風子とキャッチボール





 あの日、風子はいつものように道行く学生たちにヒトデ(の彫刻)を配り歩いていた。
 そこで目を付けたのは俺も知っている藤林杏&椋コンビ。将来はきっといい漫才師になると俺は踏んでいる。細かいところでいうと海原千里万里とか、みんなは知ってるかな? 片方は現・上沼恵美子だ。
 それはともかく、風子はその藤林組にヒトデを渡した。
 最終的にそのヒトデが藤林杏の投擲により廊下を舞い、春原に命中して春原が夜空の星になったというのが事の顛末である。まあ春原はすぐに復活したが。
 つまるところ、風子は空飛ぶヒトデを今でも夢見ているのだ。
 そんな訳で。




「野球しましょう、岡崎さんっ!」
「なぜにそうなる」
「風子、あの空に輝くヒトデの星になります」
「学校の屋上から飛び降りれば、あるいは……」
「違いますっ!」
「あ、ヒトデなんだから海に飛び込まなきゃ駄目だよな。うん」
「納得しないでくださいっ!」

 風子は今日も元気です、公子さん……。そっちは大丈夫ですか? 芳野さんがトリップしてはいませんか? というか早苗さんのパンで強制トリップしてないですか?

「なんだか現実逃避してますっ! 最悪ですっ!」
「いや、逃避したくもなるだろ……。大体、野球するのはいいけど人手が足りないだろうが」
「ヒトデなら……」
「そういうボケはいらん。野球するのは最低限9×2人の人員が必要だ。主審や塁審、あと競技をスムーズに進めるための球拾いも必要だな。加えてある程度の敷地面積も必要になってくる。バットは最低4×2本、ボールはあるだけあった方がいい。ベースやミットは当然、出来ればスパイクも欲しいところだ。
 ……さて、今のおまえにそれが用意できるか?」

 そこまで言い切ると、さすがの風子もぐぅの音が出なくなったようだ。
 しかし、空き教室の机にめいっぱいの体重をかけて駄々をこねる。あぁ、こいつは本当に駄々をこねる姿が似合うなあ。

「別にテレビでやってるようなどんちゃん騒ぎじゃないですっ。ただヒトデを夕暮れの空に飛ばしたいたけですっ!」
「……ようするに、おまえはキャッチボールがしたい訳だな。ヒトデで」
「はい。キャッチヒトデです」
「語呂が悪いな……。というか、室伏に投げてもらった方が早いと思うが」

 金メダル獲ったし。一応。
 だが、風子は俺のナイス提案にも耳を貸さず、あくまでヒトデの投げ合いにこだわる。なぜ。

「……どうしてもか?」
「どうしてもですっ」
「もてしうどか?」
「もてしうど……って意味わかりませんっ!」
「逆から読んだだけだ。安心しろ」

 風子いじりも終わったところで、俺はよっこらせと立ち上がる。

「日が落ちるまでの間だからな。暗くなったらボールもヒトデも見えん」
「暗闇に光るヒトデ……んーっ、素敵ですっ」
「不気味だ……」

 妖怪決定。水木しげるの妖怪辞典に載るがいい。

「ていうか、ミットねえのかよ……」
「大丈夫ですっ。ヒトデを受け止められる器さえあれば」
「そんな器はいらん」




 他の部活の邪魔をするのも何なので、俺たちは人気の少なくなった中庭に降りた。ここならある程度狙いに狂いが生じても問題はない。
 俺と風子の距離は十メートルちょっと。風子の筋力とヒトデの破壊力を考えれば、このあたりが最もダメージが少ないだろうと判断した。

「――よし。とりあえず出来るだけの配慮はしたぞ」
「そうですか。それなら風子も……遠慮はしません!」

 ヒトデの足(というか触手)を掴み、そのまま縦方向にヒトデを投擲する風子。
 ぎゅんぎゅんと唸りを上げて回転する物体はまさしく手裏剣そのもの。
 俺は思う。
 ――こんなの取れねえ。
 首を曲げてヒトデを避ける。耳元でヒトデが風を切る音を聞く。
 ……手加減しろ。
 ちょっとした間が空き、後ろの草むらにヒトデが落下する。尋常ではない物音に、スズメだかセキレイだかが飛び立つ姿を確認する。

「……あ〜あ」
「それはこっちの台詞です! なんでですか、どうして避けるんですか岡崎さんっ!」
「……俺に、ヒトデを受け入れられる器がなかっただけのことだ……」
「しんみり言ってもダメです!」
「やかましいっ! ていうか顔面に飛んで来る方がどうかしてんだろ!」
「それくらいヒトデに愛されているんだってどうして分からないんですかっ!」
「分かるかあ!」

 咆哮する。近くに人がいなくて本当に良かった。
 やっぱりキャッチヒトデなんつー種目が成立するはずが無かったのだ。怖いし、痛いし、量産できないし。第一、ヒトデというところにこそ問題がある。

「……よし。そこまで言うならおまえも受けてみろ」
「えっ」
「今おまえ『えっ』て言ったな」
「言ってません。今のは『えっちです岡崎さん』と言おうとしたんです」
「俺のどこがえっちなのか一字未満で表現してみろ」
「ぇ、えーとですね……って規定文字数がゼロですっ!」

 風子のノリツッコミも終わったところで、俺は背後の植え込みからヒトデを発掘する。
 風子は縦回転だったから、次は横回転にしてみよう。あるいはそっちの方が捕りやすいのかもしれないし。

「んじゃ、風子も本気だったみたいだからこっちも本気で」
「岡崎さん、おとなげ――」
「どぅりゃあぁぁぁっ!」

 ハンマー投げのごとくに助走を付け、絶叫しながらヒトデというなの円盤を投擲する。
 綺麗な横回転は、もう少し高度があればUFOとして十二分に通用するものであり、なんとなく写真を撮ってどこかしらに投稿したくなるほどだった。
 しかし、悲しいかなその正体は単なるヒトデなので、誰にもキャッチされることなく、失速した状態で右に切れて校舎の壁に激突してその生涯をあっけなく終えた。
 無論、その軌道上に風子の姿はなく――。

「っておまえも逃げるんじゃねえか!」

 噴水の影に隠れる風子に一喝する。風子は、噴水の影から恐る恐る顔を出して、

「……風子に、ヒトデを受け入れられる器がなかっただけです……」
「台詞ぱくるんじゃねえ!」
「というか、あれはヒトデじゃありません! あの愛らしい腕がまったくありませんでしたっ!」
「台詞の件は無視かい。……それは仕方ないだろ、そういう物理現象なんだから」
「ニュートンさん恐るべしです……」
「そいつ関係ないからな」

 遠くでは、あちこち投げられたせいで砂まみれになったヒトデの姿がある。こうして見ると、夕焼けの赤にあの形がよく映える。あれを星と思えば、あるいはロマンチックと言えないこともないが。

「ヒトデだしな……」
「やはり、キャッチヒトデをこなすにはまだまだ経験値が足りないということでしょうか」
「何の経験だよ」
「ヒトデを倒す……」
「嫌われまくるぞ」
「あ、あっ、今のは無しです。代わりに岡崎さんを倒しますっ」
「いきなり痛え!」

 躊躇いもなく俺の脛を蹴り抜く風子。……その満足そうな顔、絶対泣かす。

「お…………おまえなあっ!」
「逆ギレですっ!」
「正当防衛だヒトデ娘ぇっ!」

 風子は早くも戦線を離脱、転げ落ちたヒトデを回収後すみやかに逃走を開始。
 ――俺は目標を風子の背中に固定、すぐさま右足を踏み出す。
 つまるところ、俺も風子も経験値が足りなかったようだ。
 お互いに、遠慮なくやり合うということの。
 だからこれはあくまで儀式、別に憎たらしいという訳ではない。断じてない。

(あぁ……こうやって自分に嘘をついていくんだな……)

 妙な感傷を心の中にしまいこみ、俺は夕闇に映える少女の背中を追走した。





−幕−







・気が付けば放課後ばっかりだねSSSシリーズ第一弾。やっぱり風子。
 ギャグしか書けないですとか言っておきながら翌日には風子シリアスを書くという嘘つき星人。
 吐きたくて吐いている訳ではないのです。ほんとに。



SS
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2004年11月21日 藤村流継承者

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