天気予報は晴れのち曇り、雨が降るのは明日になるだろうと言っていたけれど、予報に反して夕方頃にはぽつりぽつりと雨粒が落ち始めていた。
 急激に曇り始める空を見上げて、渋谷凛は眉を潜めた。
「まずいなぁ……」
 傘は持っていなかった。学校の帰りに事務所に寄るつもりだったのだが、雨となればのんびり歩いているわけにもいかない。
 小降りであれば、そう遠い距離でもない、一気に駆け抜けようとも思ったが――生憎、雨は次第に激しさを増してきた。
「あぁ、もう……!」
 途中にコンビニはあるものの、まだ距離はある。それより先に雨宿りだと、近場のファミレスの軒先に慌ただしく駆け込んだ。
 夕立の勢いにも似ているが、いくぶんか長続きしそうな雰囲気がある。
 まだ降り始めといった程度だから、大して濡れてもいないのだが、この湿度が高い季節に服が濡れるのはやはり気持ちの悪いものだ。
 雨に打たれた通行人が、寄らば大樹の陰とばかりに次々と駆け込んでくる。会社帰りか学校帰りか、スーツ姿や高校の制服姿も見て取れる。
「……ん?」
 その中に、見覚えのある影を見付けて、凛はその少女に声を掛けた。
「緒方さん」
「……あっ」
 緒方智絵里。事務所の同期である。
 年齢は凛のひとつ上で、学年のひとつ上のはず、である。
 というのも、身長は凛より10cmほど低く、また細身であり童顔でもあることから、とにかく年齢通りに見られないことが多い。背丈に関していえば、凛が高い方であるという見方もできるのだけれど、それはさておき。
 智絵里は、濡れた袖口を気にしながら、丁寧に頭を下げた。
「こ、こんにちは。き……奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」
「……いや、事務所も近いし、そうでもないと思うけど」
「そ、そうですか。そう、ですよね……」
 まるで自分自身に言い聞かせるように、智絵里は湿った毛先を擦りながら、言った。
 誰に対してもそうなのか、凛に対する恐れなのか、智絵里はまごまごしている。居たたまれない、という表現が正しいのかどうか。
 凛より後に避難してきた人たちは、早々とファミレスに入店していた。凛は手持ちの所持金を思い浮かべて、多少は時間を潰しても問題ないと判断した。
「……とりあえず、入ろっか。ここで話してても邪魔になるだけだし」
「は、はい」
 恐縮しながら、智絵里は凛の後に続く。
 これじゃどっちが年上がわからないなぁ、と苦笑いをしながら、凛は開閉を繰り返している自動ドアの間を通り抜けた。

 

 適当にドリンクバーとポテトを頼み、お互いにほっと一息つく。
 嵌め殺しの窓から見える空模様は、今日と言わず明日も明後日も雨を降らせてやろうかといった具合の暗さであった。風は無く、雨はただ真下に落ちてアスファルトを濡らす。
 憂鬱かといえば、凛はさほどでもなく、智絵里にしても、雨そのものに負の感情を抱いているようには見えない。精々、事務所に遅刻の連絡をするのがちょっと面倒かな、といった程度の煩わしさが浮かんでいるくらいだ。
 ふたりとも、口が達者な性分ではないから、言葉少なにソフトドリンクを傾けたり、上がる様子のない雨を眺めたり、の繰り返しである。
 凛は、自分の愛想の悪さを知っているから、こういう雰囲気にも慣れているのだが、智絵里の方はそうもいかないようで、何か話すきっかけを探しているようである。
 事務所に入った当初こそ、いつも何かに怯えていた智絵里だったが、今では少しだけ前向きな性格になっている。声は小さく、頻繁に言葉を詰まらせ、決して会話が得意な方ではないが――それでも、人と関わりたい、という思いは十分に伝わってくる。
 結露に濡れたグラスを置いて、凛は智絵里と目を合わせる。
 目が合った智絵里は、どう切り出せばいいものか、あうあうと口を不器用に動かしていた。
「……あのさ、前から思ってたんだけど」
「は、はい。なんでしょう」
 恐縮しきり、と言わんばかりに智絵里は膝の上に手を置く。
「別に、そんなに年が離れているわけじゃないし……敬語、使わなくてもいいよ。年下の私がいうのも、ちょっと変だけど」
「……う、うん」
 どう答えたものか、智絵里は曖昧に頷くに留めた。
 店内にも音楽は流れているし、窓際だから雨音も響く。たとえ沈黙を守っていても困ることはないのだけれど、人の声を聞くことの心地よさもまた、わかる。
「……え、えっと……渋谷、さん、じゃなくて……」
「うん」
「……り、凛ちゃん?」
「そ。私も智絵里って呼ぶことにするから。いいでしょ?」
「……う、うん」
 先程と同じ、けれども表情はいくぶんか綻んでいた。
 その証拠に、伏し目がちに口の中で何回か凛の名前を繰り返して、不意にぱっと顔を上げる。
「凛……ちゃん」
「……なに?」
「あ、その……なんでもない、けど」
 少し申し訳なさそうに、智絵里は目を伏せる。
「……ごめん、別に怒ってるわけじゃないの。声が冷たい、ってよく言われるから、気を付けなきゃいけないって思ってるんだけどね」
 凛には珍しく、声に熱を含ませて、慰めるように語りかける。
 智絵里は「大丈夫」というように小さく首を振って、やや無理に笑顔を作ってみせた。
 お互いに、不器用な性格だな、と思っていた。自分も、相手も、上手く話そうとして、全く上手くいかない。
「大丈夫……大丈夫だよ、凛ちゃん」
「そっか。よかった」
 本当は、良いのかどうかもよくわからなかった。でも、智絵里が凝り固まった態度を少しでも崩してくれたから、会話を試みたことは成功だったのだと信じたかった。
 すると、安堵した凛の表情を見て、智絵里もようやくわずかに微笑む。
 その理由が、苦笑とはいえ凛が笑っているからだと理解して、凛は照れ臭そうに智絵里から目を逸らす。窓の外は、相変わらず雨が降り続いている。
 それから、会話は続かなかった。
 趣味とか、実家の話とか、学校の話とか、すべき話はあったのかもしれない。けれど、これ以上は、もう少し時間を置いてからの方がいいんじゃないか、と凛は思っていた。
 ふたりの仲がほんの少し縮まって、それで終わり。
 雨の勢いも少しずつ弱まって、日が暮れる前には、外に出られるだろう。
「……雨、上がりそうだね」
「そう……だね。凛ちゃん」
「うん」
 智絵里はまだ、名前で呼ぶことに慣れていないようだった。でも、ゆっくりでいい。そんなに焦らなくても、縮まるものはいつか縮まる。やまない雨がないように、伝わらない思いも、縮まらない距離もないのだ。きっと。
 そういうものだと、せめて自分は信じていたい。
「――じゃ、行こっか」
「うんっ」
 雨が上がって、晴れ間が除き、ふたりは立ち上がる。
 今度も凛が前を歩いているけれど、凛の背中を見る智絵里の目線は、入店した時よりもわずかに高かった。

 

 

 

 



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2012年6月30日  藤村流
THE IDOLM@STER シンデレラガールズ
二次創作小説






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