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無題 668様
「……あ、びっくりした、起きてたの?」
「もうお目覚めですか? 珍しい」
「女の舞台裏を覗くもんじゃないの」
「背中向けてますよ」
「そうしてて。こら、こっち向かないの。映ってるからね」
「女性が化粧してるの見るの好きなんですけどね、なんとも色っぽくて」
「大人の男ぶったこと言わないでよ」
「もう二十歳過ぎてますよ」
「あら、そんなになる? 私も年取るはずよね」
「今でもお綺麗ですよ。初めて会ったときからちっとも変わりません」
「君も予科の時からちっとも変わらないわよ。表に誤魔化されて声かけたけど、中身は性悪だったあの時から」
「僕も初めて声かけられた時には、まさか花蓮さんが処……」
「踏み潰すわよ」
「あ、それだけは。まだいいんですか?」
「廊下で足音がしてるわ」
「枕、どうぞ……
あなたみたいな、男受けするタイプの女性が独りでいるのって、よほど好きな男でもいたんだろうな、と思って」
「お布団どこに蹴っ飛ばしてるのよ。まあ、いいわ。君のおかげでたーっぷり経験は積めたわよ。だから」
「いよいよ、勝負……?」
「と、いうよりは、私の思いにさよならするために、ね。
いつかはあいつも自分の相手に気付くと思っていたのに、気付いてくれないのだもの。
馬鹿よね。自分が必要としている相手がわからないなんて」
「僕らも初佳が来るまで三人組でしたけど、彼女は一度も間違えたりしませんでしたからね。
男には、性欲と恋愛感情が地続きな時期って、あるものなんですよ」
「そう言われると」
「複雑?」
「あいつが馬鹿みたい。君もそうだったことある? 最初から随分と慣れてたけど」
「あなたに溺れなかった時点で、その時期はとっくに通り過ぎてるって……」
「……口紅が、落ちますよ」
「もう行くから」
「それじゃ、あの、……」
「あ、止めて下さい。いつものように」
「湿っぽい別れなんて、似合わないかしら?」
「僕はナイーブなんですよ。泣いちゃいますからね」
「うーそばっかり。あまり女の子泣かせるんじゃないわよ」
「だからそういうことを……それに僕は遊んでるけど泣かせてませんって」
「どうだか……でもそうね。今夜も楽しかったわ。……また来週」
「お休みなさい。また来週」
そして扉が閉まるのを待って、2人は呟く。
『さよなら』
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