東方かちかち山

 

 

 

 穣子はたまに思うのである。
 この役、私でなくてもよくね?
「穣子ー、笑顔笑顔ー」
 外野から飛んでくるのは他人事としか思えない姉の激励。思わず鼻も鳴るというものだ。
 そこに割り込んでくるウサ耳の影。

「全く、最近の新人は態度が悪いな。気に入らない役どころなら手を抜くってか? ハッ、それでよくメシが食えるもんだぜ」
「……いや、新人も何もズブの素人だし……」
 主役の魔理沙が、どこかのパブから拝借してきたようなバニーの格好のまま偉そうに説教してくる。穣子は思うのだが、そういうのは多少なりとも出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる女じゃないと、いろいろ問題がある気がする。なんていうか、引っ掛かり的に。
 ほら胸のあたりがズリ落ちそうじゃん。
「ていうか、どっかの竹林にいる兎連中に依頼すればよかったんじゃ……あいつらガチ兎だし……」
「ば、ばかやろう! 本物の兎に兎の役やらして何が面白いんだよ!」
 ぽろり落ちしそうな胸を押さえながら咆哮する魔理沙は必死である。
 言わんこっちゃない。
「少なくとも、いきなり胸がずり落ちて児童ポルノ発禁てな事態になるよりはいいと思うんだよね……」
「うるせえ! ちょっとぐらいはあるわ!」
 何がだ。
 ていうか手を離すな落ちるから。
「はあ……先が思いやられる……」
 ちなみに、穣子は満場一致でたぬきを演じることになっている。かなり抵抗したが、最終的に妥協した。
 あと、物陰から口惜しそうにこちらを睨んでいるヤマメのような土蜘蛛をなんとかしてもらいたい。たぬき役欲しいんならあげるから。
 って言っても、勝者の施しなんて要らないわ! 妬ましい! とかなんとかプラスパルスィで罵られること請け合いだから、穣子としても目の周りを墨で丸く縁取りされる特殊メイクを施されるよりほかないのであった。
 てか、これただの落書きだろ。正月の羽根突きで負けたときに○×描くアレ。
「はい、笑顔笑顔ー」
「無理じゃ」
 元はといえば、目の前の上白沢が調子に乗ってもう一回みんなの前で演劇をやってほしいだなんて言うから、騒ぎを聞きつけた霧雨とか博麗とかいろいろ動いちゃってもう大変なことになってしまったのだ。
 ちなみに、霊夢はおばあちゃん役です。
 案外似合ってるみたい。即退場する役だけど。
「じゃ、リハーサル行きまーす!」
 監督の射命丸文が、木製のメガホンを掲げて高らかに叫ぶ。
 年齢的にもちょうどR-15指定の魔理沙が、胸に何か詰め物をしているのを横目に、穣子は陰鬱にぽんぽこぽんぽこ言いながら控え室を後にした。
「妬ましいわ!」
 アンタもう帰れ。

 

 今回撮影するのは、たぬきが薪を担いで山を登っていくシーンである。薪に火を付けるという幻想郷的消防法にも抵触しかねない危険極まりない場面であるため、袖には河童の河城にとりがホースを持参して待機している。笛の音ひとつでいつでもどこでもポロロッカ。これは安心である。ただし加減を間違えると溺死する。
「不安だ……」
「ま、新人には荷が重いだろうが、いざとなったら私がフォローしてやるからな!」
 どむッ、と不自然に膨らんだ胸を叩き、淫乱バニーの霧雨魔理沙が誇らしげに語る。
 ああ、なんか詰めたな。綿とか。
 水に濡れたら脱脂綿になるぞ。
「では、行きまーす!」
 3、2、1、あキュー!
 なんか混ざった。
「やあ、たぬきさんじゃないかい」
 無駄なハプニングも気に留めず演技を進める魔理沙に、彼女の役者魂を垣間見る。ほんとに真面目にやってるのか怪しかったのが、さすがみずから主役に名乗りを上げるだけあって、演劇に対する心意気は一角ならぬものがある。
 胸を除いては。
 だから誇示するな胸を。ていうか詰め物だろそれ。恥ずかしくないんか。
「あぁ、うさぎさんかい。どうしたんだ、こんなところで」
「実はね、薪が重くて運べないんだ。今、休憩しているところだよ」
「ふうん。そいつは難儀なことだ」
 自然に演技をしている自分に、なんか腹が立ってくる。
 あと無駄にぽんぽこぽんぽこBGMを奏でなくてよろしい。太鼓だかティンパニーだか知らんけども。
 ょー、ぽん!
 鼓は違うと思う。
「よかったら、ちょっと担いでいってくれやしないか。お礼は弾むよ」
「……しょうがないねぇ。すこしだけだよ」
 欲に目が眩むたぬきを演出しながら、よっこらせと薪を担ぐ。うお重い。ネタなんだからちょっとは加減しろよと思う。量もガッツリあるし、大道具ちょっとは考えろ。香霖堂、これを期に要らないゴミを処分するつもりじゃなかろうな。燃えるのが他人だからって、全く無茶をしてくれる。やれやれだ。
「かっちかちー」
 はええよ。
「タンマ」
「たんたんたぬきのきんた」
「そういう意味じゃなくて。つか放送枠考えろ。監督、カット、カット要求」
「んー……、アドリブ大歓迎!」
 もう駄目だこいつら。
 とりあえず、嬉々としてミニ八卦炉をカチカチ打ち鳴らしていた自称普通の魔法使いの胸倉を掴む。てか胸倉にあたる部分がごっそり綿なので、最終的に綿を剥ぐ結果になりました。
 大惨事。
 なんかぬいぐるみの臓物がブチまけられたみたいです。えぐい。ぐろい。
「汚されちゃった……わたし、汚されちゃったよぉ……くすんくすん」
「キャラ考えろ」
「なんだと芋」
 芋とはなんだ芋とは。芋は秋の香水だぞ。焼いたりふかしたりすると最高なんだぞ。
「てか、防火処理も済ませてないのにいきなりカッチカチはないでしょうよ。死ぬわよ。他の誰でもない私が死ぬわよ」
「うん」
 頷きやがった。
「じゃあ、テイク2!」
「待てや」
「3、2、1、阿求!」
 だめだ話が通じねえ。
 しかもはっきり阿求って言ったし。
「ああもう……」
 薪を担いだまま、とりあえず薪が燃えたらすぐに離脱する方針で行く。場合によっては魔理沙を芋責めにするのも辞さない構えだ。
 芋を笑うものは芋に泣く。
 そして思い知るがいい、陰鬱なる冬に蓄えられし秋の力を。
「フフフ……」
「おお、燃えた燃えた」
 おい展開が速すぎるぞ。
「ぎゃー! 既に服に引火してるとかー!」
「おー、いい感じに芋が焼けとる」
「んなこと言ってる場合かー! それに今はたぬきじゃボケー!」
「まあどっちでもいいじゃないか。食べられるんだし」
 やな末路だ。
 あ、畜生、ほんとに熱いんですけど、洒落にならんよコレ。やべ。
「うあー! うあー!」
「か、監督! うちの妹を、うちの妹を助けて!」
 静葉の予想を超えた腕力に首ががくんがくん揺さぶれる文だったが、そんな事態にも全く動じない彼女はまさにアイアンハートの鴉天狗。
「よし、解りました! こういうときのために、河童! スタンバイよろしく!」
「あいあいさー!」
 照準よし。出力よし。
 引き金を引くのは何故か総監督の射命丸文だったが、そんなことは誰も全く気にも留めずに、愛と哀しみのウルトラ流水は、河城にとり特製ハイパービッグうつほキャノン(ホース代行)から放たれ、素晴らしく豪快な軌道を描きながら、燃え盛る秋穣子を飲み込んでいった。
 ……もう好きにしてくれ。

 

 

 

教訓。
胸がぺったんこなひとはバニーさんの格好しちゃだめだよ!
鈴仙との約束だ!

 

 

 

 



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2009年1月1日 藤村流

 



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