あがりくすくす

 

 

 

「何これ」
「きのこ」
 いやそれは見ればわかるけど。
 古山水の庭園に山積にされたきのこの山を仰ぎ見て――ちなみに、残念ながら大袈裟な言い方じゃなくて、ほんとに仰ぎ見なきゃいけないくらい高々と積み上げられているんです――、鈴仙・優曇華院・イナバであるところの私は、傍らに立っている因幡てゐにもういちど聞き直した。
「……何、これ」
「鈴仙が性的に好きなきのこ」
 ちゃうわ。
 この子に真正面から付き合うと結構大変なので、そこそこ斜に構えて話すことにする。
「ていうか、こんなん一体どうやって運んできたのよ」
「勘違いしてるみたいだけど、これ私が運んだんじゃないよ」
「じゃ、誰が」
 問い詰める私に向かって、てゐはちっちっと人差し指を振る。
「忘れてるかもしれないけど、ここは幻想郷なのよん」
「知ってる」
「誰かが運んでこなくても、誰に頼まれなくても、忘れ去られ、幻想になったものはここにやってくる。そこに、ヒトやウサギやナマモノが介在する余地なんてないのさ」
 なるほどね。
 そう訳知り顔で語るてゐは、それなりに年を重ねている。見た目と裏腹に、私よりずっとずっと長く生きている。幻想郷の在り方、その仕組みなどはとうに理解しているんだろう。ちょっと感心した。
「でも、なんで永遠亭なのよ」
「さー」
「さー、て」
 そんな無責任な。
 てゐは、知らんこっちゃないねとばかりに頭の後ろで手を組み、きのこの山から転げ落ちたきのこを足蹴にしていた。行儀が悪いったらない。
「てゐー、やめなよー」
「あ、食べる?」
 山から一本きのこを引き抜き、さりげなく差し出してくる。私の手は明らかにその申し出を断っている体勢なんだけども、てゐは私の唇に容赦なくきのこの傘の部分を押しつけようとする。やめい。
「てゐ。世の中には、食べられるように見えても毒性のあるきのこがたくさんあって」
「大丈夫だよ! 鈴仙なら!」
「何その根拠のない自信」
「じゃ、ほんとは駄目かもしれないけど鈴仙なら別にいいよ」
 本音が出た。
 だからぐいぐい押されても食べないよ。あと無駄に卑猥だよこの絵面。
「ほらほら食べ物無駄にしちゃ駄目だよーちゃんと食べなよー」
「うぅ……今更そんな正論振りかざされても……」
 無理やりきのこを滑り込ませようとするてゐの嫌がらせを、どうにかこうにか首を振ることでやり過ごしていると、不意になんでこんなことしてるんだろうと自分を見つめなおす機会を得た。
「はい、あーん」
「あーんじゃないし……」
 得たところで、特にするべきこともなかった。
 大概そんなもんである。
「暇そうね」
「し、ししょー……」
 我ながら、情けない台詞だと思った。
 助け舟のごとく参上仕った八意永琳師匠の存在にも怯むことなく、てゐは二本のきのこを私になすりつけている。なんか増えてた。
「ぐりぐり……」
「どうしろと……」
 いいかげん鬱陶しくなってきたので、左右からほっぺたを刺激する硬いのか柔らかいのかよくわからないきのこ状の物体を、私は咄嗟にしゃがみこむことで回避した。
「あ、わっ」
 そうして体勢を崩したてゐに足を引っ掛け、思い切り蹴り上げることで小さな身体を半回転させる。今やてゐの頭は地面に程近く、このままいけば背中から地面に叩きつけられるところである。
 だがしかし。
「だがしかぁぁしッ!」
 咆えるてゐ。
 なんと彼女は片手で自重を支え、着地するどころかハンドスプリングの要領で更に回転を速めた。気付けば、もう一方の手には杵が見える。きのこはどこ行った。
 殺る気満々のてゐを前に、私は観念した。
「……はぁ」
 静かに嘆息する。
「喰らえーッ!」
 眼前には、回転の勢いそのままに杵を振り下ろさんとしているてゐの姿が。
 退かず、動じず、躊躇わず。
 明鏡止水の心持ちでもって、私は、冷酷とさえいえる声色を紡いだ。

Reject(去れ)

 伸ばした手のひらは吸い込まれるようにてゐの胸元に触れ、何もしなくても、行き場を失った推進力がてゐの体内に逆流する。それは交通事故の衝撃に近い。
 めきっ、という、どこか嫌な音がした。
 気にしたら負けである。
「んぎゅ」
 てゐが変な声を出す。
 ちょっと宙ぶらりんな体勢になっているてゐに、残酷だけれど、お仕置きとしてトドメの一撃を。
 推進力がゼロになった状態から、私はようやく自分から腕を前に突き出す。それは空気を押すくらいに他愛もない動作で、だからこそてゐはいともあっさりと吹き飛んでくれた。
「ぎゃあぁぁーッ!」
 悪役じみた悲鳴をあげながら、てゐはきのこの山に激突した。
 あとは誰もが想像したように、どんがらがっしゃんと崩れ落ちる山の中に、哀れイナバの白兎は埋もれてしまうのであった。
 まあ平気なんじゃないだろうか。多分。
「墓標ね」
 振り返ると、師匠が合掌していた。本気か冗談か、いまいち判別ができない。
 ぽてくりと落ちたきのこを拾い上げ、一応、師匠にも見てもらう。師匠は念のため手袋を嵌めてからそれを摘まみあげ、ひととおり全体像を見極めてから、再び私の手のひらに返した。
 師匠は淡く微笑んでいる。その意図は、毎度読めない。
 もしかしたら、いやもしかしなくても、私の洞察力がないだけなのかもしれないけれど。
 なんかそんな気がしてへこむ。
「食用よ、それ」
「なんですか。食用」
「食べてもいいのよ?」
「そんなに食べるもの困ってませんよ……」
「朝鮮人参?」
「そんなに食べませんよぅ……」
 薬はまた毒にもなり得る。
 あるいは、このきのこもまた、同じようなものなのかもしれない。
 憶測だけど。
「過ぎたるは尚及ばざるが如し、ということね」
「しかし、どうしましょう……これ」
 胡乱な瞳が向かう先は、山積されたきのこの山である。どうしようもない。匙とタオル投げたい。
 月の天才ならばと救いを求めるように振り仰いでも、師匠はただ曖昧に微笑むのみで、何らかの形ある答えを提示してはくれなかった。
 けれど唯一、師匠は告げた。
「食べてもいいのよ?」
 食べさせたいらしい。
「要りません」
「あら、そう」
 師匠は笑っていた。
 うーん。
 よくわからん。

 

 結局、きのこの山は絶賛放置することになったのだが、数日後、何かの切っ掛けで喧嘩し始めた姫様と竹林の自称焼き鳥屋が、中庭に積みあがった全てのきのこを丹念に焼き上げ、その匂いに釣られた人妖たちがこぞって永遠亭を訪れ、その機に乗じたてゐがここぞとばかりにきのこをそこそこの値で売り払い、物の見事にきれいさっぱり売り切った。
 その売り上げは五割方永遠亭に捧げ、残りは部下のうさぎたちに分配したとかしなかったとか。
 ちなみに、私には最後のきのこをくれた。
 焼け焦げたそのきのこをやけ気味に食べてみると、意外に結構な味がして、これならいっそ意地を張らずに、最初から食べておけばよかったな、とちょっと後悔したりもした。
 そんな話である。

 

 なんじゃそら。

 

 

 

 



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2008年3月27日 藤村流

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