揺れる心、揺れない形(2)
*この話は(1)の続きです、(1)は作品集28にあります。
――ルナサ・プリズムリバーの良く解る前回のあらすじ――
この、壁を壊したい。
自由な世を築きたい。
姉は家を出て、理想を追って剣を握った。
妹達は家に残り、家を守るため銃を取った。
革命という時代の流れに、ルナサは身を委ねていく。
夢と理想を追う事は、日々の充実を約束してくれたが、何処まで行っても満たされない想いがあった。
あの時、離した手はどれだけ尊かったのだろう。
ヴァイオリンをロザリオ代わりに、ルナサは毎晩、妹達の無事を祈った。
だが、運命は非情。
銃弾と硝煙の中で、三人は再会する。
ルナサは妹達の名を叫んだ。
しかし、答えは弾幕となって返ってきた。
もう、戻れないのか。
三人で笑いあっていた日々には戻れないのか。
神よ、このまま三人が殺し合うのが運命ならば。
いっそ、私の背中を刺してくれ。
――しけんはんい ここまで――
圧倒的な物量差。
最後の頼みの奇襲作戦も、巨乳軍には読まれていた。
次々と襲い掛かるおっぱいの波に、革命軍は死者一名、重傷者一名という尊い犠牲を払いつつ、這う這うの体で戦場を後にした。
敗戦
敗北。
完敗。
負け犬よろしく、ルナサも背中を丸めて引き上げていた。
背中を丸めると、余計に胸が小さく見えてしまうのだが、今の自分にはお似合いなのかも知れない。
振り向いて窓を見上げれば、いぬにく、いぬにく〜、とリリカが目を細めて貧乳軍を笑っている、そんな気さえした。
大は小を兼ねる。
これは、世の通りである。
そうすると貧乳は巨乳の下位互換なのか?
………それってかなり駄目だなぁ、とルナサは思う。
まあ、間違いなくぶっちぎりで駄目なのは、自分の隣で会話している――。
「なぁ、霊夢。『八雲紫のおっぱいカーニバル』って、藍の突撃避けられなくないか?」
「あれは、屈みこんでおへその下が安地よ」
「嘘っ、安地あったん!?」
「最初の藍の突進は逃げちゃ駄目なの。真正面からガッと鷲掴みにしちゃうのよ。もちろん性的な意味で」
「おっぱいをか!」
「そこまではしない、掴んで堪能したらすぐに離す。愛でるまではいかない」
「何を言ってるのか理解できないぜ……! これがルナシューターかよ……!」
「大切なのは間合い、そして退かぬ心よ。少しでも逃げ腰になったら、次のおっぱい結界に飲み込まれるから気をつけて」
「なるほど、引き付けて臍に逃げるんだな」
「ただね、結局あれも脂肪なのよ、だけど手に馴染む脂肪、ううん、細胞。マシュマロと水風船の良い所総取りみたいな感触だったな」
「やっぱり、揉んでるじゃないか!」
「えへ、思い切って」
「どうだ、大人の階段を登った今の気持ちは!?」
「魔理沙には……どう見える……?」
「あ、よく見ると霊夢の唇が紅い! こいつぁ、神!」
(こいつらだっ……!!)
ルナサは鼻を啜って、ちきしょお、と呟いた。
自分も妹達からああいう目で見られてるのだろうと思うと、情けなくて肩の力も入らない。
当然、ルナサが引き摺っている閻魔の扱いも乱暴になって、砂利の上で頭ががっこんがっこん踊っていた。
「おいおい、神をも恐れぬ暴挙だな。地獄行きになるぜ? AAカップだぜ?」
寝ている間にカップ数までばらされた閻魔のなんと可愛そうな事か……。
AAって、Aの下が存在していたのか、凄いな何処まであるんだろう。
ルナサの閻魔の扱いがかなりましになった。
ところで妖夢だが、あれから寝たように大人しくなったので、魔理沙が一人で運んでいる。
こちらの扱いは、最初から非常に良い。
妖夢が茣蓙の上に仰向けに降ろされ、閻魔もまた、その横に並べられた。
ルナサは顔色の優れない妖夢に話しかけた。
「妖夢、妖夢、私が解る?」
「う……うぅーん……ゆ、幽々子様……?」
「違うわ、ルナサよ。ルナサ・プリズムリバーよ」
「ルナサ……さん……はっ!?」
跳ね起きて妖夢は辺りを見回し、そしてすぐに暗い顔で顎を引いた。
「あの、私のせいで、革命軍は敗北したのですか……?」
逃げようと考えていたくせに、何処までも義理堅い性格である。
借りを作ってしまうと、ここから逃げる時に躊躇う事になるぞとルナサは睨んだ。
「あんたのせいじゃないわ。色々と悪い事が重なったのね」
突然入ってきた霊夢の声は、イメージと違って優しかった。
本当はこの人、口が悪いだけで、皆に勘違いされてるのかもしれないなとルナサは思う。
霊夢は、妖夢を覗き込む魔理沙の肩を叩いて立ち上がらせ、「見張りしてくるわ」と言って二人で木立の向こうへ消えてしまった。
「……もしかして」
ルナサは霊夢達が奥に消えた後、立ち上がって用心深く辺りを見回した。
空に気配はない、地面の閻魔は気絶している。
いきなり逃げるチャンスが来たのではないか。
「妖夢、チャンスよ……行ける?」
「……」
「どこか痛いの?」
「いえ、このまま、逃げてしまってもいいものかと……」
「借りが出来たから?」
「それもそうですが、何だか内外共に物凄いメンバーが集まってしまっていて、ちょっと心配です」
「大規模な戦闘に発展するかも、ということかしら?」
「ええ、おふざけで済ませれる連中だけ集まってるうちは良いのですが」
そういや既にリリカが混ざってるな向こうには。
手加減しないからなー、あの子。
ルナサは頬を掻いた。
「じゃあ、状況を冷静に判断するためにも、あなたが二階で見たことを語ってくれるかな?」
「え? あ、そうですね。解りました」
口を開く前に、妖夢が、ぎゅっと固く拳を握る。
「全ては罠でした、とても恐ろしい罠だったのです……!」
時間が無いのは解っているのか、妖夢はあの時の状況を早口で語り始めた。
―――――
「魂魄妖夢、まかり通る!」
妖夢は使命感に燃えた。
ルナサと自分を解放する使命があると思った。
誰かがこれをやらねばならぬ、期待の人が自分ならば、ただ前へ走る!
紫の脇を一閃して道を作り、追ってくる弾幕には白楼剣で対処し、後方から味方の声援を受けながら、狭い階段を二段飛ばしで駆け上がっていった。
そんな心地よい緊張感と連帯感は、妖夢のテンションをどんどん引き上げていった。
(……何だか時代劇の人みたいで素敵だな)
とか。
(師匠もこんな修羅場があったのかな?)
とか。
(もしかして、私、今、猛烈にヒロイン? どうしよー、正義ってカッコイイ!)
まだまだ。
(貧乳革命軍も悪くな――む!? よっ、はっ、どうだ見たかこの防御力! これぞ冥界一硬い盾っ!)
よし、ノッテキタ。
(あー、気持ちイイー! サイコー! 妖夢サイコー! よーし、自分を曝け出しちゃうぞー!)
妖夢、絶好調。
「貧乳革命軍だぁ! 大人しく縛につけぇー!」
部屋への扉を足で開き、何故かスローがかかるご自慢のポーズで、ビシッと決めた。
嗚呼、悪を追い詰める、この正義の血潮の美しさ。
「なーんて、リリカさ……え?」
正面を向いてびっくり、何故かカーペットの上に幽々子様が正座しておられるではないか。
うわー、驚くのは自分のほうでした。
これは一体何の罰ゲームですか? むしろドッキリですか? ですよね? そうだって言って!
二刀流のポーズの据え置きで、目だけ泳がせる妖夢を見て、幽々子がようやっと口を開いた時には頬が涙で濡れていた。
「ごめんね、妖夢。幽々子……全然気付いてあげられなくてごめんね……」
その擦れ声には、明らかに、完璧に、取り返しの付かないレベルで誤解されてる様子がありありと出ていた。
「ち、ち、違っ! 今のは向こう意気なマイハートがホッピングリリーで幽々子様がどうしてここにぃ!?」
「メル姉、敵だよ! あいつが貧乳軍の切り込み隊長だ!」
「違うって、違いますってリリカさん! 私は貴女を迎えに来たんですー!」
「あぁ、流れと関係なく貧乳の絆を強調しちゃってる……! もはや疑う余地はないわ!」
「えー!?」
リリカとメルランのゴールデンコンビによる、妖夢への投擲攻撃が始まった。
物は何故かマシュマロだった。
そのうち、涙でぐしゃぐしゃの幽々子まで攻撃側に加わり、妖夢への見事な三段撃ちが始まった。
何故? とか考える暇もなく、妖夢は逃げた。肌に当たるふにゃっとした感触が、懐かしい幽々子の巨乳を思い出させたからだ。
(それが、今は……敵同士だなんて……!)
背後に抜けていく景色に、走馬灯のように白玉楼の想い出が映し出される。
毎日一緒にご飯を食べた、夏には花火だってした、閃光花火の儚さを小一時間語り合った、ああ、昔はお風呂も一緒だったよ。
あれは何歳ぐらいだったかなー、くそ、全力疾走してるとドロワーズのゴムがずり落ちて来たぞ。お前も裏切るのかドロワーズ! 縞パンにしておけば、縞パンツならきっと私を理解してくれただろうに! 些細な選択ミスが平穏な日常を破壊していく。いつもそうだ、高枝切り鋏を買った事があった、今まで一度も使ってない、だから自分が怒られる、買ったのは幽々子様なのに! 思えばおかしな事だらけ、私は貧乳じゃないのに、貧乳軍にいるのです。おかしい! 幽々子様は一日におやつが二回ある。おかしい! 年中無休の庭師。おかしい! 幽々子様のおっぱい。おかしい! 何もかもおかしい! こんなおかしな世界なんて、マシュマロに溶けてしまえ! 朝が来れば全てがマシュマロに溶けてしまえーっ!
―――――
「そういうわけで、我が身のぞっとするような柔らかい感触を奪わせる為に、草むらでローリングしていたのです……」
「それは罠というか……その」
「酷い罠ですよね?」
「いや、九割方、自爆した妖夢のせいだと思――」
「自爆という名の罠でした」
「……」
「……」
「……そうだったの」
「はい」
ルナサは思った。
(駄目だ、こいつも駄目だった。ここでまともなのは自分一人だ……!)
もちろん、自分がプリン塗れで庭を走ってた事なんて、すっかり頭から消えていた。
「それにしても、リリカは何時の間に巨乳側に付いたのかしら。ペタンコなのに」
「うーん、もしかして、私への罠もリリカさんが?」
「そうね。二階のメルランを囮に玄関で奇襲、更に強行突破を予測しての伏兵。屋敷の内部を把握してないと出来ないわ」
「侮れませんね。逃げられたのは幸いということですか」
「いや、あの子が本気ならば、網にかかった魚をむざむざ逃がしたりはしないでしょう」
「では、逃がしたのはわざと?」
「ええ、間違いないわ。もしくは他の奴らがリリカの言うことを聞かなかったか」
二人がそんな話をしていると、うーんと唸って、隣の閻魔が寝返りを打って目を開けた。
それまで卒塔婆を振り回して夢の中の巨乳軍と戦っていたようだが、起き上がってルナサ達の視線に気が付くと、真っ赤になって俯いた。
これで、逃げる機会を失ったか……。
ルナサはちらりと妖夢の方を見たが、その顔に後悔は見られなかった。
形式上、閻魔の怪我(?)を気遣うフリをして、時間を潰した。
それからすぐの事だった。
「あら、閻魔の方も起きたの」
霊夢達が夕陽に染まる藪の向こうから戻ってきた。
後ろから来る魔理沙を見ると、手紙のようなものを空に掲げ、太陽に透かしていた。
「どうしたの、それ?」
「鴉が落としていったんだ。速達便だってさ」
「速達って、鴉がですか?」
「知らない? 射命丸が副業でやってるのよ。新聞の収入がままならないから」
「ふーん、大変なのね」
「魔理沙ー、封開けていいわよー」
少し速度が遅くなってる魔理沙を、霊夢が呼びかける。
「霊夢。下にアリスって書いてるぜ」
「アリス? マーガトロイド?」
「アリスとしか書いてないな」
「まあ、なんでもいいから開けちゃいなさいよ」
「……仲間になりたい、とか書いてあったらどうする?」
「まさか、大体あいつ中途半端に胸あるじゃない。ノーサンキューよ」
「だよな〜」
魔理沙は爪で封を引っ張ったが、破り損ねた。
そこに出来た小さな穴に小指を突っ込んで、一気に封を破り、手紙を取り出す。
「さてと、何が書いてあるかなー?」
『
アリスも なかまに いれてよ :アリス
』
「………え?」
「あらら、本当に仲間に入れてって書いてるわ。にしてもへったくそな字ね、照れ隠し?」
霊夢が笑って魔理沙を肘で小突いた。
……魔理沙は泣いていた。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」
魔理沙が、霊夢に耳打ちをする。
霊夢が口を押さえて後ろを向いた。
咽ぶ声がする。
さすがに、ルナサも気になって、魔理沙に尋ねた。
「これ、上海の字なんだぜ……」
場の全員が泣いた。
―――――
「革命軍、河川敷まで退いて、テント張ってるね」
小型の望遠鏡を覗き込んでいたリリカが、背後のメルランに声をかける。
「あら、向こうの晩御飯もカレーみたい」
「何で解るのさ?」
「匂いで」
「やな奴!」
先程、魔理沙が夜空に飛び立っていったから、現時点で革命軍でまともに戦力になるのは霊夢だけ。
今、夜襲をかければ、巨乳側の完全勝利といくだろう。
「しかし、こっちはもっと酷いからなぁ……」
ソファーには腹を出して幽々子が寝ている。
紫なんて、隙間から上半身だけ舌みたいに垂れ下がった状態でぐーぐー言っていた。
『平和の為に戦った兵士達に、一滴の酒も許されぬというの!?』
あまりに酒だ酒だと五月蝿いから、少しだけならと許可を出すと、地下のワイン倉庫から二つ酒樽を持ち出してきて、浴びるように飲んでこの様だ。
こんな時、せっせと床を拭いて、静かに主に毛布をかけてやる、出来た妖夢はここにはいない。
藍の奴も食器を洗い終えると、早々にマヨヒガに帰宅した。
『さあ! 橙と二人きりの時間だ!』
渡る世間にマトモな奴がいやしない。
せめてワイン倉庫が空になる前に、害虫どもを追い払わねばとリリカは思う。
風も冷たくなってきたので、リビングの窓を閉めた。
幽霊やスキマ妖怪が風邪を引くかどうか知らんが、起きて私たちのせいにされても困る。
リリカがメルランに「どうする?」と声をかけようとしたところで、二階から幽香が戻ってきた。
「良い屋敷ね。気に入ったわ」
「そりゃどうも。でも、あんまり勝手に歩き回らないでくれる?」
「あら、軍事目的の調査で、金品目当てじゃないわよ?」
「解ってるけどさ。正直、あんた一番怪しいのよ」
「ほう、私には貴女が一番怪しく見えるけど?」
リリカはじっと睨み返したが、半目で薄く笑われてしまった。
いよいよ、気に食わない奴だ。
「ところで、射命丸が新聞をはりきってるせいで、色々とまずい事になってるのに気付いてるかしら?」
「あー、格付けランキングのせいでね」
「そうじゃなくて、号外よ」
「号外?」
背後のメルランに知ってるかと目で訊いたが、かぶりを振られた。
そもそも本を読んでいて、会話を確かに聞いてくれているか、どうも怪しい。
「あいつ、この戦いを面白おかしく取り扱っていてね、それが私たちにはマイナス方向に働きそうよ」
「つまり、記事を読んだ各地の貧乳達が立ち上がるという事?」
「理解が早くて助かるわ。元より幻想郷なんて貧乳だらけだし数で押されたら鬱陶しいわよね? で、どうすればいいと思う?」
「早期決着でしょ?」
「その通り。早速明日の朝、霊夢達を挟み撃ちにしましょうよ」
「こいつら……起きると思う?」
ぐでんぐでんに酔っ払った二大妖怪の腹を指差して、リリカはわざとらしい溜め息を見せた。
「起きないかな?」
「起きても二日酔いで使えないでしょ」
「ふむ、弱ったわね。ま、起きてからでいいか」
口元に手を当てて考える仕草を見せた幽香が、諦めたように苦笑した。
リリカには全てが芝居がかって見えて仕方がない。
幽香が階段に足をかける。
部屋割りで幽香は二階に決まっていた。
「それと」
「まだ、何か?」
「何度も信書を送ってるのに永琳が動かなくてね。困ってる」
「永遠亭の薬師?」
「そう、上白沢に不穏な動きがある今、彼女が裏に引っ込んだままなのは、まずい」
「あのハクタクかー。あいつ巨乳なのに、こっちの敵なの?」
「あの子は同じ巨乳でも穏健派よ。過激派を快く思ってないから、いずれ牙を剥くわ。満月も近いし早いうちに何とかしたい」
「それで、永琳に睨みを利かせてもらうと」
「そうね。それでも御せぬなら仕留めてしまえ、というわけよ」
「ほう……」
「ま、あなたの知恵に期待してるわ、参謀さん」
幽香が消えていく。
部屋には寝息しかなくなった。
天井でキノコのランプが揺れ、自分の影も揺れた。
メルランと目が合うと、彼女はお疲れとでも言うように、にこりと微笑んだ。
リリカはメルランのお尻の傍に落ちた紙くずを見つけ、何気なく摘み上げる。
「写真……?」
昼間、リリカが破った文々。新聞の切れ端だった。
「おー、丁度いいや、一石二鳥だ、コレで釣るか」
強風に窓が揺れた。
革命軍に、魔理沙のお帰りらしい。
夜も更けて、何をやってるのだか……。
―――――
「ま、まあ、最近少し暇だったし、魔理沙がそんなにまで言うなら、付き合ってあげても……いいけど」
「本当か!?」
「良かった、良かったわね、上海……!」
「アリス。明日からの上海人形の活躍に期待してるわよ」
「え? ええ」
「初めまして、私、ルナサ・プリズムリバーと申します」
「初めまして。アリス・マーガトロイドよ」
「上海さんとは、今後も仲良く付き合っていきたいと――」
「上海と!? さっきから何でみんな上海人形ばかり誉めるの!?」
上海人形は照れたように、アリスの金髪に顔を埋めた。
全員が上海人形に握手を求め、共に貧乳の為に戦う事を誓った。
こうして上海人形は、革命軍の仲間として加わったのである。あ、アリス。アリスも。
「これで、革命軍もだいぶ戦力の強化が出来ましたね」
「そうね。でも、だいぶ敵に遅れをとっていたから、まだ五分とまでいかないと見てるわ」
閻魔と霊夢の会話に尤もだと、ルナサは頷いた。
あちらには、ラスボス二人、EXボス一人、そして幻想郷史上、唯一のファンタズムボスを張った妖怪がいるのだ。
リリカ、メルランも侮れない、へにょりレーザーは混戦時、ラスボス並の武器となるし、狡猾な妹には地理を把握されてしまっている。
状況は未だ劣勢だ。
「あれ?」
「何、妖夢?」
「鴉じゃないですかね?」
妖夢が見つけた鴉は河川敷にぐんっと急降下すると、嘴に加えた手紙を一つ落として、また空に上がっていった。
「また、射命丸?」
「夜でも、やってるんだ?」
「鴉だから、むしろ夜のほうがメインだぜ」
「へぇ」
全員が妖夢が拾った手紙を、覗き込む。
手紙の下に紅い蝙蝠のマーク、そしてその横には……。
「フラットスリー!?」
フラット、つまり平坦な胸を持つ実力者三人。
これにフランを加えて、紅魔館スクウェアフォーという。
垂直の美しさ、素晴らしさ、見る者は体現し、離れた者は妄想せよ。
「喜んでみんな! これは紅魔館フラットスリーの頂点、メイド長咲夜からの手紙よ!」
「ついに、パーフェクトメイドが来たか!」
革命軍が歓喜に沸き立つ。
上手くいけば、一気に逆転となるかもしれない。
ちなみに、パーフェクトメイドとは、穏やかな心の内に、巨乳への激しい怒りが爆発したエリートメイドのことだ。
完全で瀟洒、しかし何処かが欠けていた咲夜が、門番の度重なる揺れに耐え、真の覚醒を果たした姿である。
覚醒時の台詞は、歴史に残るほどの名言で、今更、説明の必要もないだろう。
『パッドの事かーーーーーっ!!!』
封書を開ける霊夢の指ももどかしく、皆が一心に手紙を見つめる。
何時来るのか、何人連れてくるのか。
紅魔館は貧乳の希望だ、あそこなら、きっと素晴らしい返事をくれるに違いない。
革命軍のひた向きな心と視線は、咲夜の手紙に密集した。
『革命軍様へ。
まず、今まで出陣できなかった非礼を詫びさせてください。
実は、フラットスリーのパチュリー様に着痩せ説が浮上しており、
これを何とかせねば、胸を張って皆様にお会い出来ぬと思っておりました。
私はお仕置きを覚悟で、いや、死すら覚悟してパチュリー様の胸に触れましたが、それはレミリア様のスイッチでした。
何を言ってるのか解らないと思いますが、私も何をしたのか解りませんでした。
ただ、一つ確かな事は、私がお嬢様のハートに火をつけてしまった事。
今、紅魔館は燃えています。消火活動に忙しいですが、お嬢様のてんかふの匂いがあれば、私は幸せです』
「「「「「「何をした咲夜ーっ!?」」」」」」
―――――
遂に、おっぱいは格言になった。
「永遠亭に過ぎたるもの二つ 月の頭脳と 八意のおっぱい :藤原妹紅」
そんな八意永琳が、朝から案山子作りに精を出している。
田んぼを鳥から守るお馴染みのアレで、目的はシンプルに鳥除けだ。
竹を組み合わせて骨組みを作ったら、使い古した兎の白い服を被せて中には藁を詰め、顔に丸く折った藁を重ねる。
その上からバニースーツを着せて、ぎゅーと縛り込み、最後に顔を書けば出来上がりで……待って、バニースーツはどうして?
そんなわけで完成した案山子が、どんっと門の前に置かれた。
「よしっ、これなら鴉もやってこないはずよ!」
艶かしい春の風と、目に眩しいほどの黄緑の中で、永琳は額に煌く汗を手で拭った。
その瞬間、永琳の頭の上に手紙がスコンと落ちてきた。
「ぐ、何もこのタイミングで落としていくことないでしょうが……!」
永琳は憎々しげに、落ちた手紙を見つめた。
手紙の内容は読まずとも解る、毎日、毎日、嫌がらせのように自分宛に届いていたからだ。
使命を終えて得意げに去っていく鴉を、本気で撃ち落してやろうかと弓を引いたが、射命丸の顔がふと浮かんで止めた。
「はぁ……」
「師匠〜? どこですかー? あっ、師匠! もう、何処行ってたんですか、師匠〜」
弟子のウドンゲが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
永琳は急いで手紙を懐に隠そうとしたが、その時、それがいつもと違う事に気が付いた。
茶封筒ではなく、白封筒で来てたから。
「ふむ?」
「師匠。新薬の宣伝をスキマラジオで流す件なんですけれど、とりあえず輝夜様のOKが出ました、ってえーと、あれ?」
「差出人……無記名? 巨乳特戦隊とは関係ないのか」
「し、師匠、その横にある不気味な物体は?」
「ん? 案山子のこと?」
「か、かかしぃ!?」
「何を驚いてるの貴女は。どう見ても案山子じゃないの」
「そ、そうですね」
たまに永琳は、誰が見ても変だと思われるようなデザインを取る。
その事に対して突っ込むのは永遠亭のタブーとなっていた。
否定すると、何とかこの素晴らしさを解ってもらおうと、ゆうに半時は説明が続くからだ。
しかも、真面目に聞いてないと解ると怒り出す。
怒った後で今度は三日くらいへこむ。
ウドンゲは自分の愛称も、似たような感覚でつけられているのだろうなーと感づいていた。
しかし、それは意地悪ではなく、師匠が懸命に考えてくれた名前である理由にもなれる。
だから、ウドンゲはこの愛称が好きだった。
閑話休題。
「それで、そっちの手紙の方は何ですか?」
「これは……何でしょうね」
「うわ、差出人不明って、ちょっと怖いですよ」
「開けてみましょうか」
『 あなたのアレを記事にされたくなかったら 巨乳軍に従って、上白沢を動かせないように。上手く行けば写真は返します 』
「……え?」
「なんですこれ? 失礼な手紙ですね、射命丸でしょうか?」
「……」
「こんなの気にする必要ないですよ、カミソリレターみたいなもので、あれ、師匠?」
(思い当たる節が多すぎて、アレが何か解らないっ!!)
永琳は唸った。
その場にしゃがみ込んで唸った。
もしかして、アレか、あの時のか、待てよ、幾らなんでもアレはネチョのボーダーに引っ掛るから記事に出来ないだろう。
だとすると、アレか、うさ耳プレイか。しかし、あの時は念入りに、そうだ、ウドンゲだって寝ていたし、証拠は全て握りしたはず。
しかし、鴉天狗は夜目が……だとすると、アレも候補に挙がってしまう、アレは15禁のCERO指定ぐらいだから、
新聞に載せたって問題は、いや、どうだ、悲壮なニュースの横に座薬は普通載せないだろう、だとしたら載っても扱いは小さいのか?
待て、号外だ、ネチョ号外だ、今度の巨乳VS貧乳みたいに号外ラッシュで、後世に残る構成で攻勢を仕掛けてくるかもしれない。
とにかく……新聞は……まずい。
「大変な事になってしまった……」
「え?」
しかし、こちらの事情も考えて欲しい。
永琳が巨乳軍につけなかった訳は、二つある。
一つは、馬鹿馬鹿しいから。
もう一つは、輝夜様が貧乳だから。
こう見えて、八意永琳は忠義者で、主が貧乳なのに自分が巨乳側に付くなんて裏切りだと考えている。
そんな事をすれば、叛意ありと見なされても仕方がないのである。
……しかし、こうなっては動かざるを得ない。
何故か射命丸が巨乳側の肩を持つという事は、おそらくあいつもそこにいるのだろう。
奴の動機は解らないが、上手く近付いて、歴史ごと闇に葬って見せる自信が永琳にはあった。
一日、いや半日あればいけるか……。
「ウドンゲ、私はこれから出かけてくるわ」
「は?」
「後の事はお願いね。しばらく戻れないかも知れないけど」
「戻れないって、お、お仕事は? 輝夜様は? 私はどうなるんですか?」
「ああ、しばらくって……そんなに長い間ではないと思うわ。たぶん一日もあれば終わる」
「だったら私も行きます、連れて行ってください!」
「ウドンゲ、貴女は私の留守一つ守れないの?」
「そ、そうですけど……でも、師匠、凄い怖い顔してます……重大な事なんでしょう?」
「大丈夫よ、心配しないで。笑って戻ってくるから」
ウドンゲは悲壮な想いを胸に秘め、飛び立つ師匠のおさげ髪を見送った。
永琳は射命丸の真っ白なドロワーズに真っ赤なチリペッパーをぶち込む決意を胸に秘め、慧音のいる人里を目指した。
―――
「なんかなー、慧音様がまた妖怪退治に出るってさ」
「今度は誰だ? また、妹紅さんとこか?」
「いんや、違うって話だな。今度は慧音様が狙われてるらしい」
「大変だなー」
「まんず、俺たちには関係ない話しだべ」
「んだ」
農作業の合間に畦道に座り込んで、日焼けした男達は五人ほどで固まり、それぞれの昼飯を齧っていた。
眼前に広がる土は見事に黒く、立派な野菜の収穫を予感させる。
里は今日も平和だ。
「た、大変だよ、父ちゃん!」
「あー? どうした太郎?」
「慧音先生が妖怪に狙われてるって!」
「なんだ、それなら慌てる必要はないぞ」
「そうだー、慧音様が狙われとるのは、大人達も当然知ってるしな」
「まぁ、慧音様強いから、また怪我もなく戻ってくるさぁ」
「違うんだ、そうじゃないんだよ、今回は違うんだ」
「何がさ?」
「今回狙われてるのは、慧音様のおっぱいって話だ!」
「「「「「な、なんだってぇ!?」」」」」
ある男は握り飯を落とし、ある男は茶を噴出し、ある男は石を拳で叩き、また、ある男は白目をむいて逝った。
その男は、慧音様に会うと、まず、おっぱいに挨拶していたイイ男だっただけに、夭折が惜しまれる。
皆が一様に平静を失い、現場は混沌と化してしまったが、しかし無理も無い話だ。
長い間、里に語り継がれてきた、慧音様の伝説を崩そうとしている不敬の輩がいるというのだから。
『オッパイ頂上にして誠に重畳!』
これは、当時の里の権力者が、慧音様に会ってすぐに出た賞賛の辞である。
これだけで、彼女のおっぱいが如何に優れているか解るというものだろう。
時は1811年、秋の暮れ。
こうして、上白沢慧音は里の要職に迎えられた。
この年号は、語呂合わせで覚えると確実だ。
『1 8 1 1
いやーイイおっぱいだな、慧音先生! (1811年 上白沢慧音、里の要職に付く)』
詳しくは『けーね先生の 語呂合わせで覚える歴史年表(1)』に載っている。
持ってない人は、今すぐ最寄の書店へ走れ。
というわけで、男達は走り出した。
慧音の庵まで結構な距離があったのだが、欲望という名の汗を吐き出しながら休み無く走り続けた。
異常に統率の取れたマラソン軍団を見て、どうした、どうした、と里の人々が野次馬根性で加わり、どんどん数が膨らんでいく。
庵に辿り着く頃には、その数四十を越えていた。
「慧音様ぁーっ!」
「ぶーっ!?」
昨日の水炊きの残り汁で、うどんを作って食べていた上白沢慧音は噴出した。
そのせいでうどんが気管に入り、更に鼻から出ようとしてやがったので、湯飲みの水を一気に流し込んで何とか事なきを得た。
「な、何事だ、そんな大勢で!」
「慧音様、本当なんですか!?」
「狙われてるんですか!?」
「アレがですか!?」
「やばいんでしょう!?」
「やばいやばい!」
団子状態になった村人達が狭い玄関に殺到する。
慧音は、やめてくれ、もう入らないでくれ、本気で床が抜けちゃうんだよ、と必死に拒んだが効果なかったので、レーザーを撃った。
「うわ、何か出た!?」
「おっぱいビームか!」
「馬鹿っ! 何がおっぱいビームだ! 少し頭を冷やせ!」
慧音に押し出されるようにして、村人達がぞろぞろと外に出る。
もちろん慧音も外に出た。
風が吹き、たおやかなおっぱいが、太陽に照らされる。
村人達は落ち着いた。
「私、慧音様が凄い妖怪に狙われてるって聞きました」
団体の中で、一番落ち着いてる女性が進み出て、慧音に話しかけた。
小学校の卒業文集に「慧音様(のおっぱい)みたいになりたい」と書いたが、未だに貧乳なかわいそうな人だ。
名前もない、強いて言うなら村人Aさんである。Aについて邪推してはならない。
「妖怪に……? どういうことだ?」
「で、ですが、決戦に出るって聞きましたよ?」
「オラも聞いた」
「わしも」
「俺も」
「あたしも」
「ちょっと待ってくれ、話が全然理解できない」
慧音先生、ずれた帽子に気が付いて、ちょっと角度を直す。
その時、空に黒い影が躍った。
「号外ー、号外だよー!」
「あ、あれは!?」
「少女?」
「天狗?」
「ミニスカ?」
「いや、ドロワーズだ!」
(((ドロワーズかよ、期待させやがって……!)))
村人達は砂を噛まされた気分で、一様に土を睨んだ。
あの天狗は、侘び寂を理解できていない。だから新聞も売れないんだ。
全くけしからん。同じけしからんなら、僕らは慧音様の胸を見るぞ。
でかい。
村人達はとても落ち着いた。
「これを読まないと、あなたに明日はないわー」
天狗はそう言って、頼まれてもないのに、一束の新聞を落としていった。
紙のテープを切って、それぞれが一部ずつ拾い上げて読み始める。
流れがさっぱり掴めないが、明日が無かったら嫌なので、慧音もそれに倣った。
『射命丸ニュース:月のおっぱい八意永琳、二心ある慧音におしおきか?』
「……何だこれは!?」
慧音はまず驚いて、次に怒りを抑えて射命丸の新聞を読み進めていった。
それを要約すると、こうなる。
巨乳に属する上白沢慧音は、巨乳軍の度重なる要請の一切を無視し、巨乳軍に仇なす準備を進めているらしい。
そんな不届きな慧音に天誅を下すために、月のおっぱい八意永琳が立ち上がった。
月に代わって御仕置きよ! という事らしい。今時その台詞は勘弁してくれ。
「くそっ……」
腹が立つ、恥ずかしい。
慧音は自分のことを特別に巨乳だとか思っていない。
だから、こういう記事は、謂れのない事で貶められているようで我慢ならなかった。
新聞を握りつぶし、天に吼える。
「こんな誹謗中傷をよくもこれだけベラベラと……ゆ、許さない……!」
射命丸への怒りに震える慧音を見て、里の人々は感心した。
これだけ怒るって事は、相当おっぱいじゃ負けない自信があるんだなぁって。
かなり誤解があったが、慧音は集まった里の連中四十人を見渡してこう言った。
「すまないが、少し里を空けることになる。その間、里の守りを皆に頼みたい」
「ま、待ってくだせえ、慧音様! 水臭いですぜ!」
「何?」
「オラたちも連れて行ってください!」
「駄目だ! 何を言ってるんだ、危険に決まってるだろう、里の守りだってあるんだ」
「里には半分も残れば十分です、それに昼間は妖怪のほとんどが寝てます!」
「いいか? 今回の敵は大変強大で、お前たちの敵う相手では……ん?」
「どうしました?」
「いや、この新聞……考えてみれば、情報がちと早すぎないか?」
「そうですか?」
「昨日の夜の出来事を、昼前には出すなんて、まるで先に解かってたみたいだ」
「新聞って、そんなものでは?」
「その通りだが、射命丸の新聞に限っては違うのだ、あいつのは手作業で――」
「助けに来たよ! 慧音!」
空から妹紅が降ってきた。
ピンチでもないのに助けに来る、それが藤原流。
「リザレクション!」
勢い付け過ぎ、屋根に刺さって早速死亡。
残念ながら、修理代は払わない。
それもまた藤原流。
「慧音! 新聞見たよ! 永琳の奴が、慧音を狙ってるんだって!?」
「あのなぁ、妹紅。床から出てくるのと屋根に突き刺さるのは、いい加減卒業してくれよ」
「聞いたよ慧音! 永琳の奴が!」
「解った、解ったから、そうだな、永琳が攻めてくるな、困ったな」
「あれ、反応薄くない?」
「いや、私は射命丸の方に敵意があるだけで、巨乳軍がどうとかは興味ないのだ」
「慧音がそうでも、永琳は慧音にかかってくるだろう?」
「それはその通り。だから永琳にはこちらから出向いて話し合ってみる」
「それが駄目なら?」
「そうなれば、止むを得ない。降りかかった火の粉は払わないといけないだろう」
「おおー!」
「慧音様がやる気だ!」
「ついに(おっぱいの)頂点を極められるか!」
「それでだ、お前達はやっぱり里に残れ」
「な、なんだって!?」
「嫌だ! オラは慧音様の(おっぱいの)為なら命だって惜しくねえ!」
「慧音様の一大事に、のんびり畑仕事なんて出来るもんか!」
「そうだ! そうだ!」
「連れてってください! 慧音様!」
「慧音様ッ!」
「……お前たち」
――けーね! けーね!
拳を高く天に突き上げては、誰もが(もちろん妹紅も)慧音の名を叫び、称えていた。
群集の闘志はうねりとなり、何もかも飲み込まん気勢を見せていた。
その情景を見て、慧音は目頭が熱くなった。
(自分がこんなに愛されていたなんて……)
「解った、皆で行こう……!」
――オオオォォー!!
けーね! けーね!
けーね!
けーね! けーね!
要求が受け入れられ、群集は喜びに絶叫した。
上白沢の旗が里に揚がる。
慧音が一歩踏み出したのを引き金に、縦ニ列、合計四十二人の力強い行進が始まった。
四天王慧音、東へ!
―――――
「おはよー」
「おはようー」
「おはようございます」
「はい、おはよう」
挨拶の波が右に抜けていく。
一足先に朝食を済ませ、ルナサは川辺でしゃこしゃこと歯ブラシを動かしていた。
昨日の夜は新しい仲間を歓迎してパーティを行った。
寝る前にはトランプなどを興じて友好を深め、朝起きれば昨日の鍋でカレーを作り、食べ終わったら川辺で歯磨きだ。
「これ、林間学校じゃないの……」
子供っぽいなー、革命軍。
とか思いながら、うがいして吐き出す。
これから、どうなるんだろうかという不安と、この程度ならすぐ解散するんじゃないか、という期待が胸に混ざる。
「ルナサー? 生野菜はどこー?」
「右の籠ー。洗ってあるから安心して」
「ありがとー」
歯磨きも終わりやる事はなくなった。
雲が太陽を隠し、少し寒くなる。
石砂利の上に腰を降ろし、通り過ぎる雲を眺めていると、妖夢がやってきた。
「早起きですね、ルナサさん」
「いつも、こんなものだから」
「長女って大変ですね」
「私が親代わりだから仕方がないわ」
「……あ、ごめんなさい」
「気にしすぎよ、あなた。疲れるでしょうに」
「ごめんなさ――」
「それ」
「……すみません」
「……」
「……」
「大変だー!」
気持ちのいい朝の空気が、突然の大声で震える。
白黒、とかいいながら、殆ど黒の魔法使いが箒が反り返るほどの急ブレーキで二人に突っ込んで来た。
「おはよう。どうしたの?」
「あ、ルナサ! 挨拶はいいんだ、霊夢はどっちだ!?」
「まだカレー食べてるけど?」
「よし!」
「何かあったんですか!?」
「門番が門番に就任したんだよ!」
「はぁ?」
大股で歩く魔理沙に、疑問符を浮かべたルナサ達がついていく。
杉林の下に霊夢とアリスが並んで切り株に腰掛けていて、その間に魔理沙が割って入った。
「霊夢! 大変だ! 門番だ!」
「なによ、食事中に」
霊夢は振り向きもせずに、甘口カレーを咀嚼している。
「大変なんだよ! カレーなんて食べてる場合か!」
魔理沙にスプーンを止められた霊夢は、キサマ生きる事の邪魔をするのかと、殺気溢れる顔を浮かべた。
ミンチにされる。
ルナサはそう思った。
「……今なんて言った? カレーなんて? あんたにはカレーがどれくらい大切な食料か分かってるの?」
「ま、待ってくれ、言い争ってる場合じゃないんだ、門番が門番に来たんだよ!」
「意味分からないわよ、門番が門番に何?」
「だから、プリズムリバーの屋敷の門に、門番が立ってるんだ!」
「門番……あ、まさか!」
「そう! 華人小娘、紅美鈴!」
ホン・メイリン。
門に辿り着いた侵入者の全てが、その見事な乳に引き寄せられてしまうといっても、決して過言ではないだろう。
誘蛾灯、ならぬ誘蛾乳。
紅魔館は空を飛ぶ敵をそのようにして門に誘き寄せ、三方から囲み一気に排除するという、悪魔の戦法を得意としているのだ。
でも、せっかく彼女が囮になっても誰一人援軍に来てくれないのが現実なの……。
これが世に有名な「紅美鈴、一人背水の陣」である。
咲夜さーん、咲夜さーん、敵が来ましたよー……美鈴が頑張ってますよー……あ。
しかし、彼女は、ただ胸がでかいというだけではない。
チャイナ服という健康的なお色気まで兼ね備えていて、胸以外のスタイルも申し分ない。
大きさ、柔らかさ、乳の形、全てが完璧で、貧乳達からは七色の乳を持つ女として恐れられているのだ。
彼女の同僚の十六夜咲夜さんは、門前で血涙を絞りながら、こんな言葉を残している。
『風が吹けば、門番が揺れる』
言葉の真意は定かではないが、お前に出すコッペパンは無いとまで言い切った。
「噂では、永琳まで巨乳側に動いたって話だぜ……?」
「……」
「なぁ、こっちの戦力増強はどうなってんだ? このままじゃまずいぜ!?」
「解ってる。萃香に集合をかけてあるわ」
「萃香か、さすが霊夢だな。で、何時来るんだ?」
「解らない……何とか粘らないと」
「解らないって――」
「霊夢!」
空から別の声が聞こえた。
昨日の汚名返上と、朝ご飯も食べずに偵察に出てた閻魔が帰ってきたようだ。
「ハァ……ハァ……た、大変です、敵が」
「ご苦労様。敵が増えたのはもう知ってるわ」
「い、いえ、門番の件ではなく、別の敵が私達の背後に回っているようなのです」
「背後に? 本当に敵なの?」
「ええ、それは間違いありませんよ。卒塔婆が黒と出してましたから」
「それで、敵の戦力値は!?」
「89のD!」
「幽香か!! クソッ!」
おっぱいの大きさで人物を特定するなよっていうか、戦力をおっぱいで現すなよっていうか、おっぱいにまで白黒つけるなよ。
ルナサの頭の中に、多様な突込みが大海のマグロの如く回遊したが、どれも言葉にならなかった。
もし、口を開いたなら「おっぱい!」という言葉が即座に飛び出していただろう。
すっかり、危ない人。
「まずい……非常にまずいわ」
「門番の次は挟み撃ちか。どうやら、敵はここで一気に終わらせる気みたいだわ」
「前門の龍、後門の幽香。敵は完璧な布陣ですね」
「閻魔はまだ戦闘には使えない……かといって妖夢も厳しい……私と魔理沙と、それからルナサでこの局面を乗り越えるには……」
「ちょ、ちょっと待って、私、忘れてる、忘れてる」
「……?」
「アリスよ、アリス!」
「シャンハーイ!」
「あ、上海か」
「わざと!?」
「それで、どうすんだ霊夢?」
「霊夢、霊夢、煩いわね、考えてるんだから少し黙っててよ」
「だけど時間が……ああっ、このまま手をこまねいて、巨乳に挟まれたらお仕舞いだぜ!?」
『巨乳に、挟まれたら、お仕舞いだぜ』
魔理沙の言葉に一同が目を見開いた。
巨乳に挟まれたら――苦境に喘ぐ貧乳達の情勢を、一言で完璧に表した名言ではなかろうか。
貧乳じゃどう頑張っても挟めない、玉の枝一つも挟めない。
決してぺたんこでは出来ないその所業に痺れる憧れる、が、貴女達に乳という未来は……無いッ!!
詳しくは『けーね先生の 語呂合わせで覚える歴史年表(2)』に載っている。
持ってない人は、己の乳を揉みしだきながら最寄の書店へ走れ。
『1 8 7 1
いや、無いとは言わないけどその乳微妙……。(1871年、貧乳軍、虹川の戦いにて挟撃される)』
とにかく、嫌な語呂合わせで霊夢の目が覚めた。
「よし! 背後の幽香には私があたるわ! 魔理沙、アリス!」
「おう!」
「マリス砲の許可を出す! 屋敷からの侵攻を二人で食い止めていて! 私が戻るまで一歩も退くな!」
「了解だぜ!」
「妖夢、閻魔の二人は、彼女達のバックアップに徹して!」
「御意!」
「最後にルナサ!」
「は、はい!」
「至急、黒ストの準備を!」
「何でっ!?」
―――――
紅魔館が燃えている。
尚更真っ赤になった館の上空を、メイド達が蜂のように飛んではバケツの水を落としていく。
萃香はそのふざけた様子を、呆然と眺めていた。
「一体、どうしたってーの……」
貧乳軍の要請を受けた萃香は、祭りだ祭りだ楽しむぞーとばかりに、友人の霊夢の下へ向っている途中だった。
しかし、その途中で度肝を抜かれた。
急停止してしまった。
何だ、アレは。どうした紅魔館。
「アレが巨乳軍の攻撃なのさ!」
萃香が声に振り向くと、氷精がいた。
池のほとりで仁王立ちになって、こっちを見ていた。
「いや、巨乳軍ってあそこまでするの?」
「悪い奴らだからね!」
「え、聞いてる印象とだいぶ違うんだけど、そうなんだ?」
「だよ!」
「へー、じゃあ、あれは貧乳館焼き討ちってところ?」
「お? そうなの?」
「って、どうなの?」
「たぶん、そうなんじゃない?」
「そっか」
「きっと、レティがいないから、こんな事になっちゃったんだよ」
「何だって?」
「だって、巨乳軍はレティと慧音の二人のおんけ、おんけん、おんけは?」
「穏健派?」
「そう! おんけんはが抑えてたんだ! それでレティが寝ちゃったから、あたいが寂しい……」
「うん?」
「ち、違う、そうじゃなくて、過激派が活動を始めたの!」
「うん」
「ほら、レティが泣いている! 北風によーく耳を澄ましてみて!」
「……」
「……」
「……泣いてた?」
「微妙かな」
「聞こえたの!? いいなぁ!」
「聞こえてないのかよぉ」
萃香の力は抜け、しおしおと湖に落ちていく。
チルノは湖をさっと凍らすと、小鬼が溺れるのを防いだ。
「チルノ……」
「萃香……」
二人に友情が芽生えた。
「で、チルノはなにしてんの?」
「レティ呼ぶの」
「え? レティ呼ぶの?」
「そだよ」
「どうやって? もう寝たんだろ?」
「そう、冬までは大地が割れたって起きてこないよ」
話が繋がらなくて困惑していると、チルノはポケットから一枚の紙を取り出した。
「じゃじゃーん、レティ召喚の秘術ー」
「おお、その紙切れが?」
「うん」
「何か書いてるの?」
「うん」
「見せて」
「やだ」
「ケチ」
「ケチじゃないよ!」
「見せて」
「いいよ」
チルノなりに丁寧に四つ折りにした紙は、しかしポケットの中で皺になっていた。
萃香は慎重に手紙を開いた。
『北ハ曹操ヲ拒ミ 東ハ孫権ト和ス』
「あ、間違い!」
「間違ったの!?」
「それ、大妖精からの緊急連絡だった!」
「おい、大妖精! チルノに何を伝える気だった!?」
「あとね、大妖精のこと大ちゃんって呼ぶと怒るから注意してね」
「そりゃ、大ちゃんはなぁ……」
「だから、頭文字Dって呼んであげて」
「イニシャル……D!」
こんな事してる間にも、紅魔館は燃えていた、
あれ、咲夜の姿が消化部隊に見えないぞ、どうしたのかな。
嫌な想像に萃香の胸が騒いだが、チルノが目の前に次の紙を差し出してきたので忘れた。
「ほんとは、こっち」
「ん、どれどれ」
『世が乱れたら、もしくはチルノが寂しくなったら、これを開けなさい:レティ』
「ほう、何か凄そうだね」
「でしょ?」
「私が開けていいの?」
「もう、開いてるよ」
「あ、ほんとだ」
『レティの作り方
1:雪を集める
2:大きな丸を二つ作り、胴体と頭に分ける
3:胴体の上に頭を乗せる
4:ZUN帽を頭の上に乗せる
5:雪だるまの完成〜! 』
「……ってどう見ても雪だるまの作り方です。本当に有難うございました!」
「違うよレティだよ!」
「名詞出てんだよ! よく見ろ、雪だるまの完成って書いてるだろ!? しかも最後の行ちょっと嬉しそうで腹が立つー!」
「それでも、レティだもん!」
「何でよ!?」
「だ、だって……あの……」
「あ、ごめん、泣かないで」
「寂しくなったら作れって、書いてるもん……レティがあたいに書いたんだもん……」
「チルノ……」
「だけど、もう春だから、雪が残ってないんだ……」
「よーし、それなら任せて、チルノ!」
萃香は立ち上がり、両手を太陽に向って広げ、叫んだ。
「幻想郷に残る全ての雪よ! ここに集まれー!」
―――
南では追い込まれた貧乳軍が、巨乳の世界を必死に拒んでいる。
東からは「永遠亭に過ぎたる者」永琳が動き、「西の四天王」慧音がそれを迎え撃つべく立ち上がった。
北に聳えたつ謎の雪だるまからは、完成途中なのに奇怪なオーラが出ていた。
一方紅魔館はまだ燃えていた。
でも、咲夜ならきっと一晩で何とかしてくれる。
だから、レミリア様、早く独房から出してあげて。
■作者からのメッセージ
「あれ!? 前のは前編じゃなかった!?」
貴女は非常に勘が鋭いお人。
どう見ても後編で終わりそうに無いので、前編を1にして、こちらを2にしました。
け、計画性がないとか言わないでよね!(ツンデレ)
正しくは、行き当たりばったりです。
読んでいただき誠に有難うございました。
1
SS
Index
2006年4月15日 はむすた