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1スレ283-295 陰陽ノ賦 / 1スレ159氏

〈ひさかたの 天の香山 利鎌に さ渡る鵠、弱細 手弱腕を 枕かむとは
 吾はすれど さ寝むとは 吾は思へど、汝が著せる 襲の襴に 月立ちに
けり。〉
〈高光る 日の御子 やすみしし 吾が大君、あら玉の 年が来経れば、あ
ら玉の 月は来経往く。うべなうべな 君待ちがたに、吾が著せる 襲の襴
に 月立たなむよ。〉『古事記』



「 陰陽ノ賦 」


 それは墨村良守が二次性徴を迎えて、間もないときに、起こった。いつもの
ように勤めを終え、未明ごろに帰宅し、再度床に着いてのことである。幸いに
も明日は休日。学校は休みで、思う存分、惰眠を貪れる――そう思いながら暖
かな寝床でまどろんでいると、自分を揺すり起こす者がいる。揺り起こす乱雑
さからして、父ではない。また、弟でもない。ふと、遠方にいる兄を思い浮か
べたが、それにしては荒っぽい揺すり方である。誰であろうかと目を擦りなが
らも薄目を開けると、そこにはいつにもまして真面目な顔をした祖父がいた。
 「良守、起きろ。これからお前は行かねばならぬところがある」
 普段であれば怒鳴り散らして自分を起こす祖父が、じっと自分を見つめて、
厳かに告げた。いつもと違う感覚に、なんだよ、じいちゃん。と、不審げに良
守は身を起こし、祖父に聞いた。
 「お前はこれからこの場所に行け。行けば分かる」
 祖父は表情を変えずに良守にそう告げ、真っ白い封筒を渡した。何だよ、こ
れ。と疑問の声を上げようとしたところで、
 「良守、起きたかい?」
 と、心配そうに、父が部屋を覗き込んだ。手には良守が旅行時に使うバック
があった。
 「荷造りは済んでるから、早く服を着替えておいで、ご飯を食べて出発しな
いと、電車に間に合わなくなっちゃうよ」
 やや、困ったように眉を寄せながら言う父に、「なんだよ! ふたりしてェ
!」と、寝起きであることも相まって、良守は声を荒げた。
 「さっぱりわからねぇよ! 朝っぱらから叩き起こされて! 大体、ドコに
行けって言うんだよ!」
 「だからそれは封筒の中にあると言うておろうが大馬鹿者! 雪村の者に遅れをと
ってどうする!?」
 「アンだよ二言目には雪村、雪村って!――時音も?」
 きょとん、と祖父の言葉に良守は目を瞬いて、父を見上げた。「そう」と、父は何
故か迷うような、困ったような、複雑な空気を持ちながら、笑んだ。
 「時音ちゃんも、その場所に行ってる筈なんだ。向こうはもう、出発しているかも
知れないから、一緒には行けないだろうけれど、現地で合流するだろうから。良守、
待たせたりしちゃ、悪いだろう? 早く支度をして、行きなさい」
 父の言葉に少し間を置いてから、はぁい、と良守は答えた。むくりと立ち上がり、
ぼさぼさの頭を掻く。時音も、声をかけてくればいいのに、という良守の呟きに、ふ
ん! という、祖父の鼻息がかかった。

 おむすびにウサギのりんご、コーヒー牛乳という、簡単な朝食を済ました後、良守
は家を出て、封筒を開けた。中には電車のルートと、目的地の地図、そして恐らくは
それにかかる旅費が入っていた。良守はひとつ、大きく伸びをすると、白い息を吐き
ながら、スズメが鳴く朝ぼらけの中を、歩んでいった。

 早朝のせいか、電車の旅はスムーズだった。あっちに乗り換え、こっちに乗り換え
という面倒さがあるものの、丁度良い時間に乗り合わせていた。ただ、ひとりでいる
ため、うたた寝出来ないのが難点だった。これが、時音と一緒だったらな、とふと思
い、良守は小さい時の自分を思い返した。
 あの頃は本当に、自分は時音に頼りきりで、二人で電車に乗ると、必ず自分は寝入っ
てしまい、時音はずっと起きていた。自分は時音の肩によりかかり、降りる駅が近付
くと、良守、と小さく自分の名を呼ばれて、教えてもらえた。自分は眠い目を擦りな
がら、「降りるよ」と、差し出された時音の手を繋ぎ、電車を降りる。
 ぷしゅーというドアの開く音がした。回想を打ち切って、良守は慌てて電車を降り
た。ひゅう、という冷たい風が頬を撫ぜる。はぁ、と、指先に軽く息を吐きかけ、か
じかんだ手を温めると、良守はバッグを背負い直した。

 電車を乗り継ぎ、バスを使い、着いた場所は、古めかしい温泉宿だった。木々に囲
まれた閑静な場所で、からからと玄関をあけると、すぐに仲居が顔を出した。
 「すみません。あの、ここに来るようにって言われて……墨村、よしもり、って言
うんですけれど……」
 仲居は愛想の良い笑顔を浮かべて、履物を替えさせ、良守を宿の一室へと案内した。
 宿は、昔ながらの旧家に住まう良守からしても、きちんとした造りで、手入れがさ
れ、どことなく威厳をもっていた。そうして案内された一室も、これまた整い、広め
の部屋風呂までついた造りで――こちらです、と通された部屋の、しっとりとした照
明に、調度品のさまに、良守はやや、気後れを感じた。
 「あの、ここに時音……雪村、時音ってひと、来てませんか?」
 「雪村様ですね。もうじきみえると思いますので、どうぞ、先に温泉にでも浸かり、
身をほぐしておかれると良いでしょう」
 「あ、いや……。俺、ここで待ってますから」
 おずおずとした良守の申し出に、まぁ! と、仲居は目を見開いて、なりません!
 と、抗議した。
 「女性を共にすると申しますのに、そのままなど。お湯があるのですから、身を清
めて、お迎えせねばなりません。案内致しますから、準備をして下さいませ?」
 やんわりと、けれども予断を許さぬ品位をもって、年配の女性からそう言われてし
まうと、何だかんだ言っても年下である良守には抵抗出来よう筈もない。結局、言う
がままに備え付けであった墨色の浴衣とタオルを、旅行バックから下着を取り出し、
良守は部屋を後にした。

 湯はしっとりとして、暖かかった。じんわりと肌に馴染んだ。頭にかけたタオルで
髪を拭きながら、不可解な感覚を抱きながら、良守は部屋に戻った。
 部屋の中には、時音がいた。
 何故か白の浴衣を身につけて。
 何故か髪の毛を下ろして。
 何故か正座で頭を下げて。
 何故か大きめの、一つの布団の、二つの枕を、背にして。

 とりあえず、墨村良守はその場で固まった。硬直した。時音は変わらず、自分に対
して頭を垂れている。時音が。あの、時音が、だ。
 良守の硬直は解けそうになく、結局、先にしびれを切らしたのは時音だった。時音
は顔を伏せたまま、低い、それはもう低い低い声で、
 「……あんた、いつまでぼうっとつっ立ってんのよ……」
 と、良守に向かい、呼び掛けた。

 「時音、何して……」
 「アンタを待ってたに決まってんでしょ! あーもう! 髪! 雫落ちてるッ!」
 ぱっと、顔を上げると、時音はすくりと立ち上がり、良守の側へと歩み寄って「風
邪引いちゃうでしょう!?」と、頭に被ったタオルでごしごし、と乱雑に良守の髪を
拭いた。
 「いてッ! 良い! 良いよ時音! じぶんで、自分で拭けるって!」
 時音も先に湯に浸かっていたらしい。ふわり、と石鹸の良い香りがして、妙にどく
ん! と胸が鳴った。慌てて身を離し、どすん、とあぐらをかく。
 「それで、一体何なんだよ、今日。一体、何があるんだよ」
 「何って……アンタ、何も聞いてないの? 今日のこと」
 聞いてねぇよ! と、呆れるような時音の声に、良守は声を荒げた。
 「昨日帰って、寝てたら、じいちゃんと父さんにいきなり起こされて、ここに行けっ
て、言われたんだぞ! わけわからねー!」
 良守の言葉に、時音は今度こそ口をぽかん、と広げ、呆れた。と、頭を振った。
 「説明しないおじさん達もおじさん達だけれど、アンタもあんたよ。理由も聞かず
に動いちゃ駄目でしょ。アンタ、その年で誘拐されたって、知らないわよ?」
 「しょーがねえだろ! ……時音が先に行ってる、って言うんだから」
 ぽそり、と言った言葉は、時音の耳には届かなかったらしい。もう! とにかく!
 と、時音が声を張り上げた。
 「どっちにしろ、アンタも墨村家の正当後継者として、覚えなくちゃいけないこと
だし! 説明するわよ!?」
 何故かやけっぱちに、時音は声を荒げた。

 「いい、良守。これから私たちがするのは、『陰陽の儀』って言うの」
 「いんよう……?」
 「日陰の陰と、太陽の陽で、陰陽。儀は儀式の儀。中国の易学に基づくんだけれど、
世界はプラス的なものとマイナス的なものから成り立っている、っていう考え方よ。
例えば、太陽とか、男性とかは陽。月だとか、女性とかは陰。陰陽はどちらが欠けて
も成り立たず……まじわる、ことで世界は成り立っているの」
 うん。と、時音の言葉に良守は頷く。それで、と、時音は言葉を続けた。
 「私たち結界師たちは、その……二次性徴を過ぎると、陰陽の儀を行い、互いの能
力を高めあうというか、とりあえず、能力を高めるそういう儀式があることを、教わ
るしきたりになっているのよ。もちろん、それには陰が勝ちすぎても、陽が勝ちすぎ
てもいけないから、見合ったもの同士でなくちゃ、いけないんだけれど……」
 最後の方はもう、ぽつぽつと、歯切れの悪いものになった。沈黙が降り、時音、と、
良守が声を上げた。
 「二次性徴って、何だ?」
 ――さらに間の悪い、沈黙が落ちた。
 夢精のことよ。と、地の底から響くような時音の言葉に「ばっ!」と、瞬時に良守
が顔を紅潮させた。
 「な、なんでそれを知って……!」
 「何だっていいでしょ! アンタだって私のときのこと、知っちゃったんだし!
 お互いさまよ!」
 「あれは偶然! それにあのとき、俺何のことだか知らなかったし!」
 「今知ってるんだから、同じよ! とにかく、時が来ちゃったから、しなくちゃい
けないの!」
 「何をだよ!」
 「えっちを、よ!」
 ずざざ、と良守が、後ずさった。立場が逆だ。と、時音は思った。
 「ちょっと待てよ! だって、そういうことしたら、子どもが出来るって……!」
 「普通は、そうでしょうね。でも、私たちは結界師よ? 入れない術は私が教わっ
てるし、予防も、するわよ、勿論!」
 言うと、時音は枕元にあった螺鈿細工の小箱を取った。
 漆塗りの、蘭の花に大蛇が巻きついているという、綺麗だが随分と変わった模様の
小箱だった。かぽ、と時音が蓋を開けると、中にはビニールに包まれたシートが、入っ
ていた。一瞬、良守はそれを見てラムネ菓子を思い浮かべたが、それにしては大きい。
恐る恐る、手にとって見てみると、何やらゴムのようなものが入っている。
 「……まさかアンタ、コンドーム見るの初めてとか、言わないわよね?」
 「コン……!?」
 名前は知ってるのか、慌ててそれから良守は手を離した。……本当に、どっちがど
っちなのか分からない、と、時音はまだ、女子高生だというのに、妙に悲しい溜息を
洩らした。
 「まぁ、そのうち保険の授業でも教わると思うわ。避妊具よ。結界術もあるけれど、
初めてだし、つけておくに越したこと、ないわ。使い方は、まあ……」
 言いよどみながらも、良守にコンドームを差し出した。
 「その、あんたのに、被せればいいから……」
 また、沈黙が落ちた。時音、さ、と、声がかかる。
 「時音、でも、いいのか? こういうのって……」
 「覚えなくちゃ、いけないの」
 固い言葉にカチンと来たのか、でも! と良守は声を荒げた。
 「他に方法だって、あるだろ!? こんなことで能力を高めなくたって、もっと別
の……!」
 「ええ、あるでしょうね! でも、今覚えられることはこれなの! だから、これ
を覚えるの!」
 良守! と、時音は叫んだ。
 「アンタはそう言うけれど、あたしは嫌なの! 失うことが! 烏森を守れないこ
とが! ……大事なひとを悲しませたり、傷つけたり、失ったりすることが、嫌なの
よ!
 大切なものを守るためなら、何だってするわ! 新しいことだって、古いことだって!
 だからお願いよ、あたしに……付き合って……」
 しん、と、沈黙が落ちた。長い長い間が空いて、分かった。と、静かに良守が頷いた。
   「でも、言っておく。俺、うまく、出来ないかも知れない。その、はじめて、だし」
 ぼそぼそ、と答えた末尾に、大丈夫よ。と、時音は言った。
 「はじめてなの、アンタだけじゃ、無いんだから……」
 やや恥じらいの色を滲ませて、ぽそりと答える時音に、二人は自然、紅潮した。

 白黒の衣が向かい合い、先に動いたのは良守だった。そっと時音へと手を伸ばすと、
頬に触れた。良守の目がひどくひどく柔らかく、優しいことに、時音は妙な居心地の
悪さを感じて、目を逸らした。
 「時音、キス、するよ?」
 言葉に、微かに頷く。すっと、唇が重なった。
 軽く触れるようなくちづけは、柔らかかった。ファーストキスは檸檬の味がすると
聞いたことがあるが、無味無臭だ。考えてみれば互いに何も食べておらず、身も清め
たばかりなので、当たり前だった。きっと、檸檬の味がすると言った者はリップクリ
ームか、そういった味のものを、相手が食したばかりだったのだろう

 時音がぼんやりとそんなことを思っていると、良守は一度では足らないと思うのか、
二度、三度と唇を重ねた。初めはゆっくりと、静かに。数を重ねるたびに、長く、た
だ合わせるのではなく、唇が唇を食べるような、そんな動きになっていった。
 「んっ!……ふっ!……」
 突然にゅるり、と良守の舌が入って来た。一体いつの間にそういう知識を入れたの
か、熱い舌を絡めてくる。互いの呼気が熱い。互いの中に流れあっているものが、行
き来している感覚を持つ同時に、もしかしたら、良守はキスをすることに、慣れてい
るのかも知れないという気持ちが頭を掠め、何故か少しだけ、寂しくなった。
 そんな胸中から浮き上がったものを目を背けるように、時音は同じように舌を絡め
た。良守はやや驚いたようにしていたが、それも一瞬のことで、互いのくちづけはさ
らに激しさを増して行く、やがて息も乱れがちになって来たところで、すっと、良守
が身を離した。互いの唾液が糸を引いて、ぽたりと落ちた。
 良守の、目が合った。心なしか、潤んでいる。さきほどの柔らかい、穏やかな眼差
しと合わせて、やはり、時音は何故か、居たたまれない気持ちになった。そわそわする。
 だが、記憶のあちこちで、似たような眼差しを良守から受けることがあったのを思
い出す。時音はいつもその度に嫌悪感を露に「気持ち悪い」と言って、身を遠ざけて
いた。――それは単なる嫌悪感、ではない。嫌悪感かも知れないが、それには「何か」
があると思った。良守のこの視線を受けるたびに、時音はどことなく不安を覚える「
何か」を感じていた。それを認めると、敗北感を覚えるような、後には戻れないよう
な、「何か」だ。
 時音、と、声がかかった。
 「俺を見て。時音……」
 熱をもった良守の言葉に、時音は恐る恐る、目を合わせた。いつもの自分らしくな
いと思った。己を叱咤して、顔を上げると、良守の目は熱を持ち、まっすぐに、自分
を見つめ、優しさをもっていて。
 柔らかく、時音は身を倒された。

 時音、と名を呼びながら、良守は時音の上に圧し掛かった。時音の白い浴衣を肌蹴
させ、同じように白い首筋に顔をうずめる。石鹸の香りがする。帯をゆるめ、くちづ
けを落としながら衣を脱がす。形の良い鎖骨が見え、ふくよかな胸が現れ、下肢には
白い、清潔感と愛らしさを感じるフリルのついた下着が収まっている。こくん。と、
喉が鳴った。呼気が知らず、乱れて行く。自分の中心に、熱が集まっていることに、
嫌でも気付いた。
 良守、と、時音が呼んだ。
 「あの、その、帯、絡まっちゃうから……。それと、あと、アンタも、脱いで」
 声に、ゴメン。と答え、いくらか冷静になる。するすると浴衣を脱ぎ捨て、下着も、
迷わず脱ぐ。ちらりと時音を見ると、時音は幾分綺麗に、脱がされた浴衣を遠くにやっ
て、下肢から下着を抜いていた。髪と同じ黒い繁みが柔らかく生えていて、触れたい、
と、強く思った。
 再度向かい合った時、全てを脱ぎ捨てた時音は、時音だが時音ではないと、良守は
思った。前に友人から時音は白百合のようだという喩えを聞いた。その時は鬼百合の
間違いだと思ったが、こうしてみると、確かにそうだな、と、自然、思った。
 白い肌と、黒い髪。そうして、その白い腕には、良守を守った時に負った、痛々し
い傷痕が残っていた。
 横たわる時音の、古傷をもつ腕に、くちづける。ゆっくりと傷痕を、慰撫するよう
に、舐める。時音が身を竦ませるのが分かった。気にせず腕から胸元へと移動し、傷
つけないように、大事なものを扱うように、ゆっくりと、胸を揉む。
 「んっ!」
 「ご、ごめん! い、痛かったか?」
 慌てて胸から手を離した良守に、大丈夫よ。と、時音は言った。目が、潤んでいた。
 時音の肌はさらさらとして、気持ち良かった。胸はふにゅりと柔らかい。触れてい
るだけで安心する気持ちになれる。ちゅ、と、薄紅色した胸の頂きにもくちづけてみ
る。ぴくん、と、時音が身を震わせた。口に含み、舌先で遊んでいると、頂きがぴん、
と張りつめて行くのが分かった。
 「時音、すごい、立ってる……」
 「い、いいわよ! 言わなくてッ! 分かってるから……!!」
 どこか怒るような時音を愛らしく感じながら、ぴん、と良守は頂きを指で弾いた。

 下肢へと手を移動する。日々の鍛錬から程よく引き締まった太腿を撫ぜ、自分とは
異なる場所を撫でてみる。そこにはひとつ、穴があり、にゅにゅると、既に液が滲ん
でいた。
 「よ、良守。するのなら、あの、アレを……」
 時音の指差す方向を見ると、そこにはあの、漆塗りの小箱があった。頷いて蓋を開
き、歯で袋を裂き、ゴムを取り出し、惑いながらも身につける。つけてから、自分の
熱持った性器が、まるで蛇のようだ、と思った。
 これを時音の穴に入れれば良いのだということは分かったが、位置が掴めず惑って
いると、それを見てとったのか、ここ。と、時音が言った。
 「ここに、良守のを、いれるの……」
 足を立て、僅かに開き、真っ赤に顔を染めながらも、時音は片手で性器を露にさせ
た。そこは桃の色に染まり、てらてらと液体が蜜のように落ち、蘭のかたちを想像さ
せた。
 そこでようやくあの、小箱の絵が意味するところに気付き、今更ながら赤くなった。

 ゆっくりと、良守は時音のうちに入って来た。既に潤んでいるとはいえ、時音もま
だ処女である。良守のものが入ってくると同時に、今までにない痛みがぎちぎちと広
がってくる。
 下腹部は重く、熱く、悲鳴をあげまいときゅっと唇を噛締めるものの、目尻からは
涙がこぼれた。時音、と、躊躇う言葉に、いいから! と、離れまいと良守の首に手
を回し、息も絶え絶えに、応えた。
 「いいから! お願い良守、続けて! 最後までちゃんと、アンタのもので、貫い
てッツ!!」
 告げると、一瞬だけ躊躇した後に、分かった。と、良守は答え、ずくん、と、時音
のうちに押し入った。

 心音が、近かった。時音を貫いた良守は、動きたい欲求と戦いながら、自分の首に
腕を回し、はらはらと涙をこぼす時音が落ち着くのを、根気良く待った。
 時音の花は、あたたかく、良守の蛇を包み込んでいる。互いの呼気も、何もかもが
時音と近い。互いが溶け合うような、交じり合って、ひとつになるような、そんな感
覚を、良守は抱いた。
 やがて、時音の呼気も、良守のものと同じように、落ち着きを持ち、いいよ。――動いて。
と、涙を滲ませた時音から告げられ、良守は少しずつ、動いた。
 「んぁっ! はっ! ああっ……! ――良守。よしもりっ、よし、もりっ……!」
 時音、ときねと、少女は少年の、少年は、少女の名を呼び合い、高まり、呼吸も、
心音も、全てが溶け合い、ひとつと、なった。

 僅かなまどろみの後、ずるり、と、良守が時音を押し潰さないようにしながら己を
引き抜くと、ごぶり、という音を立てながら、白濁とした液体と、血が、布団を汚し、
良守はさっと、青くなった。
 「時音! 怪我、怪我したのか? 血が……!! いや、それとも今ので生理が……!!」
 ぐったりと脱力していた時音は、それでも良守の言葉に、どうにか身を起こし、己
の処女の証を目にして、ああ。と、良守に軽く、笑いかけた。
 「大丈夫。怪我でもなければ、生理でも無いわ。
 ……女のはじめては、こういう、ものなのよ」
 でも、と、時音の言葉に、猶も良守は言い募った。
 「俺、時音こと、怪我させたんじゃ……。痛かったんだろ?」
 「それも、女のはじめてはそう言うものなのよ。アンタはどうだったの?」
 時音の質問に、……気持ち良かった。と、良守はぽそりと答え、なら、良いわよ。
と、時音はふっと破顔した。
 「アンタが良かったなら、それで良いわ。慣れれば、痛みもなくなって行くと言う
し、良守が喜んでくれれば、あたしもとりあえず、嬉しいんだから」
 「――時音ーっつ!!」
 言い、再度良守にそう、笑いかけると、良守は何を思ったか、突然自分に抱きつい
てきた。何事かと、目を白黒させていると、「俺、頑張る!」と、良守は目を強く輝
かせて、時音に告げた。
 「俺、ゼッタイ時音をよくしてみせる! 次は絶対、時音を気持ちよくさせてみせ
るから!」
 「ちょ、まっ……! アンタ何言ってるの!? これは儀式なのよ? あくまで!
 そんな毎回するものでも、単なるセックスでも無いんだからー!」
 時音の、そんな抗議も馬耳東風。燃え盛る少年には届かず、早速二度目に取り掛か
ろうとした少年を無理矢理結界術で遠ざけ、昏倒させ、少女は深く深く、溜息をつい
た。

 帰途は珍しく、一緒だった。夕焼け色の電車の中、隣に座った良守は、こくり、こ
くり、と居眠りをしていた。まばらに座った乗客と、流れる景色とを眺めながら、時
音はぼうっと、考えに耽っていた。
 処女の血を散らしたことに、みじんも後悔の念がないと思えば、嘘になる。時音と
て女だ。将来結ばれるべき伴侶や、生涯忘れることの出来ないような、恋人に捧げた
いという願望はある。だがそれ以上に、家のこと、自分の荷うべきものが、頭にあっ
た。
 墨村家である良守とは、きっと、結ばれることはないだろう。恐らく自分は、それ
まで雪村家がそうして来ていたように、一般とはやや異なる、事情を知る男性を婿に
迎え、その者と結ばれ、子を残すのだろう。そうして子々孫々と、烏守の地を守るの
だろう。
 そして、例えば祖母と、墨村家の翁のように妙な張り合いを見せながら、生きてゆ
くのだろう。
 それで、良いではないか。そう、思いながらも胸にずくん、と刺さるものがあり、
きゅっと、膝上の手を、握った。
 結界師の家は、ふたつだ。さもないと昔のように、有事の際、烏守の地を守れない。
それに、と、時音は、思う。
 自分が結界師の任を降りたら、誰が家を、母を、守るというのだ。結界師である祖
母もいるが、それでも、時には限りがある。
 自分が勤めを果たさねば――誰が、家を養って行くと、いうのだ。学べるものは学
ぶ。結界師としても、一般の、学生としても。きっと自分は、遠方の大学に行くこと
は無理だが、それでも、家を守るために、出来ることは、しておきたい。だから、努
力する。周りとの和も乱さぬように、万事に。
 努力せねば、ならないのだ。
 ――ふいにとすん。と、肩にあたるものがあった。何かと思い顔を向けると、良守
の頭があった。すやすやと、心地良さそうに、寝息を立てている。
 瞬時に、押し返してやろうか、それとも、その場をどいてやろうか、ひとが思いに
耽っている側で、のうのうと、と苛立ちが込み上げた。だが、なんとも無心に、あど
けなさのある顔で眠るその様に、力が抜けた。一緒に隣り合って、電車に座る。一昔
前なら良くあったが、今ではもう、滅多にないことだ。たまにはまぁ、いいだろう。
 そう思い直し、時音は良守の頭を肩に乗せたまま、ほんのすこしだけ、笑んだ。

 良守が家に帰ると、父も、祖父も、何事も無かったかのように、自分のことを出迎
えた。全く変わらず夜が訪れ、いつものように、烏守侵入者の知らせに、目を覚まし
て装束に身を包み、班尾を起こした。
 班尾は起きると、遠巻きに自分を眺め、それから二度、三度、良守の匂いを嗅ぐと、
にやり、と笑った。
 「ヨッシー、随分と、気が変わったじゃないか。乱れがちだったあんたの気が、整っ
てる。どうしたんだろうねぇ……」
 言い、くすくす、と笑う。別に、いいだろ! とひとつ、良守は答えて俯いた後に、
班尾、と、呼びかけた。
 「あのさ、俺の家と時音の家って、一緒に、なれねえのかな……。昔みたいに、さ」
 「そりゃァ、難ッしい話だねェ……。アンタも知っての通り、烏守の地が乱れたの
は当主が病に伏せ、他に沈められるものがいなかったことに起因する。今更一つにな
んて、なれるものかね」
 じゃあさ、と、良守が、言った。
 「烏守の地がどうして妖たちの力を増すのか、どうすれば、それを止められるのか、
それが分かって、どうにかすれば?」
 良守の言葉に、班尾はそうだねェ……と、浩々と照る満月を見て、答えた。
 「その時は、アンタも結界師のお役御免だろうが……可能性としては、あるかもね。
まぁ、今のアンタじゃ、400年あっても無理だろうけれど!」
 言い、きゃらきゃらと班尾は笑う。400年かよ! という良守の言葉に、500年じゃ
ないだけ、マシと思いな! と班尾は答える。
 「どこがだよ! 俺、そんなに長生きできねーよ!」
 「精進しなってことを言ってんのさ!」
 飛び出した班尾に、強くなるさ! と、良守は駆けながら、答えた。もしも、と、
良守は駆けながら、ひとり、思う。
 自分の家と、時音の家とが喧嘩せず、一緒になって、自分は大人になって、パティ
シエとかケーキ職人とかに、なって。小さな店とか、開いて。そこに時音がいれば、
どんなに、幸せなことだろう。
 「強くなるさ、ほんとうの意味で、守るために!」
 少年の呟きが、闇路の中で、確かに響いた。



(ようやくあなたに逢え、ともに寝ようと思ったが、あなたの裾に月が出ている。)
(年月が来て過ぎれば、新しい月が来て過ぎるものです。あなたをずっと待つ間に、
私の裾に月が出るのもまた、当然のことです。――私を抱いて下さらないの?)

 ――時とともに、人は変わり、ひとが変わることで、周りもまた、変わってゆく。
くるくると、太陽と月の運行のように、それらは廻り廻り、移ってゆく。
 少年と少女がいかように変わるか。話はまたのお楽しみ。このお話はまずはここまで。


*終*

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