博麗最終枯渇宣言

 

 

 

「水不足です」
 霊夢は大仰に宣言した。
「はあ」
 博麗神社の境内に集められた人妖は八名、霊夢に選りすぐられたいずれ劣らぬ精鋭ばかりである。多分。
 左から、萃香、にとり、パチュリー、アリス、魔理沙、早苗、神奈子、諏訪子と続く。ラスト三名は、いつものように守矢の神々が足を踏んだ踏まないだので小競り合いを繰り広げているため、風祝がおろおろしながら仲裁に入っており、実際の戦力には加算されないものとする。
 そしてみな一様に「なんでこんなことしなきゃいけないんだろ」と言いたげな表情を浮かべ、炎天下の砂利の上に佇んでいる。
 ここで、霊夢から一言。
「助けてください」
 懇願である。
 何故だかマジ泣きしそうな気配がしたもので、魔理沙が咄嗟にフォローに入る。とはいえ、霊夢の口の中にヘビイチゴをぺしょぺしょ詰め込むことくらいしかできない。魔理沙は己の無力さを嘆き、霊夢はただヘビイチゴを咀嚼した。
 ぱそぱそする。
「むぐむぐ……」
「うまいか?」
「超まずい……」
 それでも何とか顔に生気が戻る。魔理沙を含め、一同は胸を撫で下ろした。
 わりと切羽詰まっているらしい彼女の瞳が見つめる先には、既に枯渇済みの井戸がある。釣瓶落としとして近頃存在が確認されたキスメが、出だし早々から目をぐるぐる回して井戸の縁にしがみついている。困窮度でいえば、彼女の方がよっぽど危うい。
「そんなわけですから」
「なんで敬語なの」
 萃香が素早く突っ込むが、早くも瞳が虚ろになっている霊夢は聞く耳を持たなかった。
「みんな、早いとこ私に水を恵んでくれればいいと思う」
「嫌だと言っ」
 たら、と言う前に、にとりの鍵におよそ十本の針が突き刺さる。
 その間、わずかにコンマ二秒!
「たらればを語るひとは嫌いだな……」
「ですよねー」
 一本一本、これを千本飲まされたら歩くハリセンボンと化してもおかしくはないほどのぶっとい針を抜きながら、にとりはしみじみと同意する。
「そもそも」
 若干、説教口調になりかけている霊夢が、針を抜き終えたにとりにゆらゆらと歩み寄る。
「オ……オプティカルカモフラージュ!」
 ふらふらと残像を生み出しながら接近する霊夢の体術はまさに、河童が作り上げる透過技術に匹敵する。人でありながらその高みに届かんとする霊夢ににとりは戦慄し、それでもやっぱりちょっと怖いからのびーるアームで距離を取ってみた。
 だが接近回避。
「ひゅいッ!?」
「あんたがとっとと水をざばーんと生み出してくれさえすれば、万事うまくいくのである」
「いたいいたいいたたたた」
「おい霊夢。そのへんにしといてあげな」
 霊夢のアイアンクローがにとりの額をがっちり捉える中、萃香がずいいっと前に出る。さすがは山の出身、同胞の危機を黙して見過ごすことはできないと見える。
「萃香も空気中の水分を萃めて私の井戸にざぶーんと収めてくれればいいと思う」
「おっ、あだだだだだ! 角! 角を捻るな! あぎゃぎゃぎゃ、これ折れるって! むしろ折れるから角なんだって! ほんとだって!」
 なんかだめっぽい。
「やれやれだぜ……」
 だが、阿鼻叫喚の渦中にあっても魔理沙は決して怯まず、異変解決時さながらのガチオーラを醸し出している霊夢に近付いていく。肩を竦める魔理沙の姿に、霊夢は剣呑な視線を送る。注意が逸れ、巫女の拘束が緩んだ隙に、にとりは両手のびーるアームで豪快に距離を取り、萃香は既に霧と化して消え失せていた。
 ちなみに、にとりはバックステップに勢いがつきすぎて階段落ちしました。
 二名脱落。
「結局、霊夢は私がいないと何も出来ないんだな」
「え、にとり無視?」
 幻想郷最後の良心、アリス・マーガトロイドが勇ましく指摘する。誰も聞いていなくても気にしない。その隣のパチュリーは喘息の発作に忙しい。
 遠く聞こえる悲鳴と咳音を背景に、魔理沙はパチュリーの背中を擦りながら彼女を前に押し出す。
「うぇっほうぇっほ……」
「早くも脱落しそうなんだけど」
「まあよく聞け」
「ふがふふがふ」
 あんまりよく聞こえない。
「このパチュリーさんはだな、なんと七曜の力を自在に使いこなせる人材なのだ!」
「それでそれで」
「あふぅ……全く、喘息持ちを砂煙立ち込める境内に連れ出すなんて、殺人にも等しい暴挙だわ……げほっ、かはっ!」
「プリンセスウンディネに不可能はない!」
「神社がぶっ壊れるじゃないの」
「帰る……」
「あ、送って行くわ。なんだか顔色がスカイブルーで心配だし」
 常時、体をくの字に折り曲げているパチュリーに介護欲をそそられたのか、アリスがパチュリーの送迎を希望する。パチュリーもぜえぜえ言いながらその申し出を受け入れた。
「悪いわね……エレメンタルハーベスターの破片をあげるわ……」
「なんで破片……いや今取り出さなくていいから。ていうか血痕……」
「じゃあジェリーフィッシュプリンセスでいいよもう。霊夢は贅沢だなー」
「同じじゃん、ていうかあんたは何もしてなくない?」
「そそんなことはないのだぜ」
 口調がぎこちない。
 霊夢としては誰に助けてもらっても一向に構わないのだが、気が付けば呼び寄せた精鋭の数も随分と減っている。何故だろう。
 守矢神社の面々は、手っ取り早く雨を降らせてくれるから頼りになると思っていたのだが。ケンカするほど仲が良いにも程があるというか、こいつらお互いにほっぺた抓り合って大人げがなさすぎるんじゃないのか。子どもか。
 早苗が泣くぞ。
「ああもう……のどかわいた……」
「そうだな。暑いな」
「あんたはなんでそんなに平然としてるの……釣瓶落としもそろそろ干からびる頃よ……」
 キスメ蒸発の危機。
 これはいかんと魔理沙は咄嗟に永江衣玖の件のポーズを真似てみたが、特に何も起こらなかった。
 びしッと決まっているところを見るに、以前から練習していた可能性が高い。
 こういうときに限って、守矢軍団も魔理沙を注目しているから困る。
 しかし魔理沙は不敵に微笑む。
「……ふっ」
「恥ずかしい恥ずかしくない以前に、もし成功しても雷が命中しちゃうだけだから逆効果なんだけど」
「焼き釣瓶落とし……なんて、新しいとは思わないか?」
「いいからそのポーズ解きなさい」
 渋々、魔理沙は天に突き立てた指を下ろす。
 気に入ってたのかそれ。
「おお、釣瓶落としが何処かへ旅立とうとしている」
「涅槃?」
「甘いな。こっちの水くらい甘いぜ、霊夢」
「こっちってどっち」
「あっちかなー」
「あっちか……遠いわね……」
 霊夢には何が見えているのだろう。
「いいか、水を求める生き物ってのは、本能的に水の在り処を知っているんだ。だから、あいつについていけば、おそらくは……」
「なるほどね! さすがは魔理沙、頼りになるわ!」
「お礼は有り金ぜんぶな」
「頼りになるわ!」
 繰り返した。
 その瞳に込められた意志の強さに、魔理沙も「おお」と言うほかなかった。
 霊夢はよろよろとふらつきながらも、これまたふらふらと旅立つ桶キスメの後に続く。頼りない水鳥たちの行進は見るに耐えないものだったが、魔理沙はただ合掌をして彼女たちの行く末を見守った。
 正直なところ、枯れているのは博麗神社の井戸だけだから、魔理沙を含め召集された面々は別に何も困っちゃいないのである。
 だからこそ、守矢一味もまた安穏と喧騒を貪ることができるのだ。八坂の神風も唸りを上げる。
 しかし何故、ここの井戸だけが枯渇の憂き目に遭ったのか――。
 その答えはきっと、キスメが行き着く先に待っていることだろう。
「さて、行くか」
 己を鼓舞するように、魔理沙は呟き、振り仰ぐように箒に跨る。
 空に架けられた無数の弾幕は、真実を求める魔法使いを讃えるかのように激しく、憐れむかのように切なく、瞬いては消えていく。

 

 

 

 ザ・有頂天。
「あ、やっと来たわ! なんだかもう私なんか初めからいないもんだとばかりに日常生活をエンジョイしてくれちゃってるから、あんまりにも悔しくて、思わず地下水が汲み上がるところの地盤をやわらかーくしたらうまい具合に井戸が枯れたみたいね! さあ、異変の首謀者はこの私よ! 存分に憂さを晴らすがいいわ!」
「……いち、に……さん、し」
「あれ、来ないの?」
「……ちょっと待って。いま力溜めてるから」
「ふふ、いいわよ、それくらいじゃないと張り合いがないから。なにせ、こっちもあんたたちと戯れる機会がなかったから、すっごく鬱憤が溜まってるのよねー。うふふふ」
「……なな……はち……」
「ねー、まだなのー?」
「おぃーっす、天子は居るー……かー……あ、ごめん、空気が読めなかった、帰るわ」
「え、もう帰っちゃうの? あんたも遊んでいけばいいのにー」
「うん、まあ、また今度な、あと、ちゃんと前見た方がいいと思うぞ、私は帰るけど」
「ちぇ、小心者ねー。いいわよ、土産話持って遊びに行くんだから。……ああそれと、前がどうかした、って――――」
「十」

 

 

 

 幻想郷は今日も平和でス。

 

 

 

 



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2008年11月5日 藤村流

 



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