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ステルヴィアの放課後 47-53様


「という訳で、本日の実習はこれまで…で、以降…」

鬼教官で有名なレイラの声が、オーバヴィスマシンが整然と並ぶハンガーに響くと、
その前に整列していた予科生たちのあいだから、ため息にも似た声が漏れる。

そして、それを感じたレイラは、実習中の緊張が、ほぐれた処を見て
気持ちよく「…以降」の後を続けようとしたが…この雰囲気を
毎回ぶち壊す問題児が居た事を、毎回の事ながら完璧に失念していた。

グレードミッションが近い為、レイラの実習も、予科生にとって
かなり危険な技能拾得を要求する段階になっている。
レイラは昔の些細なうっかりで、やよいを一時再起不能にしたことを
気にしていた。

その懺悔か、それとも、よく言えば多様化する…悪く言えば、
何を考えているのか分からない生徒を、とりあえず使える
レベルに持っていく実習では、彼女は容赦をしなかった。


だから、その緊張と弛緩の境目におけるこの時間は、
レイラにとっては「心の切り替え」という観点で、重要だったはず…。

…だったのだが、彼女はこれを未だに成し遂げた事がない。
そして、この問題を後悔するのは、全てが終わった後だった。

今日も彼女は後悔をする為に、こほんと、一息を付いて「…以降」を続けた…。
そして、忘れている問題が、待ってましたとばかりに寄ってきた。

「今日も大変だったねぇーあっはははっ!」

このクラスの予科生において、常に落第点近辺をさまよっているアリサの声が
ため息とは全く違うベクトルを持って、ハンガーに響き渡った。v 無駄に響き渡ったと言うべきか。

「…グレンノース…まだ続きがあるんだが。」


レイラは、ここで思い出す。

そうだ…この生徒だった、また忘れていた。
目立つ生徒の間で走り回っている割に、一人では何故か目立たないので、
つい見落としてしまう、レイラは思う、これが彼女の才能だと。 

アリサは決して落ちこぼれと言う訳でもないが、際立って
優れた物を持っている訳でもない、かといって埋没してしまう平凡人でもない。
ただ、藤沢や音山、片瀬の優等生に、物怖じしない、
ある意味彼ら優等生が失っているものを持っていた。

しかし、そんなもので宇宙を渡り切れるものでもない。
人生経験が長いレイラはそう思う以上に、それを実体験として持っていた。

『ある意味…若い頃の私に似ているか…』

レイラはそう思う事で、口まで出掛かっていた補修命令を呑み込んだ。


「はへ?あれーそーすか?こいつわー失礼しましたー!」

アリサは、笑い顔にちょっと緊張走らせて敬礼をする。

「ははははは…」「くすくす…」「うふふふ…」

生徒のあいだから緊張が抜けた笑い声が木霊した。

「ダメじゃない…アリサちゃん?」

相棒の志麻だけが、心配そうな小声で、アリサに寄り添ってくる。

「いやぁー女の友情とは嬉しいねぇーえへへ」

「そう言う問題じゃなぃー」

「こほんっ…」 レイラはざわめく予科生を押さえるのは無理と思ったか
以降のお話を御和算にすることにした。
だが、グレンノースに対するちょっと疑問が浮かび…こう結んだ。

「グレンノース?ちょっと思ったんだが、出身は大阪か?」
「大阪?大昔のボケと突っ込みの発祥地すかぁー?」
「いや…ちょっと気になっただけだ…忘れろ、以上解散!」


解散命令を受けて、予科生達は敬礼を交わし、各々の宿舎へ散っていく。
ただ、片瀬と藤沢、栢山だけが、アリサの廻りに佇んでいた。

「うーん、大阪ってどういう意味かな?ねーしーぽん?」

そんな感じで、側にいる片瀬に不思議そうに聞くが、
片瀬は、俯き加減に、ぎこちなく、手をもぞもぞさせていた。
そんな二人を見かねてか、大きな縁なしメガネを掛けている藤沢が、
不気味にメガネを光らせ、するするとアリサの頬に手を伸ばし両方で引っ張った。

「ふへぇ?はふなふぁにすふるの〜ひゃひょいぃー。」

藤沢は、じたばた暴れるアリサの耳に顔を近づけてこう言った。

「そういう、大ボケかます天然性が大阪って言うのよぉー。」

「ひゃめてぇ〜おじょううー」

今や彼女らだけのハンガーに、アリサの情けない声が漏れる。


「あはは…やよいちゃん…やりすぎってばぁーダメぇー」

俯き加減だった片瀬も、とうとう吹きだしてしまった。
そして、やよいの腕にとりついてアリサを助けようとするが、
やよいも、こうなるとちょっと意地になっていて、その手を
なかなか放さないばかりか、そのまま身体を寄せて来た。

「やよいちゃーん、だめってばぁーきゃはは」

片瀬もやよいの背中にもたれる様にじゃれつく。

「きゃはは…アリサちゃんったら…なによーしーぽんも…
         と言うかーお嬢ーは〜な〜せ〜きゃはは…」

三人がじゃれ合っている横で、この雰囲気において行かれた
栢山がぽつりと呟く。「賑やかね…この三人」

そして、ハンガーの入り口で、こっそりこの光景を覗いていた
小田原とジョイも、にやけた表情で呟いた

「えっちだ…えっち…とってもえっちだ…。」
「咲き誇る、みっつの華か…美しい」

ピエールは虚空を見つめて嘆息する。


そんな光景を、普段は何をしているのか一切不明な本科生の中、
神出鬼没と特異性をウリにした、ビッグフォーを構成する一人であるナジマが、
ハンガーを一望できる、オペレーションセンターで、周囲の奇異の目を気にもせず
ガラス越しに映る自分の顔と、その下で咲き乱れる百合の花達を眺めて、
過去の巨匠の名言を呟く。

「暴君が三人居る…法と習慣と必要である…メナンドロス」

はた迷惑だなと思っていたオペレーターが、言っても無駄だと思いつつ、
タッチキーパネルを叩き、こうナジマに言った。

「へー今日は、シェースクピアじゃ無いんですね。」
「有り体に言えば…」
「法があのメガネ、習慣があの赤毛ハネ、必要があのテールの娘って事ですか?」

しかし、ナジマは訥々と二の句を継げる。

「腐った百合の花は雑草よりも悪臭を放つ。 シェースクピア」

「なるほど、含蓄ありますなぁー流石はビッグフォーですな」

オペレーターはヘッドアップモニタから目を離す事無く軽口を叩く。

「……」

ナジマは、返事もせず、ルームを後にした。

「ステルヴィアの放課後はまだ始まったばかりだ。」


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