『 告知 』
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○ 妖怪の山 哨戒警備担当・犬走椛の愛称募集中!
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※ 募集は締め切りました!
多数のご応募、ありがとうございます!
選考の結果、犬走椛の愛称は「もみちん」に決定致しました!
是非、お気軽にお呼びください!
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・ 最終選考 「もみもみ」「わんこ」「ハスキー」
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責任編集:射命丸文
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もみちん 2
滝の飛沫が、朝日に照らされて、酷く眩しい。眩しすぎるくらいだ。
椛は切り立った岩の上に立ち、抜き身の太刀を手に、眼下に渦巻く滝壺を覗き込んでいる。
「せんぱーい!」
可愛らしい、やや甲高い声に、椛は気だるげな頭を持ち上げる。
疲れる理由は解っている。この疲労を癒す術はあるが、その根本を取り除く術は解らない。ただ、顔面にこびりついている疲れを後輩に見せびらかすのも忍びないから、とりあえずは無理にでも格好を付けた表情に切り替えてみる。
振り返れば、今日も元気に白い耳を立てた、後輩白狼天狗の姿がある。
「あぁ、シロ」
ぞんざいに付けた名前のようにも思えるが、これが彼女の生来の名前なのだから仕方がないし、何より彼女がそう呼ばれることを喜んでいるのだ。狼は古来から人の良き友であり、シロも昔は人によく可愛がられていたという。それが今は立派に妖怪の山を守る天狗になっているのだから、巡り合わせというものは本当に面白い。
シロはぱたぱたとふさふさした尻尾を振りながら、椛より一段低い背をめいっぱい伸ばして、先輩に向けて清廉な挨拶を送る。
「おはようございます、先輩!」
「うん、おはよう」
なるたけ、良い顔で出迎える。が、ほぼ毎日顔を突き合わせているせいか、多少の変化くらいは読み取れてしまうものらしい。シロはいくぶんか訝しげに小さく唇を開き、つぶらな瞳でじっと椛の表情を窺っていた。
椛も、恥ずかしながら自分のことをわりかし真面目な性質だと踏んでいるが、それでも純朴さについてはシロに遠く及ばない。その瞳の煌めきたるや陽光に照らし出された翡翠の彩りに負けず劣らず、若いのだといえば簡単だろうが、そんな安易な言葉では塗り潰せないほどの純白さが、シロの中にはある。
で、あるからして。
「せんぱい、何かあったんですか……?」
「え、いや、別に」
いかん。これだと明らかに何かありましたと言っているようなものだ。だが平静を装わねばと思えば思うほど言葉は詰まり、目は泳ぎ、意味のない身振り手振りが増える始末。
じぃ、と見つめてくるシロの瞳も徐々に険しくなり、隠し事をしている子どもを窘める親のような目つきに変わっていく。普段なら椛の言うことに逆らうことはまずないシロも、このときばかりは強気に攻める。それも椛を心配してこその行為だから、椛もあまり邪険には出来ないのだった。
やむを得ない。
「……えぇと、その」
「じー……」
こうして見ると、散歩に連れていってくれとかエサをくれとか無言の圧力を掛けている飼い犬みたいである。あながち間違っちゃいないのかもしれないな、と無謹慎なことを考えていると、だいぶ気持ちが安らいだ。
「……あなた、集会所の掲示板は見た?」
告白する。
椛の言葉を聞いたシロは、ピンと立っていた犬耳を更にピンと張り詰めさせ、一回だけ静かに頷いた。何故かは解らないが、頬がやや赤く染まっているのは照れているからなのだろうか。
でもなんで照れるんだ。
「そう……なら、私がどうして悩んでいるのか、解ってくれると思いたいんだけど」
試すような口振りになってしまい、慌てて取り繕おうとしたものの、それよりも先にシロが答えを述べていた。
「……愛称が、気に入っていないんですか?」
「正解」
力なく、気休め程度の拍手を送る。シロもあまり嬉しくなさそうだ。
「というか、愛称そのものを募集した記憶がないんだけどね……」
はぁ、と溜息をつく。後輩を不安がらせるのも忍びないが、出てくるものはしょうがない。シロも解ってくれるだろう、とささやかな期待を込めて彼女の方を向くと、彼女はどこか寂しそうに俯いていた。
何か変だと思い、声を掛けようとして、やはりシロに先んじられる。間が悪い。
「か、かわいいと思います」
「……え。何が」
話が飛んだ気がする。
三秒ほど考えてようやく、新しく決まった愛称のことだと気付く。が。
「……かわいいかなぁ……」
悩む。苦悩する。
だって、もみちんだぞもみちん。
どうあっても、連呼することの許されない名だ。ありとあらゆる意味で危険すぎる。
「その、も、もみ、もみ、ち」
「いや無理に言わなくていいから」
聞いてるこっちが恥ずかしい。
そんなに赤くなるんなら、口にしなくてもいいものを。というかその名を可愛いと思っているのなら、もう少し自信を持って発言してもらいたいものだ。
「も、もみちん!」
言っちゃったよオイ。
あんまりそういう自信は持ってほしくなかった。
「……」
でも絶対に返事しません。そっぽを向きます。
そう固く心に誓い、瞳を逸らして佇んでいると。
「も、もみちん先輩!」
なんか合体した。
「……」
顔から火が出そうなくらい真っ赤になって、存在の形状が淫語に等しい言葉を連呼するシロを見るにつけ、射命丸を冠する鴉天狗に一泡吹かせてやりたいという欲望が沸々と湧いてくる椛であった。
「も、もっ、もみーっ!」
「わかった、わかったから、おちついて。頼むから」
あと、別に愛称を認めたわけじゃないから、そんなに嬉しそうな顔をしないように。
単に、私から反応があったのが嬉しいだけならいいんだけど。
「や、やっぱり、ちょっと恥ずかしいです……」
「ちょっとどころじゃなかった気もするけど」
「で、でも、そのうち慣れると思うんですよ」
「慣れることが必ずしも良いことだとは限らないからね」
ていうか絶対に良いことじゃねえと断言できる。
初々しいままのシロでいてほしいと切に願う椛であったが、幻想郷といえども激動の時代、変化を望まずとも変わらずにはいられまい。永遠にさえ思えた犬走椛という名前ですら、もみちんという刺激的な名称に容易く塗り替えられる。寒い時代だとは思わんか。
「もみちん……せんぱい」
何故そんなに哀愁を込める。
もしかしたら、シロは案外気に入っているのだろうか。あるいは、椛との距離を縮める良い機会だと思っているのか。先輩後輩の垣根はあるにせよ、椛はあまりそのあたりの距離感を意識したことはなかったのだが。シロからすれば、それこそ山頂と山麓くらいの隔たりがあるのかもしれない。
抜き放っていた太刀を鞘に収め、飛沫が舞い散る滝に背を向ける。慌てて、シロも椛の後ろをついてくる。もみちん先輩、もみちん先輩、と切なげに呼び続けるシロの声に引き止められ、飛び立ちかけた足を止める。
頭を掻こうか、髪を掻きあげようか、それとも腰に手を当てて大仰に嘆息するべきか。何にしても、シロを萎縮させてしまうことは確実だから、とりあえずまぶたの上を撫でる程度に留める。
「あーもう……それならいっそ、椛って呼んでくれた方が気が楽だわ。言いにくいなら、先輩って足してくれてもいいから」
シロはきょとんと目を丸くしている。
「も……もみ、じ?」
「そうそう」
よくできました、と適当に拍手する。照れるシロ。いずれにしても照れるのだから、それなら呼ばれても恥ずかしくない呼び方を推奨すべきだ。もみちんだなんて、言う方も言われる方も羞恥に頬を染めるような呼び名でなく。シロの方は若干慣れ始めていたみたいだが、もみちん。
シロは、小さく握った両手を胸の前に添えて、勇気を振り絞って椛の名を繰り返す。
「も、もみじ」
「うんうん」
よくできました、と今度はシロの頭を撫でる。
しかし尻尾の振り加減が尋常じゃない。そのうち千切れそうだ。
「も、もみ、もみ」
「もみちーん!」
うるせえ。
声の主は解っていたが、秘剣・犬走で撃墜してやろうかとかなり真剣に悩んだ。
だが伊達に幻想郷最速を自負していないだけのことはあり、椛が柄に手を伸ばす暇もあればこそ、射命丸文はスキンシップに忙しい椛とシロの間に割って入ってきた。
「おや、朝からお盛んですねぇ。もみちんちんは」
何故足した。
お盛んなのはそっちの方じゃないのか。主に頭が。
「あら。そちらにいらっしゃるのは、愛称提供者の方じゃないですか。このたびは、ご応募ありがとうございました」
文は仰々しくぺこりと頭を下げる。相変わらず、ネタ提供者には礼儀正しい。
「……あ、あぅ」
対するシロは、明らかにおろおろしていた。
椛と文の顔を交互に窺い、初めてもみちんと呼んだときのように顔を真っ赤にする。
「まさか、もみちんって……」
「あ、いえ、ちがいます! そうじゃないです!」
首が抜け落ちるくらいぶんぶんと首を振り、もみちん発案者が自分でないと主張する。椛はなお疑わしげにシロを睨み、シロの頭に乗せた手のひらに少しずつ握力を加える。
「わ、わぅ……」
「まあまあ、落ち着きなさい。そんなむきになって、もみちんとして恥ずかしくないの?」
「むしろその名前自体が恥ずかしいですよ」
「もみちんのどこが恥ずかしいんですか。もみちん」
「どこが恥ずかしくないのかいちいち説明するのも恥ずかしいです」
これが慣れてしまった者の末路か。シロを一瞥すると、どうやら彼女も漠然と理解しているようで、もみちんと連呼する文をどこか遠いものでも見るように眺めている。
「まあいいでしょう。そのうち慣れますから」
「慣れません」
若いな、みたいな顔をしないで頂きたい。
「それと、編集者には守秘義務があるもので、愛称の提供者を発表することはできないのですよ。残念でした」
「あんまり残念でもないですが」
「そんなこと言ってー」
ものすごい速さで額を突かれた。
笑っているわりに、手加減というものが感じられない。つまり、とても痛かった。
「名残惜しいところですが、私には用事がありますのでー」
さらばと言い残し、無駄に砂埃を撒き散らして飛び上がる鴉天狗。何しに来たのか全く解らなかったが、用事があるとか言いながらきっと暇だったのだろうと思うことにする。
椛はひとまず、新たに置き去りにされた問題に向き合うべく、一回り小さくなって俯いているシロに目を向けた。びくッ、と身を縮ませるシロを見、あまり威圧的に構えるのも良くないなと心を落ち着かせる。
深呼吸。
「シロ」
「わ、わん」
その反応はおかしい。
「別に怒ってないから、あなたがどんな愛称を応募したのか、正直に言いなさい」
「わ、わおーん……」
切ない遠吠えだった。
しかし、人の姿をしているときにわんわん言っても、何らかのプレイにしか見えないから困ったものだ。
やがて、シロがおもむろに口を開く。
「も……」
「も?」
「……もみっち」
結局照れるんじゃないか。
「も、もみっち先輩!」
足すな。
「も、もみっ、もっ!」
「わかった、わかったから、もみもみ連呼しないように」
興奮するシロを宥めるため、彼女の髪の毛を丹念に撫でる。そうしていると、次第にシロの気分も落ち着き、その代わりに尻尾が激しく揺れ始めた。どっちにしろ興奮してるんじゃなかろうかと思ったが、もみもみ連呼されるよりはいくぶんかマシだ。
「はぁ」
つまるところ、変な名前で呼ばれることは決定していたようだ。諦観の嘆息が漏れ、シロが申し訳なさそうに鳴く。
「せ、せんぱい」
「なに」
おずおずと椛を見上げるシロの瞳が、若干潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
とりあえず今は、そういうことにしておこう。
「さっきの約束、なんですけど」
「約束……?」
「あの、もみじって呼ばれた方がいいって」
「あぁ」
確か、そんなことも言っていたような。随分と昔のことのように思える。
「普段は、ちゃんと先輩って呼びますから」
言葉を区切り、思いを溜めるように、シロは唇を引き結ぶ。
頬を朱に染め、決意の火を灯した瞳で、力強く椛を射竦める。
「ふたりきりのときは、もみじって呼んでもいいですか……?」
時間が止まる。
シロの潤んだ瞳の中に、椛の白い髪の毛が映る。
いずれも純白の衣を纏った白狼天狗でありながら、その汚れなき純白はシロにこそ相応しい。
何もかも、このときのための伏線であるかのように感じられる。
シロの純粋さを受け止めきるには、椛はそれほど純真無垢でもないわけで。
これから始まる何某かの物語を、引き裂くのも折り綴るのも、椛の選択に全て掛かっているのであって。
「……えー」
それならいっそ、もみちんでいいよと。
何かも振りほどいて逃げ出したくなる衝動を抑え、椛はひとまず、こくりとひとつ頷いておいた。
シロの顔が喜びに染まり、椛の心は複雑に絡まる。
文に突かれた額がしくしくと疼き出し、途方に暮れながら患部を撫でた。
「わんっ!」
だから、その反応はおかしいんだってば。
もみちん
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