女「ここに居られましたか」
男「どうした?まだ宴は終わっておるまい」
女「その宴の主賓である御人の姿が、見えぬものでしたから」
平康での反乱討伐を終え、馬超の軍勢はその勝利をささやかながらも謳歌していた。
馬超「何、酔いを醒ましておっただけだ」
対して酒の回ったようでもないが、馬超は柵に腰を下ろし風をその身に受けている。
女「確かに、ここはよい風が吹き込んできます」
馬岱は棚引く髪を軽く押さえ、馬超の隣に腰を下ろす。
遠くでは、今日の勝利を喜び、今日を生き延びたことを謳う者達の声がする。

馬岱「―――足の具合、あまりよろしくないのですか」
馬超「・・・」
彼はこの戦で、足に矢傷を負っている。
しかし、この男はその場で矢を抜き、傷を袋に包むとそのまま戦い続けた。
その行為は兵達の士気を大いに鼓舞し、討伐戦はこちらの大勝となった。
だが馬超はここに、あの喧騒から離れた場所に一人居た。
馬岱「あのような戦い方・・・いたずらに命を削るようなものです」
その豪胆さに驚きはすれど、賞賛は出来ない。
躓き転ぶことさえ命に拘わる戦場で、その命を賭けて行なうに足る行為ではない。
馬超「戦には勝ち、俺もこうして生きている、なんら問題はないではないか」
馬岱「結果を論じているわけではありませぬ・・・私はもう少し御身を大切にと」
馬超「もう言ってくれるな、部下の一人にも散々こき下ろされた所だ」
逃げてきた所にもう一人困る輩が居た、そんな苦笑を浮かべていた。

馬超「俺とて、死ぬのが怖い訳ではない」
馬岱「・・・」
馬超「だが俺は馬騰の子だ。部下の兵達は矢面に居らせながら、自分は後ろに下がるなど」
馬超「親父がその場におれば、首根っこを捕まえ再び戦場に放り出すだろうよ」
くっ、と口を歪める。
馬岱「・・・確かにあの方なら・・・ふふ、そうなさるかもしれません」
馬超「くははは。そうだろう?俺はこう在るのが当然と言える訳だ」
二人とも、顔を見合わせ笑いあう。
馬岱「ふふふ・・・・・・ですが」
馬超「む?」
馬岱「それとこれとは話が異なります!」
ずい、と馬岱は身を乗り出す。
馬超「なっ・・・こういう場合は笑ったところで一幕終わりとするべきだろう?!」
じり、と馬超は身を引く。
馬岱「そうはいきません、聞けばろくな治療も受けずにいるというではありませんか、医師が困り果てておりましたよっ」
ずずいと乗り出す馬岱。
馬超「台詞が長すぎではないか?挑発で割り込むと滑稽になるぞ」
じりじりと身を引く馬超。
馬岱「何の話ですかっ!兎に角、一度手当てを!」
馬超「ええい、こんなもの唾でも付けておけば治・・・っ」
ぐらり、と馬超の体が揺れる。
馬超「つぁっ・・・ぐ・・・・・・」
馬岱「馬超殿?!だから言わぬことでは・・・っ熱まで・・・何をしているのですか全く・・・」
馬超「心配は、いらん、こんなもの・・・っ・・・で、泣き言を言うほどヤワではない」
乱れた呼吸を無理やり整え、馬岱を手で制する。
馬岱「まだそのようなことを・・・せめて当てた布をかえませんと」
馬超「なかなかしつこい奴だな・・・」
馬超はげんなり、と額を手で押さえる・・・と、何か思いついたように。
馬超「そうだな、ならば頼まれてくれるか?」
と問うた。
馬岱「あ、はい、すぐに医師を呼んできます」
馬岱は多少狼狽したことを恥じつつも、迅速に医師の下へ身を、
馬超「医師はよい。・・・足では自分でどんなものか傷を確かめることが出来なくてな。
   ・・・代わりにお前が見てはくれんか」
馬岱「はい判って・・・あ・・・え?」
翻し損ねた。

宴は未だ終わる気配を見せぬまま、時が過ぎていた。
馬超も相変わらず、離れた場所にある防柵に腰掛けている。
・・・違うのは、足元に跪くように居る人の影くらいか。
馬超「どうだ、そこまで案ずるほどのものではなかろう?」
馬岱「いえ・・・確認も何も・・・」
人影は戸惑ったような声を上げた。
馬超「お前の杞憂だ、これで分かったろう」
馬岱「いえ、そうではなく――」
馬超「大体、こんな傷で医師を煩わせるなど一武将がやるようなことでは・・・どうした?」
馬岱「・・・」
ぱしーん
馬超「うっぐ!!!・・・おぉ・・・・・・な、何をする?!」
馬超は傷の箇所を叩かれ悶絶した。
馬岱「このような暗がりで確認出来る訳がないではないですか!」
馬岱は怒鳴ると共にがくりと脱力した。
馬岱「それに、こんな撫でる様な平手で悲鳴を上げるほどの傷が一日で完治する訳ないでしょう!」
馬超「中々引かぬな、お前・・・」
馬岱「その言葉馬超殿にお返しします・・・さ、早くこちらへ、医師が酔いつぶれてしまわない内に――」
そう言って立ち上がろうとした馬岱の肩を、馬超は掴んだ。
馬岱「あっと・・・馬超殿?」
馬超「まあ、まて」
自分を押さえつけ、場違いに真剣な表情で見つめてくる馬超に、馬岱は戸惑った。
馬超「まだ最後まで足掻いておらぬ・・・あと一つだけ、試したいことがある」
(この人は・・・そこまで医師が苦手なのだろうか?)
この屈強な武人を可愛らしく思えてきてしまう自分に、馬岱は苦笑した。
馬岱「はぁ・・・分かりました、これで最後ですよ。その後医師にきちんと見ていただきましょう」
肩から手を離し、馬超はその試したいことを話し始めた。

気付かぬうちに、随分酔ってしまっていた。
馬岱の頭の中はいろいろと考えた末に、そんな答えを出した。
そうでなくては、このような。
馬岱「ん・・・ちゅっ」
御仁の元に跪き、あまつさえその腿に舌を這わせるなどという行為を、するはずが――

馬超曰く「傷は唾でも付けておけば治るものだ」
この最後の案は、彼女の想像を遥かに―下方に―超えるものだった。
すぐに立ち上がろうとしたが、続く言葉に馬岱は凍りついた。
だが・・・足では自分で傷を舐めることが出来なくてな。
お前が、代わりに―――

馬岱「ん、はむ・・・ちゅう・・・」
始めてからどのくらい経ったのか?時間の感覚は完全に狂っている。
馬岱「ふぁ、あ・・・れろ、ちゅ・・・・・・はぁっ・・・」
傷周りにあった血は綺麗に舐めとられ、すでに唾液がてらつくのみ。
傷はやはり深そうだった。
舌に感じる熱さは、患部の持った熱だろうか。
馬超「く・・・」
馬岱「ぷあ・・・あ、すいません、痛みましたか」
馬岱はすまなそうに顔を見上げた。
馬超「いや・・・続けてくれ」
馬岱「は、はい・・・・・・・・・あ、んむ・・・ぺろ、れろ・・・」
これは治療。
効果の程は期待できないし、正しい処置とも思えないが・・・これは治療なのだ。
でも、例えば。
馬岱「ん・・・ちゅ・・・は・・・っ・・・」
例えば、遠巻きに誰かが見ていたとして。
その誰かは、この姿をどのように
馬超「・・・ふ、誰ぞ覗きがいれば、盛んなことだと笑うやもしれんな」
馬岱「っ〜〜!」
その言葉にドキリと心臓が跳ねた。
慌てて口を離し、彼女は周りの気配を伺う。
馬超「くはは、安心せよ、誰も彼も酒盛りに夢中だ、当分終わりはすまいよ」
馬岱「お、脅かさないで下さいっ」
馬超「しかし――そっちとは無縁と思っていたが?」
馬岱「う・・・い、一応・・・知識としては、教えられています」
くっくっと押し殺した笑いを上げる馬超に、彼女は非難の目を向ける。
馬超「いやすまんな、からかいが過ぎたようだ。・・・周りの血も拭いきったようだな、傷の確認は出来ぬか?」
ふっと真顔に戻る馬超に、馬岱も我に返った。
馬岱「あ・・・っと、そうですね。・・・私が思ったよりも傷は深い、です。
   大分腫れていますし、熱も・・・持っているみたいで」
馬超「ふむ・・・」
馬超はその顔に困ったような表情を浮かべた。
馬岱「先ほどから言っておりますように、早く医師に見せたほうが・・・」
馬超「馬岱よ、困ったことになった」
馬岱「どうされました、まさか傷の痛みが酷く・・・?」
心配顔の馬岱に、渋い顔をしたまま馬超は告げた。
馬超「どうやらもう一箇所、処置の必要があるようだ」
馬岱「っ!・・・まさか他にも傷を?」
馬超「うむ・・・同じような症状が出ている」
馬岱「そんな・・・このような傷を2箇所も受けておいて何をしてなさるのですか!
   一体もう一箇所はどこなのですか」
馬岱の眼前に、ぬっ、っと彼女の見慣れぬ体の一部が現れた。
馬岱「あ・・・」
ソレを見た彼女は、今まで以上に混乱の度合いを深める。
馬超は、腕を掴んでいた馬岱の手にソレをゆっくりと握らせると、心底意地の悪い笑みを浮かべた。
馬超「随分と腫れあがっているだろう?熱も持っている・・・治めてくれると、ありがたいがな」



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