魔砲少女封殺

 

 

 

「おはようございます」
 ささやくような朝の挨拶が、かび臭い静寂を震わせる。
 悪魔の館の図書館に勤める小悪魔が、今日も名前とは裏腹の天使のように穏やかな笑顔で、背の高い書架の間をすり抜けていく。
 翼ある小柄な身を包むのは、タイトでシックな色合いのスーツ。
 パチュリーの読書の集中を乱さないように、本に積もった埃を巻き上げないように、ゆっくりと飛ぶのがここでのたしなみ。もちろん、彗星のごとく走り抜けるなどといった、はしたない魔法使いなど存在していようはずも――

「よお」

 ぎくりと、蔵書を整理していた小悪魔は動きを止めた。背後、声のした方向を、恐る恐る振り返る。
 果たして、そこにいたのは、白黒な魔法使いだった。
 箒にまたがり宙に浮かび、その少女、霧雨魔理沙は不敵な笑みで口元を歪ませていた。
「もはや前置きもいるまい。さっくり……そう、さっくりともらっていくぜ」
 その有無を言わせぬ威圧感に、小悪魔は空中で後ずさりしかけ、しかしどうにか踏みとどまった。きっ、とあどけなさの残る顔に、精一杯の強気を上らせる。
「そう、いつもいつも好きにはさせない」
「上等だ。覚悟はいいんだな」
 無限の知識を見下ろす場所で、小さな漆黒と極彩色の流星とは、激しくぶつかりあった。



 この日の小悪魔は一味違った。常ならばマスタースパークの一発で漏れなく撃沈しているところを、今回は驚異的な粘りを見せたのだ。
 しかし、その頑張りが却っていけなかったのかもしれない。強硬な抵抗は、より苛烈な攻撃を招いた。
「意外と楽しませてくれるじゃないか。ならば、こっちも応えなくちゃな!」
 獰猛に笑いながら、魔理沙はスターダストレヴァリエで突進。小悪魔を撥ね飛ばし、すかさず転進、マジックミサイルを五ダースほど叩き込んだ。そして落下してきたところをミアズマスイープでもう一度浮かせ、とどめのマスタースパーク。周囲の書架ごと、小悪魔を灼き払った。
「こ、こんなコンボ、繋がるの……?」
 オーバーキルもいいところの大打撃を受け、小悪魔は轟沈したのだった。儚い命であった。
 そして魔理沙の略奪が始まった。むしろここからが、かの魔法使いの本領とも言えた。
 それは正に悪魔の所業。小悪魔が日々、丁寧に整頓してきた蔵書を、白黒な魔法使いは気の向くままにつまみ食いしていった。気に入った本はすかさず略取、お気に召さなければ、その辺にぞんざいに放置。図書館の秩序が見る見る乱されていく。その鬼畜ぶりは、デーモンロードすら青褪めさせかねないものであった。
 げはははははン、と哄笑しながらさらに奥へと侵攻する魔理沙を、パチュリーも止めようとして、しかしあえなく散った。
「持ってかないでー、それはタケシの今月分の給食費なの」
「うるせえ、私がこれから馬で五倍に増やしてきてやるって言ってるんだよ」
 みたいなやりとりを、小悪魔は遠のく意識の中で聞いたような気がした。



 数冊の本と共に魔理沙が去り、蹂躙の痕も痛々しい図書館の冷たい床にへたり込んで、小悪魔は泣いた。
 なんて不甲斐ない。これで何度、あの白黒の横暴を許してしまったのか。丹精込めて整理してきた蔵書を荒らされ、奪われ、主であるパチュリーにまで危害を及ぼさせて。さらにはボムアイテムまで落として敵を喜ばせていれば、世話はない。
 小悪魔は目をこすりながら、辺りの惨状に改めて視線を巡らす。戦闘で舞い上がった埃がまだ落ち着かない中、ドミノ倒しを起こした書架の列や、散乱した無数の書籍が冷酷な現実を突きつけてきた。
 お前は無力だ、と。
 また涙がにじんできた。小悪魔の繊細なハートは決壊寸前だった。
 彼女は現実を拒絶するかのように目を固くつぶると、浮かび上がり、図書館の出口に向かって飛翔を始めた。
「あ……ちょっと、これ誰が片付けるのよ」
 埃に咳き込むパチュリーの声も、もうその背中には届かない。




 図書館を飛び出し、門番の屍を踏み越え、湖も渡りきり、当てもなく飛び続けて――気が付けば、空はほんのりと赤く染まっていた。
 疲れきった小悪魔は、森を見下ろす小高い丘の上に降りた。丘の頂点で体育座りして、膝の間に顔をうずめる。そこからは、まだ洟をすする音がした。
 吹き抜けていく夕風の音に、ふと柔らかな声が混ざった。
「おや、悪魔族だったのか」
 のろのろと顔を上げると、逆光の中に、見慣れぬ少女のシルエットがあった。
 見たことはなかったが、その特徴的な服装や、メッシュの入った髪などから、小悪魔は相手の正体をなんとなく察した。上白沢慧音。かつて、レミリアや咲夜が交戦したという半獣。
「泣き声がすると思って降りてみれば、これは面妖なものを見たものだ。悪魔の泣きっ面とは」
 これぞデビルメイクライ、とかわけの分からぬことを慧音はつぶやいている。
「悪魔だって泣きたいときくらいはあるわよ」
 真っ赤になった目で、小悪魔は訴えた。相手が自分とは敵対的な立場にある存在だと知りながら、言わずにはいられなかった。
 えぐえぐとしゃっくりなどしていると、慧音は困り顔になり、前髪の間に指を突っ込んで頭を掻く仕草をした。
「あー、その、悪かった。別にからかうつもりはなかったんだ」
 そして何を思ったか、小悪魔のすぐ隣に自らも腰を下ろした。
「何があったんだ? 私でよければ、話くらいは聞くが」
「……なんで?」
「うん?」
「あなたは、人間の味方なんでしょう? どうして人間の敵であるはずの私に、そんなことを言うの?」
 小悪魔の疑問に、慧音はふっと笑い、優しく目を細めた。
「お前みたいに鬱積したものがある妖怪や悪魔は、それを晴らすために人里で暴れたりすることがある。そうさせないため、鬱憤をぶつける相手になってやるのも、私の仕事なのさ。これも人間を守ることに繋がるんだ」
 その答えに小悪魔は納得しかけ、だがすぐに新たな疑問を抱く。それならば、悠長に相談になど乗ってやらずとも、弾幕で叩き潰してしまった方がよっぽど早いのではないだろうか。その方が幻想郷の弾幕少女らしいし。
 口ではこう言っているが、きっとこの人は泣いている私を見かねて声を掛けたのだろう。人妖問わず、きっと泣く子には弱い人なんだ。小悪魔は、そう察した。
「ん?」
 じっと見つめる視線に、慧音は首をかしげる。
 なんでもないです、と小悪魔は応じ、それから胸中のわだかまりを素直に吐露し始めたのだった。


 全て話し終えた頃には、空は夜の色となっていた。
「なるほど、霧雨魔理沙か」
 慧音は嘆息する。
「話には聞いていたし、他ならぬこの身でも少しは体験していたのだが、それにしても凄まじいまでの唯我独尊ぶりだな」
「ほんと、私もパチュリー様も、いつもいつもあの人には苦労させられているんです」
 小悪魔の声はまた涙混じりとなっていたが、その顔からはさっきよりも幾分、暗さが薄らいでいた。鬱憤を吐き出したことで、多少なりと心が軽くなったのだろう。その分、口も動きやすくなる。
「百戦して百敗なんて、つくづく自分が情けないです」
「いや、まあ、相手が悪いよ。お前に非があるわけじゃない。そう自分を責めるな」
「でも……それでも、私はあの人に勝ちたい」
 涙を拭うと、小悪魔は慧音に縋るような目を向けた。
「何か、あの人に勝てる方法はないでしょうか。図書館を守れる、そんな方法はないんでしょうか」
 慧音はその視線を真っ直ぐ受け止めると、短く告げた。
「ある」
 その一語を理解するのに、小悪魔は数秒を要した。ゆっくりと瞬きし、それからがばっと身を乗り出す。
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
 だが、慧音はそれ以上を口にしようとはしなかった。何かをためらっている風にも見える。
 小悪魔は期待に瞳を輝かせ、じっと彼女を待つ。根競べだった。
 やがて、慧音がしぶしぶといった感じで、溜め息をついた。
「……仕方ないな。こんな、闘争を煽るようなことを教えるのは、本意ではないのだが」
 言い訳めいた前置きをしてから、慧音は星空の下で、レクチャーを開始した。


「そもそも、図書館で魔理沙を迎撃しようという前提から、間違っているのだ。それでは勝てない」
 どこから取り出したのか、慧音は眼鏡を掛けて、教鞭を手にしていた。思わず慧音先生と呼びたくなること請け合いの、はまり様だった。
「戦略レベルの判断が誤っていれば、戦術レベルでいくら頑張ろうとも、挽回するのは至難だ。お前たちの場合、図書館を戦場に選んだ時点で、敗北は約束されていたということになる」
「でもでも、向こうから攻めてくるんですよ。それも気紛れに。図書館で受け止めるしかないじゃないですか」
「甘い、このガチガチ頭め!」
「わっ」
 いきなり教鞭が突きつけられ、小悪魔はのけぞる。
「いいか、なんとしても防衛したい場所があるとして、有効な防衛対策とは、究極的には相手に攻めさせないことなのだ。すなわち、敵が侵攻を始めるより先に、その戦力を叩く」
「え……それは、逆にこっちから攻めろっていうこと?」
「平たく言えば、そうだ」
 慧音は重々しくうなずいた。
 小悪魔は慌て顔で、わたわたと手を振る。その動きにシンクロして、頭の小さな翼もぱたぱた揺れた。
「そ、そんな。人様のおうちを攻撃するなんて」
「私だって、こんなことを薦めたくはないさ。だが、他にあの魔法使いの暴挙を防ぐ手立てはない」
 そうして、慧音は論拠を挙げていく。
 魔理沙の強さとは、高速高機動力に裏付けされたパワーだ。彼女を倒すには、まずスピードを奪うのが、早道だと言えよう。
 さて、大図書館という場所は、魔理沙が速度を活かすに十分な広さを持っている。先に挙げた理由により、ここで迎え撃つのは得策とは言い難い。海中で鮫の相手をするようなものだ。
 では、敵の拠点、つまり霧雨邸はどうか。あそこは元々が一人暮らし用の家屋である上に、内部は蒐集物が山と積まれているという。飛ぶどころか、走り回ることさえ困難な地勢であろう。すなわち、魔理沙が戦場とするには、最も向かない場所である。
 邸内にいるところを強襲すれば、魔理沙はもはや陸に打ち上げられた魚も同然、まな板の鯉に過ぎない――
「鳥を落とさんと欲するなら、飛び立つ前に、ということだな。これは卑劣な策でもなんでもない、立派な戦略だ」
 慧音は淡々と締めくくった。
 話を聞き終えて、小悪魔はじっと考え込んでいる。慧音の話には、確かに理があるように思える。でも、本当にそんな上手くいくものなのだろうか。それに、こちらから積極的に攻め立てるなどというのは、彼女の性格的に、どうしてもためらわれた。
 慧音は立ち上がると、小悪魔の肩を軽く叩いた。
「まあ、今のはあくまで、戦って勝つための方法論だ。他にも――例えば、話し合いで勝つ方法だってあるかもしれない」
「話して分かってもらえる相手じゃありませんよ……」
「そうかもしれないが」
 慧音は苦笑する。
「まあ、焦ったり自棄になったりはしないことだ。対抗できる手段があると思うだけでも、気持ちはずいぶんと変わってくるものだぞ」
 そう言い残して立ち去ろうとする彼女を、小悪魔は呼び止めた。
「あの……どうして、人間の魔理沙よりも、私の肩を持つようなことを?」
「ああ、そういや魔理沙は人間だったな。そして、お前は人間ではない、と。すっかり忘れていたよ」
 肩越しに微かな笑みを見せ、慧音は夜空へと消えていった。
 小悪魔は立ち上がると、須臾の師の背中に頭を下げた。




 図書館に戻ると、倒れていたはずの書棚が全て元通りに立ち並び、散らばった本をパチュリーが拾い集めていた。
「咲夜に手伝ってもらったのよ。誰かさんが突然いなくなるから」
 皮肉で小悪魔を迎えたパチュリーは、ふと咳をした。手に抱えていた本を、小悪魔に押し付ける。
「肉体労働なんてしたから疲れたわ。もう寝るから、後はよろしく」
「はい……」
 ふわふわと力なく去っていくパチュリーの背中に、小悪魔は自己嫌悪を覚えた。
 独り、黙々と本を片付け始める。まずカテゴリごとに大別し、それから著者名、タイトル順と並び替え、書棚のあるべき場所に戻していく。
 額に汗をにじませながら、彼女は考えずにはいられなかった。こうしてきっちりと元に戻しても、あいつがくれば、またたちまちに無秩序が再現されてしまう。自分は、無駄なことをやっているのではないのか。すぐに崩されてしまうと知りながら、小石の山を積み上げる、そんな無間地獄に陥っているのではないのか。
 ならば、こんな仕事など放り出してしまうか。
 一瞬だけよぎった提案を、すぐに破棄する。それはできない。自分は、ここの司書という役職に誇りを持っている。それを自ら否定するなんて、自分自身を否定するのと同じだった。
 作業を続けていくと、並べた本の間に、ぽっかりと歯抜けができた。魔理沙に奪われた本が、本来収まるべきはずの場所だった。
 小悪魔は、その隙間の闇をじっと見つめる。その瞳にいつしか、静かな決意の光が灯っていった。



 魔理沙が今回奪った本の冊数は、八。これまでの経験則から、再襲来までのインターバルは九〜十一日。それが、自らに与えられた猶予だと、小悪魔は定めた。
 その間に独力で戦略を練り、整え、ついに彼女は完成させた。
 そして、あのカタストロフから八日目の深夜。
 紅魔館を抜け出した小悪魔は、独り、魔法の森、霧雨邸の前に立った。




「リトルデーモンクレイドル!」
 小悪魔の体が錐揉み回転しながら、霧雨邸の窓をぶち破る。窓枠とガラスが派手に砕け散り、森のしじまを破った。
 ちなみに、今のはスペルカードではない。頭に防護用のシートをかぶっての、単なる突撃だった。
 しゅた、と屋内の床に着地した小悪魔は、奥で慌てふためく声が上がるのを聞いた。
「な、なんだなんだ?」
 続けて、どすん、と重い音。魔理沙がベッドから転がり落ちでもしたのだろうか。
 まだこっちへ来るまでには間がある。小悪魔は素早く周囲の状況を確認した。
 事前に調べ上げた霧雨邸見取り図からすれば、彼女が侵入したのは、居間のはずだった。だが、いざ入ってみると、そこは床にもテーブルにもソファにも、本やらガラクタやらが雑多に積まれ、とても生活空間とは見えなかった。足の踏み場こそどうにかあるが、それだけしかないとも言える。
「おい、そこに誰かいるのか!」
 光が揺れながら近付いてくる。じき、右手にランタンを、左手に魔法の箒を手にした魔理沙が姿を現した。
 当然、向こうからも小悪魔のことは見えている。
「お前……!」
「こんばんは、霧雨魔理沙。いつも出向いてもらって悪いから、今日はこちらからお邪魔させてもらったわ」
 夜風のように静かな口調で、小悪魔は告げる。
 魔理沙は愕然となっていたのも束の間、すぐに笑い声を立てた。
「なんだ、まさか私と戦いに来たってのか? お前一人で? 紅魔館では、その手の冗談が流行ってるのか?」
「冗談じゃないのよ。私は、あなたを倒すために来た。ここであなたを打ち倒して、図書館に近付こうなんて気力を根こそぎ奪ってあげる。作戦名は、“マリサ・マスト・ダイ”!」
「いや、殺しちゃいかんだろ」
 ついつい突っ込みを入れる魔理沙に、小悪魔は先制の弾幕を展開する。夜闇を押しのけて、巨大な光弾が連続して飛んだ。
 魔理沙は咄嗟に、ガラクタの間に身を隠す。弾幕は魔理沙の肩をかすめて、さらに奥まで飛び、そこにあった蒐集物の山に命中した。どんがらがっしゃん、と悲惨な音が邸内に響き渡る。
「ちょ、ちょっと待て! 私のお宝が!」
「どうせどれもこれも、人様のものを奪ってきたんでしょ。その人たちの恨みも、私がまとめて晴らすから!」
 もちろん、ここには大図書館からさらわれてきた本たちもある。それを考えると、やはり小悪魔の心は痛む。 それでも、それだからこそ、彼女は攻撃の手を止めない。ここで魔理沙をとどめなければ、これからも犠牲は増え続けていくのだ。
「くらえ、リトルデーモンアロー!」
「レミリアのパクリじゃないか!」
「あなたにだけは言われたくないわ!」
 畳み掛けるような小悪魔の猛攻に、魔理沙はろくに反撃もせず……いや出来ず、狭い空間を逃げ惑うばかりだった。蒐集品を傷つけてしまうのが怖くて、どうしても吹っ切れないのだろう。
 逃げるにしても、自由が利かない。蒐集品の間にどうにか人ひとり通れる道がある、そんな霧雨邸の環境では、走ることも飛ぶこともできない。飛べないのなら、手に握る魔法の箒も、足を引っ張るお荷物でしかなかった。
 どうにか外に出ようと魔理沙は動くが、小悪魔はそれを見越して攻撃を先置きする。ドアにも窓にも、相手を近づけさせはしない。
 魔理沙よりも小柄な体躯が、さらに小悪魔に有利な状況を作っていた。ガラクタの陰を素早く移動しながら、相手の出足を的確な射撃で払う。
 そんな一方的とも呼べる攻勢の末、ついに魔理沙を部屋の隅まで追い詰めた。
「うあっ」
 とことんツキに見放されたか、魔理沙は出っ張っていた本につまづき、引っくり返った。その手からランタンが落ち、場は完全な闇に閉ざされた。
 夜目の利く小悪魔には関係ない。この機を逃さず、ガラクタを蹴散らしながら一気に接近して、飛び掛かった。
「とどめ!」
 仰向けになっている魔理沙を見下ろし、至近距離から最後の一撃を見舞おうとして、だが小悪魔は目を瞠った。
 眼下で、魔理沙が会心の笑みを浮かべていた。
 小悪魔は悟る。この一瞬、この位置関係を、相手が待っていたのだと。小悪魔が上、魔理沙が下となる、この形を。
 真上の方向には。魔理沙が守るべき蒐集品は、ない。
 にやり、魔理沙は唇の端を吊り上げる。

「魔砲『ファイナルスパーク』」

 小悪魔は魔理沙が「戦闘の天才」だということを思い知らされた。
 垂直に立ち昇った純白の光芒に貫かれ、彼女の意識もまた、白い光の彼方へと消し飛んでいった。





 星が見える。
 天井に開いた大きな穴をしばらく見上げ、それから床で伸びている小悪魔へと、魔理沙は眼を移した。
「ふ……やるじゃないか。久しく、満足な戦いだったぜ、小悪魔よ。危なかったわ、本当に」
 疲れきった笑みをたたえながら、魔理沙は床に大の字になっていた。また、天井の穴を視界に入れる。
 蒐集品の損害こそ最小限に抑えられたものの、自分の家に穴を開けてしまうとは。ちょっと熱くなりすぎただろうか。でも、あの瀬戸際では、他に勝機を見出せなかったのも事実だ。
 まあ、寒くない季節で良かった。暑いぜ暑いぜ熱くなりすぎたぜやっぱり、などと考えていると、不意に夜空を黒い影がよぎった。瞬いているはずの星が、見えなくなる。
 訝りつつ目を凝らすと、天井の穴から降りてくる人影を認めることが出来た。
「なっ……やっぱりお前も来ていたんだな、パチュリー」
 紫色の魔法使いは荒れ果てた床に降り立つと、気絶している小悪魔を見下ろした。
「前から何をしているのかと思っていたら……こんなことだったのね。馬鹿な子」
「なんだ? お前の立てた作戦じゃないのか?」
 怪訝な声を上げる魔理沙に、パチュリーはじっとりとした視線を落とす。
「この子が勝手にやったことよ。でも……悪くはない作戦だったようね」
「それは認めるぜ。あと一歩というところまで追い詰められたんだからな、この私が」
「なら……」
 ふっ、とパチュリーは薄く笑った。それに不穏なものを感じ、魔理沙はぞっとなる。
「パチュリー?」
「中途で終わった作戦を完遂させるのが、この子の主人の立場というものだと、そう思わない?」
「おい、まさか。よせよ……」
「お休み、魔理沙。次にあなたが図書館を訪れる日を、楽しみにしているわ」
 パチュリーの周りに五色の光が浮かび上がる。魔理沙は目を見開いて、震え上がり――

 絶叫が上がり、それを最後に、魔法の森はやっと元の静寂を取り戻したのだった。





 目を覚ました小悪魔は、温かな腕の中に抱えられているのを知った。真っ赤になって、じたばた手足を動かす。
「パ、パチュリー様っ」
「ああ、目が覚めたの? なら、自分で飛んでちょうだい。疲れて、そろそろ手を離そうかと考えていたところだから」
「は、はいっ」
 パチュリーの手から解放され、小悪魔は主の隣に並ぶべく、背中の翼を羽ばたかせる。体は鉛のように重かったが、そんなことよりも、もっと気にすべきことがあった。
 パチュリーの横顔に、おずおずと尋ねる。
「あの、どうして……」
「魔理沙にいろいろと貸していた物を取り返しに来ただけよ。もっとも、誰かさんのせいで、本の一冊も抱えてこられなかったけれど」
「済みません……」
 うなだれる小悪魔に、パチュリーはちょっと意地悪っぽく笑った。
「でも、一番大事なものは取り返したから、いいわ」
「え?」
「あなたも私の所有物なんだから、魔理沙の好きにはさせないわ」
「……パチュリー様」
 堪えきれず、鼻声になってしまう。パチュリーは呆れ気味に、それでも優しい声で、言った。
「よく泣く子ね」
「ごめんなさい……嬉し泣きなんて、久しぶりなんです」
 小悪魔はほんの少し、パチュリーの側に体を寄せた。星たちに見守られ、二人はあるべき場所、紅魔館の図書館へと帰っていった。





 いろいろと壊滅的な打撃を受けた魔理沙は、図書館への次回襲撃の無期限延期を決定した。
「うちも門番とか置こうかな……中華系じゃないのがいいな、できれば」
 などと、ベッドの中で埒もないことを考えて過ごしているとか。

 

 

 

 



SS
Index

2005年7月17日 日間

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