五つ星

 

 


 星が綺麗な夜だった。
 人間は宇宙からやってきた、なんて言う人もいるけど、俺にはあまりピンと来ない。細胞とか遺伝子とか言われてもチンプンカンプンだ。
 ただ漠然と、得体の知れない懐かしさを覚えるくらいで。
 もしかしたら、この星は俺が子どもだった頃に見た星と同じで。
 きっと、父親と母親も一緒に手を繋いでいて――。


「岡崎さん」
「――ん、ああ」
「UFOでも見付けましたか」
「だったら、良かったんだけどな」
「ヒトデなら三千点獲得です」


 何のゲームだろう。
 とりあえず今は、俺の隣に風子がいて。
 なんだか馬子にも衣装とか言いようのない着物を着せられて。
 公子さんが、嫌がる風子を説得しながら着せて行った光景が目に浮かぶ。
 ……まあ、俺もダシに使われたんだろうけどな。
 でも、風子の珍しい姿が拝めたのなら、全部帳消しだ。
 もう一度、憎らしいくらいに晴れ渡る空を眺める。
 満天の空に、無限の星屑。天の川の季節にあって、人気の少ない河原の土手に二人きり。


「今日、晴れて良かったな」
「全くです。風子の祈祷が天に届いたと言っても過言ではありません」
「……祈祷? てるてる坊主じゃなくて?」
「日本では、そう呼ばれることもありますね」


 どこでもそうだと思うが。


「伊達に風子も『アメフラシ』の称号を獲得していませんので、これからもどしどし風子に頼ればいいと思います」
「雨を降らしてどうする」


 薄っぺらい胸を張る風子に、軽くチョップを当てる。
 その後、風子は人知れず俺の太ももを抓り続けていたが、多少なりとも鍛えている俺にそんなものは通用しないのであった。
 無駄な努力と悟ってか、風子も俺と同じように果てのない蒼穹を見上げる。等身が低いので、首を傾けすぎると土手から落下するんじゃないかとも思ったが、そうそう面白いことにはならず。


「……あれ」
「んー」
「ヒトデの形をしています」
「ヒトデじゃねえよー」
「伊達に、スターフィッシュという名前を付けられてませんから」
「順番が逆だろー。星に似てるからスターなんだよ」
「違います。ヒトデに似ているからスターなんです」
「いや、星だからスターなんだよ。その次にヒトデ」
「ヒトデがスターなんですっ」
「じゃなくて、スターが星だから、ヒトデはスターじゃない…………あれ?」
「意味が分かりません」
「それをお前が言うかっ」


 二度目のチョップに、身体ののバランスを崩して河原の方へ滑っていく風子。
 本人も「わーっ」とか緊張感のない叫び声をあげているから、さほど心配する必要もないとは思うが。
 暗い足元に気を付けながら、ゆっくりと土手を下る。
 河原には、他にも幾つかの人影があった。家族連れやカップル、勿論一人の奴だっている。
 それほどまでに、今日の星空は美しいんだろう。


「……岡崎さん」
「……んー」
「足を痛めました。助け起こしてください」


 見れば、確かに跪いた状態でこっちを見上げている。
 だが、痛みを感じているようには全然見えない。
 誇らしげな眼差しの意味も気になるが、やはり手を差し伸べるべきなのかもしれない。


「しゃあないな……。ほれ」
「……うぁ。ごつい手ですね」
「言いたいことはそれだけか」


 一方、風子の手のひらはやけに小さく、いやに滑らかだった。
 あの日、俺と手を繋いでいた二人も、同じようなことを想っていたのだろうか。
 ――こいつを、守ってやりたいと。
 そんなふうに、誓っていたのだろうか。


「岡崎さん」
「なんだ。苦情は受け付けんぞ」
「若干ごつい手ではありますが、なかなか男らしい手だと思います」


 ――だとしたら、嬉しい。
 あのときの俺も、あまり思い出せないけれど、きっとそんなことを考えていたんだろうから。


「……へ。ありがとよ」
「どういたしまして」


 不器用な謝辞を折り返し、分不相応な星空の輝きに見惚れる。


「綺麗な星ですね、岡崎さん」
「んー、そうだなあ……」
「こういうときは、『この星よりお前の方が綺麗だぜ』とか言うものですよ」
「言われたいのか」
「お断りします」


 違いない。
 俺たちは星じゃないから、たまには輝けなくなるときもある。
 地面に這いつくばって、くすんだ煙を吐き出しながら、最後まで駆けて行くしかない。
 だが、まぁ、それでもいいさ。
 そうでなければ、守れないものだってある。
 自分自身が輝かなくても、輝ける誰かの背を押し、背を守ることは出来る。
 それこそ、光の対極にある影にしか出来ないことだ。
 出来るなら、俺はそうありたいと思う。


「なあ、風子」
「なんですかー」
「面倒くさいから、あれはもうヒトデでいいや」
「投げやりなのが気になりますけど」
「だって、あれがヒトデだってんなら、素直にお前の方が可愛いって言えるからな」
「失礼ですっ」
「あぁ、すまん。ちょい言い過ぎた」
「ヒトデは、風子と同じくらい可愛いに決まっています!」
「そっちかよ」


 呆れ混じりの溜息も、満たされている証。
 ヒトデの形をした星の下で、掛けがえのない誰かと手を繋いでいる。


 願わくば、この幸せを。
 いつまでも、この星空の下で。

 

 

−幕−

 

 



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2005年7月21日 藤村流

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