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初佳の奇妙な冒険2 211(モJOJOJO)様


 私は逃げていた。
 逃げて逃げて逃げ続けて、追いつかれそうになれば壊した。
 壊したのに、それはしつこく私を追い立てる。
 だから繰り返す。
 逃げて逃げて逃げ続けて、追いつかれそうになればまた。
 どれくらい繰り返しただろう。
 分からない。だけど、一つだけ分かったことがある。
 どれだけ逃げても、逃げられる筈などないのだ。
 私は、私から逃げていたのだから。
 「自分から逃げる」など、矛盾もいいところだというのに。
 矛盾は修正される。世界は矛盾を許さないから。
 そしてついに私は追いつかれた。
 追いつかれて。追いつかれて…。
 何も起こらなかった。
 何も変わらなかった。
 当たり前だ。自分に追いつかれた所で、何かあるわけはないのだ。
 そこにはただ疲れて、無気力な私だけが残った。
 
 謎の飛行物体によって襲われたファウンデーション6・ウルティマ。
 ウルティマ内に残された数名の人員を救出される任務は、
 負傷者、そして死傷者を出したものの結果的に成功。
 未だ飛行物体の正体は明らかにされていないが、とりあえず今はステルヴィアへ帰還中だった。
 そしてその任務を期に、町田初佳は立ち直った。
 ビッグ4と呼ばれ、ステルヴィアのほとんどの生徒の憧れだったその姿にまで。
 それが今の初佳に対する他者の認識であり、恐らくは事実だった。
 しかし、当の本人である初佳はあまりそんな風には思っていなかった。 
 日常でも妙に緊張して、人と接するときは前よりも言葉を選ぶようになった。
 理由を問われても初佳には答えられないが、今のこの気持ちは
 遥か昔に自分がどこかへ忘れてきてしまったような、懐かしいものだった。

 それがなんなのか初佳には分からなかったが、
 一つだけ、感覚的に理解している事がある。
 言葉で表すのならば、『肩の荷が下りた』のだ。
 レイラの過去を聞き、なんというか楽になった。
 「やりたかったからやった」というレイラの言葉。
 自分は今までそうしてきたことがあっただろうか。
 ただ自分で自分を追い立てて、逃げてきただけの人生だった気がする。
 本当にやりたいと思ってやった事など、いままでなかった、と思う。
 てっきり自分はやりたいことをやって今に至っているのだと思っていたのだが、
 どうやらそうではなかったらしい。
 だから、逆に楽になった。
 逃げ出した末にここにいるのなら、もう一度始めてみようか。
 自分の行動理由をもう一度探してみよう。
「初佳?」
「……!」
 はっとなる。
 自分の中に芽生えた気持ちについて考える事に意識がいって、
 ケントの話を聞いていなかった。
 無意識のうちにスプーンでかき混ぜてしまっていたカレーライスは、
 あまり美味そうではなくなっていた。
 初佳は慌ててケントの顔を見る。
「ごめんなさい。つい、ぼぉっとしてしまって…」
「いいんだよ。それより…」
「はい?」
「やっぱり。敬語になってるよ。あの任務から、たまに」
「え…そう?」
「うん。初佳に敬語は似合わないよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「…そうね」
「そうそう」
 初佳はかき混ぜすぎて美味そうではなくなったカレーを一口食べた。
 食べてしまえば同じだと思ったが、やっぱり味は変わるものだ。
 そんな事を考えていると、ケントは可笑しそうに笑った。
「…なによ」
「眉間に皺が寄ってるよ」
「え? あ、う…」
 初佳はスプーンを持っていない方の手で両眉の間に触れた。
 皺が寄っている事を確かめたかったわけではないが、なんとなくそうした。
 するとさらに笑うケント。
「なによ」
「最近の君は見ているだけで楽しいよ」
「…馬鹿にされているのかしら」
 初佳が不機嫌そうに言うと、ケントは慌てて否定した。
「違う違う。ただ、前までの初佳じゃ考えられないからさ」
「なにが?」
「食事の時にそんな表情豊かではなかった気はするね」
「え…」
「今の君は、すごく…」
 言いかけて、ケントは黙った。
 そして軽く首を横にふると、
「なんでもないよ」
 そう言った。
 「すごく…」なんだろうか。
 会話の流れからすると、多分褒め言葉だろう。
 初佳は自分に投げかけられるような褒め言葉を想像してみたが、上手くいかなかった。
 だけど、ケントが自分に対して好意の言葉を発するつもりだったのだとしたら、悪い気はしない。
 そこまで思って、初佳はまた自分が思考の世界へと入り込んでしまっていた事に気づく。
 それを誤魔化そうと初佳は近くにあったウォーターポットに手を伸ばした。
 そこからは日常よく起こる偶然で、特に珍しい事ではなかった。
 ケントも同時にウォーターポットを求めて手を伸ばしていたのだ。
 タイミングが重なり、二人の手は重なる。
「……」
 手が触れている。
 ああごめん、と言ってケントは手を離した。
 初佳はその光景をなんとなくぼんやりと眺めていて、
「………」
 刹那。思い出した。
 思いだしたという事は、忘れていたという事だ。
 初佳の動悸が急に高くなった。
「…………」
 そう言えば、自分は目の前にいるこの男と、したのだ。
 何をと問われてもとてもじゃないが答えられないような事を。
 なんだか凄く昔の事のように感じられるが、間違いなくそれは事実だった。
「………………」
 何故忘れていたのだろうか。
 忘れられるような内容ではない。
 どうかしている、と初佳は思った。
「…………………」
「え、なんかどんどん顔が赤く…」
「さよなら!」
「え!?」
 逃げ出す初佳。
 それでも自分の食事はキチンと片付けるのは初佳らしい。
 後には、唖然としたケントだけが残った。

 初佳は自室にてベッドに顔から倒れこんだ。
 そのまま目を閉じる。
 食後にすぐ横になるのはあんまり良い事ではないが、
 なんだか顔を外気に晒すのが恥ずかしい。
「……うぅ……」
 唸る。そして考えた。
 何故忘れていたのだろうか。
 あれほどの事を忘れてしまえるほど、
 初佳は自分を愚鈍な人間ではなかったと思っていたのだが。
「…………」
 だが、ケントに抱かれたのは間違いのない事実。
 さっきは逃げ出してしまったものの、
 別に後悔しているとか、嫌だとか、そういう感情はない。
 もちろん思慮の浅さを恥じてはいるが、してしまった事への嫌悪は全く無い。
「………う〜……」
 どうしていいのか分からない。
 今までは自分の技術向上の為にしか何かをしてこなかったから。
 こういった、結果が明瞭じゃない物事にはどう対処していいのか分からないのだ。
「うぅううぅぅう」
「何をしているの?」
「!?」
 飛び起きる。姿勢を正してベッドの上に正座した。
 目線を上げると、そこにいたのはナジマだった。
「何をしているの?」
 もう一度聞かれたので、初佳は誤魔化すように言った。
「いきなり…驚くじゃない…」
「ノックしたわ。声もかけた。そうしたら中からあなたの呻き声が聞こえたのよ」
「……………………………」
 外に聞こえるほど大きな声で呻いていたのか。
 初佳はあまりの羞恥に顔を覆いたくなった。
「それで、何か用なの?」
「ケントにあなたの様子を見てくれって頼まれたのよ」
「そ……そう」
「……何かあったの?」
「…何かあったというか、何かあったというか…」
「何かあったのね」
 頷く。するとナジマは薄く微笑んで言った。
「あなたは、変わったわ」
「…そう、かな」
「少なくとも、あなたが顔を赤くしている所なんて見たことがないもの」
「……」
「なんだか今のあなた、中学生くらいの女の子に見えるわ」
「…中学生…」
 幼く見えるということか。
 確かに自分は飛び級で本科生になったが、そこまで幼く見えるような年齢ではない。
 だが今の自分の奇行は、そういった雰囲気を醸し出してしまったのかもしれない、と思った。
「………」
 初佳が肩を落としていると、ナジマは腰を下ろして初佳に目線を合わせた。
 それはまるで、子供と話すように。
 ナジマはしばらく、考えるような表情をすると、言った。
「ケントの事が好き?」
「……」
 不思議とその言葉に対して驚きはなかった。
 ただ、ゾッとした。体が震えた。
 そして思い出して、思い直した。
 だから初佳は答えた。
「…分からないわ」
「本当に?」
「…例え好きでも、私には…その、駄目なのよ」
 初佳は自分の中の何かを否定しようとして、言葉を吐き出し始めた。
 ナジマは何も答えない。
「私は、罪を犯した。
 そしてあなたが私の事を知らない時からそれは続いてたわ」
 必死に言葉を紡いでいく。
 いつもの初佳の口調よりもずっと早口で、
 それはまるで怒られた子供が母親に対して言い訳をしているようだった。
 だがそれとは反して、だんだんと初佳は自分の心が冷え切ってくるのを感じた。
 ナジマは何も答えない。
「その事について私はどうしたらいいのか分からない。
 後悔も出来ない。だって、その時はそれしか選択できなかったんだもの、私には。
 ……最低な言い訳だけどね」
 そう言って初佳は自嘲気味に笑った。
 ナジマは何も答えない。
「でも、それを罪と感じている私がいるの。
 だから償わなければならない。罰を受けなければならない。
 …その事を忘れていたわ、私は。何を浮かれていたんだろう。
 だから、ケントへの気持ちは考えない。私には相応しくないから」
「何故?」
 ナジマはやっと口を開き、そう言った。無表情だった。
 初佳は一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに返答した。
「何故って…だから私は、してはいけない事をして…」
「だから?」
 ナジマは表情を変えず、またも問うた。
 まさかそんな事を言われるなどと想像もしていなかった初佳は、口ごもってしまう。
「…だから…」
「それはあなたの問題であって、ケントには何の関係もない事よ」
 何のためらいも無くナジマは言った。
 予想もしていなかった一言に、今度は初佳が黙る番だった。
「罪は消えないわ。償い続けても、きっと。
 だけど、罪を償うことと罰を受ける事は全く違う事なのよ。
 罪から逃れる者に罰は与えられるけれど、あなたはそうではないでしょう?」
 ナジマの一言一言が初佳に突き刺さる。
 初佳の冷えた心、否、無理やりに冷やした心が、
 突き刺ささった部分から熱せられているようだった。
 なおもナジマは口を開き続けた。
「あなたが抱えている罪は、あなたが一生抱え続けなさい」
「………」
「『町田初佳』という人間の一生をかけて償い続けなさい」
「………」
「けれどそれをケントに押し付けるのは絶対にやめなさい」
「………」
「そうじゃないと、あなたは本当に終わってしまうわ」
 そこまで言って、ナジマは初佳に体を寄せた。
 それに反応して初佳は怯えたように体を震わせるが、ナジマは構わずに初佳を抱きしめた。
 母親が、叱りつけた子供に対してそうするように。
「ケントは優しいでしょう?」
「………ぅ」  声が漏れる。初佳は唇をかみ締めた。
 そして、やっと理解できた。
 急に心が冷めた理由と、ケントとの行為を忘れ去った理由が。
 結局、自分はまた怖かっただけなのだ。
 自分自身のケントへの気持ちが怖かっただけなのだ。
 また、私は私から逃げてしまった。
 レイラの言葉を聞いて、自分を変えてみようと思っていた筈なのに。
 結局自分は、何も出来ない人間なのか。
 そう思うと、初佳は恥ずかしくて、悔しかった。
 ナジマの抱きしめる力が強くなる。
 先ほどとあまり変わらないトーンの筈なのに、
 ナジマのその声は優しく、初佳の中へと染み込んでいった。
「ビッグ4の町田初佳と呼ばれて、優秀な技術を持つのはあなた」
「…………」
「コーヒーをいれるのが上手なのもあなた」
「…………」
「ケントの事を思って、顔を赤く染めるのもあなた」
「…………」
「だけど許されない罪を犯したのもあなた」
「…………」
「そしてその罪を償いたいと思っているのもあなた」
「…………」
「そのどれも、『ほんとうのあなた』」
「……うん」
「私は、そんなあなたが好きよ」
「……うん」
「笙人も、きっとあなたが好き」
「……うん」
「ケントも……」
「……うん」
「それ以外にも、あなたを好きな人はとても沢山いるのよ」
「……うん」
「だから忘れないで。だから覚えていて」
「…………」
「町田初佳の価値は、何ができたとか出来ないだとか、そんな所とは別にあるって事を」
「……うん……!」
 力強く頷いて、初佳も負けじとナジマを抱きしめた。
 涙を流すべき場面なのかもしれないが、初佳は泣かなかった。
 ただ初佳の中にあった悔しさや、恐怖が今は無くなっていた。
 これは一時的な感情によるものかもしれない。
 ナジマの台詞に上辺だけで感動しているだけなのかもしれない。
 けれど、いま初佳を満たしているこの感情は、間違いなく初佳の心に存在していた。
 やがてお互いに腕を解いた。
 ナジマは初佳の目を覗き込み、再度問うた。
「ケントの事が好き?」
「…私は…」
「…いいわ。やめておく」
「え?」
 初佳が怪訝な顔をすると、ナジマはまたも薄く笑った。
「あなたは、幸せにならなくては駄目なのよ」
 そう言い残して、部屋を出て行った。
 初佳はぼんやりとそれを眺めて、一人で「うん」と頷いた。
 しばらく経って、初佳が変わらずベッドの上で正座していると、
「初佳!」
「! ケント!?」
 ドアの向こうでは慌てた様子のケントの声が聞こえた。
 初佳も、いろんな意味で慌てる。
 慌てすぎて言葉が出ず、とりあえずベッドの横に備え付けてある鏡を見て髪形を整えた。
 どこか変なところはないだろうか。
 幸い変なところは見つからず、初佳が安心してケントを迎え入れようと
 ベッドを立った途端、すごい形相でケントが飛び込んできた。
 そのままベッドの前に立ち尽くす初佳に駆け寄り、その姿を心配そうに眺めた。
「ケン…」
「大丈夫か?」
「は?」
「は?」
「なに、が?」
「いや…ナジマが…『初佳が大変なことに』って…」
「………………」
 これはどういう事なのだろうか。
 確かにある意味大変な事にはなっていたが。
「大丈夫、だけど…」
「え…本当に?」
「大丈夫よ。ナジマに乗せられたんじゃない?」
 初佳は少しだけ意地悪そうに言った。
「そうかな」
「そうよ」
「…そうだね」
「そうそう」
 心底安心しきったようなケントの表情。
 それを見ていて、初佳は可笑しくなって笑った。
「…なんだい?」
「ううん、なんだか、いまのケント可笑しくて…」
「…悪かったね。心配だったんだよ」
 ケントにしては珍しく、少しだけいじけたような表情をした。
 それを見て初佳はまた可笑しくなった。
「違う違う。ただ…」
「ただ?」
「ただ…」
 そこから先の台詞が浮かんでこない。
 初佳は困って、それと共にまた心臓の鼓動が高鳴ってくるのを感じた
「初佳…?」
 どうしよう。
 初佳は急に混乱してきて、また恐怖心が芽生えてきた。
 無意識に、手が震える。
 震えはどんどん大きくなってくる。
 でもその事に気づいて欲しくないから、初佳はケントを抱きしめた。
「…初佳…」
「…………」
「…………」
 初佳は黙って、ケントも黙った。
 少しだけその状態が続いて、初佳はケントの顔を見ないまま口を開いた。
「ケント」
「え?」
「あの」
「うん」
「その」
「うん?」
「……」
「……」
「好き」
「え…」
「私は、あなたが、好きです」
「………」
「私は、あなたの事が、大好きです」
「初佳…」
 ケントは驚いたような表情をしたが、すぐにそれは微笑みに変わった。
「僕も、あなたの事が、大好きです」
 同じように言って、ケントも初佳を抱きしめた。
 初佳は力いっぱいにケントの胸に顔を押し付けた。
 そして、少し経って初佳は押し付けていた顔を上げた。
 無論、顔は真っ赤だった。
 目を閉じる。
 ケントはそれを察して、優しく、とても優しく初佳に口付けた。
 しばらくそうして、唇を離した後でも初佳は抱きしめたその手を離そうとしなかった。
 ただ、顔を真っ赤にして、縋る様な表情でケントを見詰め続けた。
 ケントはそのままの状態でしばらく考え込んで、言った。
「いいかい?」
 黙って頷く初佳。
 ケントは初佳を抱えたままベッドに寝かせると、服を脱がし始めた。

 初佳が下着姿になると、今度はケントも下着だけになる。
 初佳はこれが二回目だというのに、なんだかこれが初めてのような気がした。
 再度ケントは初佳に口付けた。

 舌で唇をなぞる。しかし口内には差し入れず、そのまま首に這わした。
 初佳はくすぐったそうに体をよじって、シーツを握った。
 ケントは首筋に舌を押し当てたまま初佳のブラを取り外した。
 舌は首筋から胸元に至り、形のよい乳房の右側の頂点に辿り着いた。
 初佳はそれだけで体を浮かせるように反応し目を瞑った。
 桃色の乳輪を唇と同じように舌でなぞり、最後には突起を含んだ。
「ふぅ…」
 初佳は息を吐いて、さらに強くシーツを握る。
 ケントは突起を口内で弄び、舐めて、噛んだ。
 その度に初佳は息を吐いて体を浮かせた。
 突起を舐めていない方の乳房は掌の中で形を変えた。
 しばらくそれをしていると、初佳は苦しそうに言葉を吐き出す。
「お願い…そこだけじゃなくて…」
「…うん」
 ケントはまた優しく微笑んで、這わしていた舌を乳房から落とし、
 腹、そして下腹部へと移動させていった。
 そしてその愛撫をやめて、ケントは初佳のショーツを手馴れた様子で取り去った。
 脱がされた下着へと尾を引く透明な糸。
 初佳の予想通りだった。
 昔から初佳は、すぐにこうなってしまっていた。
 クリスマスにケントとした時も。
 そしてさらに昔、やよいとした時も。
 初佳は恥ずかしくて、泣きそうになった。
「恥ずかしいかい?」
 聞かれたので、初佳は頷いて肯定した。
 それを見たケントは言った。
「…ありがとう」
 お礼の意味は分からなかったが、それで初佳は少しだけ落ち着いた。
 ケントは顔を初佳の濡れそぼるその部分に近づけた。
 そして、舐める。
「ああっ…!」
 初佳の体が浮き上がるのではなく、跳ねた。
 もう一度舐められた。
「うぁぅ…!」
 シーツを限界までの握力で握り締めた。
 それでもケイトの攻めは止まず、初佳はただ喘ぎ、耐え続けた。
 次第に頭の中が真っ白になっていくのは初佳は感じた。
 この感覚には覚えがあった。
 もう少し、もう少しで。
 でも、それはすんでの所で止まってしまった。
「……?」
 初佳はケントを見た。
 するとケントは下着を脱ぎ終わった所で、初佳の方を向き直った。
 自然と目に入るケントの性器。
 他の男性性器を見た事があるわけではなかったが、
 やはり女の子の初佳にとってそれはとても大きく、凶暴に見えた。
「怖いかい?」
 ケントにそう言われて、初佳は視線を性器からケントに戻す。
「……少し」
 そう答えると、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「…ごめんなさい。前にも一度……しているのに」
 初佳の言葉に、ケントは首を横に振って否定した。
「この間と、今は全然違うよ。だから、いいんだよ。止めたかったら止めても」
 初佳もまた、首を横に振って否定した。
「大丈夫。だから…お願いします」
「はい」
 そう答えてケントは笑って、初佳も少し笑った。
 そしてケントは初佳の足を大きく広げ、体を入れて、
 自分の性器を初佳の性器へと近づけていった。
 お互いの性器が触れ合う。
 初佳はその熱い感覚に震えた。
 ケントはしばらくその感触を馴染ませていると、やがてゆっくりと突き入れた。
「んぁ…ぁっあぁ…」
 時間をかけて挿入され、初佳は喘いだ。
 そして完全に二人は一つになった。
「ぅ…ぅぅ…」
 初佳はただ入れられているだけなのに、だんだんと快感が広がってくるのを感じていた。
 ケントはしばらく動かずにそうしていて、
 初佳の呼吸が少しだけ落ち着くのを見ると、動き始めた。
「やっ…ああ…!」
 落ち着いた筈なのに、初佳はそれだけで達した。
「初佳、大丈夫かい?」
「ん…ふぅ…」
 初佳は少し夢心地だったが、意識はまだあった。
「…大丈夫よ…なんだかふわふわしてるけど…」
「いま動くのは怖い?」
「…なんとか大丈夫かも…」
「それじゃあ…悪いけど途中じゃ止められないからね」
「うん…」
 初佳の意志を確認して、ケントはゆるやかに動きを再開した。
「あ…ぁぁ…ああ…!」
 ゆっくりの動きなのに、初佳はまた達しそうになった。
 それに反してケントの動きは少しだけ速くなる。
「あっああぁ…! んあ、ふぁあ…!」
 耐えられない。初佳の体が震えて絶頂に達するまでそうかからなかった。
「ぁああ…!」
 ケントの動きがとまった。
「これ以上は、やめようか…?」
 相変わらずの笑みでそう言った。
「…とめられないっていったのに…」
 初佳は息を抑えながら呂律の回っていない口でそう言って、ケントを抱きしめた。
「初佳…」
「いいから、ケントがおわるまでおねがい」
「怖くないのかい?」
「こわいわ。でも、こういうこわさなら、いいの」
「…そうか」
「…うん」
 二人は微笑みあって、また口付けしあった。
 ケントはまた腰を動かし始める。
 先ほどよりもピッチを上げていた。
「あっあぅっあ! は、あぁ!」
 二度も達している初佳にとってこの刺激は強すぎた。
 それなのに初佳は静止の声をあげず、一層強くケントを抱きしめた。
 ケントは腰を動かしつつ初佳の胸を触り、キスをした。
「あっあっあっああっはぁっああ…!」
 初佳は涙を零しながら快感に耐えていた。
 ケントの腰が震え始めた。
「初佳…あや…」
「ケント、あっああっああ…!!」
 果てる。どちらかが先だったかもしれないし、全く同時のようにも思えた。
 ケントの熱い迸りが初佳の下腹部の中へと広がった。

「勢いで中に出してしまったけど、大丈夫だったかい?」
「…多分ね」
「…多分か」
 そしてしばらく二人は黙った。
 初佳は考える。
 仮にもし子供が出来たとして、これはどちらの責任だろうか。
 多分、二人で一つの責任だ。
 そう考えると、不謹慎かもしれないが、少しだけ嬉しくなった。
 まあ、今日は安全日で、この船には医療施設もあるから万が一にもそんな事はありえないのだが。
 初佳はケントに口付けた。そして強く抱きしめて言った。
「ありがとう」
 ケントから確かに感じる心臓の鼓動。
 それは、生きているという証だった。
                     完


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