tema01

艶やかな美人


「月下美人をご存知ですか?」

長期任務から帰還したテマリが、報告書に目を落とす俺にそう呟いた。

「知らんな」

素っ気無い返事をしたのは、かつての弟子の前で威厳を保とうとした訳ではない。俺は、テマリを直視できないでいるのだ。里を空けていたほんの数ヶ月のうちに、女はこうも変わるものなのか、さきほどから、瑞々しい色香が匂い立ち、俺を戸惑わせていた。

「一夜限り咲くと言われる、珍しい花です」
「ほう」
「帰郷前に立ち寄った木ノ葉の里から、一株貰い受けました」
「・・・・・・そうか」

“木ノ葉”という響きに胸の奥がチリリと痛んだ。下忍たちが時折口にする“噂”。テマリが、木ノ葉隠れの忍と恋仲であると、まことしやかに囁かれている。頭の固い上役たちは眉を顰めるかもしれないが、時代は変わる。相手は同盟国の忍。その関係が破綻しない限り、問題はないだろう。里が違うとは言え、若い年頃の男と女。任務を共にする機会も多ければ、何かあっても不思議ではない・・・・・・噂を耳にする度、そう自分に言い聞かせていた。真相を確かめようとしないのは、寛容さではない。確かめた時の己の反応を、現実に知ることが怖いのだ。肯定された時の計り知れない衝撃、そして、否定された時に、恐らく俺の口から密かに漏れるであろう安堵の息。どちらも俺を苦しめる。

「あとで、届けます」

初めて顔を上げ、テマリを見た。視線の先のくノ一は、普段は見せない笑みを薄っすらと浮かべていた。対して俺は、怪訝そうに眉を寄せた。

「何故だ?」

その反応と返答は、不自然ではなかろう。俺に花を愛でる趣味がないことなど、テマリは知っている。それなのになぜ花を、と疑うのはごく当然のことだ。

「今夜、咲くかもしれないから」

全く答えになっていなかった。意図の見えない会話を続ける弟子に、思わず顔を顰める。イライラと湧き上がる焦燥にも似たこの感情は、なんなのだ。

「何か問題でも?」

こちらの反応に構うことなく、微笑みながら向けられたテマリの瞳。危うい色気を含んだその表情に、俺は呑まれていた。若さと、まだ枯れを知らぬ美しさを武器に、男を惑わす目だ。無邪気を装って心に忍び込み、思い通りにしようとする、女の目だ。いつの間にそんな顔をするようになったのだ。いや、どうしてそんな視線を、向ける?

俺の顔は、テマリにどう映っていたのだろうか。無言を了解と理解したのか、それとも端から拒否をすることなど疑っていなかったのか、テマリは静かに部屋を出て行った。



(一体、どういうつもりなのか)

心の奥底にあるテマリへの想いは、この身が屍となり朽ち果てるその日まで秘めておこうと誓ったものだ。それに気づいて、まるでからかうように俺の心を鷲掴みにするテマリの言動と表情。いや、俺が過敏になりすぎているだけなのか?

師弟関係は、時として恋愛関係に、似る。俺に向けられた疑いのない真っ直ぐな視線、寄せる信頼、彼女の高い向上心を、それと錯覚したこともあった。応える俺の気持ちもいつしか、師と言う立場を超え、日を追うごとに想いはつのり、年を重ねるごとに、苦しみに変わった。テマリは、その血統に申し分ないほど優秀な忍となり、見事に飛び立った。俺に残ったのは、先代風影の忘れ形見を立派に育て上げたという、実績と自負、だけだ。

それで満足すべきなのだ。
もうすでに、俺の手が届かないところに、テマリはいる。

立場を利用すれば、思うようになっていたかもしれないという瞬間は、確かにあった。目まぐるしく変化するテマリの成長に、食指が動かなかったと言えば、男としては嘘になる。けれど、俺の邪な想いを押し止めていたのは、テマリの、里を思う清廉さだった。それを汚すことは、できなかった。砂漠の地を吹き抜ける、颯爽とした風。それが、テマリだ。そしてその風を見守るのが、師として表立って許される、唯一の想い。

なのに、その風がなぜ今、色香を伴って、俺に吹く?

――今夜、テマリが来たら。

ドアを開けず、追い返そう。いや、若い娘にありがちな気まぐれで、実際にはやって来ないかもしれない。自宅に戻らないという選択肢もあったが、心を決めていてもそれは選べなかった。俺もずるい男だ。どこかでテマリの訪問を望んでいる。



いつもと変わらない自宅前、ドアを開けた瞬間、咽返るような芳香が漏れ出た。咄嗟にクナイを構え、辺りの気配を探る。目に見える範囲に異常は感じられない。けれど、何かがいる。そしてその存在を、俺は知っている。

「おかえり」
「上役の部屋に勝手に忍び込むなど、あらぬ誤解を招くぞ」

声の方角に顔を向ける。姿はない。ただ、こちらに近づいてくる気配は感じる。

「かつての師、であっても?」
「かつての弟子であっても、だ」

俺の口は渇き、何度も唾を飲み込んだ。じりじりと詰まる間合いに、任務同様の緊張を感じている。

「相変わらず、固いな。先生は」

反して姿を現したテマリは、芳香に溶け込み、優雅、と表現できるほど、落ち着き払っていた。俺の部屋であるにも関わらず、ここはテマリのテリトリーのようで、居心地が悪い。

「月下美人、咲いてしまったけれど」



それから始まった出来事は、恍惚としたなかにあり、全てが幻だったのかもしれない。
テマリは、衣服を留める帯に自ら手を掛け、解き始めた。
俺を、見つめたまま。

「もうひとつの、月下美人が咲くところ、見たいでしょ?」
「俺は、花には、興味がない」

テマリの動きはゆったりと、まるでスローモーションのようだった。手から離れた帯が床に落ちる。その微かな音に、ごくりと喉が鳴った。

「お前は、知って、いるだろ?」

クナイを面前に構えたままの俺の声は、僅かに震えている。

「本当に?」

怯える俺を、あざ笑うかのように、紅い唇の口角が、上がった。同時に翡翠が妖しく煌く。そして俺の目の前には・・・・・・
室内に差し込んだ月の白光を受け、浮かび上がる白い肌。美しく凛と立つ、テマリ。その姿に魅入られ、俺は崩れ落ち、跪く。

「先生が、咲かせて」


伸びてきた指が俺の頬を包む。
乾いた唇に触れたテマリの親指を、逃さぬように、口に含んだ。





(2009.8.23)

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テマリさんお誕生日第一弾は、バッキーでした。

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