3→2→1

 

 

 

 時計を確認しても蓮子は来ない。それを当たり前のこととして予定に組み入れる私は、愚かだろうか賢しいだろうか。蓮子が確実に遅れてくるということを信じ切って三十分ほど遅れて喫茶店にやってくるのは、相手を信用している証拠なのだから友達甲斐のない奴と揶揄される謂れもない。何処の誰とも知らない輩の杓子定規に付き合う道理はないのだ。
 だがやはり時計を確認しても蓮子は現れず、店員に三杯目のモカを頼んだところで彼女の姿を窓越しに確認した。
「一時間、二十三分、五十一、五十二、五十三……」
「怖いわよメリー。いたいけな子どもたちに、おねーちゃんこわいーって通報されたいの?」
 何故かしたり顔で登場する蓮子が頼んだのはレモネードだったが、私は店員さんに角砂糖三個入れといてと耳打ちしておいた。
 喫茶店にて向かい合う私たちは、この町にある大学で秘封倶楽部というサークルを運営している。端的に言えば、この世の謎を漁っては勝手に楽しもうという実に即物的なチームなのだが、少しばかり俗っぽい方が人生楽しめるというものだ。
「通報はされないでしょう。どんだけ犯罪者顔してるのよ、私は」
「あまりの美しさにすれ違う男どもの目を潰してしまった罪過」
「それは、どちらかというと見るに耐えないものを指す」
 へぇー、と感心したように笑う蓮子の顔面に帽子を投げ付け、此度の用件を窺う。
「私は、さっきまでレム睡眠下にありました」
「ノンレムじゃなかった?」
 どちらでもいいので無視。
「それを着信攻撃によって覚醒させやがったからには、そこんじょそこらの用件じゃあ宇佐見蓮子の戸籍が無くなりますよ?」
「メリー、とりあえず右見な」
「何よ」
 そこには、トレイを持ったまま動くに動けなくなってしまった女性店員の姿があった。
「お、お客様? ……ご、ご注文の品物を」
「ありがとうございました!」
「ひぃ!」
 矢継ぎ早に告げて、店員さんをうちらのテーブルから遠ざける。ついでにしばらく来ないでくださいと半眼で訴える。店員さんはこくこくと頷きすぎて首が落ちそうだった。
「……恥ずかしい……」
「メリー、早く逃げないと海上自衛隊に拿捕されるわよ」
「管轄が丸ごと違う」
 嘆息し、ちゅーちゅーとレモネードを啜っている宇佐見蓮子を眺める。だが糖分は気にならないのだろうか。謎だ。
 突っ伏していた私の顔を無理やり起き上がらせて、蓮子はついに本題に入る。あと唇にレモンの皮ついてるから剥がせ。気になる。
「というわけで、今週のお題ー」
「お題なのか」
「ペットボトルロケットは宇宙を飛べるか?」
「宇宙船からぺいって吐き出せば何とか。デブリになって超迷惑だけど」
「誰が体脂肪率30%だ」
「少なくとも私ではない」
「じゃあメリーね」
「私ではないと言っておろうに」
 せめぎあう二人。絡まる視線、飛び交う殺意。
 グラスに収まった氷が砕けたとき、蓮子が撃鉄を起こしたのかと本気で思った。
 蓮子はいそいそとペットボトルをテーブルに置き、早速燃料らしきものをとくとくと注ぎ込むというか屋内で事に及ぶなこの粗忽者。
「ちなみに聞くけど、その液体はなに」
「まず、劣化ウラン弾を摂氏10000度前後で溶かし」
「次は小指ね」
「ただの炭酸水ですが何か問題でも?」
 彼女の薬指を限界まで捻じ曲げる私に対し、あろうことか逆切れする宇佐見蓮子。脂汗を掻いているわりには粘る粘る。
 というか、私たち既に注目の的ですね。まあ二人して立ち上がってるからね。しゃあないしゃあない。
「で、あなたは見た感じそれに蓋をしてしゃかしゃか振っているように見える」
「大正解!」
「振るな。やめろ。破裂する」
「俗に、これをエントロピーの増大と」
「言わねえ」
 何がしたいのか分からないのならともかく、何がしたいのか最初から最後まであからさまに分かってしまうところが私と蓮子の業の深さと言いましょうか。
「あ」
「あ」
 触れ合った手がペットボトルを掠め、密閉された容器の内側で爆発する瞬間を待ち侘びていた小さな爆弾が、何といいましょうか、テーブルの角にぶつかり、そして地面に不時着するまでの間に、運悪く蓋が緩んでいたのでしょう――。

 

 

 蓮子はお星様になりました。
 終わり。

 

 

 



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2006年8月13日 藤村流

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