baki01
snow noise
「テマリ、ちゃんと食べているのか?」
「どうして?」
「風影も、カンクロウも心配していた。最近、痩せすぎなんじゃないかと。俺もそう思う」
――わかっている。部下に対する上司としての気遣い、だけだって。
「… …心配ご無用。忙しくて面倒になっているだけです。任務に支障はありませんから」
――先生にだけ、反抗的になる私に、気づいてくれていますか?
「忙しいのはわかるが、それは駄目だ。… …今も、食べていないな?」
返事はしなかった。どうせ小言が続くだけだ。おせっかいな優しさなんて、求めていない。それ以上でも以下でもないなら、構わないで欲しかった。無言で踵を返した私に、先生の思いかけない言葉が、足止めをした。
「なら俺のところに来い。まともなものを食わせてやる」
言葉以上の期待に跳ね上がる心の勢いは、止められない。表に飛び出してこないようにぐっと堪えて、ゆっくりと振り返る。
「でも」
「遠慮、するな」
穏やかに表情を崩す先生の、触れないのに感じる温かさが、心の隙間に入り込み、私の都合に、変換した。
久しぶりに訪れた先生の部屋は、変わらず整然と片付いていた。住んでいない、訳じゃない。生活の匂いは、する。激務の日々に、この状態を保っていられる理由は、ダイニングテーブルにあった。さりげなく、けれど強烈に存在を主張している小花たち。この砂漠の地では高級品の生花。枯れることなく、そこにいる。まるで私の邪心を察して、やんわりと釘でも刺す様に。可憐に、いる。
「私が来たりして、怒られませんか?」
「三代目の忘れ形見を可愛がって、咎められることはあるまい?」
(… …忘れ形見。その一言で括られる私は、嫉妬する対象でもないってこと?)
歯を立てた唇が、痛む。
「それに時々、風影やカンクロウも呼ぶ。カンクロウなどは生意気に俺の手料理じゃ嫌だというのでな、そういう時は、まあ、来てもらうこともあるが… …」
(誰に?)
とっさの心の声が、鋭い響きをもって実際に飛び出したのかと思った。キッチンの音が突然止み、沈黙がそれに代わったからだ。気配がゆっくりと動くのを感じて、恐る恐るそちらに目をやる。先生がひょこりと顔を出した。
「テマリ。お前も、俺の料理じゃ不満か?」
心配そうに私を見つめる先生に、違うところが甘い痛みを受けて、慌てて首を振った。その様子に満足そうな表情を見せて、先生はまた姿を消す。思わず胸を押さえた私の目の前で、小花がゆるりと向きを変え、褐色の瞳をこちらに向けた。風も、ないのに。
(見張ってる、つもり?)
胸元から手を下ろして、小花に指を伸ばし、か細い首を折る。手のひらで息絶えたそれを、ポーチにしまった。
「テマリ。女性はもう少しふっくらとしている方が、モテるぞ」
ゆるく湯気が立ち上る向こう側で、先生がからかうようにそう言って、スープ皿を差し出した。
「先生は、そういう人が好み?」
「な、何を言っている」
うっすらと頬を赤らめたのは、きっと湯気だけのせいじゃない。先生の想い人のことなんて、カンクロウから聴いている。誰かに似てるじゃん、そう首を傾げていた弟は、気づかないのか、それともとぼけているのか。アノヒトは、写真の母様に、似ている。
髪の色も、瞳の色も、小柄で、おおよそ忍の血を感じさせない、柔和な輪郭も。
話したことはないけれど、声まで似ているのなら、きっと私は、笑い死ぬ。
「結婚、するんですか?」
私より、母様に似てると、先生が思う、アノヒトと。
アノヒトは、知っていますか?… …あの写真のこと。
――遠い、昔。
母を亡くして数年後、私はこの部屋に来ていた。
「本が好きなら、棚の物を読むといい」
先生の言葉に、端から順に読みふけった。難しいものばかりで、幼い私に理解できるものは少なかったけれど、寂しさを埋める時間潰しには丁度良かった。連日通い詰め、ほとんどの書を読んでしまい、新しいものを強請ろうかと思っていたある日、『秘密』を見つけた。書棚の一番上、表に並ぶ書物の奥に、ひっそりと、一冊。先生は、私がすでにチャクラコントロール出来ることに、気づいていなかった。小さな私がそこまで手を伸ばすことが出来るなんて思っていなかったんだろう。だから、そこに、隠していた。本来なら、その頃の私がもっとも喜ぶであろう、その本を。
『絵本?』
宝物を見つけたような気持ちと、幾分かの後ろめたさ。けれど、好奇心が勝って、表紙を開く。字はほとんどない。異国の風景が描かれている。砂の地では目に触れることのない緑。美しい花々。色鮮やかな街並み。着飾った人間たち。頁を捲る度、広がる未知の世界に、私は引き込まれて行く。終わりが来ることを惜しむように捲った、最後の頁。そこに現れた一枚の写真。
『母…様… …?』
裏を返す。先生の字で綴られた言葉。
“密かに守る、花”
(どういう意味?)
母様がこの地の人間でないことは聞いていた。近しい血ばかりで繰り返される婚姻関係で生まれる子は、ほとんどが短命だった。早くから風影候補として名が上がっていた父は、先を見据え、母様を他国から連れてきた、と。先生は母様の護衛を任されていたのかもしれない。でもそれならばなぜ、“密かに守る…
…”なんて。しかも、人目を避けるように、こんな場所に母様の写真… …
『テマリ、いるか?』
突然揺れたドアに驚いて、慌てて絵本の上に寝そべった。
『寝ているのか?』
鈍い音を立てて開いたドアに、咳払いが続く。私はわざとらしく肩を揺らし、もっともらしく気だるいフリで首を動かした。
『本を片付けたら、下へ降りて来い』
呆れたようなため息が聞こえ、ドアが閉まる。気配が消えてからほっと一息。身体を起こして壁を駆け上がる。元の場所に慎重に絵本を差し入れた手が、一瞬動作を止める。
(このまま、持ち帰ったら… …)
『テマリ、何している』
階下から飛んできた催促の声に、指が驚き震え、本はゆるりとそこへ収まった。
『先生、母様のこと、聞いてもいいですか?』
先生は、なぜか不機嫌そうに顔を顰めた。
『いきなり、どうした?』
『母様は、綺麗な人だったけど、先生、ちょっとは好きだった?』
ほんの無邪気な好奇心。けれど、先生が向けたまなざしは恐ろしく、息が止まるかと思った。
『くだらない話は、やめろ』
鋭い声音に身体が震え、ただただ頷く私の様子に、先生はすぐに表情を変え、いつものように接してきたが、その夜は、何度も先生の顔が浮かんで、泣いた。
あの時の会話を、子供のよまいごとだったと、先生は忘れてしまっただろうか。
あの絵本はまだ、あの場所にあるんだろうか… …母様の、写真とともに。
そのまま、アノヒトと、暮らして行くんですか?
「お前たちが、片付いたら考える」
「それまで待たせる気?彼女の、こと」
「… …そういう、女性だ」
そう呟いた男は、私の知らない、先生だ。
聞きたくなかった、そんな台詞。
知りたくなかった、そんな先生。
私の中に“誰か”を見て、似てきたな、そう幾度となく小さく呟いた、肉厚の唇。
私の名に重ねて、密かに呼んでいた3文字は、先生にとって、特別なものだったでしょ?
気づかないとでも、思っていた?
眼差しの優しさも、熱っぽさも、時々触れる手のぬくもりも。
例えそれが、私自身に向けられたものではないとわかっていても。
私にとっては残酷な愛情表現も、母様を偲んでいるからだと思えば、我慢が出来た。
でも。
他の人を選ぶなら、もう、先生の知っている“テマリ”でいなくてもいい、でしょ?
「先生」
もっとも穏やかな色で顔を染め、笑みを乗せる
「今日のお礼に、今度は私に、何か作らせて下さい」
「料理、するのか?テマリ」
「実は付き合っている人がいて、彼に振舞う前に… …・」
「俺は、練習台ってことか?」
「そういうことです」
私の笑顔に、安心したように先生は頷く。物分りのいい大人のごとく、今度はここへ連れて来い…なんて、目尻を下げ、スープを口元へと運ぶ先生に、私の心を染める黒さは、きっと映らないだろう。
先生。
私が風遁なみに得意な術、何か知ってます?一緒の任務では必要ないから、先生の前で見せたこと、なかったけれど。変化の術、必死で会得した理由を、シッテマスカ?…
…それに、妙薬ってくノ一の方が手に入りやすいんです。くノ一特有の任務はご存知でも、どんな薬を使い、篭絡するのにどんな秘技を使うかなんて、詳しくは知らないでしょ?
「いつに、します?」
(2009.4.12 espressivo-りく)
(2010.2.15加筆修正)
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