スパげってゐ

 

 

 

 そんなプラカードを下げたてゐが廊下の向こう側から歩いてきたので、私は逃げた。
 まさに脱兎。
「待ちなさい」
 なんで敬語。
「人の顔を見るなり踵を返すとは、地獄に落ちても文句は言えませんよ」
「顔っていうか、プラカードっていうか……ていうか、何それ」
「スパげってゐ」
 意味がわからない。
「スーパーげっ歯類てゐちゃんの略です」
「いや、ウサギはげっ歯類じゃないし……」
「スーパーげっ歯類てゐちゃんとかいう妄想を広げては悦に浸っている、気持ち悪い上に頭が可哀想な鈴仙」
 なんでそんなくそみそに言われなきゃならんのか。
 てゐはてゐで真面目ぶった顔してるし、勘弁してほしい。
「スパげってゐ!」
「どうした大丈夫か」
「やだ、鈴仙が妄想してた決めポーズだよ」
「妄想してねえし」
「あとなんで鈴仙に敬語使わなきゃなんないの」
「それは私が聞きたい」
「スパげってゐッ!」
「げふっ」
 何を隠そう、私の鳩尾にてゐの拳が突き刺さったが故に漏れた呻き声である。
「必殺技です」
 まあ急所だから必然そういうことになるよね。
 どっちかというと撲殺天使とかマジカルなナースの類なんじゃないかとも思うが、その方がよっぽど酷い妄想なので自重しておく。私もブレザーだし。
 痛みが引いてきたところで、気になっていたことを尋ねてみる。
「……スパゲッティー食べたの?」
「うん」
 こくりと可愛らしく頷いて、再びポーズを決める。お気に入りらしい。
 しかし実年齢がハイレベルなわりに子どもっぽいところもあって、その全ての行動が計算ずくでなされているのではないかと邪推しそうになる。
「ちなみに鈴仙の分はありません」
「あ、そう」
 まあ初めから期待はしてなかったけども。
「というか私が食べました」
「てめえ」
「とてもおいしかったです」
「いけしゃあしゃあと……」
「わあい! ありがとう鈴仙!」
 私がプラカードを掴み、膝打ちでへし折った時にはもう、てゐは紐を引きちぎって逃走を開始している。
 まさに脱兎。
「膝が痛い……」
 まっぷたつに割れたプラカードには、毛筆の『スパげってゐ』が悲しく記されている。無駄に達筆である。
 これに掛ける労力の一割でも私に傾けてくれれば、今頃空腹に苛まされることもなかったのにな、と痛むお腹をさすりながら台所に向かう私であった。

 

 

 そしてようやく辿り着いた台所には、作りたてと思しき赤いソースの麺類が置いてあり、傍らにはこれ見よがしに人参のペンダントが置き去られていたりした。
 『べ、別に鈴仙のために作ってあげ』とか毛筆で書いてある紙は脇にどけて、何となく騙された気分だったけどそれでも嫌な気分ではなくて、私は用意されていたフォークを手に取って生真面目に手を合わせた。
 確かにてゐの行動は計算ずくなのかもしれない。
 まあ、そういうのも含めててゐの味なんだろうな。
「いただきまーす」
 はむっ。
 ……たった一口、食べてみればすぐにわかる。

 

 これが、紛れもないうどんであるというのに――。

 

 しかもおいしいのがなんか腹立つ……。

 

 

 

 



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2011年1月23日  藤村流
東方project二次創作小説





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