「あっ、夏候覇殿。魏国の内情について、
色々と尋ねたいことがあると、
大将軍様が呼んでおられましたぞ!」
日はすでに落ち、薄暗い廊下に松明がゆらゆらと光を落とす。
夏候覇は、ありがとう、と言い、「大将軍」と呼ばれる
人物の部屋へと急ぐ。
「あれが夏候覇殿か。なかなか真面目で、誠実そうな青年だなあ」
どこからか、ひそひそ話が聞こえてくる。
真面目?誠実?この俺が?
ふっ、と夏候覇は口の端で笑う。
家族を捨て、敵国に逃げてきた男だぞ?
それにしても…
もうあんな下々の従者にも
もう顔が知れ渡ってるなんて…
彼が訝しがるのも無理はない。
何せ、正式に蜀の人間となって
まだ一週間経つかという程度である。
「大将軍様」の部屋の前で名をつげる。
側に従者はつけていないらしく、
「大将軍様」自らが返事をする。
入るよう指示をうけ、夏候覇は遠慮なく、戸を開けた。
「やあ、よく来ましたね」
書き物をしていた筆を止め、
中にいた若い女が夏候覇を見上げた。
蝋燭に照されて赤みがかった白い頬。
くりくりとした愛らしい目。
「大将軍…か。似合わない呼び名ですね」
「なら、姜維でいいですよ」
肩に垂らしていた長い髪を耳にかけ、
姜維は、夏候覇に隣りに座るよう指示をした。
夏候覇がとなりに座ると、髪から得も言われぬ良い香りがする。
服装も、薄くて白い夜着だけで、
思わずその白い胸元に吸い込まれそうになる。
いつもの布地の多い服では分らない、たわわに実った膨らみ。
ごくり、と唾をのむ。
―いかんな。
夏候覇は、取りあえず、知っていることをすべて話した。
「ふんふん。それで?」
と言いながら顔を覗きこむ姜維。
その長い睫毛に夏候覇は見入る。
「それで―」
その時だった。
ピカッ!
強い雷光が壁に二人の影を焼き付けた。
姜維は夏候覇の腕を掴む。
「やっ、かみな…」やがて、バリバリと強い雷鳴が轟く。
「―っ!」
姜維は、目をつぶると、
今度は夏候覇の腕を抱えるようにしてしがみついてきた。
腕から伝わる、柔らかく甘い、痺れるような感触。
体温が一気に上がる。
だが、そんなことには気付かないふりをして
夏候覇は言った。
「大丈夫。あまり近くはないようですよ…姜維殿?」
ふと、目と目が合う。「あ…」
どきりとする。
姜維の瞳が、熱っぽく潤んでいたからだ。
その頬も、僅かに赤味が増している。
そして、なおも、腕に胸を押しつけたまま、離れようとしない。
呼吸が、速くなる。
絡み合う視線。
キス、してしまおうか。
2回目の雷音が鳴った。
だが、止めた。
夏候覇は姜維を冷たく見やると、
大袈裟な溜め息をついてみせた。
「…もしかして、ヤりたいのですか?」
「…ばっ!」
姜維は顔を真っ赤にして、夏候覇から離れた。
そして、思わず先ほどまでの仕事モードとは違う、素の口調に戻って言った。
「バカじゃないのか!?」
「そうかな?こんな夜中に
女一人の部屋に呼び出しておいて、
しかもそんな下着みたいな服一枚で
そんないやらしい乳まで押しつけられてはね」
姜維は、う〜っとうなるが、何も反論できない。
「…それに、あれしきのことで真っ赤になって」
「そ…それは、『あの時』のことを思い出して…」
夏候覇の口元がにっ、と上がる。
「『あの時』のこと、とは?」
夏候覇は、姜維の着物の中に、無理矢理手を差し入れる。
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