一枚の毛布
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誰も知らない小さな噂。
ある男が居た
もう思い出にも遠い昔、戦場で勇姿を馳せた大男が居た。
いくつもの戦火をかいくぐり補給物資を前線に届けつづけた男が居た。
祖国の勝利を影から支えた男が居た。
戦いで妻を無くした男が居た。
娘をなくした男が居た。
友をなくした男が居た。
戦いは終わった。
あらゆる思いを巻き込んで、引き込んで、怒涛のように過ぎた。
あらゆることが始まって、あらゆる事が終わった。
そう、終わったのだ。
男が居た。
人里寂しい森の向こう、寂しげな小屋に男が1人住んでいた。
グィーズリィー地方はシルヴェリア国の東南部に位置し、周りを山脈で囲まれた静かな場所であり、半分を森林に覆われた緑豊かな土地である……。
と、こう言うと聞こえは良いが実際はすっぽりと山脈で閉められた陸の孤島といった方がしっくり来る。
通行の弁も悪くグィーズリィーへは北部の山脈を南西へ迂回して入る道が1本しかない上に、冬期はその道さえ積雪のため封鎖してしまう。
シルヴェリア国で南部にあたるグィーズリィー地方でも冬は厳しいのだ。
開拓期のように凍死者や餓死者はそれほど出なくなったが、それでも寒さは留まるところを知らず、雪は止む事を覚えない。
このどっさりとつもった雪を見て喜ぶのは幼い子供ぐらいだろうか。
いや、少なくとも大砲と戯れるこのマジックドールも数に入れるべきだろう。
凶悪者と称され、冤罪を着せられた「ヘイバーマン」の名を与えられたマジックドール。
そう、サンタ・「ヘイバーマン」も。
「わぁ、空に落ちていくみたい…」
飛び跳ねて雪と戯れるその姿は少女そのものだが、それでも罪人として追われる現実は消えはしない。
それはたとえこんな日でも、だ。
「メリー・クリスマス……か。」
教会の鐘が遠くで響いている。
日付はもうすぐ12月25日になろうとしていた。
体が飛び上がり重力がなくなる。
まるで戦火のような砲撃の中なのに、雪と戯れるのがただ楽しく思う。
身にまとうつぎはぎだらけのこの毛布のせいだろうか?
それとも、人のやさしさに触れたせいだろうか?
昨日の泊めてもらった女の人名前なんていったけ?
毛布など借りる必要はないのだけれど、そのあたたかさを逃がしたくなかったからつい借りていってしまっていた。
「必ず返さないと、ね。」
今にも体が吹き飛びそうなのに、心は響く砲撃を音楽に舞っていた。
いや、なにか今遠くで本当の歌が聞こえた気がした。
「え?…」
刹那、なにか途切れたような感覚と同時に砲撃が体が吹き飛ばす。
それが、さっきまでのサンタ・「ヘイバーマン」の記憶だ。
そして、そこで終わった。
真っ暗なぼんやりとした感覚の中で、だれかが私のほほを撫でている。
大きくてゴツゴツした手が優しくこそばゆい。
私はこれはきっとサンタさんに違いないと思った。
だって今日はクリスマスなのだもの。
「あの、サンタさん。お願いがあるんです。毛布を探して、大事な毛布なの。お願い。」
そういうと頭をひと撫でされて目がさめた。
まるでごみ箱を逆さにしたみたいに散らかった部屋、一目見るとまるで物置のようだがそれでも暖炉の火はパチパチと人がいたことを知らしてくれた。
「さっきの手…」
一体どこへいったのだろう…
「ルドルフ、いいたいことは分かる。オレだって別にやりたくてやってるわけじゃない。ただ、今日はイブだ?わかるな、ルドルフ?」
トナカイはそんこと聞いてないと、そっぽ向いて平然と砲撃の中をくぐっていく。
「イブっていうのは、人に優しくしなきゃならない。願い事なら叶えて叶えられて当然って日だからしょうがなく毛布を探してやってるんだ。しょうがなくな。」
自分があの時どうしてそうしたのかは分からなかった。
聞き覚えのある音が森の奥で木霊した時から、何かが体を駆け上がっていくような感覚を抑えきれなかった。
ケリをつけたかったのか、あるいは死にたかったのか。
それとも、殺したかったのか、それすらわからない。
もう、なにも考えたくなかった。
ただこう思った。
終わりになればそれでいい、と。
だが、結局は無駄だった。
銃も意志も感覚もどれもまるで構え損でしかなかった。
役に立ったのはこの少女の姿を写した人形を運んだこのソリ一つだけだった。
大砲、怒号、銃声あの時とまるで変わらないのに、なんだろうこれは。
それが向かう先があんなちっぽけで、年端もいかない娘だなどと……。
「……あいつもアレくらいだったな。」
バカげてる。
娘は死んだ。
男は溜息一つ吐くと、大きく息を吸い込んだ。
「おい、バカものども聞こえるか!ここがオレの領地と知ってのバカ騒ぎか!?」
ぞろぞろと兵隊どもが銃を片手に男を取り囲んだ。
「やめろ!新兵!」
その後ろから上官と思われる、男が苦い顔をしながら人ごみを掻き分けて現れる。
「部下が失礼致しました。……もしや、ニコライ卿で。」
「その呼び方は止めろ。嫌いだ。おい小僧、許可なく領地内での軍事演習および作戦行動は禁止されているはずだぞ。それを雪上簡易砲まで持ち出して何事だ。」
「サンタ・「ヘイバーマン」が確認されました。「ヘイバーマン」の存在は…」
「それが何かは知らないが。領主として確認申請はさしてもらう。」
「その間に逃げられてしまいます!どうか、ご理解を!」
「功を急ぎすぎたな小僧。話は以上だ。無線を貸せ…」
「ぐッ…」
上官は悔しげにガンホルダーから銃を抜き、そして男へと向けた。
「……小僧、まさか軍務無視の独断専行行動か。そこまでバカだったとはな。オレを殺してもそれは捕まえられんぞ。」
「なぜ、あなたは、こんなとこに居るんです。こんな名前だけの何も無いお情けでもらった領地に!故郷へでも帰っていればよかったのに!……いままで通り行方不明者なっていてください。永遠に!」
男にとって最悪の事態であったが、それでもなお毛布のことが気にかけている自分に気づいて、心のなかで少し笑った。
撃鉄が上がる音がする。
これでおさらばだなと、男は諦めた。
そして、男は空を飛んだ。
というよりは、巻き込まれたというべきかもしれない。
粉雪を撒き散らせ、まるで津波のようにせまるものに。
まるで巨大な弾丸のように放たれたそれは、男をつかみとりあっというまに森の中へと跳びさった。
「怪我はありませんか!!」
その弾丸は金色の髪、巨大で真っ赤な腕、それから少女の体をしていた。
「……サンタ・「ヘイバーマン」、か?…なぜ?」
「ソリの跡を追ってきました。間に合ってよかった。」
そういう意味じゃないんだが…。
「ここは私がひきつけます。ソリで逃げてください。」
「ソリ?ソリなんてどこに…」
真っ赤なオーガアームが茂みの向こうを静かに指差した。
ルドルフの赤い鼻がこっちに向かってくるのが見えた。
「賢い子です。攪乱するためにジグザグに逃げたのに……さぁ、早く!」
少女はそういうとまるで粉雪を撒き散らせながらあっと言う間に森の闇へと飛び去っていった。
そのあとで訪れる静寂が少女を止められなかった後悔をにじませていく。
気が付けば横に居たトナカイが低く唸っていた。
静かに男はソリに乗り、手綱を引く。
「……ルドルフ。今日は二つも最悪ことがあった。一つは俺の領地での馬鹿騒ぎしたバカが居ること。もう一つはイブなのに白いシーツの中で幸せに寝てないガキがいることだ。」
男は胸元から取って置きの葉巻に火をつけると苛立たしげに煙をすった。
「いったよな?ルドルフ。今日は願いことが叶えられなきゃならない。今日は特別だからな。今日は、イブだ!」
「そう、今日はイブなんだから!」
誰も巻き込んじゃいけない。
誰も傷つけるてはいけない。
だが、森の暗がりはまるであぎとように不気味に少女を飲み込んでいく。
爆音と舞い散る粉雪の彼方、夜の森の奥からなにかが響くのをサンタ・「ヘイバーマン」は感じ取っていた。
それが恐ろしかった。
恐かった。
幾万の弾丸よりも倒れる前にかすかに聞こえたあの歌が。
今も聞こえてくるこの歌が。
体は重く、見る間に速度を失う。
サンタ・「ヘイバーマン」にとって速度を失うことは「クラウン」としての存在を失うということに等しかった。
そうなれば、もはや逃げることすらできないだろう。
事実もうすでにそこまで包囲網が迫ってきているのが分かる。
だが、それでも!
「それ、…で、……も!」
もう、目の前は闇より暗く、足の感覚はほとんど無い。
軍靴の音がもう鼻の先で雪を踏む。
オーガアームを振り上げるよりも撃鉄が上がる音が速かった。
覚悟すると同時に猟銃が唸り声を上げた。
誰かが後ろで倒れる音がする。
まとい慣れた毛布が少女を包み込み、大きくてゴツゴツした手が優しげに少女の頭を撫でた。
目を凝らしてみれば、薄ぼんやりした視界の中で大男が恥ずかしげに葉巻を吹かしている。
照れ隠しだろうか、ちょっと乱暴に少女を抱えるとソリに寝かせた。
少女はなんだかそれがおかしくて、からかい半分に男に聞いてみる。
「ねぇ……サンタさん、なんで、助けてくれるんです?」
見事な手綱捌きで木々を軽快に避けながら男はおもむろに口を開いた。
「……クリスマスだからだろうよ。まったく、ガキはおとなく寝てりゃいいんだ。幸せにな。」
まるで飛ぶように進むソリはあっというまに、退路を切り開いていく。
やがて、白んじた空が夜のとばりを打ち破りはじめた。
どれくらい、引き離しただろうか?
もう大砲、怒号、銃声どれも聞こえなくなっていた。
長い夜が終わり、朝が顔を出した。
「毛布、見つけていただいたんですね。」
「……たまたまだ。ルドルフが見つけただけだ。」
トナカイはじとっとした目で男を見ると、溜息でもつくように唸った。
それを見た少女はくくっと思わず笑ってしまった。
「……まったく、もう大丈夫のようだな。サンタはもう御役後免だ。見えるか?」
すっと指差す先にはかすかに街が見えた。
「あなたは?」
「やることが出来た。とっとと行きな。」
少女はゆっくりとソリから降りると静かに歩き出し思い出したように、
「あ!」
振り返りそう言った。
「どうした?」
「忘れてました。」
少女は唐突に男の頬にキスをすると満面の笑みでこういった。
「メリークリスマス!!」
笑いながら、手を振りながら、軽快にかけていく少女を男は呆然と見送っていた。
「メリーリスマス……か。」
自分の頬を撫でながら。
そして、何年も凍っていたものが溶け出すように、ゆっくりと男は笑った。
それから男がどうなったか?
残念ながら私はしらない。
だがこんな歌がグィーズリィー地方の子供の間で歌われるようになった。
ぶきっちょ男、大男。
葉巻をふかして、恥ずかしげ。
プレゼント渡して、もどかしげ。
そら、もうすぐ聞こえるぞ。
銃のわななき、靴の音。
ソリの飛ぶ音、滑る音。
ツリーの一番星の輝く夜にきっとあいつが飛んでくる。
そんな、誰も知らない小さな噂
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