免罪符

 

 

 

 船頭と二人で川を渡っている時も、彼岸についた時もそんな思いはなく、死んだんだと思い知らされたのは裁判の順番待ちをしている時だった。
 裁判所を隔てる柵の手前は、自分を含めた亡者どもで埋まっている。
 私達亡者は白いすべすべの丸に尾っぽが付いたようなユニークな姿で、何だか白い饅頭がここで箱詰めにされてるみたいだった。
 流れ作業の延長線に柵向こうの閻魔様がいて、番号付きの亡者達を次々と裁いていっている。
 死神がまた五人ほど連れて来て、増えた霊魂で身体が押しつぶされた。

「382番地獄行き! 383番前へ!」

 地獄行き多いなぁ、と声がする。
 亡者同士はテレパシーのようなもので会話が出来た。
 船頭の小町さんとも会話が出来たので、四季様にもおそらく通じるものであると思われる。
 私が彼女達の名前を知っているのは、別に訊いたわけではなくて、ただ単に生前ファンだったから知っていただけ。

「383番地獄行き! 384番前へ!」

 小町さんが教えてくれた自分の番号を思い出す……623番、まだ自分にはずいぶんと時間があることを理解した。
 裁判を聞いていると、私は地獄行きの連中のような大それた罪は犯していないと思う。
 平和主義者だったといえばそうなんだが、人畜無害の小物だったと言う方がしっくり来るような気がして悲しい。
 大丈夫かしら、と些細な悪事を色々と思い出そうとしてみるのだが、遠い出来事を反芻するには記憶がぼやけすぎていて無理だった。
 そこで自分の死んだ時のことを思い出してみた。
 ――交通事故。
 夜間の点滅信号を渡っていて、夜の間に距離を稼ごうととばしていた長距離トラックに撥ねられた。
 人間って結構硬質な音がする。

「424番地獄行き! 425番前へ!」

 証言台に立った被告人は様々だった。
 判決に無言で従う者、ショックでその場から動けなくなるもの、大きく吼えて抵抗する者。
 あんまりごねてると大きな赤鬼と青鬼がやって来て、強制的に門まで運ばれる。
 申し開きは聞き入れてもらえない。
 今も一人の亡者が尻尾を振り乱し 俺はやってねえ! と抗議していたが数秒後には唖然としていた。
 閻魔様が持ち出したのが、全ての罪が映ると言われる浄玻璃の鏡なのだろう。
 時効なんて結局人間が作った都合なんだな。

「467番地獄行き! 468番前へ!」

 それにしても地獄行きが多い。
 四人に一人も天国行きがいないんじゃなかろうか。 
 前に進めば前に進むほど、回りの連中の顔が暗くなっていく。
 落ち込んでいく。
 罪の無い生き物などいないのだから仕方ない。
 裁判基準が解らない以上、後は閻魔様の裁量一つだ、判決を聞くまでずっと怯えていないといけない。
 自分も判決を必死に聞くようになった。
 介護放棄、殺人、万引き常習犯、どれもこれも自分にないものだと胸の中で指折り数えていく。
 500番……550番、まだ当て嵌まるものは出てこない。
 汗が引いていく、これならば地獄にだけは行かなくて済むのではないだろうか。
 
「578番! あなたは生きていて最も重い罪を犯した、地獄行き! 579番前へ!」

 え? と思い顔を上げた。
 578番は他人に危害を加えたとか損害を与えたとかそういうことは聞いている限りなかった。
 一体何の罪で地獄に落とされるのか?
 気になった。
 しかもこの台詞、前に一度聞いたことがあった。
 確か百番ほど前にだ。
 
「591番! あなたもですか!」
(聞いてください閻魔様、わたしは身よりも無く働くことも出来ず――!)
「全て知っていて言っているのです! 例外は一切認められない! 591番は地獄行き! 592番前へ!」
「あー、四季様、592番は欠番です、あんまりな奴なので川を渡れませんでした」
「宜しい、593番前へ!」

 591番は平々凡々な男だった、だからこそ彼の罪が何処にあるのか際立って解った。
 自殺だ。
 自ら命を絶つことは仏教では大罪なのだ。
 もしかしたら自分も、という思いが寒気を呼んだ……。
 事故じゃなかったのかもしれない。
 一人で酒を飲んでいた。
 店を閉め出されて外に出た時は深夜だった。
 へべれけになるまで、前後不覚になるまで酔っ払って、なぜ代行も呼ばす歩こうと考えたのだろうか。
 車は見えていたのか、危険は感じていたのか。
 
「621番、天国行き! 622番前へ!」

 思い出せない、ふらふらとまともな思考も出来ないのに歩いていた。
 そもそも私はどうして一人で酒を飲んでいたのだろう。
 
「623番! どうしました623番いないのですか!?」

 タクシーの多い広場まで行きたかった。
 死にたいなんて願うはずがなかった。

「623番!」

 動けずに震えていた。
 困った顔の死神が私を運んで証言台に立たせた。
 一睨みきかせたあと、四季様は閻魔帳を一頁捲った。
 そこで眉を潜めて、息を吐いた。

「真っ黒ですね……」

 もう判決は一つしかなかった。

「623番あなたは地獄行きです!」
(待ってください、待ってください!)  
「あなたの罪は重すぎる、地獄で穢れを落としてきなさい」 
(違うんだ、そうじゃないんだ私は自殺なんかしていない、まだまだ生きたかった! まだやりたいことがいっぱい――!)
「ええ、あなたは自殺ではありませんね」
(私は……え?)
「あなたの罪はもっと別にあります」
(……別に?)

「妄想罪です」

 ぽかんと口を開けるしかなかった。
 これは何かのジョークなのかとカメラを探しそうになった。

「幻想郷の女性を不当に辱めた罪です」
(ま、ま、ま、待ってください四季様、何のことかさっぱり分かりません、私は幻想郷に来たのは今日が始めてです、辱めるなんてそんな!)
「単純に回数で言うと8192回の前科があります」
(馬鹿な! 何かの間違いだ!)
「いいでしょう、小町、鏡をお持ちなさい」

 死神が鏡を持ってくる。

「これはあなたが現世でびーびーえすというものに書き込んだ時の記録です」

 PCに向かっている背中がぼんやりと映る。
 猫背の自分がキーボードがカタカタと震わせていて、何か文字を打ち込んでいる。

「これが、あなたの罪です!」





『ゆうかりんはやっぱりえろいな』



「はい、有罪」
(うえぇぇぇええええ!?)
「何がうえぇぇ、ですか、これだけはっきりとした罪は無いでしょう」
(こ、こんなのは挨拶みたいなもんじゃないっすか!)
「挨拶ってなんですか、あなたはこんにちはの代わりに、このドスケベめ! とか朝の挨拶をしているのですか?」
(してませんけど!)
「大体やっぱりというのが酷すぎる、これじゃ風見幽香は日常的にえろいことを行ってるみたいで甚だ遺憾であるというところです」
(で、でも、ゆうかりんはこんなことくらいでビクともしないでしょう?)
「人を見た目で判断するな! 彼女は妖怪学校にいた頃は保健体育の授業の(おしべとめしべが)と出るたびに周りからからかわれて、その度に顔を真っ赤にして教室を飛び出してたくらい初心なのですよ!!」
(そんなキャラだったんか!? 萌える!)
「それにあなたの罪状はまだこんなものではありません、特に酷いのがこれです」



『みすちーはたまごうむの?』

 
「酷い! これは酷い!」
(ちょ、ちょっとしたジョークのつもりだったんです!)
「いいや違うね、あなたこれ書いた三分後に別のスレッドで、あやちゃんはたまごうむの? って書いてるでしょうが!!」
(しまったそれは弁解できないー!!)
「しかもその二分後にルナ姉はたまごうむのって……産まねえよ!」
(申し訳ねえー!)
「この報告を聞いた射命丸さんは食べてた蕎麦を急いでかきこんでお金も払わず店を飛び出したくらいショック受けてましたよ!!」
(……そ、それは罪にはならないんですか?)

 四季様はこほんと咳払いして続けた。
 次々と自分の罪が明かされていく。
 四季様の説教を聞いているうちに、自分は彼女らに酷いことをしてしまったという思いが段々と芽生えてきた。
 最期の一つですといって鏡を持つ小町さんが言った。
 鏡の中の自分は、なんだかやば気なフォルダを開いていた。
 あー、と言って頭を抱えた、今すぐ地獄に送ってくださいと四季様の生脚にしがみ付いた。 
 記憶が確かならば、絵なんて描いたこともないのに酔った勢いで描いちゃった四季様本人にはちょっと言えない絵が残されている覚えがある。

(そこだけは、そこだけはご勘弁を……!) 
「……」
(……ああっ、やっちゃった……)
「……」
(……もう駄目だ俺、地獄で猛省してきます、すんませんでした)
「無罪」
(……は?)
「免罪符を見つけました、これでは私にあなたは裁けません」

 四季様はそわそわしていた。
 私は何が起こったのかもわからず、ひたすらに頭を下げていた。
 そのうち小町さんが私の横について、私を泣きながら輝かしい天国の門の方向へ押し始めた。

(え、一体、自分何を?)

 門が開き光を浴びる私に、よくやったと、小町さんは親指を立てた。
 あれなら三日は上機嫌でいける。
 ありがとう。
 六頭身以上だと善行になるんだ、覚えておけ、と私に言った。

 

 

 

 

■ 著者からのメッセージ

地獄に落ちれば、転生待ちで働いてるあっきゅんに責められる。
天国も地獄も我々の業界ではご褒美となります。



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2007年3月7日 はむすた

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