『煮干の日』

 

 

登場人物

君枝(♀)age16
 メガネ
 髪は短く後ろの方でまとめてる
 ツッコミがドライ
 よくできた弟と参考にならない父がいる

鈴子(♀)age16
 清々しいバカ
 髪が波打ってるが特に何も施していない ずぼら
 たまに毒を吐く

 

Q.なんで煮干の日?
A.一昨年の2月14日に書いたやつの続きだから

Q.煮干関係なくね?
A.チョコくれよ

 


 

1.

 

 聞いた話によれば、幼なじみが好きなひとに自分入りチョコをあげようとして(この時点で聞くのも嫌になってた)、洗面器にあけた液状チョコレートに顔を浸して火傷しそうになったのも我慢して冷えるまで待ってたら、窒息して死にそうになったらしい。
 そのまま死ねばよかったのに。
「そんなーひどいー」
「あんたの頭の方がかなり酷い」
 えー、みたいな顔をするな。
「で、結局どうしたん。チョコ」
「デスマスクチョコレートって斬新だよね」
「……あぁ、もう死んでるのか……」
 同情する。
「生きてるわー」
 ちくしょう生きてた。
「で、キミちゃんはどうするの。ちょこ」
「あんたの話聞いてると、買うのも贈るのも食べるのも自殺行為のような気がしてくるから、いい」
「ケンちゃんにはあげないのー」
 わたしはあげるー、とデスマスクを取り出しながら楽しそうに言う。
 割っていいぞ弟。殺ってもいい。
「2月14日は煮干の日だったもんで、前日に業務用の煮干を手渡したら朝には美味しいお味噌汁が」
「だしはチョコ?」
「わたしは美味しいお味噌汁と言ったはずだが」
 あんたは美味しいかもしれんが。
 しかし死にそうになったわりには元気だな。十年くらい静養しててもいいのに。
「お父さんにはあげないの? 悲しむよーすごく」
「だろうね。でもあげないね。なんでかっていうとお返しに自分入りホワイトチョコレートとかするからね」
 マジでやったからなあの馬鹿。
 窒息するところまで酷似してるのがなんか嫌だ。
「そうなんだー。わたしはお兄ちゃんにもあげるかな。喜ぶし」
「あぁ、あの常識人」
「そういうと、わたしが常識ないみたいに聞こえるー」
「ねえよ」
 欠けらも。
「14日の朝になるとねー、なんかそわそわしててかわいいのーうふふ。きっと誰にももらえないからだねー。わたしとかお母さんとかコンビニのお姉さんとかにしかすがるところがないからー」
 笑いながら蔑まされてる哀れな兄であった。
 まあ社会人になるとそんなもんだろ。
 かくいううちらは高校生なわけだが。
「じゃあ、学校に着く前にキミちゃんにも渡しとくね」
 はい、と差し出された新しいデスマスクを叩き割ろうとして、なんかマジ泣きしそうなんでやめといた。
 このまま学校行ったら目立ちすぎて私が泣くぞこれ。
 ていうか、こんなにデスマスクあるってことは何回も挑戦したってことか。あほか。
「あんたはほんと馬鹿だね……」
「えへへ」
 褒めてない。
「じゃあ、キミちゃんはチョコなし?」
「そうなるかな」
「でもキミちゃん男の子みたいだから、たくさんチョコもらえるよきっと」
「……どうしよっかなこいつ……」
 悩む。

 

 でまあ、案の定、結構チョコ貰いましたよ。
 中にはガチなのもいたし。いるなよ。
 ていうか男からっていうのはどうなん。

 


 

2.

 

 ある日、鈴子が眼鏡を掛けてきた。
 何故か知らないが、私とお揃いの銀縁である。
「あんた、そんなに視力悪かったっけ」
「ううん、両方とも4.0」
 野生児か。
「じゃ、なんで掛けてんの」
「うふふ、キミちゃんみたく、頭イイって思われたくてー」
「まあ、先にその性格直さないと無理だね」
「出る杭は打たれる」
 とりあえず頭のてっぺんを打っておいた。
 やべえ泣きそうだ。
「泣くな泣くな。学校は近いぞ」
「うぉぉ……おぉぉーん」
 犬か。
「ほらほら、眼鏡掛けたまま目をこすんな。馬鹿に見えるぞ」
「うぅ……めがねがくいこむ……」
「外せ」
 外した。
 しかし、これもタダじゃないだろうに、無駄なところに力を入れる子だ。それよりもっと頭脳の強化に専念すべきじゃないのか。将来的に。
「キミちゃんが……キミちゃんが……」
「どうした」
「キミちゃんが……ダブル眼鏡に……」
「なんねえよ」
 言いながら眼鏡の上に眼鏡を掛けさせようとするな鬱陶しい。
 回収した眼鏡は、帰りにでも鈴子の兄に返却しておこう。妹と違い、私に似てなかなかの常識人である。
「キミちゃんはほんと眼鏡好きなんだね……」
「遠い人を見る目をするな」
「でも大丈夫! 中国の人は椅子の足以外はなんでも食べるらしいから!」
「何の慰めだ」
「じゃあ人も食べるのかな。怖いね」
「そうだね」

 一日はまだ始まったばかりである。

 


 

3.

 

 素晴らしい朝だ。
 こんな日は隣に腐れ縁の悪友がいることなど忘れて、さっさと学校に向かってしまいたい。
「何だかさっきから無視されてる気がする」
 無視してるんだよ。
「なんでだろ……昨日、キミちゃんの机にとろろぶちまけたせいかな」
 あんときはさすがに泣かせてやろうかと思ったが。
「ねー」
「何よ」
 袖を引くのが鬱陶しいから、無視をやめてちゃんと反応してあげる。それだけで晴れやかな顔になるのだから、随分と単純である。御しやすいともいう。
「あ、その病んだ目、いつもキミちゃんだ」
「そりゃあんたみたいのとずっと付き合ってたら、眉間に皺が寄りすぎてこんな目つきにもなるわ」
「なんか今すごくひどいこと言われた気がするよ」
 正解。
「まあいいや。もうすぐ夏休みだよねって話をしようと思ったんだー」
「ふうん」
 気のない返事なのはいつものことだが、原因の8割はこの清々しいわりに無茶苦茶暑い天候にある。太陽はもうすこしアスファルトの上で生きる人間を省みるべき。
「夏! といえば、何だと思う?」
「ひとが汗かいて気色悪いってのに、その透けたところを覗き込んでくる奴はおおむね死ねばいい」
「海だよねー」
 ひとの話を聞く気はないらしい。
 いつものことだ。
「だから、今度水着を買いに行きたいなー。と」
「行けばいいじゃない」
「えー、一緒に行こうよ」
「いや、私は夏期講習だの部活だのあるから」
 あんまり勉強ができる方でもないので、いろいろと忙しく駆け回る羽目になりそうなのだ。面倒だが、まあそういうものだと諦めるしかないのが辛いところである。
 だが、鈴子は納得がいかないようで。
「えー、いまさらキミちゃんの頭が少しくらい良くなったって、別に世界が大きく変わる訳じゃないじゃん」
「あんたの頭を割ることは、あんたの世界を大きく変えることになると思うけどね」
「ノーモア暴力!」
 鼻を摘ままれて上に引っ張られているわりに、なかなか声に張りがある。体力を持て余しているということだろうか、帰宅部だし。
 鈴子を解放すると、多少赤らんだ鼻を擦りながら恨みがましい視線を送ってくる。こうして見るとそこそこ可愛い顔立ちをしているのに、浮いた話のひとつもないのはやはり、人間は顔ではなく性格であるとの認識が世間一般に浸透しつつあるという証明なのではないだろうか。
「もう!」
「ごめんごめん。あんたの鼻が蛾に見えてさ」
「そんなに粉吹いてないよ!」
 うまいこと言われた気がする。無駄に悔しい。
「もう……キミちゃんにも困ったものだね。弟さんにちょっかい出しちゃおうかな」
「おい弟はやめろ。料理担当がいなくなったら我が家はどうなる」
「おーほほほほ。キミちゃんの家庭が崩壊するか否かは、私の胸先三寸にかかっているといっても過言ではないのですよ」
「くそ、そんなに胸大きくないくせに生意気な……」
「……うわあん!」
 泣かれた。
 泣かれるとどうしようもないので、泣きやむまで待ってやる。
 ……ああ、今日もまた遅刻だなあ。
 今日の言い訳は、「マンホールから現れた土星人に玉子焼きの作り方を指南した」でいくか……。

 


 

4.

 

 九月1日。
 学生諸子においては夏休みの終わり、二学期の開始を告げる日である。
「おはよー」
「おはよう。あんたは相変わらず髪の毛が愉快ね」
「え、そうかな」
 ただ眠っただけで中世貴族を彷彿とさせるドリルパーマに変身するのが、この鈴子という女である。
 あまり関わり合いになりたくないが、腐れ縁なので今日もまた一緒に学校に向かう。
「かわいいからいいかなーと思って」
「特異体質だと苦労するわね」
「別に、キミちゃんみたく睫毛が硬質化して眼鏡になるわけじゃないからそんなでもないよ」
 初耳だ。とりあえず睫毛を引っ張ってやると、蛙を踏みつけたような音で呻いた。
「その様子だと、今年も大したことしてなかったみたいね。夏なのに」
「えー、キミちゃんだってずっと机に齧りついてたじゃん。おいしい? 机っておいしいの?」
「鉛筆の味がする」
「カツオブシじゃなくて?」
 どうでもいい。
 そんな他愛の無い会話を続けていると、後ろから聞き覚えのある声が投げられていることに気付く。どうも私を呼んでいるらしいが、無視する。
 三回ほど無視すると、後ろに束ねた髪を思いッ切り引っ張られた。痛い。
「何すんのよ!」
「うるせえ! 気付いてんなら無視すんな!」
「……あんた誰」
「あんたの弟だよ。ほら弁当忘れてたから持ってきてやったぞ、感謝しろ」
「へえへえ」
 適当に下手に出て弁当を受け取ろうとしたら、何が不満だったのか今度は弁当の角で顎を打ちつけてきた。痛い。
「二度目!」
「うるせえ態度を改めろ!」
「……あんたが悪い」
「よし弁当は持って帰っておれが食う」
「私が超悪かった。超ごめん」
「よろしい。あと超はいらん」
 一応適当には謝るのだが、弟の機嫌を損なうと飢え死にするから最終的には下手に出ないといけないのが辛いところだ。
 だが、この弟にも弱点はある。
「という乱暴な弟だけど、鈴子はどう思う」
「え、なんで私に振るの?」
「だってこいつ鈴子に惚れてるからさ」
 ボフン、と弟の顔が噴煙を上げる。わかりやすい奴だ。
「そうなんだー。全然知らなかったよー」
「ちょ、あの……おいこらてめえ言うなってあれほど……!」
「おーおー暴力ですか。いいですよ、いくらでも掛かってきなさいよ、でも鈴子が見たらどう思うでしょうかねー」
「こ、この……!」
「んー、できれば姉弟喧嘩はやめてほしいかなー」
「はいやめます。ぼくたちはなかよしです」
「おい弟。弁当をくれよ」
「しねよ」
「やだよ」
「ほらほら、なかよくなかよくー」
「実はぼくたち血が繋がってなくて、最終的に血みどろの殺し合いを繰り広げる運命とかに縛られてないですかね」
「それはよくわかんないなー」
「ですよねー」
 あはははは、とよくわからないテンションで笑い合うおふたりさん。仲良きことは美しき哉。私は弟の手から弁当を奪い去り、首のところから一本だけはみ出ている髪の毛を引っこ抜いた。
「ぎぅ!」
「どうした弟よ。意中の人の前で見苦しい。それから弁当は貰っていくのであんたはさっさと家に帰って準備をしてから学校に行きなさい」
「元はといえば自分が弁当忘れたのが原因のくせにいけしゃあしゃあと……」
「さあて」
 鈴子の手前、おおっぴらに攻撃できない弟に背を向け、私は悠然と歩き始める。鈴子は弟に何やら話しかけた後で、小走りに私の隣まで駆け寄ってきた。
「何を話してたの」
「ん、キミちゃんと弟さん、ほんとに仲良いんだねって」
 今の攻防を見て素直にそう思えたのなら幸せだ。
「あんたも眼鏡かけた方がいいんじゃない」
「だってさ、キミちゃんがあんなにはしゃいでるの見るの、久しぶりだもん」
「……そうね」
 不覚。
 そういえば、自宅と学校ではテンションにだいぶ差があるんだった。そうとは知らず、隙を見せたようで恥ずかしい。
「あは、なんだか赤くなってかわいいー」
「可愛くはないな」
「かわいいよー」
「いや、それはない」
「えー」
 頑なに否定する。誰が認めるか。
 歩く速度も速め、さっさと学校に向かう。ずれた気がする眼鏡を持ち上げ、やや熱のこもった顔を額から順に撫でて冷ましていく。
 後ろから、うふうふ笑う鈴子の足音が聞こえる。
 しばらくは、このネタでからかわれる日が続くだろう。私は辟易し、二学期に入って初めての溜息を吐いた。

 


 

5.

 

「さぁ、今年もヴァレンタインデーがやってきました!」
「あぁ、煮干の日ね」
「弟ちゃんはおいしいお味噌汁作ってくれた?」
「うん、今年はおしるこだったけどね」
 ほんと何考えてるんだあのバカ。
 おいしかったけど。
「ところで今日は日曜日なんだけど」
「第二日曜日だね」
「まあそれはどうでもいいんだけど、なんで私は鈴子と一緒にいるんだろう」
「ふふふ、実はキミちゃんにもチョコを用意している用意周到な私なのでした!」
「あぁ、あのデスマスク」
「同じ過ちを繰り返す私だと思わないでよ! じゃじゃーん!」
 ぱっかと開けたバックの中から、やはり顔面大のチョコが包装紙にくるまれて登場した。
 でかけりゃいいってわけでもないだろう。
 こっちのバッグには入らないし、この場で食べろとか、そのまま持って帰れとか言うのか。アホか。
「今回は、ちゃんと呼吸するための穴を開けて作成しました!」
「そのまま病院に運ばれればよかったのに」
「ひどい! キミちゃんのために作ったのに!」
 即興で瞳に涙を溜めるあたり、要らん技術を着々と身に着けつつあるらしい。
 年々めんどくさいなるなあこいつ。
「はいはい、ちゃんと貰ってあげるから」
「わーい! だからキミちゃんって好き!」
「あとで溶かしておしるこにするわ」
「うわーいキミちゃん嫌いだー!」
 出てもいない涙を拭いながらチョコレートを叩き付けてくる鈴子。一応、叩き落とさずにちゃんと受け止めてあげたのだが、手に掴んだときの衝撃が尋常じゃない。試しにコンクリの地面を突っついてみたが、割れるどころかコンクリの方が削れている。
 これ原料カカオじゃないんじゃないのか。
「これを食べろと」
「おいしいと思うんだけど」
「味があるかどうか怪しいんだけど」
「歯ごたえはあると思うなー」
「歯ごたえだけはあると思うけど」
 むしろ歯ごたえしかないんじゃないのか。
 とりあえず、私はバッグの中から小さなチョコを取り出し、無造作に鈴子の手のひらに置いた。
「ほら、あんたにもチョコあげるから」
「うわぁ……ちっちゃい……」
「あんたのために貴重なお小遣い切り崩して買ったんだから感謝しなさい」
「感謝しろって言われると感謝する気が無くなるよ! ぱくっ」
 おいしい! と恥も外聞もなく叫ぶあたり、あれこれ考えずに生きているのがよくわかる。
 でも生きるのが楽しいではあるんだよなあ。ううむ。
「ね、これどこで買ったやつ?」
「包装くらいちゃんと見なさいよ……ほら、ここよ。前にも行ったことあるでしょう」
「あー、ここね! おいしかったよねー」
「市販のがおいしいんだから、おいしさ重視するなら売ってるのを普通に買えばいいじゃない……」
「もー、それじゃだめなのよ! 日頃の感謝とか愛情とかボケとかツッコミとか、なんかそんな感じのあれなんだから! 手づくりじゃないと伝わらないの!」
「これが私への感謝の表れなら、要するに死ねって言われてるようなものなんだけど……基本デスマスクだし……」
「息はできたよ?」
「息はできそうだけどね」
 むしろ息を止めてやりたい。
 最終的に、私が購入したちっちゃいチョコを買いに行き、わりと鈴子には洒落にならん額だということがアホの鈴子にも鈴子できたところで、私はこのデスマスクチョコを弟にやったらローン月額どんくらいで購入してくれるかなと取らぬ狸の皮算用に勤しんでいた。

 

 

 



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2010年2月14日 藤村流

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