らめえ

 

 

 

 全国の杉を品種改良して、アレルギー反応を起こさない花粉を作る杉が立派に成長する頃には、きっと別の花粉が猛威を揮っているのだろう。花粉症産業も衰退する。ままならないものだと嘆いてみても鼻は詰まるし、ごはんを食べても味を感じない。滅びてしまえと呪う心は忌々しく、降り注ぐ花粉は黄砂のように浴びる者の心を曇らせる。
 あー苦しい。
「お疲れ!」
 蓮子が現れた。
 というかここ私の部屋なんですけど。
 鍵掛けてたはずなのに、なんで苦もなく入ってくるかなあ。捕まるぞ。
「全く、メリーと来たら、ぶぇっくしょい!」
「ああ、汚い……」
 なんとなく予期していたので、私はお茶碗を持ったままテーブルから離脱した。
 一方蓮子は、うあー、とか言いながらベッドに寝転がる。何しに来たんだ。
「メリーと来たら……の続きが気になるんだけど……」
「いや、なんとなく言いがかりを付けたかっただけ」
 なるほど。蓮子らしい。
 私は味覚の殺された食事に戻った。
 栄養を摂るためだけの行為は、あんまり楽しいとも思えない。見た目とか、食感とか、感じるべきところはたくさんあるのだけど。
 この常軌を逸するくらい長い大学の休暇を活かすには、まず体調を万全にする必要がある。くしゃみが止まらない蓮子、鼻が詰まっている私ことマエリベリー・ハーン、この両名が花粉症に苦しめられているというのに、血気盛んに外出している余裕などない。死ぬ。
 だから先程のように花粉症を打開する術を模索していたのだが、あまりに時間が掛かりすぎる。けれども自然に対するというのは呆れるくらい膨大な時間が必要とされる。そもそも自然に立ち向かうことそのものが無謀なのだ。勝っても負けてもきっとろくなことにはならない。しかし、向かい合わなければならない時は必ず来る。それが今なのだ、と高らかに叫ぶ気にはなれないけれど、世界を取り巻く大きな流れの中には、私たちも浮かんでいる。巻き込まれている。無視はできない。どうあっても。
 ああ、なんて、息苦しいんだろう。
 泣けてくる。
「かゆ……」
「うぇっくしゅ!」
 ところでこやつはひとのベッドで何をしてくれてんの。
「……んあー」
「蓮子。鼻洗浄の薬あげるから、帰りなさい」
「なんでよ。出なきゃいけないじゃない。外に。嫌よ。そんなの」
 ずるずる鼻水を啜りながら、赤い目で抗議する。
「じゃあ、なんで私の部屋に来たのよ。結構な距離よ」
「だって、ほら。ひとりだと、寂しいじゃない。孤独死しそう。孤独の海……いや、鼻水の海に溺れる!」
「言ってやったぜみたいな顔しなくていいから」
 ちなみに、二人とも鼻が詰まってるから結構ぼそぼそ喋っている。聞き取りにくい部分は意訳で。
「でも、なんのかんので、絶滅しないわよね。スギ」
 ベッドに寝そべり、両方の鼻の穴にティッシュを詰めたまま、蓮子がふがふがと言う。無防備すぎる。撮ったろか。
「そう絶滅するものでもないんじゃない。これだけ花粉ばらまいてれば」
「人間も、そうした方が、絶滅しないで済むかも、ねー」
 脳が膿んでいるのか、さりげなく爆弾発言を放つ。
 解釈と反応に困っていても、蓮子は構わず続けてくれる。
「あれよね、キスするだけで妊娠しちゃう! みたいな」
「……するの?」
「想像妊娠は、しそう」
 するのか。
 ていうか何この会話。
「もう、こうなったら、メリーの部屋、泊まる」
「手ぶらじゃないの」
「お泊まりセットなら、既に、メリーの部屋に常備しているのです」
「お泊まりセット言うな。ちなみにそれは処分しましたよ」
 蓮子は狼狽した。
「な、なんで!」
「いや、明らかにサイズの合わないブラがあったから……」
「ひ、ひどい! 人権侵害よ! う、う、うえっくしょい!」
 すぽーんと勢いよくティッシュが抜ける。両方。
「ああもう……」
 収拾がつかなくなってきた。
 今更だけど。
「う、ううぅ……」
「ほら、ティッシュ」
「あんがと……」
 ふがふがとティッシュを詰め直す蓮子、吹き飛ばされたティッシュを甲斐甲斐しくゴミ箱に移送する私。介護してる気分だ。あながち間違いでもないから困る。
「でも、メリーは、明らかにサイズの合わない下着を、私に着けろ、と?」
「なんで着るの前提なの」
「着けるな、と?」
「そうは言ってない」
「でも、しばらく厄介になるから、着けてなくても、別にいいかなー、とか」
「よくない」
 蓮子はどこまで横着する気なのだろう。いっぺん頭の中を洗った方が良いんじゃなかろうか。膿んでそうだし、お互い。
 にへへーとにやけた顔を私愛用の枕に押し付け、鼻にティッシュ詰めてたのを忘れていたのか、鼻の奥深くティッシュが食い込んで死にそうになっていた。かなり頭が悪い。いつもの蓮子じゃ考えられないことだ、と思ったが、案外そうでもない気がしてきた。言われ放題だね蓮子。言ってるの私だけど。
 現実に復帰したらしい蓮子は、ボーリングしているティッシュはそのままに、至極真面目な表情で私に向き直った。
「駄目だわ……きっと、ここままじゃ駄目になる……」
「よくわかってるじゃない」
「だから、せめて、食費はメリーの口座に」
「いつまで居座る気なの」
「あ、光熱費は別で……」
「払わないんだ……」
「あと、下着代もメリー持ちで……」
「なんでよ」
 断固として抗議すると、蓮子は何故か真っ赤になって反論した。
「ば、ばか! そんなこともわからないの!? これだから、これだからメリーはっ、くちょん!」
 意外に可愛いくしゃみだった。
 ごはんはもうとっくの昔に冷めてしまっていたが、一応、蓮子の口撃は回避しておいた。
「……んあー」
 ちなみに、ティッシュは飛びませんでした。食い込んでたからだね。
 ごはん温めなおしたい。
「わかった」
 蓮子は宣言する。
「何が」
 問う。
 すると、蓮子は何故か頬を朱に染め、口元を指の腹で隠し、なんとなく足を斜めに崩し、そこはかとなく手櫛で髪を梳き、ほんのすこし乱れさせてから、言った。

 

 

「……揉んで大きくする」
「……揉めるほどないんじゃ」

 

 

 

 



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2008年3月17日 藤村流

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