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 董卓が死んで、董白は董卓の配下の者に保護されていた。
悲しかった、身が裂けそうだった。

 自分に出来ることは何か。

 そう、祖父を切った憎き呂布を生きたまま刻み、墓前で泣きながら詫びを入れさせることだと董白は考えた。
その頃は、まだ軍勢も盛んであり衣食住全て董卓健在の時と変ることも無かった。

 まだ、自分は王であるつもりであった。

 それは、何時までも続くことは無い。

 自分を差し置いて、リカクとカクシは帝を巡って争い力を落とす。
そうこうしているうちに曹操は、帝を保護し董白のものであるはずだった軍を散々に蹴散らした。

 リカクと自分、そして10人にも満たない者達が残っただけであった。

 血迷ったリカクはかねてから情欲を燃やしていた董白を虜にしてやろうと、残った者達を殺害した。

 それで董白の純潔を奪ったのが昨日の事。

 そしてこれからの地獄が続くのが今日の事。


 己という存在に力を待たせることが出来なかったものの末路。
 他者の力が永遠であることを錯覚した哀れな少女。


 自らを救うことが出来ぬ者は、他者の助けを待つ他は無かった。


                         *
                                               

 「ぎゃぁぁぁあああぁ!!!!」

 断末魔が静かさの中に溶ける。
それの主はリカクであった。

「無様ね・・・。」

 リカクの首を刎ねた張本人は、そう吐き捨てたが胸に刺さる何かを感じていた。

 生きることこそが、戦いだと呂姫は考えていた。 だがこのものを見よ。
心一つ持たずに生きて、やることは女を犯すことだけ。 死ぬべきときに死ねばこの者も忠臣と呼ばれたのではないか?

 考えても仕方が無い、と振り切った。 自分はあんな奴とは違うのだ。

「な・・なに・・・。なんなの・・・?」

 女の声が聞こえる。 どこかで聞いたこともある気もするが・・・。

「あれ・・死んでる・・・。あなたがやった・・の?」

 全く感情が篭っていない声である。

「貴女・・・・!?まさか、董白様!?」

 呂姫はかつて呂布の下で董白のその身辺を警護したことがある。
その時の名残からか、今や一人の情婦に過ぎない少女をそう呼んだ。

「え・・・?わたしのこと、しってるの?」

「・・・そう、そういうことなのね・・・」

 何も纏わぬ様は毎日陵辱されていた証、そしてそれが董白の心が絶望すら感じないような空白になってしまった事を悟った。



「私は呂姫。貴女の祖父を殺した者の娘。」

 董白の表情が変る。

「そして、たった今貴女を救った者。」

 救い、その言葉が董白の頭の中で反響する。
心が徐々に再構築され始めた。

「あなたが私を、助けたの? おじいさまを殺した奴の子供が?」

「ええ。その通りよ。どう思うか貴女次第ね。」

 全てが終わったと心に言い聞かせていても、根底では只管に救いを求めていた。
誰でも良い、私を助けて、と。

 それを適えてくれたのは、自分がこうなってしまった原因を作った仇敵の娘とは。

「私の父も死んだ。でも私は自分の力で生きている。」

 貴女とは違って、とは言わなかった。

「貴女の命は、貴女のものよ。 私の関わることではないわ。 私が助けたのがたまたま貴女であったにすぎないのよ。」

 どう思えばいいのか、董白は判らない。
すでに呂布は死んでいた。 その娘は自分の恩人になってしまった。
 私には何も力がないことはわかってしまっていた。 救われても一人で生きるだけの力も無い。

「もう二度と会うこともないでしょう。 そのような姿の貴女に会いたくはなかったけれど。」

 そう言い残し呂姫は立ち去ろうとした。

 その背を董白のか細いてが抱きとめる。

「待って・・・。もう一人は嫌なの・・・。助けてよ・・・助けてよ・・・。」

 董白は、一切の険も卑屈さもない純粋な願いを言っていた。
誰かがいなければ生きてはいけない、呂姫とは正反対の生き方しかできないのだから。

「貴女・・。生きたいのね・・・。」

 父は最期、助けを求め殺された。
父は生きようとしたのだ、だがそれは果たされなかった。

「判ったわ・・・。 一緒に、生きましょう。」

 呂姫は、董白を見捨てることができなかった。
父の事と重ねて見てしまったのかもしれない。 だが、己と形は違えど生きる意志を感じるのだ。

 万物は流転し、かつて分たれた呂と董は再び巡り合った。
彼女達がこれから先、どのような人生を歩んだか、それを知るものは彼女達だけであった。

 

 

 終

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