※ このSSは
  原案:豆蔵 脚本:藤村流 演出:日間
  でお送りします

 

 

 


秋ナスーリン

 

 

 

 冬を超え、春が過ぎ、夏を耐え切った秋静葉・穣子姉妹。やっと私達の季節が来たのねと、満を持して参上してみれば、里では空飛ぶ宝船の話で持ち切りだった。
 道ですれ違った男なぞ「あ、穣子様、今年も豊作あんがとです」とか「ありがとうございます」すらまともに言わない興味の失せぶり。だが仮にも、ひょっこり空に現れた船如きにあっさり話題を攫われようとも、人気がどうでも、神である。にっこりと自愛に満ちた微笑を浮かべ、男が今後、芋の香り一つでも吸引すると、盛大に放屁する呪いをかけるだけで許した。
 一方静葉は空気だった。
 これはいけない、せっかく季節が巡っても、話題にすらならないとあれば……。
 神の力は信仰の力――このままではいつか、存在を維持する事すら、出来なくなってしまうかもしれない。
 幸いにも空飛ぶ船に、巫女や魔法使いなどが踏み込んだという話は、まだ無かった。こうなれば私達がその船に赴き、秋の力で屈服させ、やっぱり秋神さまは頼りになるーとか、キャーミノリコサーンとか言われてやろう。二神は、蒼く澄み渡り、全てを包み込んでなお余る、高き高き空に向かって飛び立つのであった。
 秋の風を顔に感じながらふたりは飛ぶ。ふたりとすれ違った風は豊穣の香りを帯びて地表へと吹き降りていく。
 そう、呪いをかけられた彼の男がいる地上へと。彼の元へ、秋神の芳しき香気を、穣子のまとう芋の香りを届けるのだった――

 

「ぶほぉ!」
 放屁である。
 ただの放屁であれば問題はないのだが、ただ、背後にいた人物がよくなかった。
「……」
 ナズーリンである。
 まあ待て。これは呪いである。そうだ、さっきすれ違った芋の香り漂う神様の呪いに違いない。だから私のせいじゃないんですぶほぉ。
「……秋の神、か」
 とりあえず男の股間に子ネズミを放って溜飲を下げたナズーリンは、秋の神々が飛んで行ったらしい空の彼方へ高く舞い上がった。

 

 いきなり背後から適当な密度の弾幕を浴びせかけられ、面食らったのは秋姉妹である。
 確かに彼女らは秋しか出番のない存在密度の低い神様であるが、だからこそ誰かに恨まれたり蔑まれたりする立場にはない。軽く無視されたりはするが、それもまた一興と笑い飛ばす素養がなかったからこのような事態に陥ったのだという事実を穣子はまだ知らない。
「穣子、何かよくわからないけど攻撃されてるよ!」
「そうみたい……まさか、私たちの活躍を妬んでの刺客!?」
「やった! 殺し屋に狙われるのは要人の証!」
「でもそれってマンガによっちゃあチョイ役だったり、主人公がスナイパーだったらむしろ標的だったりするよね……」
「それは言わない約束でしょ!」
 そんな約束を交わした覚えはないが、とりあえず撃墜されるのは嫌なので適当に回避を続ける。すると、攻撃を仕掛けてきた存在も徐々にはっきりと見えるようになり、その見慣れないわりに愛嬌のある姿に思わず顔が綻んだ。
「あ、ネズミだ」
「米を食い散らすネズミね」
「実験動物にもされるネズミだね」
「ドブにも居たりする細菌まみれのネズミだね」
「残念だが、ネズミを甘く見ると殺すよ」
 壮絶な形相を浮かべ、二本のダウジングロッドを瀟洒に構えるのはナズーリンである。そのまま刺されても十分凶器になり得るその造形、見ただけで戦慄を覚える。
「こんにちは。巷で大人気の秋姉妹の姉こと秋静葉に何か御用でも?」
「お姉ちゃん、それは自演だよ」
「いいのよ別にバレなきゃいいのよ綺麗事言ってられる状況じゃないの穣子も知ってるでしょ!」
「必死だな」
 ナズーリンはせせら笑う。彼女の斜に構えた態度は元からだが、今は状況が悪かった。見事に秋姉妹の反感を買い、ここに両者の溝は修復不可能なほど深く沈んでしまった。
「ほほう……さすが、人気者のネズミさんは言うことが違いますね」
「ちゅーちゅー」
「お姉ちゃん、それはバカに見える」
「えっ」
「なんでもいいよ。ただ私は、そこの妹さんに言いたいことがあるだけだから」
「えっ」
 驚きを隠せない秋姉妹。
 ほとんど面識のない彼女たちを結ぶ線、その正体を知るものはナズーリンしかなく、そもそも穣子は自分が妹の方だと認識されたのが嬉しくて仕方なかった。テンションからいうと、ボケ率の高い姉の方が妹と判断されがちであるため、穣子ももうちょっと勢いを乗せたツッコミをするべきだろうかと日々右腕の筋肉増強に勤しんでいる途中であったのだ。
「な、なにかな。結婚を申し込まれても、その、まだ会って間もないし……で、でも、お友達からなら、私たちうまくやっていけそうな気が」
「ひゅーひゅー」
「お姉ちゃん、指笛鳴らせないからって口で言うのやめなよ」
「とりあえず、他人のおならを誘発させるのはどうかと思う」
 ぎくり。穣子は瞬時に脂汗を掻く。
「芋の匂いか。今頃、里は大変なことになっているだろうね」
「そんな、私は出来心で……」
「たかが放屁、されど放屁、だ。君はあれだな、他人のでかい屁を顔面に浴びせかけれられた者の気持ちというものがまるでわかっていないな」
「浴びせかけられたんだ」
「たとえばの話だ。実際されたわけじゃない」
「あ、そう言われれば、なんかすごいおなら臭い。うわすごく臭い」
「やめろ」
 わー。秋静葉は逃げ出した。
 しかし回りこまれてしまった!
「発言を取り消せ」
「おならぷう」
「そうか。では冥府にお連れしよう」
「ま、待って!」
 姉の窮地に手を伸ばすのは、やはり妹の穣子である。ダウジングロッドの先端を口に突っ込まれ、あぐあぐと喘ぐ姉の哀れな姿に、出てもいない涙を拭う。
「わかった。今すぐに呪いを解くわ」
「そうか。でもそうじゃないんだ。私は」
「大丈夫、芋の匂いは香水だから、そこから派生したおならもまたあなたの香水になるから……」
「違う。そうはならない。だから私は」
「オータムオーラフルパワー!!」
 説明するまでもなく、テンションがフルマックスになった秋穣子は、今まで発動した全ての補正効果を打ち消すことが可能である。
 それに伴い、放屁の呪いを掛けられていた十五人のお腹は正常に戻り、おならを喰らったナズーリンは今もなお多少おなら臭かった。
「おい」
「……お姉ちゃん、私、間違ってた」
「うん。いいのよ、間違いは誰にでもあるの。でも、それに気付いたあなたは、新しい扉を開くことができる。――そう、新しい季節への扉を」
「お姉ちゃん……」
 気が付けば、どさくさに紛れて静葉もナズーリンの拘束を解いていた。
 全身にまとわりつく紅葉がとても鬱陶しい。
「そんなにおなら臭くないよ」
「来たるべき冬……それに立ち向かうため、私たちは強くならなければいけない。わかるわね、穣子」
「暗黒六天魔王、レティ・ホワイトロック……」
「そう。七度世界を滅ぼし、幾百を越えるリリーホワイトの犠牲の上に成り立った仮初の春も、封じられたレティが息をするたびに容易く揺らいでしまうのであった」
「お姉ちゃんその話長くなる?」
「いや、もう飽きたから帰ろっか」
「そだね」
 帰ろう帰ろう。カラスは鳴かないけど飽きたから帰るのは歴史の必然である。
「意外に無視されるというのも悲しいものだね」
「さよなら、ネズミさん」
「あ、うん。さようなら」
 どさくさ紛れに挨拶をされて、何か釈然としない思いに苛まれながら、ナズーリンは意気揚々と去って行く秋姉妹を見送る。
 やれやれ、と嘆息し、袖の匂いを嗅ぎ、尻尾の匂いを嗅いで、やっぱりおなら臭くはないよ、と自分に言い聞かせてナズーリンもその場を後にした。

 

 残されたのは、かすかに漂う芋の香りと、人知れず流れたネズミの涙一滴であった。

 

 

 

 



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2009年9月9日 豆蔵・日間・藤村

 



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