。それが何度も繰り返され、繰り返されるたびに弾丸はその速度を増していく。

 外力「無限の超高速飛行物体」

 その弾丸を、紫はそう呼んでいる。
 紫のスキマには、ある程度の制限こそあるものの、収納物を加速して射出するという機能がある。大した初速を与えられるわけではないので、そのままでは攻撃に用いるのは難しい。
 だが、射出した物質が失速するより先に、またスキマへ取り込めば、運動エネルギーを新たに加算して再び射出することができる。それを何度も繰り返すことで、物質は飛躍的に、そして無限に速度を増していくのだ。
 この加速方式を紫が考え付いたのは、外の世界の怪しい雑誌を読んでいた時だそうであるが、これは余談である。
 とにかく、スキマという砲身を通し続ける限り、弾丸は飽くことなく加速していくのだ。
「今日は粘るわね。もう一発くらい追加しちゃおうかしら」
 紫は微妙に射出角度を変えつつ、藍を狙う。
 何度もスキマへの出入りを繰り返すうち、弾丸はとても目では追えない速度となっていった。藍はもはや視覚に頼るのを諦め、手拍子でとにかく跳ね回ることで、どうにか回避を続けている。さながらエンシェントデューパー避けの如く。
「あの、紫、様、これ、そろそろ、洒落に、ならなく、なって、きてる、んですが……」
 チュイン――という甲高い風切り音に何度も身をかすめられ、藍は真っ青になりながらぴょんぴょこ飛び回る。
「いつものように、早めに当たっておけば良かったのよ。今ならまだ骨折程度で済むかもよ?」
「死にますよ! 止めてぇ!」
 ありえない弾速に恐怖し、涙まで流しながら、それでも奇跡の回避運動を見せ続ける藍。いっそ紫を攻撃して倒してしまえば弾丸も消えそうなものなのに、そこまで頭が回らないのか。
 そうこうしている間にも弾丸は加速を続け、ついに一つの境界線を突破するに至った。

   ずどん

 それは何十回目の再射出でのことだったろうか。スキマから飛び出した弾丸は爆音を発し、やはり藍に直撃こそしなかったが、その身に纏った衝撃波で彼女を吹き飛ばしていた。
「まっは……コーン!?」
 果たしてその双眸で何を目撃したのだろか、藍は狐っぽい悲鳴を上げながら、もんどりうって倒れた。
 どうした運命の悪戯か、彼女は体に傷こそ負わなかったものの、衝撃波によって衣服をずたぼろに吹き飛ばされてしまい、さらに間の悪いことにそこへ橙が通り掛かってしまう。
「藍様……もうスッパはしないって約束したのに!」
「こ、これは違うんだ。ちぇーん、かむばーっく!」
 式神たちが残酷な運命に弄ばれている間も、弾丸はスキマの出入りを繰り返し、加速を続けていた。超音速による衝撃波が家屋を容赦なく揺さぶり、破壊していく。
 さすがにまずいと感じた紫が慌ててスキマを閉じたものの、その手順が上手くなかった。まず射出口となっている側のみを閉じればよかったのに、焦りのためか、二つを一度に閉ざしてしまったのだ。
 結果、弾丸はスキマに戻ることなく真っ直ぐ飛び続ける。檻から解き放たれた猛獣の如く。
 弾丸は壁を貫き、そして家屋周辺の木々を衝撃波で薙ぎ倒しながら飛び去っていく。紫は自らの手から逃げ出した獣の行方を目で追った。
 その行く手にあるは――幻想郷の辺境にして要、博霊神社。



「おっひるやーすみはドキドキショッキン……」
 博麗神社の社務所、炊事場で、霊夢は昼食の準備を行っていた。陽気な歌を口ずさむほど上機嫌なのは、魔理沙が多量の食材を手土産に訪問してきているからである。魔理沙の訪問に喜んでいるのか、それとも食材の確保に喜んでいるのか。どちらなのかは彼女のお腹に訊いてみれば、たちどころに明らかとなっただろう。
 歌声が突然、悲鳴に切り替わったのは、食材をぶち込んだはずの鍋からいきなり紫が顔を出したからだった。
「まずいわ、霊夢。いえ、料理のことじゃなくて、事態がなんだけど」
「私のごはんどこやった、このスキマぁ!」
「それどころじゃないんだってば。あと十秒もないわ」
 紫はのそのそ這い出てくると、鍋が転がり落ちるのにも取り合わず、霊夢と、騒ぎを聞きつけて顔を見せた魔理沙の二人に下がっているよう、指示した。そしてある方角――マヨヒガの方に向かって、スキマを開く。
「ちょっと、何やってるの……」
 霊夢が苛立った声で問い質そうとしたとき、それはやって来た。
 衝撃が神社を貫き、遅れて爆音が轟く。
 反射的に目を閉じた霊夢たちの前で、紫は社務所の壁をぶち抜いて飛び込んできた弾丸が、見事にスキマへと飛び込むのを確認していた。
「やったわ……」
 回収成功を確信し、口の端を吊り上げた直後、

   ずどん

 そばに転がっていた鍋が爆発し、そこから弾丸が飛び出していた。
 鍋のスキマを閉じ忘れていた。そのことに思い当たった時には、既に弾丸は壁を穿って遠く飛び去っていた。失いつつあった速度を、またスキマから得て。
「いてて……なんなんだ、一体」
「ちょっと、これはどういうことなの?」
 背後で引っくり返っていた魔理沙と霊夢が、批難の眼差しを紫に向ける。
 立ち尽くしていた紫は、やっとのことで愛想笑いを返し、
「詳しいことは藍に聞いて。では、ごきげんよう」
 常の如く式に全てを押し付けて、半ば廃墟と化した博麗神社から姿を消した。もうどうにでもなれといった態で。




 極超音速、弾丸は青白い軌跡を曳いて、幻想郷を飛翔する。

 湖に波頭を立て、

「きゃあっ、チルノちゃんが見事な車田飛びを! ずしゃあああって!」
「うう……レティが呼んでる……レティ、まだ冬じゃないよ……?」
「チルノちゃん、そっちへ逝っちゃだめ!」

 紅い館のそばを駆け抜け、

「門番が吹っ飛んだ? 門が無事なら別にどうでもいいわ」
「東の窓ガラスが全部破れたですって? ……魔理沙の仕業ね!」

 永遠の屋敷を貫通し、

「ああっ、姫様がやられた! 助けてししょー!」
「永琳様なら薬品の安否を確認に行ったよ」
「姫様と薬とどっちが大事なんだー!」

 竹林に旋風を巻き起こし、

「うあ、妹紅がバラバラに!」
「くそ……輝夜、殺してやる……」


 そしてどこで何がどういう作用を及ぼしたのか、白玉楼への階段を駆け上がっていく。結界をぶち抜くほどの圧倒的貫通力。
 ついに白玉楼の前庭へ飛び込んだ弾丸の射線上には、庭師の少女の姿があった。
 少女、魂魄妖夢はとうにその接近を察し、腰の白楼剣に手を掛けている。
「おのれ幽々子様の寝所を騒がす不逞の輩め!」
 叫ぶなり、一刀を抜き打ちに叩きつけた。
 凶弾は暴力的なまでに速く、だがひたすらに真っ直ぐで、それは妖夢の正直な剣理と通ずるものがあると言えた。彼女が弾丸を斬り得たのは、それゆえだったのだろう。
 激突。二つの金属が、二つの武器が激しくぶつかり合い、火花と悲鳴を散らした。
 永遠にも近い刹那の攻防の末、
「けえぇい!」
 妖夢が白楼剣を振り抜いた。
 斬撃によって打ち返された弾丸は、斜め上方、空の彼方へ向かってすっ飛んでいき、きらりと星になった。
「よーむー。何かあったのー?」
 屋敷の縁側に幽々子がひょこりと顔を出し、怪訝そうな顔で鼻をひくつかせた。
「何か焦げ臭いわね。火事かしら」
「なんでもありませんよ、幽々子様」
 妖夢は熱くなった刃を収めると、主を振り返ってにっこりと微笑んだ。





 妖夢に斬り飛ばされた後、弾丸は第一宇宙速度に達し、博麗大結界と大気層をまとめて突き抜けて、デブリになったとかならないとか。噂である。

 

 

 

 



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2005年6月15日 日間

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