稗田の手記
2nd Season

 

 

○月X日 くもり

 

 

 お久しぶりです。稗田阿求です。
 先日、うちに森近霖之助を名乗る方がいらっしゃいまして、丁重にご挨拶したらなんとなく頭を撫でられそうになりましたので、小動物のように牽制したら手を引っ込めました。
 若干、媚びを売っているところがみそです。
 一応、稗田家も長いですからね。無駄に。
 ですので、あんまり傷が付かない方がいいのです。でもまあ別に傷付いちゃってもいいんですけどねー絶えない程度には。
 そのうち私の天下が来ますからねえ。あはは。
 とはいえ両親の目が黒いうちは好き勝手もできませんし、別に傍若無人に振る舞うつもりも毛頭ないんですけど。
 つかまあ、いちいち資料とか覚えるの大変なんですよ。多いし。
 一応は何でもないっぼい顔してますが。詰め込める容量が多いだけで、何度も過程を踏まなきゃならないぶん苦悩は並大抵のものじゃありません。
 どこの誰が離婚したとか飼い犬の名前がどうこうとか知らないっつの。
 梅干が何年ものかくらい覚えてなさいよ。
 分からなかったらなんとなく食べさせる気ですか。
 いや食べませんよ! 食うか!
 というかもう、阿礼の子だか鉄アレイの申し子だか分かりませんが、見たものを忘れない能力を持っているからって何でもかんでも詰め込みすぎですよ。これ私が提訴しないからいいものの、訴えたら稗田の家系は一家離散ですよ。ギルティ・オア・ノット・ギルティですよ。ヤマザナドゥーですよ。
 どぅーどぅー。
 ごめんなさいちょっと勢いで言ってみました。
 ごめんなさい十王裁判とかやめてください意味がよくわかりません。

 

 何の話でしたっけ。
 えーと、あの魔法使いに香霖と呼ばれている眼鏡っ子でしたか。
 彼はとても真摯でしたが、どことなく小難しい顔をして引きこもりがちな青年でした。
 父に聞いた話では、どうやらハーフみたいです。
 うーん。
 人間と眼鏡のハーフでしょうか。
 眼鏡の形質が勝たなくてよかったですねえ。
 彼は十一年蝉にまつわる話を聞くべく稗田家を頼ってきたそうです。
 折角なので頼るといいです。これは貸しにしておきますね。今度徴収しに行きます。
 そう言うと、顔に似合わないくらい爽やかな笑みで返されました。
 ――いつでも来るといい。歓迎するよ。
 最後に、頭をぽんぽん叩かれました。
 だからやめろと言っておろうに。
 もうお触れ出しましょうか。里の住民に掛け合って。
 でもそうしたらうちにわらわらと押しかけて来てあたまぽんぽん叩かれそうですね。ぽんぽんぽんぽん。
 うっとうしいわ!
 あー、威厳の欠けらもないな稗田家。
 というかそれは私の外見によるものだと思う。

 

 ……いや、ほんと、もうちょっと成長してくれるとありがたいかな、なーんて……。
 閻魔様はお帰りください。

 

 


 

 

○月〜日 そこそこ

 

 

 こんにちは。今日もそこそこ、稗田阿求です。
 眠いです。
 春でしょうか。
 それとも、夜遅くまでどこぞの家系を暗記し続けていたせいでしょうか。
 阿礼乙女になんちゅうことさせるんじゃ。
 もう途中でお家断絶しちゃった、てへ☆ みたいな気色悪いことにしちゃおうかとも思いましたが、途中『ちるの』などという興味深い名前があったので断絶は延期しました。
 微笑ましいですね。
 平仮名なのがちょっと気になりますが。

 

 で、家系図を覚えすぎて太郎だか次郎だか一郎だか二郎だかいいかげんわけがわからなくなったきましたから、適度に外に出て運動することにします。
 いい天気ですねえ。
 青い空、白い雲、紅い火の粉、飛び散る肉片。
 途中、情操教育上好ましくない映像が流れましたが、私は一度見たものをしっかりと覚えることができてしまうため、うん、瞳に焼き付いて離れないとはこのことなんですね。
 ……あー、お願いだから、うちの上空で血みどろの合戦するのはやめて頂きたいですなあ。
 紅いし。
 ここ、いろんな人や妖も来ますし、あんまり血の気が多いことされると興奮する方もいらっしゃいますし……。
 あー、空気がしょっぱい。
 その後、くだんの二人は上白沢の慧音さんに撃墜されました。
 いいことです。
 慧音さんもご苦労様です。あとで牛乳差し入れしときますね。
 皮肉です。
 慧音さんの胸から出てくるのは牛乳なんでしょうか。
 いずれにしても売れそうです。たちまち。
 稗田家が傾いたら、そっち路線で立て直そうかと思います。
 人権とかむずかしくてよくわかんない。

 

 んでまあ、適度に整えられた庭園にて体操をしているわけなのですが、身体が鈍り気味なので腰を曲げるたびにべきべき言います。いたたいたた。
 首をそらすのも何だかしんどいものでして、いやはや、齢もにょもにょにして肉体の衰えを痛感することしばしであります。
 両手を頭の上で組み、ふあーと気の抜いた欠伸をすること三度、祓い串担いだ金太郎……のような傍若無人ぷりで有名な、博麗の霊夢さんが通りがかりました。
 よっ、と魚屋のあんちゃんみたいな挨拶をして来ます。相変わらずよくわからないノリです。
 何がご用ですか。
 私、これでも一応は忙しいのですよ。
 おなかすいたし。
 私も同じよ! とかブチ切れられても知れませんから……えーと、また今日も托鉢ですか? それても賽銭徴収ですか?
 ていうか賽銭ってわざわざ徴収しに来るものでしたっけ。
 えぇ、妖怪がやってたからたぶん大丈夫、ですか。
 えーと、五円でいいですか。
 いた、いたたた、プチ陰陽球とか投げないでください、ちょっと可愛いじゃないですか。
 買いませんよ。
 あと、当たり前のように家にあがるのやめてください。
 祓い串振り回してると居直り強盗に見えますよー。
 知るか! と言われても。

 

 結局、霊夢さんは何事もなかったかのように稗田家の食卓に迎えられました。
 一応、由緒正しいかどうかはわからないというかいまいちありがたみがないような気もする方なので、格式の高い家系同士……とか自分でいうのも気色悪いので、まあ長ったらしく生きている人間同士、わざわざ事を構えるのも面倒なので飯を振る舞って撃退できるならそうした方が簡単だと踏んだ次第です。
「おかわり!」
 うわあ三杯目ー。
 遠慮とか気遣いとかいう単語を頭に刻み付けた方がいいですよ。あとそれ私のおかずですからあぁー! 私のコロッケー!
 はいごめんなさい箸とか振りかざしてみっともなかったです。
 でも霊夢さんの口からコロッケ取り返してもいいですか。だめですか。
 勝ち誇った笑みとか浮かべるのやめてください。
 コロッケの中に生のたまねぎ入れて二度と食べられないようにしてやりましょうか。
 ごめんなさい乙女にあるまじきかんがえをー。

 

 礼儀作法には厳しい家風なので、食事の際にどたばたするとかなりきつい修正が加わります。
 具体的には拳とか爪先とかですね。たまに耳とかも来ます。
 こわいよ稗田家。
 博麗の霊夢さんは、牛のように豊満になりたいのか畳にごろんと寝転んでおります。そのおなかの膨れ具合たるや孕んでいるのではないかと思わないでもないですが、いや、まあ幼いというよりは貧相な体型なのでそういうことを思うのも稀でしょう。
 ……いや別に自虐しているわけじゃないですよ。
 こっち見んな!
 何ですか、やりますか、えぇ?
 嘘、冗談ですよ、だから祓い串とか原寸大陰陽球とか掲げないでください怖いですから。瞳孔も真紅に輝いてますし、本当に人間ですかあなた。
 笑ってないで否定してください。
 そんなだから博麗神社は妖怪に乗っ取られたとか言われるんですよ。悔しくないんですか。
「悔しくないわ!」
 清々しいです。
 なんだかもうどうでもよくなってきました。
 霊夢さんも飽きてきたみたいです。それにしても破廉恥な格好です。痴女か露出狂の現行犯で慧音さんにしょっぴかれそうですね。
 生真面目ですからねーあのひと。
 と、牛さんに関する想いを馳せている間に、霊夢さんは私の部屋を散策し始めました。
 はいはい下着とか漁らないでくださいねー殴りますよー。
 だからって着物ならいいというわけじゃなし。
 良い値になるわーとかちゃんと聞こえてますからねー。
 ほらそこ脇に隠したの見せなさい。貯金箱なんかどうするんですか、たまりもしないくせに。
 ごめんなさい。
 それはそうと、あんまりそこ触らないでください。それはかなり敏感かつ繊細なんですあなたと違って。いやあなたが。
 私は繊細ですよ! 失礼な。
 具体的には、どこかの魔法使いから頂いた藁人形に目標の髪の毛を丁寧に括り付けるくらいの繊細さです。瓜二つです。
 そういう意味じゃない。なるほど。
 かしこまりました。
 あと盗むな。
「え、何これ?」
 あぁ、それはレコードと言いまして……。
 てか、盗人猛々しいとはこのことですね。ちょっとここ座りなさい。えーじゃありません。正座じゃなくていいから、かといって寝転んでいいとは言ってない。
 説明しますよ?
 聞けよ。
 短いから! 早く終わるから!
 どっちが子どもですか、全く……。
 指を差さない!
 ……えー、これはレコードと申しまして、この表面のざらざらした面が一種の波になっとるわけですな。で、その波長に針を当てる。
 回す。
 みょろりーん、と鳴る。
 とりあえず回っている間は延々と鳴り続けますので、あのうるさいとか言わないでください。あと真空管割らないでください。祓い串で突っつかないそこ。あなたの頭かち割りますよ? トマトジュースだとか言って試飲したいですか? したくないですよね。誰だってそうです。
 だったらそこ座る。
 正座ですよ正座!
 ……えー、見た感じ繊細に見えるように、これはとても繊細な機材です。なので、やたらめったらぺたぺた触ったりあまつさえ投げやすいからと言ってむやみに投擲したりしないようにとか言ってるそばから構えてるしー!
 吹き矢打。
 避けられました。あっさり。
 流石は博麗、当たり判定は極小です。
 どうしたもんかなー、と思っていると、巫女さんが何を思ってかレコード盤を外に向かって放り投げました。
 あーあ。
「ちゃんと帰ってくるかしらー」
 鳩じゃないんですから。
 かと言ってる間に走り出します。一応、私の趣味で集めている以上はある程度の労力がそこに込められているわけで、要するに霊夢さんはいつか絞めます。
 危うしレコード! 消え行くFM音源が再び時代の狭間に! あとお小遣いが歴史の隙間に!
 もっとがんばれ私の足……! かもしか……!
 間に合え……ッ!
 ずざざー。
 ずりゃずりゃりゃ。
 砂利いたいいたい。
 玉砂利容赦ねえ……。
「大丈夫?」
 とか思うなら投げないでください。
 しかし、その甲斐あってレコード盤は無事でありました。両手でしっかと掴んでいるであります。膝小僧とかとんでもないことになってそうですが、レコードに比べれば大したことではありません。
 過ぎたものは帰って来ないのです。
 きっと、レコード盤を手放した人もそう感じていることでしょう。過ぎたるはなお及ばざるがごとしです。
 意味が違う。なるほど。
 よっこらしょ、と立ち上がろうとした私の背中に、なんだかえらくぶしつけな視線がくべられているのを感じます。霊夢さんではないようです。
 というより、私にこのような視線を送れる人物はそうそういません。生暖かくもなく、同情でも憐憫でも悲哀でも慈悲でもなく、ただ、お前ブチ殺すぞ、みたいな殺意丸出しの純度百パーセント果汁の熱視線を送れるのは――。
 ごごごごごごごごごご……。
 これ効果音です。
 霊夢さんも、心なしがびびっているようです。
 仕方ありませんねえ。だって、後ろにいるのは、私の。
「お……」
 お父さんなんですもん。

 

 死ぬほど怒られました。
 物を粗末にしちゃいけないそうです。
 でも、人を粗末にするのも十分にいけないことだと思うんですよ。あと一応娘ですからわたし。あのごめんなさい頭とか殴られるとすごく痛いんです……いや人の子ですから……。
 阿礼乙女フラッシュ! とか言って逃げ出せたら楽なんですけど、行く宛てもありませんのでここは黙って説教を受けます。
 霊夢さんもご一緒でした。
 まあ全くと言っていいほど話を聞いてなかったです。でもって案の定げんこつくらいました。
 ざまあみろーっていたあぁッ!!
 ……てー。えぇ、仲が良いな、ですか……?
 いや私はともかく霊夢さんは仲が良くても美しくはないですが……。
 痛ッ! ちょっと素人に針とか打たないでくださ、痛ッ!
 あ、ごめ、すみません反省はしてますからその勘弁し――――…………。

 

 


 

 

○月¥日 割高

 

 

 軽く見ていると損をする、高い女・稗田阿求です。
 段々と前口上のネタが尽きて参りました。
 しかも高いとか安いとか明らかに身体売ってますしね。
 本当に高いんならそもそも市場に出さないですよ。そんな上場必要ないですよ。ストップ高とかそういう処理しにくいネタもいらない。
 ただ、私を小馬鹿にすると痛い目を見ることになりますから、そのあたり、高くつくことになりそうですね。
 もう誰に向けた脅しなのかよくわかりませんがとりあえずそういう宣言。

 

 里に出れば大人気の稗田阿求ですが、何と言うか、彼らの私を見る目は愛玩動物のそれに似ておりまして、最近引っ越してきたおばちゃんは「まあ! ちゃんと食べないと成長しないわよ!」と言って無理やり大根とか唐黍とか押し付けてきましたからね。ありがとうございます。
 あと出来れば籠が欲しかった。
 切干大根じゃなくてふろふき大根にしてほしかった……。
 それはともかく。
 愛でられるのを怖れて外出を控えるのも愚かな話ですし、ぶっちゃけると幻想郷縁起の進捗具合がどうにもならんですよ。頭が痛いのですよ。頭が。
「わーいあきゅうだあきゅうだー」
 黙れ小僧!
 しかも呼び捨てとはなんて畏れ多い! というか年上なだけですけどね! 偉いことなんてなーんもない。
 だが貴様らはほっぺたをぐいーの刑だ。ぐいー。
「ふぎゃー」
「しんぺいがやられたー! かたきうちだかたきうちー!」
 痛、こいつら人海戦術を……! ちょ、誰だおしり触ったのはー! エロ親父なみの手付きだったぞ、さては初犯じゃねえな!
 慧音さんの折檻を受けて頂こう! つかたぶん慧音さんだろうな最初に触ったの。
 わらわらと寄って来るガキ、もとい生意気なお子さん連中の脛を地味に蹴り続けていると、それを見た親御さんが駆け付けてきて、「まあ阿求さんよ阿求さん」と頭を撫でて来ます。
 自爆したい。
 細胞の欠けらが残ってたらそっから元通りになるよ。多分。
 しばらく、天下の往来に人だかりが出来ていました。
 癇癪を起こせばとりあえず輪は開くでしょうが、その分だけ丁重に慰められるでしょうからなんか結果は変わらないような。
 泣きたい。
 でも泣くとまた宥められるし、もう八方塞です。万事休すとも言います。
 よし、今むね触った奴だけは火あぶりな。
 おしり触った不届き者も同罪だばかめ!
 というか親は仲裁に入るべきだと思います。切りないし。
 と、そこに。
「おうおうおう! 随分と目出度ぇことになってるじゃあねえか!」
 柄の悪い、と言うにはいささか可愛さに余る声が響き渡りました。
 齢五歳にして痴漢常習犯のガキ供を打ん殴っている最中でしたから、何だかとても必死な顔をしていたのでしょう、大見得を切った彼女も私を見たときに一瞬「うっ」と顔を背けました。
「あきゅうこえー」
「……うぅ……こわい……」
「おとなげねーなーあきゅー。おっぱいもちっちゃいしー」
 頭突き。
 そこ同調しない!
 というか、おっぱいちっちゃいで一致団結する住民てなに。
 どんな認識なんですか。阿礼乙女て何なんですか。
 むねタッチおしりタッチに耐え忍び、むみくちゃになりながら復讐と言う名の報復行為に勤しむ人材なのですか。
 記憶とか関係ないじゃん。
「と、とにかく! おまえが稗田阿求だと言うことはお見通しだ! ちっちゃいし」
 そこかよ。
 もっと他に選別する材料あるでしょうが。顔とか、髪型とか、服装とか。
 まあ体型も有用な判断基準ですけど! そうですけど!
 でも、それを言うならあなたもそう大差ないのではと問いたい。
 すると、魔法使いぽい三角帽をかぶった少女は。
「私には……未来があるからな」
 根拠ないです。
 それに、その類のものは私にもあります。
「おっぱいちっちぇーくせにかー」
 頭突きしたところに頭突き。
 とりあえずヘッドバッドは諸刃の剣と知る。
「まあ、お前んちはいろいろと面白そうだから寄ってみたんだが、何だか親父さんが物騒だったからまずはお前から攻めてみた」
 ふはは、と何が面白いのかよく分からない感じに笑います。
 この頃になると、子どもと親御さんの半数以上は飽きてそこいらに散っていきましたが、唯一頭突きを食らった不届き者だけは辛そうにうずくまっていました。
 金髪に三角帽、魔法使いぽい箒にエプロンドレス、まあこれが魚屋だったらわりかし斬新なのですけど、このへんあんまり魚介類採れないみたいなのでその線は無いでしょう。
 まあ、普通に魔法使いなのでしょうけど。
 普通に。
 なんか不服そうですけど何か問題でも。
 特にありませんか。
 そしたら、そろそろ家に帰りましょうかね。
 ほら、あんたもどっかに散りなさい。
 手当てはしない。
 あと、貴様のしたことを忘れるほど私の目は濁っていない。
 一度見たものを忘れないこの能力……貴様の顔、しかと覚えたぞ。
「おっぱいたっちー」
 めげないなあんた……。
 超頭突き。

 

 内出血しまくりで相当くらくらしているのですけど、それは私の頭が硬いせいなのか奴の頭が硬いせいなのかどっちなんでしょう。
 背が低いから子ども相手にも頭突きが決まりやすいんだな、ですか。
 その通りですが、喧嘩なら買いますよ。
 あなたの顔も覚えましたしー。
 ふふふ、痛え!
 ほ、ほうきとは卑怯な! ぐわ、竹箒だから根元のごわごわした感じが痛くて痒くて妙に気持ちわるい!
 おのれ計ったなー!
 うぷ、髪の毛が口の中に……。
 ぺ、ぺぺっ。
「あ、悪いな」
 彼女――魔理沙さんが髪の毛を整えてくれます。
 自分でいじって自分で直してたら世話ないです。
 しかし恩恵には預かっておきます。あんまり髪の毛を触られるの好きじゃないのですけど、魔理沙さんの手はわりかしすべすべしているので好印象です。
 でも仕返し。
「うぷぁ、ぐわわ! おま、恩を仇でー!」
 くはは、勝負に情けは無用なのですよー!
 えいえいー!
「やったなー!」
 はは、来るなら来てみなさいー!

 

 飽きました。
 もう、何もかもが虚しい……。
 お腹が空きました……。
「帰るわー」
 お疲れ様です。
 何だかその場のノリで生きている方ですが、まあ幻想郷において妖怪らへんの住み処に常駐しているのは大概自由人ですから、霊夢さんを初めなかなか一筋縄じゃいかない人たちなのでしょう。
 箒を肩に担ぎ、鼻歌をくちずさみながら天下の往来を歩いていきます。夕焼けに金髪が映え、なんで飛んでいかないんだろ、などという無粋な突っ込みは却下されました。
 くう。
 お腹が鳴りました。
 誰かに見られていたら即馬鹿にされそうな図でした。
 誰も見ていませんね。
 ……うん。
 帰りましょう。
 ご飯は何でしょうか、美味しければ何でもいいのですけど、私にも好みはありますから出来れば親子丼などが嬉しいです。
 鰻でも一向に構いません。
 さすがに毎日鰻だと飽きるでしょうけど、まあ、飽きるまで楽しければ一事が万事上手くいくのではないでしょうか。
 何となくですが。
 明日もまた外に出てみましょうか。
 とりあえず、いい天気だったら嬉しいですね。

 

 



OS
SS
Index

2006年10月21日 藤村流

 

 


 

 

○月↓日 槍

 

 

 稗田阿求です。
 雨です。
 降らないなあと思っていた矢先のこの豪雨、これは神の存在を意識せずにはいられませんが、別にいてもいなくてもどちらでも構わないので放っておきますね。
 鉄砲とかんしゃく玉をありったけ詰め込んだ桶を引っ繰り返してこねくり回したような轟音に耳を塞ぐこともせず、私は斜めに打ちつける雨の形をほのぼのと眺めているのでございます。
 やることがない訳ではないのですけれども気分転換はとても大切なことだと思います。でないと死にますし。
 外の世界では過労死とかサービス残業とかカルロスゴーンとか流行っているみたいですよ。
 怖いですね。
 どう怖いのかはいまいち。
 ともあれ、雨が降っている以上は湿度が高いので部屋の中にカビが生えやすい状態です。下手するときのこまで生えてきます。
 菌類こえー。
 魔理沙さんもなんとなく菌類ぽいので怖いですね。帽子らへんが。
 きっと箒で椎茸を栽培しているに違いありません。
 贅沢な。
 そのような菌類を滅殺するために存在するのがこの私なのです。
 もうちょっと日の当たる生き方がしたいものです。
 しかし、家の中が菌色に犯されるのも忍びないものですから、せっせせっせと危なっかしい箇所を確認しては布巾で拭いたりハタキでお茶を濁したりしています。
 お天道様のすることですから、決定的な対処法がないのですよねえ。太陽割るとかどこぞの鬼みたいなことができればよいのですけど、あれは月だったような気がしてきました。
 気が付けば汗まみれです。
 よい運動をしてしまいました。
 稗田阿求は箱入り娘ということで一応は通しているのに、これでは稗田の沽券に関わります。今や愛玩動物化してますがとりあえず威厳は保っておかないといけないのですよね。
 じゃないと恋文とか交際申し込みが減りませんし。
 来ますよ。
 ばかにしないでください。
 驚くなかれ、中には首輪とか剃刀とか入ったりしてるものもあるんですから!
 そのひとは見付け出してどうにかしてやりました。
 今は忠実な舎弟です。
 犬ですね犬。
 羨ましいとか言わない。

 

 

 何の話だか忘れましたが、ともあれ水漏れも菌類も見付かりませんでしたから、私は自室に戻って膨大な幻想郷の資料に囲まれながらうんうんと唸ることにします。
 何故かといえば、幻想郷縁起が私を待っているからです。
 鳴かぬなら、鳴かせてみしょう、ほととぎす。ですね。
 言った後でこれ全然関係ないなと思いました。
 どっちかというと殺した方がよかったかもしれません。
 なんとなくですが。
 鶏肉とか食べたいですね……。
 そんなことを悶々と考えながら廊下を歩いていると、その角から見知った影が走り込んできました。
 誰だっけ。
 うーん。
 あ。
「阿求!」
 呼び捨てですかい。
 いや別にいいですけどそんな偉い身分じゃないですし。
 で、なんですか霊夢。
「呼び捨てかよ!」
 なんで責められてるんだろう。
 ともかく、彼女が来るとあまりよいことがないので素直にお帰りくださいと直接言いました。
「だったらきのこ寄越しなさい!」
 ところでなんでそんなに元気なんですか。
 外は雨ですよ雨。しかも豪雨の類で堤防なんか決壊してるんじゃないですか。
 このへんはわりと高い位置にあるので心配ありませんけど。
「この雨でかなり濡れちゃったわ! もうびしょびしょ! うわー」
 廊下で衣装をしぼらないでください、あーほらほらサラシとか見えてますって。恥じらいとかないんですかもう。
 で、だからなんなんですか。
 きのことか言いましたか。
 魔理沙さんに何か御用でも。
「魔理沙が、ここなら上質のきのこが採れるだろうという……」
 とんでもないガセネタを掴まされましたねあなたも。
 そもそも、意味が分かりません。
 どうして私の家が著名なきのこ養殖場として扱われているのでしょうか。そのへん、魔理沙さんの首根っこを掴んで首輪でも嵌めて尋ねるしかありません。
 え、知ってるんですか、理由。
 お聞きしましょう。
 あと、指で障子に穴を空けない。
「えーとね」
 はい。

「なんか、あんたが陰湿だからなんだって」

 

 

 霊夢さんにはきのこ汁をお見舞いしました。
 ご馳走じゃなくてお見舞いという表現を用いているところは、察してください。
 察せない方はそのままのあなたでいてください。
 あと、魔理沙さんには首輪入りのお手紙をお送りしました。
 こんなことするから陰湿だとか言われるんでしょうけど、でもやっぱり片は付けないといけないですよね。
 でないと、どこから菌が生えてくるかわかったもんじゃないですから。

 

 


 

 

○月☆日 満天

 

 

 こんばんは。
 空いっぱいに広がるお星様は綺麗なものですね。
 稗田阿求です。
 今、何故か屋根の上にいます。
 ものすごく寒いです。秋ですし、もう冬に入ろうかという気配が如実に迫っている時節だというのに、うちの家族は何を考えているのか大事な一人娘をそれなりに高い家の屋根に放り出し、今日は星座の勉強でもするとよいなどと仰いました。
 梯子も外されました。
 そうなると、もう降りられません稗田阿求。
 とはいえ高々九尺か十尺程度の高さなので、花壇辺りに着地すれば死ぬことはないと思うのですけど、確実に骨は折りますよね。ボキっと。めきょっでもいいですけど。
 考えるだけで痛々しいことこの上なしです。
 背の低さがこんなところで仇に!
 というか前々から仇だったんですけどね。ちゃっちいのはいいことだって言ってた方は誰だったんでしょう、小動物扱いというのもなかなか辛いものがあるんですけどね。
 なめられるし。何かにつけて子ども扱いされるし。
 かわいー、てのが褒め言葉なのか未だによく分からない。
 そんなにちっちゃいのがいいなら、アリでも観察してろ。
 蜜とか舐めるとより鬼畜です。

 

 

 さて。
 寒いです。
 着物というものはそれなり保温性に優れているものですが、いくらなんでも一桁台の冷気に対応できるほどの衣装は十二単でも厳しかったんじゃなかろうかと思います。
 何より、顔面を防御できないのが痛いですね。
 わー、ほしがきれいー、とか呑気に言ってる場合じゃないですよ。いくら一度見たものを忘れないからと言って、星空の感動が常に胸の中に留まっていることはないのです。だからまあ、位置確認の際は非常に便利なのですけど、人はこういう寒いときに空を見上げなくてもいいように星の形を書に(したた)めたのではないのでしょうかと思わないでもありません。
 オリオンは勝手にサソリのところに行けばいいんですよ。
 カシオペアなのかカシオペヤなのかはっきりしてくださいよ。
 昔、寺子屋の試験か何かで、天の川が何で出来ているのか聞かれて「おかあさんのおっぱい」て言ったら放課後慧音さんに呼び出されましたよ。半分正解なのに。
 これだからうぶなひとは困ります。
 あ、私も清純派ですよ。
 具体例を挙げると、慧音さんの胸は歴史を食べるたびに大きくなる! と宣言できる程度です。
 その後、慧音さんに呼び出しくらいました。
 あの人、絶対に隠れSですよ。
 正座一時間させた後に公衆の面前を歩かされますからね。足腰立たないから何があったんだ!? とみなさまに誤解されて隣を歩いている慧音さんにあらぬ嫌疑がかけられるという卑猥具合。
 だめじゃん。
 寒いです。
 誤魔化そうとしたけど無理すぎました。屋根の瓦に座り込みます。風がないのが救いですが本当に救いなら誰か私を助けてください。
 風邪、風邪とかひきます。
 流行性感冒とか小洒落た言い方もしちゃいます。
 洟なんて出したら、かむものもないのにえらいことですよ。阿求人気が下降の一途を辿りますよ。里のみなさんの中には「阿求さんは厠になんか行かないんだ!」と激しく主張する方もいるようで、そういう方にはちょっと公然と言えないような仕置きを受けてもらいました。
 天下の往来で何を言っとるか。
 ともあれ、この寒さをなんとかしなければ。
 上を見ると満天の星、雲はなく、忌まわしいほどの晴天。
 下は中庭、一本の松が屋根の縁にかかるくらいに伸びていました。
 いけるか。
 いけるでしょうか。
 それとも、助け舟を待つべきでしょうか。
 慧音さん! 慧音さーん!
 こうして呼べば恥ずかしくなった慧音さんが来るかと思いきや、呼んでるうちに私が恥ずかしくなってきました。
 うわ慧音さん来ないわ……。
 みんなのみかた、困ったときの上白沢! が……。
 収穫祭のときにはお酌をしてほしい女性一位に来るくらいの大人気!
 なんでも、かがみこむときの角度が胸の谷間を見るのにちょうどいいんですって。
 このドスケベどもが!
 呪われろ!
 へくち。
 ……あぁ寒い……。
 そろそろ死ぬんじゃないでしょうか……。
 稗田阿求、実父に放置され凍死……。
 名門一族に秘められた確執、「記憶に齟齬が」と苦しい釈明……。
 好評連載、『上白沢慧音の芋掘り日記(角で)』はお休みします……。
 まず……幻覚が……。
 眠っちゃだめだ……眠ったら、しぬ……し……。
 あ……ほしがきれい……。
「阿求!」
 幻聴まで聞こえてきました。
 ふわ、とした感触に包まれ、あ、これは天国なのかなあと縁起でもないことを考えていました。
 ですが、激しく肩をがくがくと揺さぶられているところから鑑みるに、何やら、私は助かったようです。
 あと、あなた、揺すりすぎ。
 酔いました。
「あぁ……一体、誰がこんなことを……!」
 感極まってしまったらしく、正義の味方、上白沢の慧音さんは私をぎゅっと抱きしめました。
 あぁ……あたたかい……。
 つまるところ、これが人肌のぬくもりというもので……豊満な胸に顔を埋められている現状を考えると、敵ながら天晴、とほくそえむこともやぶさかではありませんが、温かいことは確かなので、しばらくこのままでいようと思……い、ま……す……うぅ、い、息が……くるし……。
 ぎ、ぎぶ……。
 ……。
 うぷあ。
 はぁ、はあ……。
 いっ、息苦しいわ!
「す、すまない」
 まったく、とんだワーホルスタインです。
 自分がどれくらいの兵器を備えているか理解できていない証拠ですよ。
 むしろ凶器ですよ。死ぬかと思いました。
 『稗田阿求、ワーハクタクの胸で窒息死』とかいう見出しが脳裏をよぎりましたよ。
 豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ次くらいに末代の恥死です。
「わ、わかったから、そんなに叩くなよ……」
 でっかいから腕を振り回すだけで当たるんですよ!
 自慢か!
 自慢だな!?
 へくち。
「……家に入ろうか」
 そですね。

 

 

 お父様は、案の定慧音さんに説教されました。
 最初のうちは「記憶に齟齬が」と私が想像した通りの釈明を繰り返していたのですが、次第に慧音さんの目が据わっていくのを目の当たりにしてからは神妙に正座してました。
 ざまあみろですよ。
 この父親、娘が屋根の上でがたがた震えてるってのに炬燵の中でみかん食べてましたからね。
 腐ったみかんのようだ!
 すみません意味わからないこと言いました。
 たぶんまだ寒いんだと思います。
「……こら、おまえもそんなに暴れるんじゃない。温かくしてなさい」
 ご随意に。
 はあ、炬燵はまさに有形文化財ですね……。
 お父様は入らないでください!
「入れてあげたらいいじゃないか」
 やですよ。
 足が長いから、私の自由になる余地がなくなるんです。
 あ、慧音さんが入ったら同じじゃないですか!
 どさくさに紛れてお父様までー!
 慧音さん慧音さん、このひとさっき説教受けてるときに慧音さんの胸を凝視してました。
 女の敵! 女の敵!
 家庭持ちなのに一夜限りの性欲に走るようなひとに炬燵のぬくもりを味わう権利はありません! 去れ! 去ね!
 うぎゃ、いま蹴りました! 炬燵の下から!
 へくち。
「……静粛に」
 ごめんなさい。

 

 


 

 

○月凹日 直射日光

 

 

 稗田阿求です。
 しかし、この頃は日が落ちたと思ったらあっという間に暗くなってしまいますね。寒いですし。
 などという定型句はあまりにも使い古されすぎて嫌になってきたため、それに変わる斬新な台詞を開発することに致します。
 いやあ、この頃は髪の毛が薄くなってきたと思ったらあっという間につるつるになってしまいますね。寒いですし。
 ……。
 ただの誹謗中傷になってしまいました。
 反省。
 んでまあ、今日は何にもすることがありません。
 何故かというと、寒いからです。
 それはすることがないんじゃなくてだらけているだけじゃないか、という如何にも慧音さんが言いそうな説教は知ったこっちゃありません。
 寒いと死んでしまうのですよ人間は。
 暑くても死んでしまいますが寒い方がより致死的なのです。
 屋根の雪下ろしなんて命賭けです。
 しかも、何故かその仕事を小兵たる私に命じる人生の不思議。
 死ねと。
 この稗田阿求、大雪山の朝露に消えろと仰るか。
 仰るらしい。
 その日、お父様は屋根から不幸にも落下致しました。
 冬って怖いですね。

 

 

 そんな怖い冬も囲炉裏と炬燵があれば快適に過ごすことが可能です。文明の利器たぁよく言ったもので、幻想郷もなかなか過ごしやすくなったものでございますね。
 まあ囲炉裏や炬燵は昔からあったような気もしますけど。
 灼熱妖怪や冷凍妖精などは、適当に心地よく冬を越えているみたいですから楽でいいですね。あんまり参考にしたいとも思いませんが、というか冬の妖怪や氷の妖精を今の時期に取材するのは酷に過ぎます。死ねと命じられるようなものです。
 だから私はしない。
 夏の溶けかけてる時期にお話を聞いた方が、こっちも涼しくていいでしょうし。
 あっちの事情は知らない。
 くぅ、ぬくい……。
 猫は炬燵の上に丸くなって寝転んでいます。
 いいご身分です。
 まあ私も炬燵に入って卓袱台にほっぺたを浸している以上、あんまり偉いことは言えないのですけど。
 寒いからしょうがないですよねえ。
 寝よっか。
 そうしよ。
 小春日和……。
 くう。

 

 

 にゃー。
 ……。
 にゃー、にゃー。
 ……。
 うなー。
 ……。
 ふー!
 やかましいわ!
 散れ!
 あたまの上に乗るな! 重い!
 三毛も白もしっぽ震わせてけんかしない! そもそも縄張りなんかないでしょうここ。餌ならちゃんと均等にあげますから、そんなに歯を剥き出しにして怒らないの。
 めっ。
 て、誰もいねえ。
 あぁ、首が痛い……。
 黒猫は、まだ呑気に炬燵の上で寝てますし。
 体長が1メーター以上もあって、女の子のような姿をした猫なんですけど。
 鼻ちょうちんとか膨らませちゃって、まあ……。
「うにゃ」
 でかいわ!
 これはあれですか、新手の嫌がらせですか。
 明らかに猫又ですね。
 幻想郷縁起に「猫股」て書いて何となく居たたまれない気分にさせてやりましょうか。
 に、しても起きませんね。
 幸せそうな顔しちゃって、憎たらしいです。
 そうですね……縁側に出れば、ちょうど太陽の向きがいい感じなので……。
 虫眼鏡用意。
 待機。
 ……。
 ……寒い。
「ふにゃあぁぁぁッ!?」
 あ、起きた。
 なまじ身体があちこち黒いだけあって、太陽光をたくさん吸収するのが仇となったようです。まあ、形質的な問題ですからどうしようもないのですけど。
 可哀想に、涙を堪えながらしっぽをふーふーしてます。
 誰の仕業なんでしょうね。
「誰よー! こんな悪戯するのはー!」
 まあ私ですけど。
 猫らしく、軽やかな身のこなしで畳に着地した女の子は、縁側に佇んでいる私に瞳の焦点を合わせました。
 私も彼女に虫眼鏡の焦点を合わせます。
「熱いわよ!」
 でしょうね。
 あっさりと取り上げられた虫眼鏡はそこいらに放り投げられ、私は猫又の女の子と向き合いました。
 そこそこ怒っているようなのですが、あまり迫力はありません。
 しっぽが二股ですから、まだ年齢も若く妖気も弱いのでしょう。
 ほーらねこじゃらしー。
「わーい、ってこれススキじゃないのさー!」
 贅沢な。
 ススキを馬鹿にしちゃいけませんよ、何もそこいらにぽんぽんぽんぽん生えてるわけじゃないんですから。
 これは上質のススキ、かの十一年蝉と同じように、ある周期を経てこの稗田家の庭に生えると言われている由緒正しいススキなのです。
「……え、そうなの?」
 嘘ですけど。
「嘘吐きー!」
 誰も本当のことだとは言ってないじゃないですか。
 早とちりする方が悪い。
 あと、勝手に他人の家の炬燵で丸くなっている方も悪い。
「うぅ……」
 ところであなた、どこの猫ですか。
 人間に化けることが出来る以上、宿無しってわけでもないでしょうし……ちゃんと服も着てますしね。
 と。
 ……あー、そう言えば。
 マヨヒガに一匹、化け猫が居着いたという話がありましたね。
 そちらの?
「あ、うん、そうだけど……なんで知ってるの?」
 仕事ですから。
 あ、単純に好奇心旺盛だからってのもありますよ?
 好奇心は猫を殺すらしいですが、さしもの妖怪も記憶までも滅することは出来ないようでして。
 まあ、こうして覚えているというわけです。
 ご理解頂けたでしょうか。
「……たぶん」
 正直でよろしい。
 ではさようなら。
「えぇ……もう帰らなくちゃいけないの……?」
 炬燵は私のものだよ。
 炬燵に入らなければ、別に逗留しても構いません。
 柿くらいならあげますよ。
 渋柿ですけど。
「うーん……」
 甘柿もありますよ。
 妖怪化しそうなくらい熟した奴ですけど。
「じゃあ、今日は帰る」
 さいですか。
 折角ですから、うちの猫と仲良くしてあげてくださいね。
「うん、立派なしもべにするね」
 それはお断りします。
 どちらかというと、たくさんの子どもを産んでもらえれば。
「帰るー!」
 はいはい。
 道中、通りすがりの魔法使いに轢かれないように気を付けてー。
 今度来たら、メザシでもあげますよ。
 焦げたの。

 

 

 猫が去り、三毛猫が隣に座り、私は机の前に座しています。
 夜ともなると、身を切る寒さが身体に染み込むようです。
 ぼんやりと昼間の猫又の絵を描いていたら、三毛猫が興味深そうに私の絵を覗き込んできました。
 威嚇、というより、単純な興味に近いのでしょう。
 あの子が猫形態に戻れるかどうか詳しくは知りませんが、どちらにしても子どもを産むことは出来そうですから、折角なのでしゃかりきに頑張ってほしいものです。
 その方が、もっと楽しいですから。
 まあ、単純に、猫又が産んだ子どもは形質的にどうなっているのか気になる、というところもあるのですけど。
 猫耳なのか、しっぽはあるのか。
 人面猫は御免被りたい。
 とまあ、いろいろ興味は尽きません。
 三毛猫は覗き見をやめ、再び座布団の上に丸くなります。
 私はその腹を毛並み通りに撫で、ごろごろと鳴く喉の音を手のひらに感じながら、なんとはなしに人面猫を描くのでありました。

 

 今宵は、やけに冷えますね。

 

 



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2006年11月10日  藤村流
東方project二次創作小説





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