彼の憂 2




「あれ?バキ先生とテマリは?」
「テマリ様は任務の前に所用があるとかで、外出されています」
「所用?」
「バキ様は、後を追われるように・・・」
下忍の言葉に、カンクロウは舌打ちをする。
(また、か)

あれは、木ノ葉滞在の2日目。
里の忍が同行しているというのに、テマリは恋人に逢いに行った。「慎重になった方がいいじゃん」そう忠告するカンクロウに、勝気の塊のようなテマリが、切なげに瞳を潤ませ、
「奈良に、逢いたい。こんなに近くにいるのに・・・」
などと、声を詰まらせる。その姿に胸打たれて、つい「あとは任せろ」と送り出してしまった。
「バキ先生のこと、頼む」
そう微笑むテマリに、「やられた」と嘆くも、後の祭り。当然、すぐには戻らないテマリの、不在を知った師の激昂を受け止めるのは、必然的にカンクロウの役目。「男のところに行ったんじゃないか」、「居場所を知っているな」などと喚く師を、当たり障りのない繕いをしながら、辛抱強く宥めなければならなかった。

「いちいち相手をしなくちゃならない俺を、少しは気遣って欲しいじゃん」
カンクロウは、ひとりごちた。本来なら、自分まで出向く必要が無かった今回の任務も、バキの同行を知ったテマリが、我愛羅を丸め込んで、無理やり組み入れたのだ。
師の目的は、ただひとつ。テマリの疑惑を晴らすこと。
バキが肌身離さず持ち歩いている手帳。手帳に記載された情報の一部は、「警戒人物」と称した、テマリの“男”として疑いを掛けられている木ノ葉の忍達。疑いと言っても、大半はバキの主観によるものだ。・・・奈良シカマル以外は。

  そして、彼以外に、バキの疑念を強くしている2人の忍に関しても、あたかもテマリと何かあるように映っているのであろうが、全て、姉の策略だと気づいていない師に、時々同情したくなる。奈良シカマルとの仲を断定されたくないテマリの、カムフラージュ。

例えば、日向ネジ。
書簡の数は奈良シカマルと並ぶが、内容は全く色気のないものだ。ほとんどは、上忍としての情報交換。エリート志向の強いバキにとって、名門日向家出身というのは、都合のよい相手。それを知っているテマリは、彼らが砂隠れに滞在していた数日を、まるで何かがあるような素振りで、ネジの世話役を買ってで、バキにその印象を強く残した。

そして、はたけカカシ。
頻繁に見舞いに行っていることを、バキは根拠にしているが、真相は詳細に語るまでもない。病院に行くからといって、見舞いだとは限らない。ただ、そう思わせているだけ。同行の忍がいる時には「大勢で伺うのは失礼だから」と、院外に待機させ、その実、テマリが会う相手は、春野サクラ。

すべて、バキの目を奈良シカマルから逸らす為。

「なのに、まんまと引っ掛かってるじゃん、あの人は」
冷静になれば、そんな茶番、すぐにも気づくようなことなのに、溺愛しているからこその、盲目ぶり。テマリはそれを、熟知している。バキも、奈良シカマルも、・・・恐らく他の忍も、テマリの女としての狡猾さを知らない。くノ一としての顔に非が無く、優秀すぎるからだ。率先して任務にあたり、後進の育成にも熱心で、面倒見もいい。果敢に敵に立ち向かい、状況を読み、引く、ということも知っている。

けれど。
再びため息をつく。
1つ違いの弟として、誰よりも長い時間テマリと過ごしたカンクロウには、人知れず、身をもって気づくこともある。
(今更、それを言っても仕方ないが・・・)
知らぬが仏。
くノ一となれば、幾つもの顔を持ち合わせている。テマリはそれを、憎いほど鮮やかに使い分けているだけだ。
(それもこれも愛しい男の為じゃん)
そう考えれば、健気さが勝る。
(愛しい、か)
テマリにとっては師を欺いても、関係を続けたい相手。そんな相手と巡りあい、心を通わせている・・・というのは、羨ましい限りだ。
(それにしてもテマリの奴、なんでわざわざバキの目を引くような行動を・・・・・・)
任務前の所用など最も疑わしい・・・と、師が眉間に皺を寄せる姿が眼に浮かぶ。憂鬱な気配が、カンクロウに忍び寄った。
(ま、とりあえず、いいか)
せっかく美人の多い木ノ葉の里に来ているのだ。師と姉の間に立って、頭を悩ますばかりでは、つまらない。幸い今日は、任務のない日。
「犬塚に連絡して、合コンでもセッティングしてもらうじゃん」

待ち合わせ場所へと向かう途中、カンクロウは、目を疑うような光景に出くわした。
バキと、奈良シカマルが一緒にいる。到底、ありえることではない。2人はこちらに関心を寄せることなく、連れ立ってどこかへ向かっている。ひどく気に掛ったが、犬塚キバが数人のくノ一を伴なって声を掛けてきた、その誘惑には勝てなかった。
(ま、俺がどうこう出来る問題じゃ、ないしな)
2人の間に殺気だった様子も感じられない。IQ200だとかいう、奈良シカマル。凡人には考えられないような策で、バキを味方につけたのかもしれない。だいたい、人の里で騒ぎを起こすほど、師もバカじゃない。あれでもエリート上忍だ。カンクロウは、そう自分に言い聞かせ、華やかな雰囲気を漂わせる集団へと近づいて行った。

*
*
*
*
*


「頼りになる兄貴、かよ・・・」
宿へと向かう帰路、ついさっきお開きになったキバ主催の合コンでの一言に、カンクロウは、ぼやく。

それを口にしたのは、山中いのだ。
気持ちよく盛り上がり、勢いに乗って色気のある方向へと話を進めようと思っていた矢先に、耳に届いたその台詞。
「結局、オイシイ思いをしているのは、テマリだけじゃん」

面倒な、上司の相手は弟任せ。
自分は、恋人との逢瀬を楽しんでいる。

損な役回りだと、憂鬱に漏れたため息とともに、部屋のドアを開ければ、テマリの姿。窓の桟に腰掛け、優雅に星空を眺めている。
「戻ってたのか?」
「ああ」
振り返った姉は、何とも言えない艶っぽさを漂わせている。直感で、抱かれてきたんだな、と悟る。
「・・・もう少し、控えろよ」
呆れて苦言を呈したカンクロウに、
「つまんないこと、言うな」
悪びれもせず、テマリは笑う。
「お前も、楽しんできたんだろ?合コン」
「なんで、それ・・・・・」
千里眼なみの情報収集力には舌を巻く。唖然とするカンクロウを涼しげに眺める、姉。
「ま、さすがに今夜はおとなしくしているよ。たまにはバキ先生を安心させてあげないと、な」
じゃあな、と腰をあげたテマリを、カンクロウは呼び止めた。
「バキ先生・・・と言えば、奈良と一緒のところを見かけたが・・・・・・」
テマリの瞳が妖しく光る。カンクロウの背中に、戦慄が走った。
「まさかあれ、お前の、策略?」
「カンフル剤だよ」
「カンフル剤?」
「時々、本能のまま、衝動的に、有無を言わさないほどの強引さで、抱かれたいってこともあるんだ。でもシカマルはその辺、紳士だから・・・」
「テマリ」
軽やかな響きを、遮断する。
「それ以上は、聞きたくねぇじゃん」
「なんで?」
「・・・女性不信になりそうじゃん、俺」
眉を寄せて呟くカンクロウに、テマリは恐ろしいほど綺麗に、ほくそ笑んだ。
(前言撤回、健気だけじゃ、ねぇよ、テマリは)




(2008.10.16)
 




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