ある夜更け。
その部屋に置かれた行灯に明かりは点いていない。
ただ、一本だけ灯の点った蝋燭は男の手元を照らしていた。
外からは風の音とと夜行性の獣の声しか聞こえず、部屋の内にいる男女は押し黙っていて、
男が持つ剃刀が、布団に寝そべった女の陰毛を少しずつ剃りとってく音だけが部屋に響く。

「んっ……」
女の体が一瞬こわばる。
男は、女の肌を傷つけないように剃刀を一旦手ぬぐいの上に置き、女の顔を覗き込んだ。
そこには普段の女伊達な顔つきとはちがう、なまめかしい表情の女性がいた。
「どうした?すくんでいたぞ」
「――ぁ。なんでもないわ、大丈夫よ」

男は剃り終わった部分を、確認ついでに指先で軽くなでた。
剃刀の出来がいいのか、男の腕前がいいのか。女の肌に傷はなく、するすると指がすべる。

「ほら、もう少しだ」
「文台様……やっぱり、恥ずかしい」
「今更だな。自分でやって何度傷をつけた?
 それに、手入れをしなければ今の服は着れんだろう?」

孫堅の言に、彼女は言葉を詰まらせた。
昔は自分で手入れをしていたのだが、何度か剃刀で肌に赤い線をつくる度、
珠の白肌が傷ついたと、孫堅は残念がり「自分にやらせてみろ」とねだった。
しかし、すんなりと受け入られるはずがなく、
何度目かの口論の末に一度だけ剃ることになり、それが今でも続いている。

そして、手入れが綺麗に行われることが、彼女の派手好みに拍車をかけることになり、
今では、慣れない男連中が目のやり場に困るような戦衣装を愛用している。
甘い手入れで着ることは恥であるし、
素材から色から着心地までの全てを気に入っている今の戦衣装は着続けたい。

「続けるぞ」
「……ええ」
――それらが、夫からこの恥辱を受け続ける理由であった。


孫堅は瓶に入った乳液を妻に滴り落とした。
まだ冷えた乳液は男の指によって、既に彼女の体温で温まった乳液と混ぜられる。
そして、肌の上を剃刀の刃が丁寧に幾度も滑ってゆく。
二、三度往復させては刃についた乳液と剃り撮った陰毛を手ぬぐいで拭い、繰り返す。

肌を傷つけぬように、剃り残さないように、
息を殺しながら続ける作業に、孫堅は熱中していた。

なにかで物理的に拘束されているわけではない。
しかし、夫の作業の邪魔をしないようにしていると、
体勢も、身動きも、呼吸さえ自然と制限されるので、
彼女は自分の身体を夫に支配された錯覚に、度々陥りそうになっていた。
その錯覚から端を発するはしたない妄想は、彼女の理性を確実に蕩かせていった。

水を絞った手ぬぐいで体を拭われ、女は作業が終わったことに気がつく。
「さ、終わりだ」
「ん、ありがとうございます、文台様」
「しかし……」
己が妻の蜜があふれる秘裂を改めて見て、孫堅は低く笑った。

「この程度でそれほど濡れるとはな。毎回のこととはいえ……困ったものだ」
「――酷い人。私をこれほど狂わせるのは文台様じゃないか」
拗ねたようにつぶやいた己が妻をを抱きすくめる。
「手加減はせぬぞ」
「ふふん。手を抜いたら承知しないよ。 ……文台様、可愛がってください」

ちらりと女伊達の声音が覗いたかと思えば、蕩けた女の顔へ戻る。
互いを貪りあうような接吻から、二人の夜はぐっと更けていった。


[了]

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