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無題 6様
空。夕暮れ時の空。
オレンジ色に染まりかけた雲がゆっくりと流れていく。
ただ何とは無しに、それを目で追いかけていた。
ああそういえば、彼はよくこうして空を見上げていたような気がする。
ただそれは本物ではない、人工的に作られた風景。
雲を追っていたのか、空の色を見ていたのか、彼は何を見ていたのか。
一番心囚われるところををわざと外すように、
それでもそこから離れ切れない思考に少しとまどいながら
細くため息をついた。
「しーぽーん!」
自分を呼ぶ声に、ハッとうつむけていた顔を上げると
遠くから良く見知った友人が、見つけたとばかりに大きく手を振っている。
「もう、またどこに行ったかと思ったらこんな所でー」
良く見知った、ではない。大好きな友人の一人だ。心の中で訂正する。
駆け寄ってきた彼女の髪は、夕日の光を浴びていつもより赤く鮮やかだ。
「アリサ。あれ?今日はこれから整備科の子たちと食事…」
「だったんだけどね。何となくそんな気分じゃなくて、断ってきちゃった」
にかっと笑う。赤い髪が跳ねた。
「最近しーぽん元気ないんだもん。私にまで伝染したって感じ」
「え〜?なにそれ、私のせいなの〜?」
心外だ。自分としては元気がないつもりはない。
ほんのちょっと、ぼーっとする時間が増えただけだ。
するとすかさずからかうような表情で
「思い切り、コータ君が居なくて寂しいですって顔してるもん。しっかりしてよ〜?」
カラカラと笑い飛ばす。これは彼女なりに心配してくれているのだ。
くすぐったい感じがして、それはとても嬉しい。のだけど。
違う、違うよ。そんなこと思ってない。思ってなかった。
そう、そこはわざと外していたはずだ。考えないようにしていたはず。
言葉は出てこなかった。
2週間前。音山光太は半年という長期ミッションにかり出された。
それまでも幾つかのミッションをこなし、今回も予想はしていたのだが
まさか半年という長さのものがくるとは思ってもみなかった。
ジェネシス・ミッションの時に白銀教官が話していた通り
人類が外宇宙に出る日が近づいてきている。
再建されたウルティマを拠点にしたデータ収拾。外に出るにも地図は必要だということらしい。
まさに地図を描く段階、学生だからという理由で半年間その作業に携わる。
彼はどことなく楽しみのようだった。
それは3週間前━━━━
「志麻ちゃん。どうしたの?難しい顔して」
それとももしかして気分でも悪い?と自分の右側を歩いていた彼が顔を覗き込んでくる。
そのセリフとともに、ただ不思議そうだった表情が心配する表情に変化した。
「えっ…、えぇ?別になんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
心の奥のほうで照れくさいような、嬉しいような感情が湧き上がる。
確か考え事の内容は、その目の前の彼に少し腹を立てていたはずだが。
あと少しで半年会えないのに。
彼は今までと何一つ変わらない。
それどころか光太くん、ミッションの内容に興味津々みたいだし…。
自分だけが、何かに追われている訳でもないのに
日が近づくにつれ、焦りを募らせているようだ。
私と一緒に居ることよりミッションの事しか見えてないのかな。
果てには、私よりミッションが大事?というどこかで聞いたようなフレーズがリフレインする。
きっと彼の中でその2つは比べる対象ではないのだろう。とは思っていても
頭から離れない。
そして光太がウルティマへ向かう2日前になって、彼女に限界が来た。
苦しい。
目を見て話せなくなっている。
頭の中がぐちゃぐちゃになって自分でも分からなくなっているが、
苦しさに耐えるためか
手を下ろしているその場所で着ている衣服を握り締めた。
そしてどうにか搾り出した「明後日だね」という言葉に
「うん。明日はインフィの最終調整に時間が取られそう」
とさらりと返された瞬間
その感情は瞳から溢れ出た。
頬を伝ってはたはたと服の上に落ちる。
何で私、こんなに苦しんでいるんだろう。
そんな、死別するわけでもない、たいしたことはないはずなのに。誰かに笑われてしまいそうだ。
そう自分を突き放してみても堰を切って溢れ出したものは簡単には止まらない。
口を引き結んで抑えようともしたが無駄だった。次から次へと零れ落ちていく。
そして一瞬冷静だった視点も、間もなくその流れにかき消されていった。
照明の光が、昼間より深く影を作る。
ここは自分の部屋だ。広いわけではないが、
ステルヴィアに入学してきたばかりの頃は2人部屋だったということもあって
ベッドも1つしか無い今の部屋は、がらんとやけに広く感じる。
すぐ傍には好きな人が困り顔で立っている。
自分はベッドに座って、光太くんはカウンターの椅子に座って、向かい合うように話していたのだが
私が泣き出してしまったお陰で慌てて立ち上がったのだ。
付き合い始めた当初と比べると随分、彼は背が高くなった。
その彼が遠慮がちに口を開く。
「もしか、しなくても…僕のせい、なのかな」
何それ。
どちらかというと分かっていない言葉だ。
こちらの返事を待たずに、彼は付け加えるように言う。
「それなら正直な話、うれしいんだけど…」
え、
ええと、どういうことだろう。
目の前で人が泣いているっていうのに、うれしいって、それって━━
どうしていいか分からなくなって私は無言で抱きついた。
抱きついたというよりも、しがみついたと言った方が正しいのかもしれない。
同じくらいの強さで抱き返される。
段々と恥ずかしくなって目の前の服に顔をうずめた。
頬を流れる水分がじわじわと染み込んでいく。きっと彼は気にしてはいないだろう。
もう涙は止まりかけていた。
上目遣いにこっそりと様子を伺ってみると
見事に目が合ってしまった。しかも、笑顔。
「寂しい?」
なんでそんなに嬉しそうなの。
ケロっと言われるのでこちらが余計恥ずかしくなる。
そこにほんの少しの悔しさも加わって、ぷうっとむくれて見せた。
「あはは、可愛い可愛い」
どこかすれ違った反応が返ってくる。
多分今私の顔は真っ赤だ。火照っているのが自分でも自覚できる。
そして彼は軽く私にキスをした。
「ん、う…」
ちゅく、という音と共に唇が離される。
頭はぼうっとしているのに、音は何故かやたらと鮮明に聞こえる。
自分の心臓の音がドクドクとうるさい。
今私はベッドの上に。先ほどと違うのは寝転がっている点だ。
目の前には光太くんがいる。
組み敷かれている格好になるが適切な表現ではないように思う。
お互いに望んでこうなっているのだから。
離れた唇は顔の輪郭をなぞるように首筋まで下がると、つうっとそこに舌を這わせた。
ぞくぞくと甘い痺れが背筋を駆け上がる。
服は前がはだけて、胸はすっかり外気にさらされている状態だ。
とても恥ずかしい。
顔の横に置かれていた片方の手はいつの間にか場所を変えて、
胸の膨らみを優しく包み込んだ。
自分の体温が高くなっているのか、ひんやりと冷たい。
そのままゆっくりと揉みしだくと、指の腹で突起部分を掠めるように撫でた。
その刺激にビクリと体が硬直して無意識に息を詰める。
心臓がのどの奥に移ったかのようで、その規則的な音は頭にまで響き渡るようだ。
首筋にあった顔は胸元へ移動し、もう片方の突起を口に含むと舌先で転がす。
「ふあっ」
詰めていた息が吐き出された。呼吸が荒くなる。そして次の瞬間、
じわり。とした感覚に朦朧としていた意識が一気に引き戻された。
やだ。恥ずかしい。
濡れ始めた部分はどこか分かっているのだ。ただただ恥ずかしくて、
それでも甘い痺れが頭の中を侵食していく。
それを知ってか知らずか、胸を弄んでいた手がするすると体のラインを辿って
その場所にたどり着いた。下着越しに触れられたとたん、声が漏れる。
窪みを確認するように指を動かされると、ビクビクと体が跳ねた。
「あ、んっ…ぁ…」
「志麻ちゃん、もう、こんなに…」
「ゃ、あっ」
耐え切れなくなって言葉をさえぎった。恥ずかしい。恥ずかしくて仕方が無いのに
奥底で直に触れて欲しいと望んでいる自分がいる。
恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
その想いが伝わってしまったのだろうか。
下着が取り除かれ、躊躇無くまた指が這った。くちゅくちゅと卑猥な水音が部屋に響く。
感情が高ぶり、抑えられない。
「っ、あぅ…んっ、ひ、ぁっ」
涙がボロボロと零れ出た。
頬を伝う涙を彼の舌が優しげに舐め取っていく。
「ふ…ぅ…なんか…ちょっといやらしい…」
「…そう?」
実際はそれよりもいやらしいことをやっているはずなんだけれど。
すると突然、窪みをなぞっていた指が
その上の一番敏感な部分をこねるように押しつぶした。
「ひゃっあぁああっ…!!」
快感が体内で爆発し、熱が体中に飛び火する。
体がひきつけを起こしたように痙攣すると、足があらぬほうに跳ねた。
それがスイッチとなって、理性がはぎ落とされていく。
切ない。切な過ぎてどうにかなってしまいそうだった。
下半身から沸き起こるうずきは強くなるばかりで、無意識に腰が揺らめく。
貫いて欲しい。光太くんに貫かれたい。もう止まらなかった。
めちゃくちゃにされたい。そうすれば愛されていると実感できるような気がして。
「…光太くん…」
切羽詰った声で、息は震えていた。苦しげに。
彼は安心させるかのように目の前で柔らかく微笑むと
次にはその微笑みを消し、僅かに目を伏せてふうっと息を吐いた。
あの窪みに熱いものが当たる感覚。
体が敏感に反応し、喘ぐようにのどが鳴る。
縋るものを求め、彼の首に腕を回して引き寄せた瞬間
一気に打ち込まれた。
「………!!」
余りの衝撃に声を失う。
少し間をおいて私の呼吸が整うのを確認すると、ゆっくりと動き始めた。
「あっ…ぁっぁ…ふぁっ、あ…!」
どうしよう。どうしよう。凄く気持ちいい。
快感が頭の中を白く塗りつぶしていく。
苦しさと、切なさと、嬉しさと、気持ちよさと。
滅茶苦茶に混ざり合わさって、正気を保てなくなりそうな。
ああ、これは幸せなんだ。と
白色に侵食されている頭の中で漠然と思った。
次第にペースが速くなっていく。
じりじりと快感に追い詰められて、喘ぐ声もそのリズムに合わせて大きくなっていく。
ひっきりなしにスパークのような波が来るのだ。
もう駄目。もう駄目…!!
光太くんが眉根を寄せた切なそうな顔で、息を詰めて━━
ひときわ強く奥を貫くと
真っ白な世界の中で、私の意識は焼き切れた。
『重力カタパルト、準備完了』
『カウントダウンに入ります』
無機質なアナウンスが聞こえてくる。重力カタパルトには青い機体が微動だにせず佇んでいた。
整備が予定通りに進まず、出発が半日遅れたのだ。
インフィニティは先行している輸送船ガガーリンと合流し、ウルティマに向かうこととなる。
光太くんがインフィに乗り込む直前に、一言、声を掛けることができた。
本心は、早く帰ってきて、かもしれなかったし
もしかしたら、行かないで、だったかもしれなかった。
意に反して出てきた言葉は「頑張ってね」。
彼は何も言わずににっこりと微笑んだ。
自分に呟く。後悔するくせに。いや、きっとどの言葉でも後悔するのだ。
インフィが白い光を引いて遠ざかっていく。
今ここから離れないと、ずっと動けなくなりそうで
吹っ切るようにその場を後にした。
「半年なんて、あっという間」と自分に繰り返し言い聞かせながら。
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