それからしばらくの間、部屋には豪快な水しぶきの音が何度も響いていた。
服も脱がされず、何回も冷たい井戸水をかけられた為、
体温の下がった董白はガタガタと震えている。
「うっ…うう……」
何回目かの水がかけ終わり、汚れが取れたことを確認すると看守は何も言わず出て行った。
牢の鍵が閉められ、一人の時間が訪れる。
部屋には蝋燭も何も無い為、戸の覗き窓から入る光が部屋の唯一の灯りだ。
董白は差し込む光を頼りにフラフラとした足取りで壁に寄りかかると、
部屋に唯一あった筵を身体に巻きつけ、足を抱えて座る。
筵くらいで体の寒さは取れないが、無いよりはマシだった。
董白は俯き眠ろうとするが…眠れない。
目を閉じると、これから自分に起る事を想像してしまうからだ。
「ひっ…ヒック…うっ…ヒック…おじい…さまぁ…」
暗闇に包まれた石畳の部屋には、すすり泣く声だけが響いていた。


―――同時刻。牢屋の上にある建物では巧みな琴の演奏が行われていた。
「くぁ〜〜ふにゃ…ふにゃ」
琴の演奏を聴きながら横になる女性が一人。
名は蔡文姫。あの歴史家として有名な蔡ヨウの娘である。
猫の様に気持ちよさそうにゴロゴロと寝転がっていたが、
琴の演奏が次の曲に入ると、むくっと起き上がった。
「ちょっと王異〜弦切れてるでしょ」
演奏していたのは女傑と名高い王異だった。
確かに、彼女の弾いていた琴は弦が一本切れてしまっている。
「よく気付いたわね。この弦の音を使わないように工夫したのに」
「あったりまえだよ〜その曲、その音が無いと別の曲にしか聞こえないもん。
  もぉ〜、何で直さないで弾いてるかなぁ〜」
蔡文姫は頬を膨らませる。
「よく寝てたから、演奏を止めて起こしちゃいけない…と思ったのよ。
  まぁ、無駄な気遣いだったみたいね」
「言い訳は結構です!いいから、ちゃんと直しておいてね!
  手を抜いたら音で分るんだから!」
敵わないわね、といった感じで王異が笑う。
「ふふっ」
「もう、何笑って…」
その時だった。蔡文姫の耳に聞きなれぬ声が聞こえる。

『おじいさまぁ…』

「!?」
蔡文姫はハッとしてキョロキョロと辺りを見回す。
「ね、今…何か聞こえなかった?」
王異がきょとんとした顔をする。
「…?何も聞こえないけど」
「そっか、気のせいかな……?」
考え込んだ顔をしながら、蔡文姫は窓の外を眺めた。
陽は傾き、沈もうとしている。紅く染まる夕日を見ながらさっきの声を思い出す。

(『おじいさまぁ…』)

「消えそうな程儚い声。全てに絶望して世の愁いを嘆く。
 ………まるで昔の私の様ね」
蔡文姫は悲哀に満ちた表情をすると、王異にも聞こえぬ声でボソリと呟く。
その声はまるで別人のようで、さっきまでの明るさは無く…寂しさに満ちた声だった。



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