淑女の条件

 

 

 

 紅魔館は地下に付属する大魔法図書館にて、魔法を嗜む者たちが茶会の席に着いている。
 霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジ。上座に位置するのは図書館長であるパチュリー、彼女を十二時とすると、魔理沙は四時、アリスは八時、等間隔に椅子を並べている。彼女らがのんびりと紅茶を飲んでいる傍らには、侍女然とした風体の小悪魔が粛然と佇んでいる。
 魔理沙が、不意に口を開いた。
「なあ」
「何よ」
 ちょうど、傾けていたカップをソーサーに置いたアリスが、素っ気なく答える。
 魔理沙は続けた。
「何故、私たちは一同に介してまでお茶なんぞ啜っているんだ」
「知らないわよ」
 魔理沙の疑問を切り捨て、アリスは再びカップを傾けた。
 パチュリーは、初めから魔理沙の方を向いていない。視線は分厚い魔導書に釘付けである。何度か、小悪魔が茶会におけるマナーをパチュリーに説明したものの、その言葉さえ耳に入っていたかどうか怪しい。彼女は本さえ読めればそれでよいのだから、茶会も食事も密会も、時間があれば読書に耽るのは当然とも言える。
「そもそも、お茶にしましょう、なんて言い出したのは誰だ」
「咲夜でしょ」
 当たり前のように、アリスが言う。
「いないじゃないか。その当人が」
「主催が抜けたパーティなんて、都会じゃよくある話よ」
「ここはもう都会じゃないんだぜ」
「私がここにいるんだから、ここはもう都会のようなものよ」
 さも当たり前のように、アリスは言う。
 ふうん、と魔理沙は椅子にもたれかかる。
「まあ、幸いにして目的の本はあるし、文句を言う筋合いもないんだけどさ」
「鼠の真似事は大概にした方がいいわよ。私が言う義理もないんだけど」
「何を言う。いずれ返すわ」
「……根拠がない」
 蚊の鳴くような、それでいて耳に残る重い響きをもって、パチュリーは告げた。
 魔理沙は苦笑していた。
「別に、私は構わないのだけど。盗まれるのは癪だけど、貴女が奪い取っていく物に、私が意固地になってまで奪い返すほどの価値があるようには思えないから」
「お、本の虫がよく言う」
「人を紙魚みたいに言わないで」
「どっちかというと栞みたいだけどな。ぺらぺらして」
 へらへらと笑う。
 パチュリーは嘆息し、読んでいた本を閉じる。紅茶がぬるい湯気を立ち昇らせ、閉じた拍子に生まれた風がその湯気の軌道をかすかに揺さぶる。小悪魔は音もなくパチュリーに歩み寄り、新しい本を彼女に差し出す。パチュリーは小悪魔を見ず、視線は分厚い本の表紙に固定されている。パチュリーが読んでいた本を受け取ると、小悪魔は再び部屋の隅に帰って行く。
「やっぱり虫じゃないか」
「紙魚じゃないって言ってるでしょ」
「でもどっちかというと栞みたいな」
「大体どこがぺらぺらしてるって言うのよ」
 魔理沙は沈黙した。アリスは目を逸らしていた。小悪魔は既に部屋から出て行った。
 パチュリーは重々しく溜め息を吐き、華奢な指先でハードカバーをめくる。
「せめて、深窓の令嬢という言葉が出て来ないものかしら――」
 ばっつん。
 パチュリーの呟きは、束の間の衝撃に遮られた。
 厚い表紙の向こう側にあったものは薄っぺらい紙などではなく、丁寧に折り畳まれたスプリングのマジックハンドで、パチュリーは期せずしてそれに出会った。中身が違うと脳が判断し、顔面に接近する予測が立てられたとしても、それから回避行動に移るまでには若干の空白を必要とする。
 コンマ一秒にも満たない認識のズレが、パチュリーの顔面に真っ赤なグローブを突き刺した。
 魔理沙は飲みかけの紅茶を噴いた。
「がふげはっ」
「何よアンタ汚いわね!」
 慌しく席を立つアリスと、激しくむせ返りながら笑みを絶やさない魔理沙、そして顔にグローブをめりこませたまま微動だにしないパチュリー。アリスはそれでも甲斐甲斐しく魔理沙が噴いた紅茶を拭き、パチュリーに深々と突き刺さったグローブを慎重に引き離した。
 すぽん、と景気の良い音が部屋に木霊する。
「うわ、見事に顔が赤い……」
「……恐縮だわ」
 繋がりのない会話の後、パチュリーはハードカバーのびっくり箱に両手を添えた。重く低く囁く声は嘘偽りのない呪詛、いわゆるひとつの魔法である。その意味を知る魔理沙は口の端から垂れる紅茶の残り香を拭き取る前に、パチュリーを制止しようと手を伸ばし、けれども届きはしなかった。
「ちょ、おま」
「然るべき地平に還れ。『アグニシャイン』」
 地獄の業火が燃え盛る。
 局地的なキャンプファイヤーがテーブルの片隅に発生し、部屋の温度が瞬間的に急上昇する。恍惚とした笑みで自らが生み出した火の玉を見下ろしているパチュリーの脇から、一体の人形が轟然と火の玉に突っ込んで行った。
 見えざる糸の担い手は、七色の魔法使い、アリス・マーガトロイド。
「上海!」
 捌く。
 人形はアリスの命令に従い、身長ほどもある槍に一陣の風を宿らせ、火の玉の中心を八つ裂きに処す。
 刹那、散り散りにばら撒かれた炎の欠けらを、魔理沙の実弾がひとつ残らず撃ち落とす。
 パチュリーは呆然と火の玉が消え失せる様子を眺め、鼻の頭に触れる火の粉をむず痒そうに拭う。
「本当、騒がしいわね……」
「誰のせいだと」
 煤にまみれたテーブルを拭いているアリスと裏腹に、魔理沙は早々と椅子に座り直す。
 パチュリーは、本棚にある本を適当に引き抜いてから、魔理沙の嘆きに答えた。アリスはテーブルを拭き終わると、床の掃除を始めた。
「小悪魔のせいに決まっているでしょう。全く、帰って来たら折檻ね。罰を与える方も楽じゃないのよ。ましてや与えられる側が喜んでいるのなら、それは一体誰に対する嫌がらせなのかしら」
「いや知らんけど」
 紅茶はもうほとんど残っていなかった。手持ち無沙汰の魔理沙は、本棚から目ぼしい本を取り出そうとして、今度は本棚の掃除まで始め出したアリスと鉢合わせた。しばし、威嚇するように硬直し、出方を窺う。
「さぁ、退け」
「私が貴女の命令を訊かなければならない説得力のある理由を二十字以内で答えなさい」
「アリスは私の奴隷じゃないのか」
「それをなんで不思議そうに尋ねるのかが全く解らないんだけど」
「さぁ、退け! ご主人様と呼べ!」
「アンタそれが言いたかっただけでしょ」
「かもしれない」
「ご、ごしゅじんさまー」
「とりあえず上海は掃除な」
 命じられた通り、上海はハタキをもって本棚の掃除を始めた。人形に仕事を奪われたアリスは、ようやく与えられた席に帰る。魔理沙もそれに続く。テーブルは綺麗になっていた。働き者の上海人形により、あちらこちらに埃が舞い散っている。パチュリーは、鬱陶しそうに咳を繰り返していた。
「あぁ、何か足りないと思ったら、紅茶が無いのね」
「ちなみに、私に対する愛も絶望的に足りない」
「さっき掃除したわよ」
 魔理沙の哲学的な問いに、アリスが簡潔に答える。
 即答され、魔理沙は目を丸くした。
「え、なんで」
「邪魔だから」
「邪魔よね」
「じゃ、じゃまー」
「いいから上海は掃除してろ」
 右手にハタキ、左手に槍を握り締め、上海は掃除を再開した。掃除の鉄則に逆らい、下の段から埃を払っているため、上の段を掃除するたびに埃は下の段に落ちていたが、指摘する者は誰もいなかった。
 魔理沙はパチュリーに倣い、重苦しい溜め息を吐き、結局は軽い吐息にしかならないことを密かに嘆いていた。
「紅茶! 紅茶はまだか!」
「お持ちしました」
「うぇわあぁ!」
 催促と同時に給仕され、魔理沙は驚きのあまりテーブルの裏に膝を打って悶絶した。
 苦悶する魔理沙をよそに、アリスは無音のまま登場した十六夜咲夜にお礼を述べた。
「ありがとう。美味しく頂いていますわ」
「光栄ですわ。折角のお客様ですから、隠し味を入れた甲斐が御座いました」
「……何か、は訊かないでおきます」
「懸命な判断ですわ」
 瀟洒なやり取りの後、咲夜は新しいカップに紅茶を淹れる。魔理沙が鈍痛から解放された頃には、咲夜は既に温かい紅茶を配り終えていた。空のカップを下げる際、読書に耽っているパチュリーの横顔を覗き込み、その赤く染まった顔に驚く。
「パチュリー様、随分とお顔が」
「……恋をしたのよ」
「あらまあ」
 咲夜は、くすくすと笑っていた。
 パチュリーは鼻を鳴らしていた。
「では、失礼致します」
 当面の用事が済んだ咲夜は、腰を落ち着ける間もなく魔法使いの宴から立ち去ろうとする。
 小さく会釈をするかしないかという刹那、パチュリーが彼女を制した。
「待ちなさい、咲夜。折角だから、貴女も席に着きなさい」
「はあ。それはまた、どうして」
 咲夜はきょとんとする。
 パチュリーは、目線を紙面に落としたまま、説明を始める。
「頭数が一人、減ったから」
 部屋の片隅を見やり、もう其処にはいない悪魔の影を咲夜に重ねる。似ているところといえば、黙っていれば大人しく見えるところくらいだけれど。
「加えて、そこの魔法使いに喋らせておくと、品の無い会話しか生み出さないからよ」
「……あれ、私も勘定に入ってる?」
 アリスがきょとんとする。
 魔理沙はぶーたれていた。
「貴女は魔理沙の口を滑り易くする。ただ闇雲に、激しく流れるだけが川ではない。清く、美しく、速やかに涼やかに流れることこそが、本の海に流れ着く言の葉の絶対条件」
「しかしながら、私ですか」
「銀が海に流れたら、汚染が酷いと思うんだよ私は」
「それなら、鼠の死骸の方が肥やしになるものね」
「泣くぞ」
「泣けば」
「……ね。下品でしょう」
「かもしれませんわね」
 穏やかに同意すると、咲夜は踵を返した。
 次の瞬間には、トレイは既に片付けられ、彼女の分の椅子と紅茶がテーブルに添えられていた。
 パチュリーは苦笑していた。
「周到ね」
「人生を楽しく過ごすための努力を怠っていないだけですよ」
「よく言うわ」
 頁を捲り、それきりパチュリーは沈黙する。
 物静かなパチュリーのお喋りが途切れると、部屋には奇妙な間が漂う。その間隙を縫うように響き渡るハタキの音さえ、本棚の最上段に上海が到達するのとほぼ同時、瞬く間に掻き消される。小さな羽を震わせながら、アリスの傍らに移動する。アリスから労いの言葉を受けると、かすかに微笑みの表情を作った。
「相変わらず、よく出来ているものね」
「自立には程遠いけどね。昔からの付き合いだし、愛着はあるわ」
「うむ。呪いが宿っているということだな」
「魂と言いなさいよ」
「自立人形なんて呪いの産物だろう。藁人形が動き出したり、日本人形の髪の毛が伸びたり、ほれ全部呪いじゃないか。どうしてくれる」
「どうもしないわよ。なんで全部私の責任みたいになってるのよ」
「え、違うの?」
「違うわよ! なんでそんなに人形に対する影響力持ってるのよ、そんなにデタラメじゃないわよ、私は」
 尻すぼみの反論は、紅茶を煽る水音に溶けて消えた。
 魔理沙はにやにやしていた。
「ふぅん、アリスは自虐的だなぁ」
「だって出来ないことは出来ないもの。身の丈を知ることと、自分を卑下することは違うわ」
「プライドが高いのね」
「貴女ほどじゃないわ」
 一瞬、アリスと咲夜の視線が交錯する。それぞれの瞳は透き通るほどに青く、静かな輝きをたたえている。
「あ、おまえら仲が悪いのか?」
「ひとの関係を無為に割こうとしない」
「というより、仲が悪くなるくらい親しくもないですわね」
「……」
「ほら、やっぱり」
「……もうなんでもいいわよ」
 アリスは諦めた。
 カップの取っ手に引っ掛ける指は白磁の如く滑らかで、器の底に添える手のひらの白さもまた陶器によく馴染んでいる。一方、パチュリーの手はいささか白すぎるきらいがあり、作り物の器を越える青白さは、深窓の令嬢よりも最後の一葉を待つ病床の少女に近い危うさを漂わせていた。
「全く」
 こげ茶色の表紙を支える手のひらが、程好い対象を描いている。パチュリーは初めて紙面から視線を外し、アリスと魔理沙と、その間に位置している咲夜に焦点を合わせた。
「お、人形が喋った」
「読書をする木偶なら、私でも作れるわよ」
「……全く、飽きないわね。貴女たちは」
 本を閉じる。表紙には、『淑女の条件』と記されていた。
 今一度、席に着いている者たちを一瞥し、沈んだ吐息を漏らす。
「なんだ、含みがありそうだな。いろいろ」
「白黒と七色は、原色が強すぎる。だから銀の咲夜を加えた。……光の三原色を知っているわね。赤、青、緑の光を同時に照射すれば、光は澄み切った白色になる。その効果を期待した」
 淀みなく語り続けるパチュリーに、あぁ、と咲夜が頷く。
「高い波長の音波に、それと同程度の振幅がある低い音波をぶつけると、音そのものが相殺される現象と似ていますわね」
「えー、つまりなんだ。つるっぱげに天然パーマを足すと、サラサラヘアーになるようなもんか」
「何その当たってるのか外れてるのかよくわかんないたとえ。ていうか、例えられたひとたちが可哀想じゃないのよ。謝りなさいよ」
「あ、うん……そうだな。悪い、すまなかった、アリス」
「私にじゃなくて。いや別にそんな神妙な顔しなくてもいいから、咲夜も!」
 宴の席がアリスに対する同情に支配されようかという最中、パチュリーは相も変わらず淡々と言葉を紡ぐ。紙と紙が束ねられた書物の海に、みずからの透き通った言の葉を流すために。
 パチュリーは続けた。
「けれど、貴女たちは光じゃなかった。原色は原色のまま、大地が生み出した色覚の魂を持つ色だった。銀も白黒も七色も、全て混ぜれば混沌となる。それはもはや黒でも闇でも虚ろでもない。なにものでもあり、なにものでもない。混沌からは全てが生まれ、全てが還る。縮尺された原始の海は、異なる人間を重ね合わせれば容易く形成出来る。それが知れただけでも、私は僥倖と思うべきなのかもしれない。ただそれは、物静かな場所で読書に耽っていたいという願望が叶わなかったことに対する、姑息な言い訳でしかないことも知っている……」
 独り言のような呟きは、紅茶の甘い香りが漂う部屋に溶けて消える。
 彼女の嘆きに返す言葉など誰も持ち合わせておらず、ただ、パチュリーが望んでいた静謐な空気が、今更ながら部屋の中を支配していた。だが、パチュリーは革の表紙を捲ろうとはしなかった。
 その理由が魔法使いの少女たちに知れるより早く、パチュリーは行動を開始していた。
 パチュリーにとって最大の暇潰しである読書を中断したのは、両手が必要だったからだ。瞳を本から逸らしたのも同様、紅茶を飲む音、カップを撫でる指、湯気の匂いを味わう呼吸、聞こえない人形の羽音、乾いた紙を捲る乾いた音は響かず、パチュリーは己の頬に突き出された小悪魔の指を確かに握り締めた。
 咲夜の能力の埒外で、時間が停止する。
「あっ」
 ふと、虚を突かれたように小悪魔が漏らす。
 パチュリーは薄く細めた瞳で彼女を見、人差し指を掴む力を幾分か強めた。あっ、と小さく呻く。
「狙いは悪くなかったわ。私の読書に関する集中力は異常だから、たとえ貴女がこっそり部屋に侵入しても、私には気付かれない。障壁はつまるところ招かれざる客人だったけれど、台本が無くとも彼女たちは小悪魔の存在を無視するよう努める。何故ならば、その方が面白そうだから。道理ね。涙が出るわ」
「ああ! こあくま! いつのまにそんなところにいたんだー」
「……大根」
 アリスが冷淡に評価を下す。
「本当のこと言うなよ。泣いちゃうだろ私」
「泣けばいいんじゃないかしら。見たいし」
「私も同意しますわ」
「……ち、ちくしょー!」
 魔理沙は、立ち竦んだまま腰に手を当て、一気に紅茶を飲み下した。
「がふげばっ!」
 そしてむせた。
「うわーどうせまたやると思ったけどまさか本当にやるとは」
「あらあら大変ですわね」
「ちっとも大変そうに聞こえないんだけど」
「ぴゅー」
「あっつ!? ば、ばかじゃないのアンタわたしにかけないでよ! ばか! 上海!」
「いたっ!? 槍! 凶器、それ凶器だから! おまえらちょっとは被害者を労、わ、がはッ!」
 むせた。
 尚も上海の槍に突付かれる魔理沙の悲鳴が轟く中、咲夜は吹き零れた紅茶を淡々と拭い取る。アリスは太ももを濡らしたまま魔理沙を罵倒することに一所懸命で、咲夜が「着替えませんか」と進言しても全く耳を貸さなかった。咲夜は嘆息していた。続けて、パチュリーもまた。
 小悪魔は一人、くすくすと笑っていた。
「……頭が痛くなって来たわ」
「騒がしいのはお嫌いですか」
「別に。私はただ、静かに本を読んでいたいだけよ。それ以外のことは皆、この世を彩る瑣末事」
「でしたら、拒めばよろしかったのに」
 パチュリーは、小悪魔の指を離す。喧騒は絶えず、終わることを知らない。終わらせようと思えば終わらせられるだけの素養は誰しもが持っているのに、誰もそれを積極的に選択しない。
「約束したのよ」
「約束ですか」
「静かに、本を読ませてくれるのなら」
「お茶を飲んでいても構わない、ですか」
 パチュリーは頷く。革の表紙を撫でる指は白磁より青白く、作り物の趣が見え隠れする。
「……思い知ったわ。約束は破られるためにあるということを」
「違いますよ。約束は交わすためにあるのです。いずれ破られる契約だとしても、その瞬間に預けられた信頼は絶対なのですよ」
 小悪魔は至って真剣で、怯む様子は微塵も感じられない。パチュリーは、ふん、と鼻を鳴らした。
「詭弁ね」
「真実は、時に胡散臭く聞こえるものです」
「……鏡を替えなさい。私には、貴女が悪魔にしか見えないわ」
 席を立ち、小悪魔の肩に手のひらを添える。あたかも本を愛でるように優しく、中身を傷付けないよう丁寧に触れる仕草は、小悪魔を一瞬でも戸惑わせるに十分過ぎる威力を秘めていた。
 パチュリーは、朗々と告げる。
「契約は、常に破られている。貴女と取り交わした約束は、静かに本を読ませてくれるのなら、ということ。けれど貴女が小悪魔なら、私に悪戯するのもその存在故に仕方のないことでもある。それが契約を破ることになろうとも、そうね、貴女の言葉を借りるなら、契約の瞬間に預けられた信頼は、いずれ破られるとしても、冒されることはない」
 呆然と、陶然と佇む小悪魔の頬を抓り、パチュリーは続ける。
 賑やかな宴は、魔理沙の抵抗により混沌の色をより濃く染め上げ、臨戦態勢に移行し始めた二人の魔法使いの熱意を殺ぐために、咲夜が新しい紅茶を二人の身体にぶちまけることで最高潮に達した。
「だから私は、今の貴女の尊厳を冒す」
 慄然と、恍惚と、小悪魔は頷く。
 テーブルに置き去りにされた本の表紙には、『淑女の条件』という言葉が、空々しく刻まれていた。

 

 

 

 



SS
Index

2007年12月10日 藤村流

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