rebirth

 

 

 

 細長い箱の中にうずくまっている限り、私は安全だった。
 過度に文明化した社会は失われたものを科学の技術で完全に再現する。いまやその実物を見ることも容易にできない筍は合成で――バイオテクノロジーの発展は竹の組織から本物に酷似した偽物を作り出すことに成功したが、遥か彼方から大地に根を下ろしていた天然の筍を見ることは、今の私たちには難しい。
 外壁を打ち付ける空気の抵抗は自然の風によるものではなく、高速で地下を走行しているが故に起こり得る轟音で、窓に映る富士山も歌川広重の絵画をモチーフにしたものだ。
「……はぁ」
 俯く。
 偽物ばかりだ――と世を憂うことは容易いけれども、真作であれ贋作であれ、それらが私たちにとって心を打ち血となり肉となるのなら、肉眼で確認できない真偽を計って愚痴を言うのは時間の無駄だ。筍も卵も苺も、合成であれ養殖であれ遺伝子組み換え食品であれとにもかくにも美味しいのだ。
 だが、人間が本物を模して作り上げた偽物が、これから後の人間には紛れもない本物として映るかもしれない。その危惧は常にある。失われたものの数だけ、嘘は積み重ねられる。
 私たちは贖罪を迫られている。そう、勝手に思い込んでいるだけなのだとしても、そうすることで赦されようとしているのだ。
 行き過ぎた文明が破壊してしまった何かを取り戻すための技術と、精神的な何かを養うために発展する文明、そして物質的な神秘を求めるための科学――ひとつはバイオテクノロジーであり、ひとつは結界の境目を保護・研究する意志、そしてひとつは民間の月面旅行。
 様々な思惑が各々の方向に綱引きをして、最終的に全ての段階をひとつ上に引き上げようとしている。
 実際、人口や出生率が緩やかに減少しているのはその結果とも言えるのだけれど。
 今、私たちがよりよい方向に進んでいるかは分からない。
 選択肢は無限にあったはずで、その限りない選択肢を無造作に選んできた結果が今だ。そして現実はまだまだ先に進み、友人が言うような「夢」を現実に変えることもできる。そんな未来を描くことができるなら――夢追い人が幻想にならない限り、私たちはまだ先に進めるのかもしれない。
 選択肢はあとどれくらいあるだろう。
 先細りの未来は確かに刺激的だけれど、そのぶん簡単に折れてしまう。失われたものを蘇らせることで、まだ見ぬ神秘を解き明かすことで、世界の芯を太くすることができるだろうか。
 分からない。
 それが分かるのは、まだ少し先のことだ。
 だが――。
「メリー」
 蓮子が、俯いた私の肩を叩く。
 顔を上げることもままならない私の背中を、蓮子は優しく撫でる。
 あと、どれくらいの猶予があるのだろう。
 選択肢はどれくらいあったのだろう。
 今となっては、悔やむことしかできないのだけれど。

「……吐く?」

 私は、こくこくと頷き、車内のトイレに駆け出して行った。
 失敗した。
 朝に食べたおにぎりの中身か、遅刻した蓮子に付き合わされて駆け抜けた改札口か、その後に飲んだ得体の知れない飲み物か。
 原因を探しても時間が逆行することはないのだからもはや考える意味もなく、あるいは擬似的な風景でさえ乗り物酔いを起こす一因になり得ることを褒めるべきなのかもしれない。
 どうせなら、酔いが回らなくなるような構造にしてくれたらよかったのに。
 だが――。
 この生理現象が真である限り、私たちはまだ、終わってはいないのだと信じたい。
 口を押さえて、通り過ぎる東海道五十三次を涙ながらに逆走する。

 ……あぁ、気持ちわるい。

 

 

 



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2006年10月27日 藤村流

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