文姫は忍び寄る匈奴の魔手から逃げていた。
混乱する長安から逃亡していた文姫と宮廷の人間は、何とか董卓の残党を振り切った。しかし安心したのもつかの間、今度は匈奴の軍勢が攻め
てきたのだ。
今度こそ逃げ切れない。
そう思った文姫は自分が囮となり皇帝たちを逃がした。

もう少し、もう少しだ。あそこまで走れば馬がつないである。文姫はあらかじめ用意してあった馬のもとへと走った。――が。
「ぐっ!!!!」
誰かが自分の足を引っかけたのだ。全力で走っていた文姫は盛大に転倒してしまう。
恐る恐る振り返る。
そこにはニヤニヤと笑みを浮かべながら、文姫を見下ろす匈奴兵の姿があった。
匈奴兵が文姫につかみかかる。
「やめろぉ、はなせぇ・・・この!」
必死にもがいて抵抗するが匈奴兵は屈強だった。細身の文姫の抵抗などではどうにもならない。
「少しだまれ。」
「え?・・・うぅ!」
知らない言葉で話しかけられ一瞬動きの止まった文姫のみぞおちへ匈奴兵の拳が炸裂する。その衝撃は文姫の意識を吹き飛ばすには充分だった。
がくり、と人形のように動かなくなった文姫を軽々担ぎ上げる。
「おとなしくしてな。良いところに連れてってやる。」 


(ん・・・ここは・・・)
文姫が眼を覚ますと見知らぬ部屋のベットに寝かされていた。
ご丁寧に羽毛まで掛けてある。
――おかしい。と、思った。
自分は匈奴兵に捕らわれたはず。こんな丁重な扱いを受けるはずがない。
きっと奴隷になるか・・・女の自分は男達の慰み者になるか・・・そう考えていたからだ。
(この部屋・・・かなり綺麗な造りだ・・・まるで・・・皇帝か王の部屋のようだ)
頭の良い文姫はそこまで考えてはっとする。
―――王の部屋。
そこに寝かされいる自分。
(まさか・・・)

「どうです?あの女。なかなかだと思いません?」
ふいに、思案に更ける文姫の耳に話し声が聞こえた。
「あぁ。この国にもあれほどの上玉はめったにいまい。よくやった。後で褒美を取らす。」
話していたのは文姫を捕らえた男と匈奴の王子、劉豹だった。
「は!有り難き幸せ!」
「我は女の様子を見てくる。・・・そうそう、暫くこの部屋には誰も入れぬようにしておけ。」
劉豹は、にやっと笑みを浮かべながら言う。
「かしこまりました。そのように。」

(なんだ?何を話してる?)
自分を寝かせた部屋の前で話をしている。何を言っているかは理解できないがおそらくは自身のことについて話をしているのだろうと想像がつ
いた。捕らわれの身だ。いやでも不安が募った。

そんな文姫の不安をよそに劉豹は部屋の扉を開けた。
「!?・・・お、お前は・・・」
誰だ?と問おうとして言葉を引っ込める。
「眼を覚ましたようだな。」
言いながら劉豹は文姫にゆっくり近づいた。
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