彼女は頭を撫で、そして微笑んだ
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誰も知らない小さな噂。
たまには昔の噂を語ろう。
サンタ・「ヘイバーマン」が生まれるもっともっと前、1人目の「ヘイバーマン」が死ぬもっと前、まだ今みたいにマジックドールが居ない世界。
これはマジックドールが生まれた奇跡の噂。
孤高のマイスター、ド・ジョーンが少女だった頃の噂。
そして、マーサ・エスタリテの噂。
ド・ジョーンと言えば、この煙の炭鉱街では悪ガキを指差した。
炭鉱夫の父親は早くに蒸発し、母親は酒ばかり飲んでいて、ド・ジョーンはその娘だった。
ド・ジョーンは多くのものを持っていなかったが、魔法だけは持っていた。
マーサ・エスタリテと言えば、この煙の炭鉱街ではおてんば娘を指差した。
鉱物学者の面倒見の良い父と、やさしい母がいて、マーサ・エスタリテはその娘だった。
マーサは多くのものを持っていたが、魔法だけは持っていなかった。
2人とも全く違っていたが、ただどちらも大抵1人でいた。
ある日マーサはいつのもように探検にいそしもうと、お気に入りのぬいぐるみを持ち出し、意気揚々と外へ出た。
人気の無い場所まで来ると、するとどうだろうそのウサギのぬいぐるみはトコトコとマーサの手を離れて歩き出したではないか、その先の人影に向かって。
悪ガキ、ド・ジョーン!
マーサは焦った。
ぬいぐるみが歩いた事もそうだが、ド・ジョーンがぬいぐるみに目をつけたらボロボロにされるに決まっているからだ。
結局どうする事も出来ず、木陰でねっころがってるド・ジョーンにぬいぐるみは乗っかった。
むくりとド・ジョーンは起き上がると、あくびを1つ。
「……人形が動くなんて始めて見るな。」
ぬいぐるみの頭を掴むと同時に、茂みから少女が飛び出した。
「そ、それはあたしのよ!返してよ!!」
ド・ジョーンが酷い事すると思い込んだからだ。
ド・ジョーンは何も言わず、素直にぬいぐるみを放り返してやった。
まぁ、すぐにまたトコトコとド・ジョーンのもとへ歩いて来てしまうのだが。
「…なぁ、これどうなってんだ?」
「し、知らないわよ!」
ド・ジョーンは何も言わず腹の太ったウサギのぬいぐるみの頭を撫で、そして、ほんのかすかだが優しげに微笑んだ。
「……あんたのこと好きなのかも。」
ド・ジョーンはゆっくりとこっちを見る。
「でも、それあたしんだからね!」
マーサが釘を刺すと、ド・ジョーンは目を伏せて、もう一度マーサを見上げた。
「べつに取る気なんかないさ。」
そして、そう言って今度ははっきりと微笑んだ。
それからも何度もウサギはド・ジョーンのもとへ駆けて行った。
日に日にド・ジョーンの元へ行く回数が増え、それと同時にマーサとド・ジョーンの距離が近くなっていった。
その間、ド・ジョーンはただウサギの頭を撫でるだけで、暴れたり、騒いだり、むしろ喋るということさえしない。
マーサはこれが悪がきド・ジョーンなのかと疑いさえした。
「…ねぇ、この子の秘密見せたげよっか?」
なんでその時そう言ったのかマーサは今でもはっきり分からない。
それが危険すぎる事だと知っていたにもかかわらずだ。
「……」
ド・ジョーンは寡黙でこそあったが、無視する事は絶対になかった。
まぁ、ド・ジョーンがうなずくより早くマーサは背中のチャックを開けはじめていたのだが。
「パパッたら上手く隠した気になってるけど、全然なんだから!……ほら!綺麗でしょ!ね?」
それはまるで生きてるかのような虹色の石。
ド・ジョーンは目を丸々とさせ、見入り、何かを思い出し、そして言った。
「だめよ!そんな、これを貸して欲しいだなんて……」
そうか、と言ってそれ以上ド・ジョーンは何も言わず、そのまままたウサギの頭を撫で始める。
マーサはなんだか悪い事をしたようで、
「……わかったわよ!3日!3日だけだからね!!」
ついそう言ってしまった。
5日が過ぎた。
マーサは絶望していた。
自分のバカさ加減と、ド・ジョーンに対して…。
「どうしよう……パパには言えないし。」
ド・ジョーンは姿を消し、ウサギの胃袋にはただの石ころが入ったままだ。
溜息もつき飽きた時、玄関の扉が開く音がした。
「…遅くなった。ごめん。」
そこには血まみれのド・ジョーンがいた。
そして、手にはしっかりと虹色の石が握られていた。
マーサの手当てを受けながら、ド・ジョーンは何度も謝り、説明してくれた。
その石の事、ウサギのぬいぐるみが動いた事、大きな街の図書館まで行き調べていた事……帰りに石を奪われそうになってゴロツキと戦っていた事。
マーサも謝った。
ド・ジョーンを信じなかった事を。
「マーサはいい子だな。私とは違うな。」
そう言ってド・ジョーンはマーサの頭を優しく撫でた。
マーサはなにがなんだかよく分からなくなって、それでも違う気がして、ちがうちがうと言ってぼろぼろ泣いた。
ずっと泣いた。
ド・ジョーンはどうしていいか分からず、その間マーサの頭を撫でつづけた。
一週間後、マーサはまた泣いた。
ド・ジョーンが街を出ると言ったからだ。
「……悪いな。あの石の事をもっと知りたいんだ。また会いに来るよ、それまで石を守っていてくれ。」
そう言ってまた頭を撫で、そして旅立った。
マーサは泣きながらうなずき、静かに見送った。
いつの間にかウサギのぬいぐるみは、ド・ジョーンを探したりしなくなっていた。
やがて月日が流れ、ド・ジョーンはマイスターになり、マーサは鉱物学者となる。
虹色の石は「ミタマ」と呼ばれ、太ったウサギのぬいぐるみは、名を変え、姿を変え、やがて人が操る人形。
そう、「マジックドール」と呼ばれるようになった。
そんな、誰も知らない小さな噂。
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