マエノメリー
「メリーのあだ名を考えたのよ」
「メリーっていうのがあだ名なんじゃないの」
「考えたのよ」
考えたらしい。
それは解ったから身を乗り出すのはやめてほしい。顔が近い。
「ごめん納豆食べてきたから口くさいかもしれないけど」
「謝るくらいなら寄ってこないでほしいんだけど」
「ごめんね」
引き下がるつもりはないらしい。口がくさいわよと言えば引き下がるかもしれないが、思ったより臭くはなかった。いやどちらかといえば臭くない方がマシだけれど。
仕方がないので、力ずくで蓮子を押しのける。
「あぁ、メリーの愛が痛い」
「私は蓮子の意味不明さが羨ましいわ」
「失礼ね、私の何処が意味不明なのか順を追って説明してもらいたいわ」
「十五分の遅刻」
「正確には十四分と五十九秒ね」
それはもう十五分でいいと思う。
今や指定席となってしまった椅子に座り、カフェテラスのテーブルに秘封倶楽部が揃う。とはいっても、総員二名の弱小クラブなのだけれど。
店員さんにカルアミルクを注文して、蓮子はわざとらしく咳払いをして話を始める。
「あだ名よ、あだ名。愛称、ニックネーム、その人物を端的に表し、親愛をもって言霊に繋ぎとめる魔法の言葉……うぅん、ぞくぞくするわね!」
「そうなの」
「そうなのよ」
あまり乗り気でないことは伝わらなかったようだ。残念。
仕方ないので、手元のダージリンを啜る。音を立てようが構うものか。ていうか熱ッ。
「そんなわけで、マエノメリーっていうのはどう」
「……嫌かなあ」
「なんで」
なんでと言われても。
不思議そうに身を乗り出す蓮子は確かに前のめりー。
恥ずかしすぎる。
「いや、明らかに五秒で考えたような適当な名前だし……」
「あだ名なんて大抵は五秒以内で考えるものじゃない。瞬発力が物を言う世界なのよ」
「やっぱり五秒で考えたのね」
「正確には二秒かな」
自慢げに言われても。
「……却下」
「えー、可愛いじゃないマエノメリー。面白いし」
「面白い必要なんてないわ。ていうかマエノメリーの中に既にメリーが入ってるじゃない、何その無駄なダジャレ要素」
「これでいつ転びそうになっても安心」
よっ! マエノメリー! とか言われるのだろうか。
恥ずかしすぎる。普通に転んだ方が百倍マシだ。
「……棄却」
「えー。全くもう、メリーは我がままなんだから」
「どっちが」
仏頂面を惜し気もなく晒している私を前に、流石の蓮子も引き下がらざるを得なくなった。そのまま押し黙るかと思いきや、五秒としないうちに代替案を持ちかけてくる。
「じゃあ、前のメリーならいい?」
「イントネーションを変えてもだめ。というか変える意味がよくわからない」
「後ろのメリーさんならちょっと怖いけど」
「あなたの後ろにいるの――っていう、有名な文句ね」
「そうそう」
にこやかに頷く蓮子、その背後に忍び寄るひとつの影。私はその影の形を見る。
直後、ぽんっ、と蓮子の肩が叩かれた。
「――ひゃぉー!?」
「お客様、ご注文のカルアミルクです」
「は、はい! すみませんすみませんごめんなさい」
「ごゆっくりどうぞ」
何事もなかったように去って行く店員さんもなかなかのものだが、心臓がばくばくいっているらしい乱れた蓮子を見るのもなかなか乙である。
胸を押さえてぜーはー言っている蓮子に、私は優しく語りかける。
「蓮子」
「は、はい」
「私、蓮子のあだ名考えたの。五秒で」
「そ、そうですか」
はふーっ、と胸を押さえながら呼吸を整える蓮子に、私はほのかな笑みを浮かべて言い放った。
「宇佐見だから、うさちゃん、ていうのはどう?」
「な、なるほど――とでも言うと思ったか!」
だめだった。
あんまり暴れるとグラス倒すから落ち着いて。
「ああー、あんまり暴れるとグラスがマエノメリー」
「やけにプッシュするわね……何、うさちゃんのツボにでも入ったの」
「うさちゃん禁止ね」
うわぁ、蓮子の顔がものすごく赤くなっている。
とりあえず携帯のカメラを構えたら叩き折られそうになった。本気だ。
「私のあだ名だけじゃ勿体ないから、蓮子のあだ名も何か決めましょうよ。蓮子のれの字を一文字変えてーとか」
「嫌がらせなら受けて立つけど」
「望むところだけど」
ふたり揃って立ち上がろうとしたら、膝をテーブルに強打してグラスがマエノメリー状態に陥ったため、急遽休戦協定を結ぶことになった。膝も痛いし。
さっきよりは冷めた紅茶を飲む。ふう。
「メリー、私たちは落ち着くべきだと思うの」
「特に蓮子が」
「それについては一考の余地ありだけども、そもそも何の話をしていたのか忘れた」
「もうカルアミルク飲めばいいんじゃない」
「うぅん、でも今カルアミルクって気分じゃないし」
「じゃあ何故頼んだ」
「かるぁみぅくー」
なんだ、もしかして可愛いって言ってほしいのか。
多分、言ったら言ったでものすごく赤面するんだろうけど。まさに蓮子。
「蓮子、もしかして酔ってるの?」
「あれ、何だかすごくバカにされてる気が」
「それは始めから気付いてほしかったけど……」
「お、やる気なの?」
立ち上がった蓮子は今度こそグラスを倒しました。
惨劇。
結局、一口もカルアミルクに口をつけなかったなぁ。本当に飲む気なかったのか。何とも報われないものである。
「とりあえず」
「蓮子も拭くの手伝って」
「今日の日記、『今夜のグラスはマエノメリー』ってタイトルにするわ」
「じゃあ私は『宇佐見蓮子のうさうさナイトフィーバー』にするから」
……どうしよう、蓮子の顔が亜熱帯。
SS
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2011年4月24日 藤村流 |
東方project二次創作小説 |