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見えない翼 591(◆cboFLV.7rc)様


「それで?その男の子はあなたに何て言ったの?」

「・・・・やらせろ、と言いました。・・・・そして俺達のグループの自主練習に参加していれば
 そのうちあいつも今の彼女に飽きて必ず顔を出すからそうしたら俺がおまえをあいつに紹介してやる。
 おまえはあいつの彼女になれる。そうやってあいつの彼女になったやつは沢山いるんだ、って・・・・」

「それで、あなたはその彼の誘いに乗ったのね?
 それにしたって・・・・もうちょっとマシな誘い方があると思うんだけどな(苦笑)。その位の年齢の男の子って
 そんなものだったかしら・・・・まあそれはおいておくとして・・・・
 それであなたは彼らのその自主練習に1ヶ月半あまり参加して、それから
 ステルヴィアの入学試験に合格してここへ上がってきたのよね。

 そのあいだの事・・・・その後、彼らとどうなったかについても私に話してもらえるかな?
 いきなりじゃなくて起こった出来事を自分で整理しながら自分に出来る話し方というのでいいの。
 そのうち薬が効いてくるから緊張せずにリラックスして話せる筈よ・・・・
 それで、・・・・最初はいつ?」

「最初は・・・・3月で・・・・ちょうど一年前の冬休みが終わって新しい学期が始まった日の事でした。
 始業式があって・・・・」


「・・・・始業式があって校長先生が講堂でいつものセカンドウエーブについてお得意の演説を壇上で延々としている間、
 わたしはずっとうわの空でした。それがようやく終わった後、担任の先生に呼び止められて特別に校長室に呼ばれ
 校長先生の言う激励の言葉を受けている間もずっとそうでした。

 わざわざそんな事しなくてもいいのに・・・・わたしの学校はそんなに成績の良い学校という訳ではなかったし、ましてや
 ステルヴィア学園への受験者など、適性試験に合格して受験可能となるのが数年に一人か二人出れば良い方。
 いままでに合格者とかは出ていなかったんです。そしてそんな中で初めて科目試験や適性が認められたパイロットとしての
 シミュレータ成績とかの事前審査をクリアして、残る数回の面接試験までこぎつけたのがわたしでした。

 わたしの学校は特にその為の指定校という訳で何でもなくて、ステルヴィアの為の特別科目などなかったから
 受験したところでもちろん合格するとは限りませんでした。
 ただ一般向け適性試験が広く行われていてそれへの参加に熱心な学校とそうでない学校に別れている中で
 わたしの学校はどちらかと言えば熱心な学校にあたっていて適性試験へは強制的に参加させられていたんです。
 この地区の同じような沢山の学校の受験生全体から毎年10数名が適性試験を通過して、その各適性ごとの事前審査を
 パスして数度に渡って行われる最初の面接試験まで進める生徒が地区全体でそれでも年に数名は出ていました。

 ステルヴィアへの合格者を出すことは学校側にとってはとても重要な事になっているらしくて、
 校長先生は前回のわたしのシュミレータ試験の成績が受験者全体からみても良かったらしい事を
 手放しで喜んでいて残り数回の面接試験を学校を挙げて応援するから是非とも頑張って欲しい、と言っていました。
 君ならまずステルヴィアから派遣される面接官相手の面接でも問題ないだろうが、我々もあらゆる手段で応援する、とも。
 わたしは性格が真面目だと見られていて成績も悪くはなかったので、今回のステルヴィア受験の件で一層、
 先生達やまわりの同級生達からは優等生と思われていたんだと思います。

 でもその時のわたしにはそんな校長先生たちの言葉なんか全く聞こえてませんでした。
 ステルヴィアへの進学の問題に比べたら馬鹿らしくて子供っぽいと思われるかもしれないけれど・・・・その頃のわたしの同級生達も
 堅物の優等生・・・・というよりは口数が少なくて感情をあまり外に出さないタイプだと思われていたわたし、背だけむやみに高くて
 まるで男の子のようなぶっきらぼうな話し方しかできなくて自分でもとても女らしいとは思えないわたし、あまりそういうことに
 縁のなさそうなわたしがそんな事を考えてるなんて思いもしなかっただろうけれど、わたしには・・・・その時、ずっと好きだった人がいて・・・・
 その自分の・・・・恋愛の悩みで頭が一杯だったんです。

 相手は同級生の男の子でした。同学年の男の子たちなんか皆んな子供っぽく見えていて
 まさか自分がそんな相手を好きになるなんて思いもしなかった・・・・どうして好きになったかも解らないのに
 気が付いたらその人の事を考える事で毎日が手一杯になっていて・・・・自分ではどうしようもありませんでした。

 同じクラスになってから一年近く・・・・わたしはずっとその彼を遠くから見ていて、自分でも可笑しくなってしまう程進展がなかった。
 彼は学年でもあんまり評判の良くないグループの一員で、同じクラスとはいえわたしとは全くと言って良いほど接点が
 なかったし・・・・彼はいつもクラスの中では窓際の後列にある自分の席でそこに集まった男子達と笑い話をしている程度しか
 印象になくて、どちらかといえば授業をサボってグループの他の仲間と遊び歩いている方が多かったから・・・・。
 彼は他のクラスにグループの仲間やそれに女友達が沢山いて、それ以外のクラスメートはあまり相手にしていない様子だったんです。
 彼らのグループについては悪い遊びをしてるという話が生徒達の間でよく噂されてました。

 わたしはそんな彼をただ見ているしかなくて、自分はそんな性格じゃなかった筈で、そんな自分に自分で腹が立つ位だった。
 多分向こうもわたしの事を全く知らないか、面白みのない優等生の女の子という位にしか意識していなかったはず。
 でも自分でもどうしたら良いのか全然分からなくて・・・・
 あんまり勉強熱心な学校じゃなかったから、女の子たちのグループはいつも休み時間にはそういう話題でずいぶん
 盛り上がってはいたのだけれど、わたしはいつもそんな事には興味がないという顔をしていて、それが周りにも
 伝わっていて、お堅い優等生みたいに見られていて・・・・友達も少なかった事もあったから、誰にも相談する事もできませんでした。

 始業式のその日も、わたしは一人遅れて校長室から教室に戻った所で授業をエスケープしようと教室から出てくるところの彼と
 ドアの所ですれ違いました。彼はわたしの事を全く意識してない様子でわたしの身体の横をすり抜けるように通り過ぎていって、
 その時に、ああ・・・・男子が騒いで授業がなかなか始まらない時、いきなり立ち上がって男子を睨みつける気の強い優等生様かよ、
 といった様子でこちらをちらっと見ただけでした。でもわたしは・・・・そんな風に彼とすれ違うときいつもそうであるように
 すれ違いざまに肩が触れた感触を残して立ち去っていく彼を思わず立ち止まり振り返ってじっと見つめながら見送ってしまうのを
 ・・・・止める事ができなかった。
 そしてそういう時のわたしの表情がいつも・・・・不器用なわたしの気持ちを周囲に物語ってしまっていたのだと・・・・
 後から別の人に教えられたんです。

 授業が終わった後、もう一度今度は職員室へ行って進学の為の資料を貰って、それから教室に戻って一人自分の席で
 帰り支度をしているところでわたしはそこにふらりと現れてそれを教えてくれた男子生徒の一人に話しかけられました。
 その男の子はわたしの好きな彼の悪友の一人でした。

 おまえ・・・・XXの事が好きなんだろ?でも駄目だな、あいつの好みとは全然違うから、とその男の子はわたしに言いました。
 そんな優等生ぶりっこじゃあな。知ってるだろ?今のあいつの彼女が誰だか、って・・・・
 わたしには心当たりがありました。同じ学年の他のクラスで美人というよりは可愛らしいといったタイプでわたしと違って
 小柄で女らしくて・・・・良く笑う笑い顔が印象的な、やっぱりいつも仏頂面なわたしとは全然違う可愛らしい女の子・・・・
 彼女は私たち女の子の間ではいろんな男の子とつきあっていて次々相手を変える、そういう種類の子だと噂されていました。
 わたしがその子の名前をあげると彼はうなずいて話を続けました。

 でも諦められないんだろ?で、どうにかしたいんだけど、どうしたらいいかわからない。だったら俺と付き合って・・・・
 ・・・・やらせろよ。どうせお前が行くステルヴィアには性技科目とかがあるんだろ?そうすればあいつ好みの女の子になれる。
 そして俺達のグループの自主練習に参加していれば、そのうちあいつも今の彼女に飽きて必ず顔を出すから
 そうしたら俺がおまえをあいつに紹介してやる。おまえはあいつの彼女になれる。
 そうやってあいつの彼女になったやつは沢山いるんだ、って・・・・」

「・・・・・・・・。
 それからわたしは・・・・カバンを持って学校を出て、校門をすぐ過ぎたところにある歩道橋の真ん中で橋の下の車道を通り過ぎる車を
 あてもなくぼんやりと眺めながら・・・・今さっきあの彼の友人に教室で言われた事を考えていました。
 あのときわたしは相手を睨み付けながら立ち上がって、そのまま平手で相手の頬を張りつけてやるつもりだった。
 相手はわたしの怒り顔を見て、狡そうな・・・・それでいて妙に憎めない愛想のある表情でひょいと後ずさると、
 別に今決めなくたっていいんだからな、と言って教室を出ていきました。

わたしはステルヴィアに性技科目があるという話は聞いてました。わたしの学校や住んでいる地区では実習はないけれど
何回か学校で行われた模範実技は目にしていて科目学習はもちろん履修してる。わたしは去年破瓜処置を受けていて
色んな理由であまり積極的に参加する娘は少ないけれど実技の自主練習と呼ばれてるグループ交際に参加していても
別におかしくはない。ただ今までが勉強で忙しかっただけ。それに・・・・

わたしは始業式や退屈な校長室でのお話の間、ずっとわたしの頭を悩ませていた問題にまた戻ってきてしまってた。
それは、とうとう・・・・最後の学期まで来てしまった、というものでした。
わたしにはもう決断する時間があんまり残ってない、という。

学科試験やシミュレータ実技の成績提出が終わってしまって、それに問題がなければ来月には最初の予備面接が始まって、
翌々月の5月には最終面接、さらにその翌月に合否発表がある。卒業式を迎えてしまえば今の生活とはそれでおしまい。
合格していれば9月からはステルヴィアの一員となって、そうなればそこから何年もの間は休みの帰省期間を除けば宇宙に行ったままになる。
もし不合格でも結果は同じ。宇宙に行ったままになることはなくなるにしても、認められた適性に応じて地上の宇宙局や太陽系連盟の
構成員、ステルヴィア関連施設の職員養成のための特殊な専門学校や大学、そうした何かへの入学が推薦されてそこへ通うことになる筈。
そうしたらそれ以降のわたしの生活は、たぶんわたしの同級生達とはずいぶんかけ離れたものになってしまう。
普通の学校生活を送り、普通に恋愛したりする生活とはかけ離れた生活に・・・・

それにわたしは・・・・今のわたしにはどうしてもステルヴィアに行きたい、という強い理由がない。
全くないとは言わないけれど・・・・今のわたしにはもっと大事な想いがある。
地上に残って彼と恋人同士になって、もし彼と同じ学校に通ってこの恋愛を続けられたら・・・・
たぶんこんな他人から見ればつまらない理由でステルヴィアへの進学を断念する受験生はいないだろうけれど・・・・

わたしはそのずっと前、冬休み前にもこのお気に入りの歩道橋の上で、夕方しだいに薄暗くぼんやりとしていく風景に溶け込んだ校舎の様子を
飽きることなく眺めていました。小雪がちらついていて傘を持つ手袋の手がかじかんで、それでも帰れなくて待ち続けていて、それでようやく
目にする事ができたもの・・・・それは校門をくぐり帰宅するいつものあの人の姿ではなくて・・・・長いマフラーを二人で分け合って
校門を出たところで立ち止まり、雪の降る夕方の光の中、重なって一つのシルエットになったあの人と・・・・
・・・・その彼女の姿だった。

わたしは・・・・こんな所からこっそりとそれを見つめている自分が・・・・情けなくて・・・・好きになれなくて・・・・
それでもその光景から目を離せなくて・・・・それでもようやく振り切るようにそこを離れる事ができたのは、
二人がそこを立ち去ってからしばらくしての事でした。

今はもうその時のように涙が頬で凍りつくことはないけれど・・・・
一年間まるで進展のなかったわたしの想い、どうしようもなく不器用な自分の性格の事を考えれば
残された時間で何かがどうにかなる可能性は全くない。そんな自分が腹立たしくて・・・・

・・・・それでわたしは・・・・教室でわたしが怒り出したときのあの彼の友人の男子の表情と言葉を思い出しながら・・・・
結局・・・・彼の申し出を受ける事に決めたんです。」


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