Sword Dancer

 

 

 

 剣が舞う。

 

 太刀を振りかざし、白銀の滝を駆け上る。
 眼下に見えるのは黒羽を携えた鴉の幻影、ジグザグに軌道を転変し、鯉の滝登りを模倣する白狼天狗に倣い、みずからもまた天に昇る竜にならんと水飛沫を浴びながら飛翔する。
 神速の鬼ごっこは頂上に近付くほどに速度を増し、水飛沫の弾けるもその勢いを更に加速させる。両者の身体に水が染み入った痕跡は無い。風を漱ぐことが出来ないように、天狗を水で縛ることも出来ない。
「――――ふッ!」
 白狼が滝を蹴る。既に頂上は見えた。
 勝負は滝登りの順位で着くのではない。この幻想郷の世に弾幕があるように、決着は必ずしも絶対的な力の差によって成り立つものではない。
 全ては、観客を魅了した者の勝ちである。
 わあ、と群集が割れた。
「せぃやぁ!」
 観衆の期待に応えるかの如く、野太刀を振るう。眼下には鴉天狗の影、襲撃するも翻弄するも自由に出来る、白狼天狗から見て圧倒的な立場にいる存在。
 けれども、殺し合いでなければ、勝機はある。
「参る!」
 宣告とほぼ同時、太刀の先から、無数の白弾が迸る。
 わずかな隙間すらない弾幕が、最速を誇る天狗の前に押し寄せる。鴉天狗――射命丸文はぴたりと停止し、正々堂々と、正面から白狼天狗の弾幕を迎え撃つ。
「白、白狼天狗の白、か。確かに、尾っぽが生えているようにも見えるわね」
 皮肉る。
 文は、巨大な白弾の群れと、その境目を縫うように忍び寄る微細な白弾の波に、みずからの身体を躍らせる。
 その姿は、滝の上に陣取っている観客の目には見えないかもしれない。あたかも白弾のわずかな隙間を縫い、空中で着物を織るような優雅な所作にも見て取れた。
 だが、白狼天狗――犬走椛の姿もまた、無数の白弾に隠れて見えない。天狗は天狗の存在を認識出来ているのか、傍目には窺い知ることも出来なかった。
 一見、膠着しているように見える事態にも、変化は起こる。
「――――はあぁッ!」
 剣戟だ。
 残光一閃、渾身の力を込めて振り下ろされた刃は、文の下駄に弾き落とされた。
 刃が下に落ちているのを見計らい、文が空いた足を椛の即頭部に叩き付ける。だが、紅葉の文様が刻まれた楯が文の蹴撃を寸でのところで遮る。落ちていた刃が返され、椛の太刀が文の鼻筋を掠める。
 白弾が、椛の剣閃に負け、真っ二つに割れる。
 わあ、と歓声が沸いた。
「よっ、と」
 文はすかさず体勢を立て直し、なおも突撃する椛を牽制すべく弾幕を放つ。シロツメクサの花輪にも似た弾幕が椛を襲う。が、椛は怯まずに前進する。果敢、というよりは無謀に等しい突貫に、文は狼狽した。
「わ、ちょっと!」
「問答無用!」
 避け切れない分は楯で弾き、元々薄い生地を更に削りながら、狼が鴉に肉薄する。
 鬼気迫る――というには緊張感に欠け、けれども優美であり絢爛な戦いである。文も椛もその辺りを熟知しているから、まかり間違っても大事に至らしめることはない。
 それと、本気であるかどうかはまた別の話で。
「――――しゅッ!」
 椛の突きが、文の喉もとに迫る。
 しかし、一手、一歩足りない。伸び切った腕はこれ以上文を追撃することは叶わず、文は既に弾幕を発する用意がある。文が勝利を確信して笑う。いつか、勝ちを先んじて笑うのは敗者の癖だと説いたのは誰だったろう。椛は唐突にその台詞を思い出していた。
 椛の手には太刀がある。刃がある。
 だから、既に詰みは終わっている。
「王手」
 ただ一言のみを告げ、椛は太刀の先端から白弾を現出させる。
 文が慌しく弾幕を放つが、手は剣より短い。得物を携えた方が確実に近い。
 たったひとつ、その差だ。
「――――はあぁッ!」
 放つ。
 スペルカードという気の利いたものはない。だが全力で弾を撃ち、力の限り立ち向かうことは出来る。射命丸文は無数の白弾に飲み込まれ、抵抗する術も持たず、先程駆け上ってきた滝の中に落水する。それを見届けて、椛は残心の構えを解く。
 吐息が漏れ、束の間の喝采が溢れる。柄にも無くその声に応えようとして、刹那、水飛沫が上がったばかりの滝を見据える。
「……いや」
 否。
 落ちていない。
 射命丸文は、滝には落ちていない。
 白弾は滝にぶつかって弾けたけれど、射命丸文ほどの大きな物体が落ちた水飛沫はなかった。
 では、彼女は何処に――――。

「……やられた」

 歯噛みする。犬歯が舌に食い込んで、痛い。
 椛も、文の喉もとで弾を放ち、その弾に文が当たるのを見た。
 だが、今一度、思い出してみると。
 あれは、本当に当たっていたのか。
 当たる直前に文が身を翻し、完膚なきまでに椛を翻弄したと考えることは。
 椛も気付いている。それが正解であると。だが認めることは敗北を意味する。一度は勝利を確信した、それは裏を返せば椛にも油断があったということ。まだ、甘い。詰めが甘いくせに、王手などとは片腹痛い。椛は、背中に感じている天狗の息吹に、己の不甲斐なさを垣間見た。
 眼下には、有象無象の群集がやいのやいのと歓声を上げている様子が窺える。
 第何回か知れないが、天狗と天狗の演習は、暇な妖怪や妖精を集められるくらいの見世物になっていた。天狗もそれを利用して山の発展に努めようとしている――ようにはあまり見えないけれど、ともあれ今日も大盛況のようであった。
 椛は、己の背後にいる天狗に言う。
「射命丸様」
「良い動きだったわ。研鑽を重ねているようで何より」
「ありがたいお言葉……、では御座いますが、やはり、そう易々とは手が届かないものですね」
 嘆息する。気疲れの見える椛の肩をやんわりと揉みしだき、文は皮肉まじりに質問する。
「届くと思った?」
「あわよくば」
 冗談まじりに言葉を返し、文も油断無く笑う。
 そしてその笑みが急に冷めたものに変わると、肩を掴む力が一気に増す。骨が砕けそうなくらいギリギリと握り締められ、椛の表情も一変する。振り向こうにも、文がどれほど意地悪ないじめっこの笑みを浮かべているかと思うと、あまりの恐ろしさに確認することも出来ないのだった。
「常に本気であるのは素晴らしいことだけど、まあ、相応の見せしめが無いと、調子付く輩がいるかもしれないからね?」
 まずい。
 いろいろ鬱憤が溜まっているのか、都合の良い玩具にされそうな流れである。逃げようとしても文の握力は意外に強く、ましてや超近距離の弾幕を避ける速度の持ち主ならば、何処をどう逃げたところで必ず捕まるに違いない。また逃走分の利子が積み重ねられることを考えると、此処は甘んじて受け入れることが肝要なのであると決断せざるを得なかった。
 ごくん、と大量の唾を飲み込む。不思議と、喉越しは冷たかった。
「……さあ」
「ひッ……」
 それでも、悲鳴は漏れた。
 ……怖いんだよなあ、このひと。

「まずは滝から落ちてみましょうかあー!」
「いやあぁぁー!」

 ざぶーん、と景気のよい音が聞こえて数秒、ようやっと、勝者を祝う拍手が響き始めた。

 

 

 

 



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2007年9月1日 藤村流

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