どてらVS人類(後編)

 

 

 

「面目ない、ここに神奈子がいたらどんな顔をするだろうね……」

 困ったように笑う諏訪子をおんぶしながら、魔理沙は炬燵のある部屋に向けて廊下を歩いていた。
 諏訪子は早苗に刃向かわれたショックとか、捻ってしまった右足とか、右手に付けられた青痣とか、そういうのとは丸っきり関係なくて帽子の目玉のバネが両方とも壊れて宙をびよんびよんしているのが諏訪子の心をひたすらに挫いていた。

「諏訪子、訊いてもいいか?」
「話せることならね」
「早苗のウルトラ強化ぶりはありゃ何だ? それでまたお前が出てきたってのに当の神奈子は今どこでどうしてる?」
「ああ、神奈子か……神奈子は幻想郷の自浄作用を試しているの。もしも早苗の行為がこの世界にとって悪ならば、幻想郷は必ず止めてくれるだろうってね。まあ、他にちょっと手を出しづらい事情があるんだけどさ」
「自浄? 事情? よくわからんな」
「ちょっと長くなるけどいいかな……あんまり楽しい話じゃないよ」

 諏訪子はそう断ってから、魔理沙の背中の上でぽつぽつと話し始めた。
 
 ……早苗はこっちで上手くいってなかったのさ。
 元々負けるのが下手なんだよ。向こうで自分と競い合える存在がいなかっただろ?
 それで自信満々のままこっちに来たのに、出会い頭に普通の人間にぶつかって負けちゃったんだ。
 盛大に躓いて、自分の居場所を探すのに苦労してたよ。
 塞ぎ込んだり、落ち込んだりを繰り返して、長い時間かけて自分の気持ちにふんぎりをつけて、最期には神奈子への信仰を自分の拠り所に決めたんだな。
 ところがね。
 ――ドテラーノ賞だ。
 自分の神様がみんなに小馬鹿にされたように思ったんだろう……。
 自信を砕かれたのか、完全に内に篭っちゃうようになって。
 こんな暗い神社じゃどうしようもないと、私がほとほと弱って神奈子に相談したら、神奈子が踏ん切りをつけて作ってくれたのさ。
 夜鍋をして早苗用の暖かいどてらをね。

『ほら、早苗。悪くないだろう? とっても暖かいし、私とお揃いだ』

 神奈子は両手で自分のどてらの袖を掴んでにんまり笑ったよ。
 冷え切った朝に早苗が脇目も振らず泣き出すもんだから、その泣き声は良く響いた。
 私は顔が崩れるまで早苗が泣くのを初めて見た気がするし、あんなに優しく神奈子が笑えるんだってことも初めて知った。

「……以来、早苗の中でそれは特別な物になった。神奈子の為に、己の為に、そのどてらの素晴らしさを伝えて歩いてるの。それが早苗の正義なのですわ」
「それで、何で早苗が強化されちゃうんだ……」
「ああ、早苗を元気付けようと手をかけたのがまずかったのですわね。あのどてらには仕掛けがあって、神奈子の信仰エネルギーの一部が早苗に流れるように出来ているの」
「――馬鹿じゃねえの?」
「馬鹿ですわね、馬鹿も大馬鹿、何より早苗が神奈子馬鹿ですわ」

 笑っていっているように聞こえるんだけど、背中の諏訪子は泣いているような気がした。
 なんとなく、だけど……。
 魔理沙はそんな勘繰りが気取られないように諏訪子をおぶり直してから、半分壊れた障子を開けて霊夢達がいる炬燵の横までいくと、諏訪子の尻を降ろした。
 諏訪子はそこまででお喋りを止めていた。

「……別に早苗はお前のことを気にかけてないわけじゃないと思うぜ?」
「そんなこと言ったかしら?」
「言ってなかったのか」
「誤解があると困るから言っておくけれど、私が神社を離脱したのは、早苗の腋が見られなくなるのを惜しいと思ったからよ?」
「ぶはは! 違いない」
「釈然としないなぁ」
「何を言う。これだけはっきり言ってるじゃないか。お前は同志で、早苗の腋が見られなくなるのを惜しんで離脱したんだぜ」

 魔理沙は疲れた身体を重さに任せてどんと畳に転がして、ぼろい天井を見上げた。
 今のところ、早苗は諏訪子の言う通り母屋の中までは攻めて来る気はないようだ。 
 どうすればいいかな、と寝返りを打つ。
 今までの話から、早苗を倒すには着ているどてらを剥ぎ取るかぶっ壊す必要があるらしいんだと分かったんだが――なんだ、それって結局、霊夢にやろうとしてたことと同じじゃないか。
 だけど、おそらく、もう、あいつはどてらが無くても十分に強いんだろうな……。
 魔理沙は冷たくなった八卦炉を握って思った。
 
「はぁ、わかんね……他人の価値を高めることを自分の価値にする生き方ってのが」
「そりゃ、あんたはそうだろうね。とにかくこれは早苗の正義と私達の正義のぶつかり合いですわ」
「……それ矛盾してないか? どっちかが悪なんじゃねえの?」
「負けたほうが悪になるのよ」
「おーおー、負けてきたやつの考えはネガティブだねぇ」
「きーっ!」

 諏訪子が少しムキになって怒ってきたので、いい傾向だと魔理沙は笑った。
 宙に投げた八卦炉を上体を起こしてキャッチしてから立ち上がる。

「……で、人がシリアスな話してんのに、こいつらがすっかり出来上がってて腹が立つんだが」

 魔理沙が炬燵の上を指差すと「ですわね」と、諏訪子が続く。

 炬燵の上では柿ピーを開けてお猪口で酒を飲んでる霊夢とてゐがいた。
 二人とも顔が赤いし、てゐに至ってはあれだけ熱弁していたのに、すっかりどてらに転んだようで、つまみの合間にどてら生活最高っす、と呟いていた。
 あまりの変貌ぶりに怒る気力も湧かない。
 何にしろ、あれはただのどてらではなく早苗の想いが込められた特別製なのだろう。
 紫に至っては三角巾つけたまま部屋の隅でまだ死んでいた。 

「どうすんの? ほっといたら鍋でも持ってきて宴会始めそうだよ?」 
「いや、その前に麻雀始めたがるだろう、ほら、四人揃ったから妙にそわそわし始めてる……!」
「別にここには麻雀牌なんて無いから気にしなくていいと思うけど」
「だよね」
「それで、何とかして霊夢のどてらを引っぺがせないの?」
「んー、朝から私が散々トライして失敗してるんだが……まあ、お前の協力を考慮に入れると、再挑戦する価値はあるかもしれないぜ」
「他に道も浮かばないし、やってみましょう」
 
 うん、と頷いて息を合わせたあと、魔理沙が右から、諏訪子が左から霊夢に飛び掛る。
 ……それぞれ霊夢から音速の裏拳を食らって部屋の隅に吹っ飛んだ。

「つ、強いっ……! コアラみたいな顔して、なんて速さだ!」
「しかも右サイドのてゐまで柿ピーを投げて攻撃してきますわ……!」
「痛くないけど口に入ると辛いっ!」
「ど、どうしよう!?」
「どうやら今の霊夢はどてらが全てなんだぜ。どてらを剥ごうとすると全力を出される。このまま正面から相手しても埒が明かないな。よし、霊夢の死角から狙おう」
「死角?」
「どちらかが炬燵の下から潜って、霊夢の足を引っ張るんだ。霊夢がそれに気を取られた隙にもう一人がどてらの襟首を掴んで上に引き上げる!」
「おお! でもその作戦、本人の目の前で言ってもいいのかな?」
「あの顔が聞いてる顔に見えるか?」
「見えませんわ……じゃあ私が下から攻めましょう!」
「待て、蹴られる可能性が高く下は上よりも危険だ、下から行くのは私に任せるんだ!」
「魔理沙ばっかりにいい格好させないわ! 私が!」
「いやいや、これは決して役得とかじゃなくてホントに危険だから言ってるのであって、是非ここは私に任せて欲しい!」
「いや、私が!」
「私が!」

 話が進まないのでじゃんけんで決めた。

「けろー……」
「ははは、どうやら時の運は私にあったようだな! じゃあ合図したら上から引っ張ってくれよ。さぼるなよ? 行って来まーす!」

 魔理沙は笑顔で炬燵布団を捲り上げると、太陽の国へと冒険を開始した。
 やるぞ……! 危険で責任重大な作業だがやりがいはある!
 右から二つの足が突き出てる、正面からも二つの足、気をつけろ、気取られないように蹴られないようにして進め、正面のがズボンで左のが白いスカートだ――ん? あれ?
 ってかズボンって誰?
 炬燵から戻って顔を上げる。
 正面が霊夢だ。
 っかしいなー、正面にはズボンしか……。
 
「……霊夢……ずぼんに……履き替えてる……」

 さめざめと泣きながら魔理沙が帰ってきたので、諏訪子は胸を貸してやった。

「じゃあ、私が下から狙うわね」
「うん、うん……ズボンはあんまりだ、ちきしょお……なめてんのか……人が寒い外で戦ってる間に……ズボンかよ」
「いい? 私が合図をしたら魔理沙が霊夢のどてらを上に引くのよ?」
「うん、ぐすんっ」

 優しく子供をあやすように諏訪子は言って、炬燵の下に突入した。
 魔理沙は気分を直して霊夢の後ろに回ったら、両手を胸の前に構えて、諏訪子の号令を待つ。
 ……なかなかその時はやってこない。
 大丈夫だろうか?
 霊夢にぼこぼこに蹴られてるんじゃないだろうか?
 ……いや、信じよう。
 波立たぬ、静かな炬燵布団を見て魔理沙は思った。
 諏訪子の手際を信じる。自分の役目は霊夢の反応より早くどてらに飛びついて引き上げるだけだ。
 さあ、いつでもいいぜ諏訪子、来いよ!

「すわわっ……!」

 炬燵の下からくぐもった声が聞こえた。
 待ち望んだ合図だ!
 魔理沙は霊夢に跳んだ。
 霊夢のでたらめに振り回された拳に上半身を滅多打ちにされながらも魔理沙は襟首を確保する。
 掴んだ、あとは諏訪子が足を下に引っ張ってくれればいいだけだ。
 大丈夫か諏訪子? 蹴られてないか?
 ――どうした諏訪子、何故動かない? 炬燵の下で何かあったのか?
 きっと霊夢の抵抗が凄いのだろう。諏訪子は物凄い蹴られながらも、必死に足に食らいついているんだ。
 魔理沙の頭に諏訪子の頑張りが浮かぶ。
 がんばれ、諏訪子、こっちも頑張ってる。が、もう限界に近い、さっき一発顎に入った。
 諏訪子、頼む、早くしてくれ。
 諏訪子……早く……諏訪……。  



 ――Zzz。


「中で冬眠してんじゃねえよ!!」

 炬燵の上を思いっきり両手で叩くと「すわっ!!」と驚いた声がしたあと、炬燵に頭をぶつける大きな音がした。
 柿ピーが散らばったので、霊夢とてゐから魔理沙が総攻撃を食らう。 

「ってなにしてんだよ諏訪子! 私一方的な殴られ損じゃんか!」
「ごめんねぇ、冬眠近いもんで……暖かい場所にいるとスイッチが入っちゃってさ……」
「早苗戦の台詞はネタじゃなくて本当にそうなの!? 本当に冬眠間近!?」
「うん、それで力が出ないの」
「うわあああーっ! こんな奴助ける為に小悪魔はー! 小悪魔がーっ!」
「落ち着いて、落ち着いて」
「……うん? 小悪魔?」

 そういえば小悪魔はどうしているのだろう?
 魔理沙は破れた障子へ向き直った。一体外はどうなっているのだろう?
 てゐはちゃんと炬燵にやって来た。そう考えると、どてら化した小悪魔がここに未だやって来ないというのは外で何かあったように思える。
 魔理沙は心配になって外の気配を窺おうと、障子に手をかけた。
 その瞬間、障子の遥か彼方から、大きな針みたいなのが急接近してきて、破れた隙間から部屋に向けて飛び込んできた。
 魔理沙が間一髪身を捻ってそれを避けると、部屋に入ったすぐのところでその針は畳の上に刺さ……刺さらない、なんか滑って横に倒れた。

「な、なんだ?」

 10cmはあるだろう針の頭には赤い風車が付いている。
 どこかで見たことある光景なんだが、風車が止まってしまっているのが妙に哀愁を誘う。

「こ、これは……!」
「知っているのか、諏訪子!?」
「これは早苗の風車だ! 早苗は伝言をする時に赤い風車を良く使うことで有名なんだ……! 小さい頃は同級生に風車の早苗と呼ばせるのに必死だった!」
「止めてあげて、お母さん! そんな黒歴史!」
「いやー、早苗、風車の矢七のファンでさー。基本的に勧善懲悪なヒーロー物が大好きで中学生になっても日曜日はデパートの屋上に――」
「もういいっすよ! 十分っすよ!」

 魔理沙は渋い顔を作って、諏訪子の口を塞いだ。
 これ以上本人がいないところで早苗の名声が落ちることを望まない。

「それで何だっけ? 伝言だって?」
「もがもが」
「あ、ごめん、もう話していいぞ」
「ぷはっ、だから風車だよ。良く見て、風車の下あたりに手紙が括られてるでしょう?」
「おお、本当だ」

 陰陽球型通信機の登場以来、すっかり影を潜めた矢文方式の通信であるが、昔はみんな結構面白がって使っていた。
 そこに実用性の問題は関係ない、要するに雰囲気なのである。感じ、感じ。
 魔理沙は結んであった手紙を開いて中身をみた。
 すぐに目につく言葉があった。

『預かったものを無事に返してほしければ、外に出て私と戦ってください――』

 預かったもの……?
 ……あ!

「くっ、卑怯だぞ早苗! 小悪魔を人質を取るなんてッ!」
 
 魔理沙は左手で畳を叩いて早苗を批難した。
 それが正義のやることか……!
 てゐの生気のない瞳が、魔理沙を捉えていた。どの口がいうかこの野郎、と言いたげだったが無視した。

「ということは、早苗は小悪魔と引き換えに、私達を釣ろうということ?」
「そういうことになるな」

 そこまで魔理沙が口にした時に、からからと障子が開いた。
 え? と思って振り向くと、話になっている小悪魔がゆらゆらと歩いて部屋に入ってくる。
 人質本人の登場に呆然とする。
 じゃあ、なにこれ?
 大切なものって小悪魔じゃないの?
 魔理沙は手紙の続きを読み始めた。
 一方小悪魔は、炬燵に入る際に炬燵の足に自分の足の小指をぶつけて痛みに転がりまわっていた。学習能力の無い奴だ。

『――預かった二枚の写真はその時にお返しします。逃げないで出てきてください。ちゃんとした決着を望みます。 早苗 』

 写真?
 いきなり文中に出てきた予想外の言葉に、魔理沙も諏訪子も一様に首を捻った。
 
「おい、諏訪子。写真なんて持ってきてたのか?」
「持ってきてないよそんなもの。魔理沙こそ心当たりあるんじゃないの? どうなの?」
「ないよなぁ……」
「じゃあ、早苗が何かを勘違いをして、他の人のを私達のだと思って拾ったということになるけど」
「他の人って言ったって、あの時、てゐと小悪魔くらいしか……」

 魔理沙はその事実に気がついて、ぎょっとして目を見開いた。
 諏訪子は悩んだまま、そんな魔理沙の形相を不安げに眺めている。
 ……まさか。
 魔理沙はてゐに駆け寄った。
 そして、てゐのどてらにしがみ付いて横に揺する。

「てゐ、お前パンチラ写真落としたな!?」

 てゐは揺られるばかりで、何の反応も示さない。
 だけど、こいつの写真以外考えられなかった。派手に被弾して後方にぶっ飛んだあの時に落ちたに違いなかった。
 希望の光であった、てゐ秘蔵の鈴仙写真は今早苗の手の中にあるのだ。
 あれは芸術作品だ。是非とも取り戻さないといけない。
 魔理沙は焦った。
 焦ったのだが、このまま出て行っても確実に返り討ちの憂いにあう。
 ……そうやって悶々と悩んでいるうちに、そのうちこれは別段急ぐ必要が無いことに気がついた。
 
「そっか、人質なら早く助けに行かないといけないけど、写真ならゆっくり出来るわけだ……」

 早苗の性格だ、焼いたり破いたりはしないだろう。
 だとすると、こちらからわざわざ安全な場所を放棄する必要は無い。
 落ち着いて畳に腰を降ろす。
 諏訪子も事情を大体理解したのか、息を吐いて魔理沙の隣に座った。
 何とはなしに炬燵に集まったどてら三人組を見ていると、炬燵の中では足の占拠面積による縄張り争いが勃発しているようだった。

「ここにいりゃどてら信者が守ってくれる……どてら達を戦闘に巻き込むのを懸念して、早苗は攻めて来ないってわけだ……時間を稼いで事態が好転するかどうか分からんが、稼げるだけ稼ぐかね」
「いや、それなんだけどさぁ……」
「何だよ?」
「もしかして早苗は信者がどうこうじゃなくて、魔理沙が戦う気になるのを待ってるんじゃないかと思い始めたんだけど……」
「はあ? 何で?」
「最初に早苗に会った時、あの子はどこにいたの? 外じゃない?」
「だったかな……?」
「そうすると、早苗は何も言わず神社に入ってきて、えいって、あんたの額に棒当てるだけで勝ちだったのに、わざわざ寒い外であんた達が出てくるのを待ってたってことになるよ?」
「ほう、なるほど」
「早苗は少なくとも不意打ちで勝つことは望んでないんだ。そうしたら、全力でぶつかり合いたいって理由があるんじゃないかなって……」

 全力でぶつかり合いたい理由とな……?
 魔理沙は頭を悩ませた。
 もしかして、正面から戦うことに勝ち負けを度外視した美学があるってことだろうか?
 なんだそれ、馬鹿馬鹿しい。こっちだって腋巫女を取り戻すのに必死なんだ。いちいちお前の美学の面倒なんかみていられるか。
 不貞寝に近い形で魔理沙は横になった。

 腕を枕にした時に、さっき読んだ手紙の文面が頭を過ぎった。

『――ちゃんとした決着を望みます 早苗』

 ちゃんとした決着……。
 まさか、あいつ、前に私に負けたのを根に持っていてリベンジマッチをしようとしているのでは……。
 魔理沙はそう考えて、そりゃあないわ、と首を振った。
 自分の側にはてゐも小悪魔もいたのだもの。
 あいつらの奮闘のおかげで、たまたま今残ってるのが私というだけだ。

 ……そうなのか?

 あれ? どうして、自分だけこの異変に取り残されていたのだろう?
 魔理沙の頭の中に散々放置されていた疑問が牙をむく。
 てゐは永遠亭から、小悪魔は紅魔館から、それぞれどてらの襲来から逃げてきた――紫は純粋に家が分からなかったのだろうが、まさか私の家が分からなかったという訳はあるまい。
 何故、私だけ後回しにした?
 てゐや小悪魔が先にやられたと思っていたのも、実は早苗が狙ってやっつけたんじゃないのか?
 
 違うと思いたかった。 
 全ては自分を残す為の茶番だったという結論になってしまえば、てゐや小悪魔の懸命さが否定されてしまうように思う。
 残された仲間が意気消沈しないように、精一杯毒を吐いてから倒れたてゐ。
 捨て身の突撃で満身創痍だったのに、残った私の為に振り返って親指を立てて見せた小悪魔。
 あいつら、すんげえ馬鹿だったけれど、力の差に関係なく対等の目線で同じ夢の為に戦っていた。
 …………。
 ……そういえば、自ら突撃した小悪魔を早苗が先に狙って倒したというのは、おかしいな。
 やはり無理があるのか?
 
 理屈に穴を見つけて安心してしまいたかったのに、何故か魔理沙の気分は落ち着かなかった。
 悔しいが、あの二人とやってて楽しかった。 
 それを、今更、お膳立てが済みましたからリベンジマッチしましょう、なんて言われても、ふざけんなよって思う。 
 
「あの、魔理沙……」
「ああん!?」
「いや、なんでそんな不機嫌なのよ」
「別にっ……!」
「まあ、寝たままでいいから聞いてて。実は、まだ良く分からないけど……ごめん、さっき嘘吐いちゃったかもしれない」
「何が?」
「正義と正義のぶつかり合いだなんて咄嗟に格好付けちゃったけど、今の早苗の正義が本当に信仰と勝利の為に向かっているかなんて分からないんだ」
「……?」
「あの子の正義はもう勝つことにはないのかもしれない。いや、ひょっとしたら負けたがっているんじゃないかって……あの手紙を読んで私はそんな風に感じてる」

 負けたがってる? 早苗のリベンジマッチじゃないの?
 魔理沙は弱った。
 何か重要そうな事を言い出す気配が諏訪子にあるのだが、さっきまで露骨に不機嫌だった手前、あんまり話に食いつきにくい。
 魔理沙は不機嫌そうに背中を向けたまま、だけど耳に全神経を集中させて会話を漏らさないように注意した。

「って寝たフリなのかなぁ……まあ、その方が楽に話せるんだけど」
「……」
「この異変、正直、私も神奈子も最初は早苗に合わせてただけなんだよ。早苗が張り切ってるし、早苗が元気になればそれでいいって。まさか、どてらなんかで信仰が集まるとは思わないじゃない?」
「……」
「それがとんとん拍子に上手くいって、早苗もどんどん明るくなるし、お金も信仰もどんどん溜まるし、目指せ幻想郷制覇、なんてさ。これ、ちょっとやばいなぁってところまで来て、さて、どうやって早苗から力を取り上げていいか分からなくなったんだ」
「……」
「切り出しにくいだろ? そんなの信じてませんでしたとも、早苗にあわせてましたとも言えないし、ここで無理やり身内から力を取り上げられたら早苗……」
「……」
「早苗もっと落ち込んじゃうじゃん……」

 諏訪子が身体の深いところから絞るような溜息を吐いたのが聞こえた。

「結局さ、私が悪者になって早苗を鎮めれば、早苗には神奈子が残るじゃない。それでいいと思ってここに来たんだよ」
「………」
「だけど、あの子の戦いぶりや、今の手紙を見て、もしかして、早苗は他の事を考えているんじゃないかって感じた。力を失ってまたタダの人になるのが怖い、逃げ出して神奈子の信頼を失うのが怖い、だったら自分を倒してくれるヒーローが現れればいいじゃないかって」
「……諏訪子、なぁ」
「んー?」
「お前言ったよな、もしも早苗の行為がこの世界にとって悪ならば、幻想郷は必ず止めてくれるだろうって、神奈子が言ったって」
「ああ、うん」
「それ、本当に神奈子が言ったのか?」
「…………」 
「早苗が言ったんだな、それ」
「…………」
「だからお前は早苗がヒーローに倒されたがっているなんて結論に辿り着いたわけだ」
「そうさ、人間のあんたに倒されるんなら早苗だって納得し……」
「馬鹿にすんなよ、おいっ!!」

 叫ぶと同時に魔理沙は身体が動いていた。
 起き上がり、向き直り、諏訪子に迫って襟首を掴む。 

「ヒーローに倒されたい? 勝ってやってくれ? 馬鹿にすんなっ、どれだけ上から目線だよ! てゐもな、小悪魔もな、どんだけ馬鹿馬鹿しい理由に見えても、いざ戦いとなったら懸命な覚悟で突っ込んでんだよ! 人間とか、妖怪とか、神とか、そういうの関係無しに対等な目線でやってんだ! それをお前、私は負けたがってましたって後出しがあるか!」
「……ごめん……でも……」
「悲しそうな顔すんなよっ……!」
「……」
「いいか、私はヒーローごっこなんかに絶対乗ってやらない! 私は私のやり方で早苗に勝つ! 絶対にだ!」
「魔理沙……」
「大体……! こんな我侭三昧なヒーローいるわけねえよっ……!」

 魔理沙はそこで手を離して、畳に胡坐をかいた。
 諏訪子が反撃どころか、身じろぎもせずに苦しそうに下を向いていたので、やり切れなくなった。
 何でこう馬鹿ばっかりなんだ。

「私には……お前ら三人の微妙な距離感とか、こっちに来た時の覚悟とかは分からない、けどな」
「……うん」
「子供が間違った道を進んでいると思ったら、ビンタ張ってでも止めてやるのが親心ってやつじゃないか?」
「……」
「少なくともうちのジジイはそうしてくれたぜ」
「そう……いいお爺さんだね」
「ま、もっとも、ビンタくらった翌日に私は荷物纏めて家出たけどな」  
「出たのかよ!?」
「ああ、それ以来、帰ってない」
「失敗じゃんビンタ!」

 うわぁ、ビンタしなくて良かったぁと胸を撫で下ろす諏訪子。
 その様子をしばらく観察してから、魔理沙は目を合わせずに言った。

「ただ、あれがあったから、私は思いっ切りやっていけてるんだぜ……」
「ええ?」
「……よし、諏訪子、そろそろ出よう。もう休憩は十分だろ」

 勝手に話を打ち切った魔理沙の態度に、諏訪子は眉根を寄せる。
 魔理沙は部屋の隅に立てかけていた箒を手に取って、両手で柄を握り締めてみた。
 大きくなった今の自分にもあの日のビンタは生きている。
 大人と子供の垣根を超えて、じいちゃんは全力でぶってくれた。
 どっちが正しいかなんて知らない。たぶん、どっちも正しかったからじいちゃんに遠慮が無かったのだ。
 早苗にも、そんな一撃がいる。
 対等な目線から。
 気兼ね無い一撃が。

 たぶん、それで早苗は立てる。

「諏訪子」
「あう?」
「――ちょっと頼みがある」

―――――
 
 外に出ると木枯らしが吹いていた。
 早苗は境内のほぼ中央、石畳で作った道の上で追い風に吹かれて立っていた。
 魔理沙にとって逆風になる風だ。
 早苗は、こちらを見ても特に表情を変えなかった。
 出てきて当然だと思っているか、もしくは遅かったことに不満を感じているか、とにかく喜んだり安心したりする様子は見られなくて、その威厳は、王国を築いた諏訪子や、それを打ち破った神奈子に等しい物を感じさせた。

「遅かったですね……」
「なんだ不満を感じている、ってので当たりか? 別段遅くなったつもりはないぜ。約束もしてなかったし、もっとも約束なんてしてても大抵破るんだが」 
「……洩矢様はどうしました?」
「ああ? さあ、どうしてるんだろう。炬燵でぬくもって皿に盛った柿ピーでも取り合いしてるんじゃないか?」
「どういうことです? 二対一を避ける為に、洩矢様に遠慮してもらったということですか? そんな気を遣う必要ありませんよ。私に対しての正々堂々だと思っているなら今すぐ――」
「――おい、うぬぼれんな。何で私がお前に気を遣って勝敗に影響するようなことするんだ」
「……」
「これは偽らざる本心だぜ」

 魔理沙が真剣な目で睨みつけてやると、早苗はここで初めて困った顔を見せた。
 相手の考えが読めなくて不安を感じてしまったのか。
 それとも魔理沙一人では相手にならないと感じているのか。
 
「勝負の前に――」

 魔理沙が追い討ちをかけるように告げてやると、何を持ち出すのかと、早苗は更に身構えた。

「早苗はそのどてらを脱ぐ気は無いのか?」
「……は?」
「いや、だから、脱ぐ気は無いのかって言ってる」
「脱ぐわけがありません。これは私と八坂様の絆の証。私はこの力をもって作戦を進めてきたのですし、それに引け目を感じているわけでもない。でも一応訊いてあげます。何故でしょうか?」
「そのどてらが色々と邪魔だからだ」
「なんてストレートな人」
「やっぱり霊夢もお前も腋見せてた方が可愛いと思うぞ」
「なんですかそれ……」

 構えた手を下げて、呆れ具合を表現する早苗に魔理沙は良い印象を持った。
 笑顔で塗り固めて感情を隠されたら、勝負もやり辛い。

「ま、勘違いした実力は私が正してやるよ」
「どてらへの信仰力が私の実力ではないという当て擦りならばば、あなたの持っている箒や八卦炉は何なんでしょうね?」
「ありゃりゃ? 何だろ? まあそういう意味で言ったんじゃないんだが」 
「本当に洩矢様無しで戦うのですか?」
「準備が出来てるなら早く言ってくれよ。こっちの用意はもう出来てるぜ」
「……写真はどうするのです?」
「勝ってから返して貰うよ」

 魔理沙と早苗の距離は5mくらいだろうか。
 その距離を半径とするように、早苗がゆっくりと魔理沙の周りを回る。
 窺っているのだろう。
 何を隠し持っているか、何を狙っているのか。
 だけど、幾ら疑ってみたところでやましい事なんてこれっぽっちも無い。
 魔理沙は早苗が満足するのを待っていた。
 
「行きますっ!」

 背後から来ればいいのに、わざわざ正面まで戻ってから宣言をして早苗は突っ込んで来た。
 早苗の性格からそれは予想済みなので、魔理沙はその軌道上に箒を水平にして前に突き出す。
 一切の振りは加えない。
 早苗の速度の前に、自分の腕力を足したところで、大したプラスにはならないだろうと思ったからだ。
 ただ、全力で耐える。
 この一撃で多少の光明が見えればいい、そうでなければ直接攻撃はやるだけ無駄と判断――。

 ――ごきん。 

(ごきんって……それがどてらと箒がぶつかる音かよ!?)

 吹き飛ばされ、強烈にスクロールしていく景色に意識が飛びそうになりながら、魔理沙は痺れる腕で必死に箒にしがみ付いて、早苗と距離を取って着地した。
 早苗の方は何をやってんだと言わんばかりに、魔理沙の醜態を眺めている。 
 予想以上……!
 あれはまともにやって打ち砕けそうなバリアーじゃない。
 箒が折れなかっただけましだろう。
 と、すると何か別の方法を試さないといけないわけだが……。
 これは自分の耐久力との勝負になるな、と魔理沙は苦笑した。

「どうやら役不足のようですね……早く洩矢様を連れて二対一にしなさい」
「しつこいなお前も」
「これ以上あなたが何を見せてくれると言うのです」
「何を見せてくれるかわかんないから、お前は待っていたんじゃないか? 野球は九回裏、相撲は土俵際が熱いんだぜ?」

 思わせぶりな話で時間を稼ぎながら、魔理沙は思うようにいかなかった時の為に考えた次の一手を準備する。
 取り出した幾つかのスペルカードの中から、魔符ミルキーウェイを選び、宣言した。
 
「ミルキーウェイ?」
 
 早苗が怪訝な顔をする。
 
「何故こんな中途半端な符を……だってあなたならパワーで押せば――」

 早苗の言葉は全部待たずに、魔理沙は箒に跨って地面を蹴って神社の上空へと飛翔した。
 早苗は魔理沙の態度をどう捉えていいのか判断付けかねているようだった。
 目くらまし? 小手調べ? 牽制?
 何にせよ、彼女ならもっとスパッと動いてくるものだと思っていただけに、早苗としては多少の失望はある。

「どうした!? じっとしてると被弾するぜ!」

 魔理沙につられて早苗は空に上がった。とりあえず、至って変哲の無い弾幕が展開されている。
 気をつければ被弾はしそうもない。

「これは何の真似ですか?」
「一発二発じゃどうせ効かないなら、弾の数を揃えてみたんだぜ」
「こんな弱い弾では当たったところで無傷です……私はあなたをどてら化するまで、一度二度被弾してもルール無用で戦い続ける覚悟なのですが……」
「だろうな」
「それが解っていて何故?」

 魔理沙は答えずに更に奥へと進み、早苗と距離を取った。
 早苗は思う。やはりこの弾幕を目くらましとして、何か大技を狙う考えなのだろう。
 だが、その考えは甘い。
 東風谷の力に無知すぎる――。

「来いよ、怖気づいたか!?」
「……魔理沙さんは私を誘い出したいのでしょうけれど、私がこんな目くらましに素直に付き合う必要は無いんです」
「何の強がりだ?」
「知ってますか? ミルキーウェイの和名」
「はあ?」
「私が割れるのは海だけだと思わないでくださいよ……!」

 早苗はお払い棒をポケットに仕舞うと、両の手の平を小気味良い音が鳴る速度で胸の前で重ね合わせた。 
 ――なんだ、祈祷?
 魔理沙は早苗の不可解な動きに、一瞬判断が遅れた。
 首筋を撫でる冷たい風に危険を感じて慌てて逃げたのは、早苗が打ち合わせた手を水平に開くのとほぼ同時だった。
 
「開海……モーゼの奇跡っ!」

 両脇から中心へと流れてきていた星の洪水が、早苗の声と同時に切り裂かれる。
 中央から僅かに逸れた魔理沙は、風の勢いに翻弄されながらも、早苗が呼んだ奇跡の風の通り道を目で追った。
 真っ二つ。
 元から何もなかったように。
 早苗が通る道を作るみたいに。
 早苗が奇跡で貫いた道筋は、熟練の剣士の居合いを想像させた。
 
(こいつ、天の川を……割りやがった!)

 呼び抱いた巨大な風の剣はそこで停滞し、星を二つに綺麗に分けていた。
 これで二人の間に障害はなくなった。
 魔理沙が早苗に向けて弾幕を張ろうにも、出したそばから全てが風に弾かれてしまう。
 どうだ、と言わんばかりに魔理沙を睨みつける早苗。
 だが魔理沙は暴風の中で目も瞑らずに、しっかりと早苗の姿を捉えることに集中していた。

「いきますよ!」

 早苗が動き、こちらへと向かって飛んで来たのを見て、魔理沙は箒を右に転じて、風で散らばってしまった星の川へと逃げ込んだ。
 この程度の弾幕密度では、もはや目くらましにもならない。
 それを知っている早苗は、魔理沙に一撃をくらわせようと一気に間合いを詰める。
 だが、そのことは魔理沙も解っていた。

 星の隙間を軽やかに縫っていた早苗の身体が、突然強烈な力で後ろに弾かれる。

「え……!?」

 何やら死角から飛んできた物体の衝突が原因なのだろうが、早苗にはそれが何なのか理解できない。
 更にもう一度、がくんと後ろに引っ張られる。
 弾幕と違い、生々しい重さを持ったそれは、本来八坂の加護で触れることも出来ないはずのどてらを猛烈な回転で傷つけていた。

「ほう、さすがに神の武器は効くみたいだな!」

 驚き、喜ぶ、魔理沙の声に、それが何であるか早苗にも分かった。

(これは……! 洩矢様の鉄の輪……!)
 
「ほらよ、もう一発! アボガドの時のお返しだ!」

 右に食い込んだ鉄の輪にかまけているうちに、星の隙間からもう一発、早苗を挟撃するように左から魔理沙が鉄の輪を投げ付ける。
 タネが分かれば今の早苗に避けられないことはないのだが、左のを避ける動作で、金色の火花を散らしながら食い込んでいる右の輪の対処が遅れた。
 早苗は回転する鉄の輪を素手で掴むという無茶な行為で動きを止めると、それを地上に向けて放り出した。
 鈍い音を立てて地面に落ちる鉄の輪。
 おおぅ、という魔理沙の口から溜息とも感嘆とも言える声が漏れる。
 
「ふふっ……こういう……こういうことですか……!」

 幾ら神の加護を纏っているとはいえ、あんな無茶なことをして人間が無傷でいられるわけもなかった。
 早苗の手の皮はすりむけて真っ赤な血が滲んでいる。
 だが早苗はそんな状態でも、痛みに顔をしかめることもなく、むしろ魔理沙の反撃に歓喜を覚えているようだった。

「なるほど、その為に洩矢様をわざわざ……さすがはヒーロー。劣勢時の反撃はお手の物というところですね」
「そこまでしなくても、普通にくらってくれればいいのになぁ……」
「まさか、あなたがこの武器を使うとは思っていませんでした。ですが――どうやらあなたの執念より私と八坂様との絆の方が深かったようです。少し焦げ目がついたけれど、この通り、どてらに解れは無い」
「いやいや、十分に収穫はあったぜ」
「さあ、続きをやりましょうか!」
 
 早苗が我が意を得たといった嬉しそうな顔をして宣言する。
 その表情を見て、やっぱりかと魔理沙は苦笑した。

「お前は現人神である時間が長すぎたんだろうな」
「え……?」
「早苗、まんまと攻撃を食らわされた時はもう少し悔しそうな顔をするもんだ……ご機嫌なところ悪いが、私はお前のヒーロー探しに付き合ってやるつもりはない」
「ヒーロー探しって……」
「お前はまだ私を見下しているよ。私と同じ目線になるのを嫌がってる。慢心した神を人間が必死になって倒したという構図が欲しい。だって怖いんだろ? お前は同じ場所に立って真剣にぶつかったことがない。それで負けたら今度こそ自分は本当に人になってしまうと思っている」
「……そんな、違う」
「他人に答えを出してもらわないと不安か? 他人の評価を待たないと怖くて動けないか? このままいけば、いつかお前の八坂への信仰は、ただの依存になるぜ」
「何を言ってるのか……分かりません……」
「やってやれないことはあんまりない。勝ちたいと願い、努力を惜しまず、目の前の困難に全力を尽くせ。私が爺ちゃんから教わった言葉はこれだけだ」
「……」
「では、健闘を祈る」

 無防備に悠々と遠のいていく魔理沙の背中を見て、早苗は答えに詰まった。
 自分の胸の内が透けていた。魔理沙に読まれていた。もしかしたら、洩矢様が中で入れ知恵したのかもしれない。
 心の中に土足で入られたような不快さと、悔しさで胸が痛かった。
 ようやく、上手くいきそうだったのに……。
 何でこんなところで、こんな反撃を受けるのだろう……。

(ふざけてるのはそっちじゃないの……) 

 勝つ為に全力でって言いながら、今も洩矢様を待機させている。
 戦っている相手に向けて、本気を出せと助言をしている。
 それこそ勝ちたいと願う者として、反則行為ではないのか。
 早苗の熱くなった頬はいつまで経っても冬の風に冷えなかった。  

「さあ、自分を仕切っている線を踏み越える覚悟が出来たら、いつでも本気でぶつかってきな!」

 遠く、小さくなった魔理沙が雲を切り裂くような叫びを上げる。

「本気なんて出したら……」

 早苗は両手を見下ろした。 
 この身体は八坂様の力に溢れている。
 潰れてしまう……。
 そう思った。
 とても普通の人間にぶつけて耐えられる力ではない。
 想像をしてみるだけでその残酷さに嫌気がした。
 あるいは……あの魔法使いは、自分が知らないだけで、何か物凄い力を隠し持っているのだろうか?
 逆に、今までのが全てこのどてらを脱がす為の方便なのだろうか?

「お前が思ってるほど私は弱くはないっ!!」

 その一途な叫びに、早苗の身体が熱くなった。
 五芒星を身に纏い、またそれらを魔理沙へと展開し、神風を呼ぶ準備をする。
 魔理沙は早苗の準備動作を止めようと何度と無く突っ込んできては、弾かれ、見苦しい様を晒して地上に落ちていった。
 はっとなって力を緩めようとしたことが何度もあった。
 だけどその度に魔理沙の目がそれを止めさせた。
 ひるむなっ! と訴えていた。
 
 神風を呼ぶ儀式は終わり、いつでも奇跡は撃てる状態になった。
 だが、前方で傷だらけの身体で八卦炉を構えて迎撃しようとする魔理沙にこれを撃っていいものかどうか躊躇われた。
 帽子はもう何処に行ったのか分からない。
 箒だって今にも折れるんじゃないかと思っている。
 そんな相手に全力を出す事が本当に正しいことなのだろうか?
 悩んだが、早苗は身体の熱さに任せて八坂の神風を纏い、魔理沙に突撃した。
 魔理沙はそれをマスタースパークで迎撃した。
 いや、マスターなのかその亜種なのかも早苗には良く分からない――二発来たような気がする。
 だけど、そんなものはどちらでも良かった。
 勝ったのは当然自分だったから。
  
 何もかも失った魔理沙が吹き飛んでいく。
 やがて土の上で背中を強く打った魔理沙は、息が出来ないのか苦しそうに悶えた。
 身体のあちこちが壊れているかもしれない。
 もう立てないだろう。
 あっという間に勝負が付いた。考える間もなく終わってしまった。
 これで良かったのだろうか……。
 何も残らなかったじゃないか、何も……。

 心配して手を差し伸べると、きつく払われた。

「……どうだ、全力を出してみた気分は……?」

 何を訊いているんだろう、この人は……。

「……少しは楽しかったか?」
「あまり良い感触ではありませんでした……それよりそんなに息が荒いのに喋らなくていいですよ……」
「おいおい、私が負けたみたいに言うなよ」
「まだ、そんなこと」
「しかし、困ったもんだな。もうちょっとお前が楽しそうな顔をしてたら、このままぶつかってやるかという予定も用意してたんだが――」
「魔理沙さんは……」
「ああ?」
「何でそこまでして私と戦えるんですか?」
「散々主張してきたじゃないか」
「聞きたいです……」
「ごほっ、ごふっ……すまん……腋巫女とか、ふとももとか、チラリズムとか。他にも散っていった紫や小悪魔やてゐの遺志を受け継いでいるってのがあるな」
「馬鹿みたい……」
「そこには萌えという一言では決して収まりきらない情熱が渦巻いているんだよ!」
「はぁ……」
 
 大声を出したので、魔理沙は息を整える為に少し時間を置いた。
 その間、まだ闘志は衰えていないというのを見せ付けるかのように、魔理沙は尻餅をついたまま地面を蹴ってじりじりと移動していた。

「そういや、諏訪子も……お前の腋を惜しがってたぜ……?」
「諏訪子様は異変で遊んでいらっしゃるだけですよ」
「親の心子知らずとは良く言ったものだ……っと……」
「ねえ、魔理沙さん」
「おう」
「魔理沙さんは、私にどてらを脱いで勝負して欲しかったのですか……?」
「だから、勝負が終わったみたいに言うなって。まあ、そうだな、お前が納得して脱ぐならそれでも良かった」
「私が……?」
「だが、まあとてもそんな雰囲気じゃないよな。というわけで」

 移動を終えた魔理沙が、地面に放置されていた鉄の輪の一つを手を伸ばして掴んだ。
 ああ、これが目当てか……と早苗は思う。
 唯一自分に効いた武器だ。
 どれだけ無駄に思えても、どんな窮地でも最善を尽くすというのが魔理沙の考えなのだろうと、早苗はその努力に敬意を覚えた。

「でも……根性や努力じゃ、やっぱりどうにもならない区切りってありますよ……」
「私もお前もまだまだだ。努力なんて死ぬまで続けて死ぬ時になって初めて結果を神様に愚痴っていいんだよ」
「そんな――」
「よーし、こっちの準備は完了したぜ。余裕があり過ぎると見えなくなるものってのがあるらしい」
「え?」
「何故、諏訪子がいないのか。何故、てゐがリタイアした場面を真似るのか、お前はちょっとでも考えてみるべきだった。そうしていれば完璧に読めはしなくても、こんな死地にぼーっと突っ立ってることはなかったろうよ」
「何を言っているのです?」
「さあ、小悪魔の敵討ちといこうか!!」

 その自信に満ちた声を聞いて、早苗は初めて恐怖を覚えた。
 何かとても嫌なことが起こる予感がある。

「出番だぜ! 諏訪子!!」

 叫びに呼応するかのごとく大きな気配が世界に飛び込んできた。
 その気配の先が後ろにあると早苗が察知した時には、もうがっちりと足首を両手で掴まれてしまっていた。
 どうして――!?

「どうして洩矢様がここに!?」
「ハロー、早苗! 充電フルパワー状態で来たから、こいつはそう簡単には外させないよ!」 
「し、しかし、洩矢様の気配なんてさっきまで何処にもなかったじゃないですか!? 隠れられそうな茂みだって辺りに存在しない! どうやってこんなところに突然現れることが可能になるというのです!?」
「おいおい、早苗、自分達が置いてったもん忘れちゃったのかぁ?」

 ダメージをまるで感じさせずに立ち上がった魔理沙が、相好を崩して早苗の背後を指差す。
 首を回した早苗に一筋の汗が流れた。
 あれは守矢神社の……!?

「そうだよ、お前らが霊夢に置かせてもらった分社だ。忘れたわけじゃないだろう? 神は分社さえあればどこにだって飛べることを」
「この為に……まさかこの為に今まで!」
「お前が胸を張って戦えるようなら諏訪子の出番もなかったんだけどさ。まあ、お前と対等に戦うにはお前が纏ってる過分な力を壊してやるのが一番みたいなんでな」
「それでも、あなたでは私に通じる攻撃が――!」
「あるさ」

 鉄の輪をお手玉するように、左から右の手に移す。
 頼りない、ぼろぼろの黒い服を着た少女が急に恐ろしい化け物に感じた。
 何を不安に感じているんだ、早苗……!
 雰囲気に呑まれるな!
 投げようが、切りかかろうが、あれだけ速度が付いたカウンターの投擲でさえ殆ど無傷に終わった経緯があるのだ。
 防げる、防げるに決まっている、今度は身構えられる、両手が使える、結界だって張れる。

 ――え?

 ところが自分から離れていく魔理沙を見て、早苗はあっけに取られた。
 どうして? このチャンスに離れるの? 切り込んで来ないの? 投げつけてこないの?
 この空白の時間に足元の洩矢様を払おうかとも早苗は思った。
 だが神社に奉り、何より尊敬している洩矢様を、巫女が足蹴にしてしまうのは幾らなんでも気後れする。
 そんなことを考えているうちに、魔理沙は境内の端まで歩いていった。
 助走にしても長すぎる距離だ。
 気が動転する。
 汗が酷くなる。
 魔理沙はそこにつま先で線を引いた。まるでこのレースのスタートラインを決めるように。

「何をして――!?」
「出来れば私もお前のように屋根の上から行きたいんだが……今回は精度が必要でな。悪いな。小悪魔」
 
 小悪魔?
 早苗は魔理沙の言葉で気が付いた。
 てゐがリタイアした場面の再現……すると次は小悪魔がリタイアしたあの突撃の再現に違いない。
 ――ブレイジングスターだ。
 この場面で捨て身の突撃となると、あのスペル以外には考えられない。
 最大加速のブレイジングスターをぶつける為に、あの距離まで下がった!
 もう間違いない!

(だけど、ブレイジングスターなら……!)

 切れそうだった息を落ち着かせていく。
 面と面とのぶつかり合いならば、例え足の自由が利かなくても自分に幾らか分がある。
 あれだけ手傷を負った身体では箒にしがみ付くだけで精一杯だろう。
 大した突撃にはならない。
 仮に鉄の輪を武器として使用した場合……片手で持ったとしても、加速中に魔理沙が落ちるか、鉄の輪を落とすか、天運彼女に回ってこちらまで届いたとしてもその衝撃に手の方が折れる。  
 大丈夫だ、私に負けは無い……! 

「諏訪子、しっかり頼むぜ!」

 まず、何をすればいいか。
 結界だ、弾幕はいらない。無双の結界で弾く。
 下手に弾幕で迎撃してそれらを超火力で弾かれては、自分のみならず洩矢様が危険になるからだ。
 洩矢様のことも考えて足元から頭上まで頑強な結界を何枚も展開していく。
 早苗には自信があった。
 絶対に止めてみせる! 来なさい、神の力、あなたに見せて――!

「……ねえ、早苗。あいつがそんなまともな奴に見えるかい?」

 呟きは腹這いになっている洩矢様からだった。
 早苗は遥か前方を見た、箒に跨ったまま闘牛のように地面を蹴って身体を温めている魔理沙には何の奇策もなさそうに見えた。
 まだ鉄の輪をどちらの手で持つかは決めていないようだ。
 威力を狙って利き腕の右か、飛行を安定させる為に左で持つか、まさか足ということはあるまい。
 魔理沙がこちらを向く。
 汗で額に張り付いた前髪を鬱陶しいという表情でかきあげて――。

「魔法使いは、歯が命ってなぁ!」

 ――そんなことを言った。


 ……あ。
 その言葉の意味に気が付いて早苗は今度こそ肝を潰した。

「無茶苦茶ですっ! あなた何を考えてるんですか!?」
「勝つことさ! ようやく目の高さがあったな、嬉しいぜ早苗。さあ、ここからが勝負の始まりだ! お前の全力で私の全力を止めてみなっ!」
「馬鹿なっ、馬鹿です、こんなの……!」
「いっくぜぇー!」

 鉄の輪を歯にがっちりと咥え込んだ魔理沙はもう何も喋れなくなった。
 無数の文字が描かれた魔法陣が浮かび上がる。
 魔理沙が土を蹴り大きく後ろに飛んだ。
 境内から魔理沙の姿が消える。山に続く森の方で鳥がざわめいて逃げた。次の瞬間光が溢れ、小さくなっていた彼女が森を飛び出してカミソリの切れ味でこっちに迫ってきた。
 低空飛行に土も砂利も捲りあがり、空気も、世界も、何もかもを巻き込んで彼女は迫ってくる。
 早苗はありったけの札で結界を張りながら、前を見ていた。
 風におでこを晒し、金色の髪を獅子みたいになびかせて、銀の輪を咥えて突っ込んでくる彼女を早苗は瞬きするのも忘れて見ていた。
 なんて……綺麗なんだろう……!
 その姿は内面から沸き上がる彼女の情熱を全身で完璧に表現していた。
 彼女はこの一撃に惜しみない努力と、揺ぎ無い覚悟と、比類なき決意を乗せて飛んでいる。
 真剣にぶつかるとはこういうことなんだ……。
 相手がどうであれ、それは華々しく明るいものなんだ。
 たぶん、この一撃が失敗に終わっても、彼女は次に出来る最高の一撃を笑って私にぶつけに来るのだろう。
 何度でも、何度でも……。
 今になって悔やまれる、私が目をそらしてさえいなければ……。
 他人との線なんか気にしてなかったら。

 ――きっと楽しい勝負になっていた。

「あああああっー!!」 

 早苗は血の付いた両手を前に突き出した。
 全力で自分が張った結界を補助した。
 やがて早苗が張った一段目の結界と魔理沙がぶつかり、衝突のエネルギーで世界が歪んだ。
 その中で魔理沙が目だけで笑った。
 そんなもんか? と傷だらけの身体で挑発してきた。
 早苗は内側から結界を押した、どれだけ苦しくても彼女は泣かない、その覚悟に相応しい戦いをしたい!
 ギリギリと音がして、流星と結界が均衡していく。
 一段目の結界が突破されて、二段目に。
 ひび割れ、悲鳴を上げていた箒がここで限界を迎えた。
 魔理沙は割れかけた箒を蹴り飛ばしてまで推進力に変えて、最後の加速をしてきた。
 その瞳にもう挑発の意思はなかった。
 私が全力を出しているのを知ったから。
 三つ目、四つ目が破壊されていく。
 私のどてらに獅子が迫ってくる。

(あの金色の瞳を通した幻想郷は、どれだけ素晴らしく見えているのだろう……!)

 脂汗をかきながら、彼女と同じ場所に並んでみたいと早苗は願った。
 かつては神奈子様や諏訪子様に同じように抱いていた夢だった。
 小さい頃にずっと願っていたあの夢は……。
 あれだけ一生懸命走っていた私は……成長するにつれて神との絶望的な差を目の当たりにして、追いつこうとするのを止めてしまった。
 今なら分かる、追えなくなったと思っていた差は、きっと追わなくなっただけ。
 今一度、神奈子様や諏訪子様との区切りを――ああ、ひどい……私はいつからお二人を上の名前で呼び出したのか覚えていない……。

 硝子の破片のように輝きながら結界が散らばっていく。
 割れて、割れて、割れて、全力の勝負は決着がつこうとしていた。
 遂に早苗の全力は魔理沙を止める事は出来なかった。
 あらゆる傷に耐え切った銀の輪を咥えた少女が、早苗の胴体へと雪崩れ込む。
 そのまま自分に体当たりをするんだと思っていた。
 それが決着なんだと思っていた。

 だけど、ちょっとだけ方向が違った。

 彼女は以前に鉄の輪で焦げ目をつけた、どてらの右の脇腹を掠めるように狙ってきた。
 凄いな……たぶん、箒を蹴った時だ。
 あの時に方向を変えた。
 無意識か、計画通りなのか、今になって早苗はこの口の悪い魔法使いの優しさを知った。
 魔理沙さん、こんな呼び方、あなたは嫌がるかもしれないけど――。


 ――やっぱり、あなたはヒーローだ。


 どてらを切り裂かれる衝撃よりも、後ろに弾き飛ばされる力の方が大きかった。
 諏訪子様は衝突と同時に私を掴む手を離したようだった。
 三人がもみ合って後ろに吹き飛ばされていく。
 自分のどてらの中綿が空に飛び散るのが、早苗にはスローモーションで見えた。
 でもそれを気にかける必要はなかった。早苗がその時思ったのはどうせ一番遠くまで飛ぶのは魔理沙さんなんだろうなってことだった。
  
 背中から落ちた。
 覚悟していた程の衝撃ではなかったが、息は詰まった。
 掠れていく世界に焦点を絞って早苗は立ち上がる。
 痛む身体で当たりを見回すと、諏訪子様は早苗よりだいぶ手前で倒れていた。確認したが目立った外傷は無い。
 魔理沙は――。
 
 魔理沙はあらぬ方向にいた。
 賽銭箱の下で伸びていた。
 無理やり舵を右に切ったから、本人も想像付かない方向に出たんだろうと早苗は思う。
 
「ああ、いてぇ、超いってぇ……」
 
 立ち上がってはこけて戻る魔理沙の頭上に、どうしてか早苗は霊夢の姿を見た。
 魔理沙の強さが何に支えられているか分かった。
 彼女は諦めずにずっと追い続けて来たんだ……。
 だけど、それを訊いたって魔理沙はとぼけるだろうから、早苗は神の鈴にちらついた霊夢の姿を静かに空に送った。

「エイト……ナイン……ふえー、危ないところだった! 何とかテンカウント以内に立ち上がれたよな!? な!?」
「私に訊かないでください。正直に答えちゃいますから」
「しかし、私も丈夫になったもんだぜ。見てくれこの耐久力――あ、やべ、乳歯ぐらついてる」
「すぐに病院へ駆け込んで、と言っても聞かないのでしょうね……」
「そうだな、きちんとした決着がまだ残ってるからな」
 
 そこで魔理沙は息を溜めて言った。

「淀みの無い目になったな……どうだ? どてらから解放された気分は?」
「悪くないです――と言えばこれを作ってくださった神奈子様に悪いのですが、あちこち痛くても悪くない気分です」 
「別に神奈子に悪びれる必要なんて全然ないと思うんだぜ?」
「え?」
「ほれっ!」

 おもむろにマジックナパームを早苗に投げつける。
 もう勝負開始なのかと早苗は驚いたが、避ける体力もなかったので、ダメージを覚悟して反射的に右手をかざしてみた。
 ところが早苗に触れる前に、突風に吹かれてマジックナパームは地に落ちた。

「……あれ?」
「……あー、やばいな、奥歯保険利くかな、永琳ところぐらいしか知らないけど、あそこは行きたくないぞ私……」
「ちょ、ちょっと、魔理沙さん何変化球投げてんですか!」
「ああ?」
「いえ、ですから攻撃するなら、まともに――」
「何だ分かんないか? じゃあもう一発」

 今度はマジックミサイルが飛んでくる。
 慌てて左手で叩く。
 そうしたらボールみたいにミサイルは叩き落されて、そのうちポンと地面で弾けて散っていった。

「何です、これ……」
「見ての通りだよ」
「でも、もうどてらの力は私から消えて……」
「神奈子はお前に自信を持たせるためにそのどてらを作ったんだ。最終的に自信が無くなるような仕組みじゃ意味が無いだろ」
「え? え?」
「どてらが壊れたところで神奈子の優しさは完成するんだよ。歩行器みたいなもんさ。自信を失くしたお前が自分で歩けるだけの力を貸してくれた。たぶん、お前は存分に力を振るっている間にもう力の使い方を理解しているんだぜ」
「嘘……だって!?」
「もっと自分の魅力を信じてみろよ。お前が思っているよりお前はずっと愛されているぜ。そこで寝たフリを続ける諏訪子なんざ、自分を悪役にしてまで早苗を解放してやろうとしてたんだぜ? あとで詳細訊いてみな。絶対恥ずかしがって何も言わないだろうけどよ」
「諏訪子様が……」
「しかし、どてらの防御面、ありゃあ全く別だ! 幾らなんでも堅すぎだろ!? お前、神奈子に次会ったら幻想郷のパワーバランスについてもっと調べるように言っとけよな!!」

 いきなりプリプリ怒り出した魔理沙に、早苗は何を訊いていいのか分からなくなった。
 仕方なくじーっと目を見ていると、彼女は関係ない台詞でまた怒り出す。
 もしかして恥ずかしい台詞を言った後の彼女なりの照れ隠しなのかもしれない……そう考えると急に笑いがこみ上げてきた。

「ぷっ、あははっ!」
「お、おい! 何だよ!?」

 おかしい。
 あー、すごくおかしい。
 眦から涙がこぼれる。
 どてらを着た日に涙なんて使い果たしたんだと思ってたのに。
 何もかもが滲むくらい泣ける。
 そのうち魔理沙の顔がくちゃくちゃになって、その当たり前のことがまたおかしくてたまらなかった。
 彷徨っている時も、苦しんでいる時も、全く泣けなかったのに。
 今の私は、おかしくて泣いているなんて……! 
 カンの強い少女も、じっと目を見れば照れて怒ってくる。
 尊血宿る神様も、恥ずかしければ子供みたいに寝たフリをしてしまう。
 みんな何も変わらなかった。
 見上げるべき存在も、見下すべき存在も、もう世界にはいない。
 肩を並べるだけで、私達は笑い合える! それはなんて素晴らしいことなんだろう! 声を大にして叫びたい、みんなありがとうって!
 愛してくれてありがとうって!

「あははっ……! うっふふふ!」
「ど、どうしちまったんだお前」
「ごめんなさい、ごめんなさい、でもっ……おかしいんですっ、止まらないの、うふふっ!」
「……朝、悪いキノコでも食べてきたか?」

 心配して寄ってくる魔法使いは、見下すべき人間でも、化け物でもなくて、一人の可愛らしい少女に変わっていた。
 どてらの霊力はもう私から消えているとしたら、異変的には私は負けている。
 それでもまだ、体中に漲っている気力は決着を付けることを望んでいた。
 どうして、魔理沙さんが勝負にここまで拘るのか理解できた。
 そうだ、こんな熱い気持ちを燻らせて置いたらもったいないもの。
 
「ねぇ、魔理沙さん、決着を……!」
「ああ? 付けるか?」
「ええ!」

 諏訪子様は、寝たフリをしたまま、邪魔にならない場所まで移動していた。
 それも何だか凄く面白いことに早苗は思う。
 マフラーと破けたどてらを脱いで、袖を合わせて畳んで、巻き込まれないような位置に置いた。
 全部終わった後で、これはちゃんと直そう。
 最初は神奈子様に直してとねだってみよう。面倒そうな顔をされても、もう一押し甘えてみよう。
 今まで、ありがとう、そして、これからもよろしく……。

「よぉし、いい目になったぜ。その覚悟を評して、最後は私のとっておきでフィナーレだ!」
「あれー? さっきのはとっておきじゃないんですか?」
「あれもとっておき! これもとっておき!」
「うふふっ、魔理沙さんってどこかの漫画のガキ大将みたい……」
「あん? 誰そいつ?」
「とても強い人……口も悪いし、手も早いんだけど、本当はみんなのこと愛しているの」
「馬鹿、全然ちげえよ!」
 
 境内を歩いて、早苗はお払い棒を見つけた。
 いつ落としてしまっていたのだろう。
 お払い棒は、いつも掴んでいる辺りでぽきりと折れてしまっていた。
 その、七割くらいの短さのお払い棒を早苗は握り締める。
 
「来いよ! どてらなんかじゃない! 八坂の神風はお前の身体に宿っている!」

 曇り空は西の方から晴れていっている。
 光の中で早苗は息をした。
 痛みはここには無い、恐怖はここには無い。
 首を伸ばし、上を向き、顎を突きあげて、光の中で大口を開けて目一杯肺に空気を吸い込んだら、私は大蛇となる。
 風神様をこの身に宿し。
 ミシャグジ様で光を割って。
 私はこの腕を伸ばす。
 お払い棒を彼女の額に当てにいく。

「ファイナール――!!」

 魔理沙の詠唱が早かったのか、自分が飛び掛るのが早かったのか。早苗は覚えていない。


 ――ただ、最後に自分が負けたのを覚えている。
 光を裂き、目一杯突き出したお払い棒が、辿り着きたかったその先には、あと3cm足りなかった。
 だけど、これでいい。
 今日届かなかった、この3cmを。
 私は明日から全力で詰めていけばいいのだから……。

 ねえ、魔理沙さん。


 それはすっごく楽しいことなんでしょう――?


―――――


「ぶえぇーーっくしょい!!」

 魔理沙はベッドの上で大きなくしゃみをした。
 急いで枕の傍のちり紙を取って、鼻をかむ。
 忌々しくそのちり紙をゴミ箱に投げ込んでやったら、盛り上がったゴミ箱から溢れて落ちた。
 
「あー、面白くない……」

 あの後、寒い中穴だらけの服で小悪魔やてゐの胴上げに参加したり、歯医者に駆け込んだりしてたら見事に風邪を引いてしまった。
 負けた早苗がピンピンしていて、自分が自宅療養してるってのが理不尽だ。
 しかも勝った時の差が殆どなかったのが無性に腹が立つ。

「見舞いに来たよ〜」

 意外な声がして部屋のドアが開いた。
 鍵はかけてなかったが、チャイム鳴らすなり、上がる前に声かけるなりしろよって思う。
 
「なんだ、神奈子か」
「挨拶まで行儀が悪いね。これでも妖怪の山から抜け出すのはわりと苦労するんだよ?」
「ふんっ、お前のとこの巫女のせいで私は散々だよ」
「風邪くらいで済んで良かったじゃないか。あちこち絆創膏張ってるけど、全く丈夫な奴だねぇ……あ、これ早苗からお見舞いってかおみやげね」
「おお!」

 おみやげがあるなら真っ先に言って欲しい。
 もう少しで枕を投げつけて追い払うところだった。
 神奈子はリボンが付いた白い箱を離れた机の上に置いてから、その机と揃いになってる椅子を引いて魔理沙の傍までやってきて座った。

「で、体調はどうさね?」
「あー、峠は越えたんじゃない? まあ、体調はこんなもんだろうさ。私は他の奴らの態度が気に入らないね」
「およ? さっぱり見舞いに来ないとか?」
「いや、どいつもこいつも見舞いには来るんだが、まるで敬意が足りてないって言うか……霊夢の私への第一声なんかお前『分社弁償しなさいよ』だぜ? それが明るい世界を取り戻す為に必死に戦った私に対して言う言葉かね? ってかその時まだ戦闘直後で、私地面に倒れてたってのに」
「あはは、霊夢らしいね。ってうちの分社壊しちゃったんだ?」
「なんか、知らないうちに巻き込んでた。ん、たぶん突撃した時に轢いちまったんだな」
「そりゃあ弁償しないと」
「全額お前がもてよ。一歩譲ってもワリカンだ。大体お前が元凶だろうが」
「ああ、いいよ」
「え、いいの?」
「早苗の笑顔と引き換えと考えたら安いもんだろ」
「これはちょっと請求が安すぎた、過剰分は私にくれ」

 壊れた、と聞いて、神奈子は魔理沙の家の玄関に立てかけてあった箒を思い出した。
 新品同様のその箒には『二度と折るな! アリス・マーガトロイド』という紙が張られていて、堪えきれない笑いを誘う。

「……早苗は、どうしてる?」
「ああ、凄い元気にしてる。元気すぎてそのうちオーバーヒートするんじゃないかって周りが冷や冷やするくらい。うちの神社で昨日から二週間、早苗が考えたおみくじ大吉二倍キャンペーンをやってるよ。元気になったら引きに来な」
「……何が嬉しいんだよ、それ」
「キャンペーン中、早苗ポイントも二倍手に入る」
「いらねえよ、何に使うんだ」
「社務所で色んな景品と交換出来るのよ。例えば1000P貯まったら、諏訪子の帽子と交換可能」
「そ、それは欲しい!」
  
 神の帽子とはレアアイテムの範囲を超えたレアリティだ。
 伝説のアイテムの登場に魔理沙の収集癖が激しく刺激された。
 まだ誰も取ってないんだろうな!? と神奈子に詰め寄ると、いきなり膝に手を添えて神奈子が頭を深く下げるから、何事かと思った。

「……魔理沙、本当にありがとう」
「何だよ、よしてくれよ、別にお前らの仲の為に戦ったわけじゃない」
「早苗の腋が復活して私も大満足だ……!」
「そっちかよ!」
「あはは、いや、なに、本当に良くやってくれた。八雲紫も珍しく人間をベタ褒めしていてね。見てなかったけど、凄かったんだろうね」
「凄かったのは早苗の方さ……で、ちょっと訊きたいんだが」
「ん?」
「お前、あの早苗よりもっと強いのか?」
「そりゃあ比較にならないさ」
「尋常じゃないな……私のライバルが霊夢で助かったぜ……」
「あっ、その霊夢だよ! あの子もあんたのこと凄い褒めてたんだ!」
「……え? な、なんて?」
「こんな馬鹿馬鹿しい理由で戦えるのあんたくらいしかいないって!」
「褒めてねえだろそれ!?」
「あと『私が魔理沙の突撃を最初に受けた時はざっと大股三歩分くらい余裕があったけど、考えてみたら残り3cmって凄いしょぼい勝利よね』って言ってたわ」
「言っちゃいけないとこだけはっきり言いやがった!!」

 枕で布団を叩いて埃を立てる魔理沙を見て、二人は良いライバル関係なんだろうなと神奈子は笑った。
 たぶん霊夢は貶しながら精一杯褒めているのだ。
 本当に馬鹿にしているのなら、貶すことすらしない、そういう巫女だった。

「そういやお前、どてらは着てたの?」
「いいや、全然着てないの不思議と選ばれちゃったんだけど、まあ、せっかくだからって着てみたらかなり良かったわよアレ」
「やっぱり着てなくても選ばれるんだなぁ、ああいうの……」
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな? 良かったら、また早苗に背中を貸してやってくれよ」
「そのうちな、当分予定にないぞ」
「早苗からの見舞い品は早いうちに開けてやってね。早苗、あんたのお見舞いに来れなかった分、色々それに乗せといたって言っていたから」
「さすがだな。分かる子は私の凄さを分かっている」
「それじゃあ、また」

 そう言ったのに、神奈子はなかなか部屋を出て行かない。
 早く行け! と魔理沙は心の中で怒鳴った。
 人目があるとおみやげに飛びつきにくいではないか……。
 神奈子が緩やかなテンポで去っていくのを、魔理沙は箱の中身を夢想しながらむずむずして待っていた。

 それにしても、早苗は一体何を入れてきたのだろうか?
 神奈子との会話からかなり力が入ったものだというのは分かった。
 ケーキかな? 花かな?
 ひょっとして外の世界にしか存在しない凄いレアアイテムとか!?
 魔理沙は神奈子の足音が家から完全に消えたのを確認して、熱があるのも忘れてパジャマのまま机に飛びついた。
 
「ふっふっふ!」

 白い箱は緑色のリボンで結んである。
 魔理沙は鋏でぶちんとそいつを切り落とすと、勇んで箱の蓋を開けた。
 その途端、何か丸くて赤いものが見えた。
 なんだ――? と思う間もなく、バネの付いた赤いグローブは魔理沙の顔面にぽすんと当たった。
 …………。

「早苗……こりゃあ一体何の真似だぁ!?」

 魔理沙は箱の中を探った。
 プレゼントのパンチはまるで痛くなかったが、罠にかかったという精神的なダメージがやたらとでかい。
 苦労して二重蓋になっている底に手紙が入っているのを見つけた魔理沙は、それを鬼のような顔で引っ手繰った。
 あいつ、どんな呪詛を書いてきやがった!?

『ありがとうございました! 愛してるぜヒーロー!!』

 書いてる内容と……やっていることが……まるで噛み合ってない。
 恥ずかしげの無い後半の文章と言葉遣いは誰の真似だよ……くそっ、こんなことしてくる娘じゃなかったのになぁ……! もっと普通の奴だったんだけどなぁ……!
 魔理沙は手紙をこれでもかとくしゃくしゃに丸めると、ゴミ箱に投げつけた。
 元々ちり紙で一杯だったゴミ箱は魔理沙の一球で上から崩壊してえらいことになってしまった。
 片付ける気分にもならない。
 
「はっ、これだけしたたかになりゃあ、こっちでも上手くやっていけるだろうよ!」
 
 精一杯不機嫌に叫んで、ベッドへ戻る。
 どうせなら、窓の外でにやけてるだろう神奈子にも聞こえるように言ってやった。
 実際、そんなに怒ってはいなかった。
 ただ、早いところ元気になって早苗にお返しがしたかった。
 そう考えるとこいつの見舞い方法は、自分の性格を的確に突いたベストな見舞い方法なのかもしれない。

(待ってろ、次は3cmじゃ済まさないぜ……!)

 魔理沙は人生のENDロールが、ちょっとだけ長くなった気がした。

 

 

 

 


1000SP(早苗ポイント)を貯める為に、魔理沙の新たなる戦いが始まる。
読んでいただいてありがとうございました。



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2008年12月14日 はむすた

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