信号機の心
昼休みより若干早い時間に、俺とことみは図書室にいる。
何故なら俺は不良でことみは天才だからだ。わかりやすい。
だが、そんな俺らでも立派に繋がりがあるのだから人生は不思議である。
ことみは図書室の床に弁当箱を並べ、俺はその隣に購買で収集してきたパンのあれこれを陳列する。よくもまあこれだけの種類を商品化したもんだと感心してしまう。ことみなど瞳を輝かせている。
……これぐらいで喜んでくれるのだから、とても安上がりなキャラクターと評しても問題はないのではなかろうか。いや、本人の前では絶対に言えないが。そこは素朴とか純粋とか穢れを知らないとかいう単語で誤魔化そう。
「美味しそうなの……」
じゅるり、と涎を垂らしそうなほど真剣にパンの群れを品定めする。
その中で、見慣れたパンの袋に手を伸ばした。ラベルには『三色パン』とある。
「今日はこれにするの」
「今日『も』だろ。それ好きだなーおまえ」
「朋也くんにも、半分こ」
「いや、俺の分はあるから――」
「はんぶん……」
少しずつ、素人目にはわからないくらいゆっくりと目が潤んでいく。どうも、50:50という観念がことみのアイデンティティの形成に深く根差しているらしい。
「……わかったよ、半分な」
「うんっ」
笑みがこぼれる。そして、喜び勇んでパンを丁寧に解体していく。
その手の隙間から見えた意外な色彩に、思わず目を疑った。ちなみに俺の視力は最低でも1.0はあるはず。
――黄色?
通常、三色パンとはクリームとチョコとピーナツの三要素で成り立っている。中にはマーガリンやイチゴジャムを絡めてくる場合もあるが、今日買ったブツは前者のオードソックスなタイプであるのに。
それにしたって黄色はおかしい。何かが決定的に間違っている。そして、何よりもそれを間近で確認していることみが、嬉々とした表情のまま何の躊躇いも違和感もなく俺に三色(?)パンの片割れを差し出しているのかが分からない。理解できない。
……なんてことだ。理解不能であるということが、こんなにも恐怖を誘うものだったとは。
「……どうしたの?」
「あ、いや――。三色、パンだよな。これ」
「? 確かに、赤と青と黄色、いつも通りの三色なの」
――いつも通りじゃねえ……!
力強くつっこみを入れようとして、小首を傾げたことみの純真無垢な顔に全身が硬直する。
て、天然ボケか……。ならば、このスリーカラーズトライアングルに疑問を持つはずがない。採取する情報の範囲が際どく限られていることみにとっては、惣菜パンの中身など全て新情報であり、疑いの目を向けるべき対象ではない。
だからこそ、何の躊躇いもなくその片割れを口に運んでむしゃむしゃと咀嚼しておまえ本当に平気なのかっ!?
「――うんっ、いつも通りの味。とっても美味しいの」
「そ……それは良かったな」
「朋也くんも食べてみて」
「ど……どうしても?」
「?」
俺が何に警戒しているかわからないようだ。むしろ、赤も黄色も現役バリバリの危険色なのだが。
仕方なく、背筋を流れる汗の冷たさを意識しながらパンを受け取る。その時点でことみは既に三色(?)パンを美味しく頂いた模様で、早くも次に食すべきパンの選別に忙しい。
「くぅ……食べるか死ぬか、それが問題だっ」
哲学的に言ってみたが、何の解決にもならない。ことみも気に掛けてくれない。
赤――これは、なんだろう。端の方にちょろっと見えるのは、白菜なのか。
黄色――これは、なんとなく想像がつく。問題は、赤に匹敵するほどに塗りたくられた黄色の量にある。
青――これは、まずありえない。青野菜とは昔の人もよく言ったものだ。それはそれとして、ほうれん草をブレッドにブレンドさせようとしたあなたの正気を疑う。
さて、審判の時が来た。
「い……いただきます」
「いただきましょう」
ことみが選んだコッペパンとこの三色パン改め信号機パンを交換したい衝動に駆られながら、俺はことみが見ている前で、やけくそ気味に信号機パンを噛み潰した。
後日、俺は早苗さんに土下座して信号機パンの出荷を停止してくれと談判した。
早苗さんは泣いたが、俺に同情してくれたオッサンも信号機パンを食って泣いた。俺は最初から泣いていた。だから痛み分けである。
結局、購買の三色パンに信号機パンが混じることは二度と無かった。少なくとも俺が知る限りは。
そして、密かに信号機パンが好きだったことみがちょっとだけ寂しそうにしていたのは、俺の胸の中にだけしまっておこうと思う。
でなければ、再び地獄の門を開けてしまいそうだから――。
−幕−
・くらなど祭りのお題「色」と「料理」の没ネタが合わさって出来たもの。
ギャグはこれくらいの濃さの方が受け入れられやすいのかなあとも思った。
SS
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