タイムマシン
文矢さん
プロローグ
外の風が体に突き刺さってきた。寒い。寒いよ。今にも泣き出しそう。いつもみたいに、ジャイアンとかにいじめられた時みたいに。
周りを見渡しても、此処が何処なのかも分からない。何時の時代なのかも、僕が何処にいるのかも。嫌だ。嫌だよ。何で、どうして。
目から涙が零れる。
僕の名前は野比のび太。21世紀に生きる普通の小学生だよ。どうしてこんな山の中につっ立ってなきゃいけないの。
「ぜっ……全部、このタイムマシンのせいだ!」
僕は後ろにあるタイムマシンを蹴り飛ばした。痛い。めちゃくちゃ、痛い。
故障しているくせに。タイムマシンからは、まだ煙が出てくる。何処が壊れているのかなんて、分かりやしない。
どうして、どうしてこんな事になったんだよぉ―― 頭の中で、必死に考えてるけど、頭が真っ白になっていた。どっか、頭でも
打ったんだろう。
また風が吹く。寒い。寒いよ。もしかしたら、此処は冬なのかもしれない。
もう、嫌だよ。こんなところにいてらんないよ。でも、タイムマシンは壊れてるし。何も、できない。
何も、できない…… その言葉が、僕の頭の中で響いた。
「ドラえも〜ん!」
思いっきり、涙を流して叫んだ。こんな所にいてらんないよ。助けに来てよ。
その時だった。周りの森から、人がやって来る音が聞こえてきた。誰だ。もしかしてお化け。
お化けなんかに出会いたくないよ。そんなの嫌だ。嫌だよ。体が震える。怖いよ。怖いよ。おしっこが漏れそうな気もした。
その時、草を掻き分けて現れたのは人だった。お化けなんかじゃない。けど、けど。
「パパ……?」
そこにいたのは、ハイキングの格好をして現れた僕のパパ。野比のび助だった――
第一話
パパだ。間違いない。僕の知っているパパよりも、大分若い。ドラえもんと何度かタイムマシンで見た時のパパよりも。
大学生ぐらいだろうか。 あっちの方は、唖然とした顔でこちらを見ていた。皆、優しそうな顔をしている人達ばかりだ。
パパの友達というイメージにピッタリな気がする。
そして、急にパパの友達の一人が笑い出した。その人はやけに目が細く、顔の形や髪型は全然違うのに何故か、スネ夫を連想させた。
「パパだってよ! 野比部長!」
その言葉から、辺りが一瞬にして笑いに包まれた。そうだ、まだこの時にはパパはママと出会っていない。じゃぁ、僕はかなり変な存在と
いう事に……。
顔が真っ赤になったような気がした。それと、もう一つ気になる事があった。
あの人の部長という言い方。パパはゴルフは好きだというのは知っていたけど、ピクニックが好きだったなんて思えない。
「気にしないでくれるかい。君、親とはぐれちゃったのかい?」 パパが僕の目の前にやって来て、そう言ってきた。どうしよう。
親なんているわけないじゃん。
とりあえず、体が勝手に頷いた。もう、これでいいか。別に困ることなんて無いし。
「そうなのか……おい! お前ら、山を降りるぞ!」
パパが後ろの人たちにそう言う。山。そうか、ここは山だったのか。森かと思った。タイムマシン、変な所へ僕をつれてきたんだなぁ。
「え〜、部長。降りるんですかぁ?」
「まぁ、いいんじゃねぇの。その子供、迷子なんでしょ?」
色々な事を言っている。あちゃぁ、僕のせいか。少し申し訳ないという感じがする。
パパは笑顔で僕の方を見ている。僕に似てお人よしみたいだ。
「ほら、乗りな」
そう言って、パパは僕の方に背中を向けた。相当、高い山なんだろうか。山の事なんて、よく分からない。
そして、僕はパパ達と一緒に山を降り始めた――
第二話
本当に、パパは僕に似ていた。山を降り始めてから数分も経たない内に、先頭から最後尾へと息を切らせながらいってしまったんだ。
しまいには「ちょっと待って」と言いながら勝手に休憩してしまった。他の人達は笑っていたけど、背中におんぶしてもらっている側から
思うと、イライラする。
そんなパパのペースに、他の人達が付き合ってくれていた。随分と、優しい人達なんだな。口が悪いあの人も、「しょうがない」という顔で
ペースを合わせてくれた。
「たくっ、部長は遅すぎだろ」
「悪かったな、安西」
パパが、その人の文句に対してそう答えた。「アンザイ」それがこの人の名前らしい。漢字はどう書くんだろう。あん……
漢字が思いつかない。
タイムマシンはどうしよう―― あの場所にタイムマシンは置いていったままだ。ドラえもんとかが来ても、僕の位置が分かるだろうか。
……いや、分かるぞ。ドラえもん達には「タイムテレビ」とかがある。それで僕の位置を確認してくれるだろう。こんな使い道を
考えるなんて、僕は天才じゃないかしら。
かなり気が楽になった。良かった。これでパパ達に着いていっても大丈夫だろう。
その時、頭に何かが当たったような気がした。何だろう。そして、また頭に何かが当たったような感覚。
「雨だ!」
パパがそう言うと、部員達は急いでバッグを降ろして、中からレインコートを取り出した。パパも、僕を降ろしてから
レインコートを出していた。
「ここら辺に山小屋とかあったっけ?」
部員の中で一人だけの女の人が聞いた。かなり可愛い人だ。こんな人も部員になっているんだ。
さっきまでよく分かんなかったけど、部員は全員で五人いる。パパとアンザイさんと女の人と眼鏡をかけた人と坊主頭の人だ。
「地図には載っていないぜ。結構下に降りないといけないな」
アンザイさんがそう答えた。ポケットにでも地図を入れていたんだろうな。
「登る途中に……山小屋というか小屋があったよ」
眼鏡をかけた人がそう言った。何か、頭の良さそうな雰囲気を漂わせている。
「じゃぁ、それを探してみましょう。どうですか? 部長」
坊主頭の人がパパに向かってそう言った。パパは頷き、こう答えた。
「そこに行こうか。中本、お前が先頭で行ってくれ」
眼鏡をかけた人は「ナカモト」というらしい。多分、中本という漢字だろう。それ以外に考えられない。中本さんと呼ぼう。
中本さんは、頷くとすぐに先頭に行き、その小屋へと案内してくれた。道から少し外れた場所に、その小屋はあった。
雨が強くなってきているせいか、パパ達は急いでその小屋へと入って行った。
その山小屋へと――
第三話
山小屋の中は、思ったよりも居心地が良かった。特に蜘蛛の巣とかも無いし、何処から電線が繋がっているのか、
電気がちゃんと点く。 周りの人達は、かなりホっとした様子で、タオルで体を拭いていた。僕の体も、少し濡れている。
まぁ、別にこんくらいはいいだろう。いつも、ジャイアンとかに殴られた時の方がキツイし。
「ほら、君も濡れているだろ」
その時、パパがタオルを僕に渡した。タオルはパパが使った後みたいで、少し湿っていたけど、ちゃんと拭く事が出来た。
適当にだけど。
「雨、本格的に降り出しましたね」
あの女の人が、外をドアから覗きながらそう言った。この山小屋には、窓がないみたいだ。不便な小屋なんだな。
電気はあるのに、どうして何だ。
外から雨の音がザーザー聞こえてくる。うるさいぐらいに。やんでくれないかな。ドラえもんの「お天気ボックス」があれば、
すぐに外を晴らす事ができるんだけどな。ドラえもんは、まだ僕を見つけてないみたいだし。
あ、そうだ。どうして、僕がタイムマシンに乗っていたかを思い出したぞ。やっぱ、何か切欠があれば思い出すんだ。
僕は、学校の遠足の班の班長になったんだ。確か、同じ班のジャイアンに、「面倒くさい役はのび太がやれよ」って言われてやったんだ。
で、遠足。山に登ったんだ。山のふもとまではクラスでバスで行ったんだけど、入り口の所で皆、分かれてやる事になったんだ。
そして登り始めた時、もう疲れたんだ。やってらんないよ。山登りなんて少し登るだけで息は切れるは、足が痛くなるし。
パパ達のサークルみたいに上手くいくわけない。
のび太、遅いぞ―― ジャイアンがブチ切れて、僕を一発、殴ったんだ。痛い。痛い。たくっ、もう最悪だった。
他の奴らも、僕に対して殴りかかってきて、もう嫌になって。
それで山からポケットに入れてあったタケコプターで逃げ出してきて家に帰ったんだ。そしたら、ドラえもんがまた怒り出して。
何だよ、僕が大切じゃないのかよ。
それで、怒って思わずタイムマシンに乗ったら……この状況だ。何が切欠で思い出したんだろう。
何故か、怒りが込みあがってきた。誰に対してかは分からなかったけど。多分、ジャイアン達へだ。
山小屋の中を見渡すと、パパの息はまだ荒れていた――
第四話
「雨……止みませんね」
女の人がそう言った。そういや、もう入ってから随分と経った。パパ達は楽しそうに話していたけど、僕にとっては何を
言っているのか分からない。話のネタも古いし。
眠くなってきた。そう思っていたら、アンザイさんが床にゴロリと横になり、いびきをかきはじめた。眠かったんだろうか。
「安西、寝るなよ」
坊主頭の人が、アンザイさんに向かって少し笑いながらそう言った。
「ま、仕方ないだろ。あいつ朝からずっと頑張っていたしな」
パパがそう言った。朝から……そんなに高い所にあるのか。ここ。でも、そんなにいい景色は見られなかったし、どうしてだろう。
僕が遠足の途中に休憩とかしたりしたら、班の中で怒鳴りあいにあるのにな。どうして、パパ達はそうならないのか。
それが始まりだったのか、次にパパが寝転がった。雨が止んだらどうするんだろう。でも、まだ雨は止まないか。
「たくっ、部長が寝るか?」
坊主頭の人がまた文句を言った。少し、ジャイアンとかに似ている性格らしい。顔とかは全然、そうには見えないんだけど。
目も細いし、初めて見た時にはスネ夫に見えたし。
「それじゃ、私も寝ます」
女の人があくびをして、横に寝転がった。一番、窓に近い所で寝始めた。雨の音が邪魔じゃないのかな。
「何か、寝ないと仲間はずれな雰囲気になってね?」
坊主頭の人が中本さんに話しかけた。中本さんは冷静に、「そうだな」と答えた。
「かっ、暇だな」
坊主頭の人がそう言いながら、床に寝転がった。この人も寝るんだ。何故か、僕は全然眠る事が出来なかった。寝る気がしない。
後に起きているのは、中本さんと僕だけだった。中本さんは頭が良さそうで、何か僕とは全然、違う人っぽい。
「雨、止みませんね」
とりあえず、話しかけてみた。中本さんは答えてくれた。
「ん、そうだな。当分、止みそうに無い」
やっぱり、何か関われなさそうな気がした。待てよ、この事を聞いてみよう。
「パ……野比さんはどうして部長なのですか?」
第五話
少しの間、小屋の中が静かになった。でも、その静けさはさっきまでとは何か、違う気がした。それが何かは分からないけど。
どうして、パパが部長なのか。ハイキングでも遅かった。こういう部長って、その部で得意な人がやるべきだ。どうして、パパが部長なのか。
僕に似ている筈なのに。
中本さんは、今までとは違う顔をした。怒っているんじゃない。……笑っている。
「何で、そう思うんだい?」
その笑顔で、僕に対して言った。声の調子も今までとは全然、違う。さっきまでのぶっきらぼうな声とは違うんだ。
「いや、だって。野比さんはいっつも後ろの方を歩いているし」
上手く、気持ちを伝える事が出来なかった。ああ、どうしてだろう。もっと勉強とかで発表しとけば、こういう時にすぐに言えるんだろうに。
ああ、何でだろう。
中本さんが、ケラケラと笑い出した。そんなに面白いこと、僕は言ったか。顔が真っ赤になっていく感じがしてきた。
「まぁ、そりゃそう見えるよね」
中本さんが、眠っているパパの方を見た。パパはいびきをかきながら、熟睡している。相当、疲れていたのかな。それとも、僕と同じ――
「何ていうかな、お人よしなんだよ」
「お人よし……?」
僕もよく、お人よしと呼ばれる。けど、何か違う気がした。「パパのお人よし」と僕の「お人よし」
「例えばさ、部長が歩くのが遅くて俺達が怒るだろ? そしたら一生懸命、俺達のペースに合わせようとするんだ。文句も、言わないで」
僕の頭の中で、遠足の時の僕が恥ずかしくなった。ジャイアンに殴られて、それで逃げていて。
「俺は部長が怒る時は俺達が危険なこととかをしたりした時ぐらいしか見てないよ」
そういえば、そうだ。僕に対してパパが怒った時に、僕は怒るけど、それは僕の為だ。
心が、ズキズキと痛むような気がした。
「だから「野比のび助」は僕等の「部長」なんだよ」
中本さんが、そう言った。そうか、だから、だから……。 ――のび太君 その時、あのドラ声が聞こえた。
ドアを少し開き、外を見る。そこには、ドラえもんがいた。
第六話(最終話)The final story
外には、ドラえもんがいる。何か、無償にドラえもんに会いたくなってきた。中本さんの話を聞いて、全て分かったんだ。
あの時に殴ったジャイアンも悪い。でもさ、でもさ、一番悪かったのは。一番、悪かったのは……。
一番「逃げていた」僕だったんだ。
逃げて、逃げて。真正面から「ごめんね」と言って一生懸命、付いて行くだけで良かったのに。あの時、逃げた僕が悪いんだ。
「雨も止みそうに無いな。俺も寝るか」
中本さんはそう言って、眼鏡を外してケースに入れた。よし、中本さんが寝れば僕はこの山小屋から出れる。
ドラえもんは、ちゃんと状況は分かっているみたいだ。多分、ドラえもんの横にはドラミちゃんがいるだろう。
そうじゃないと此処にドラえもんが来れないもん。
中本さんがいびきをかきはじめる。もうそろそろ、出てもいいだろう。少し震えながら、外のドアを開けた。
「のび太君!」
ドラえもんがホっとしたような顔でこっちの方を向いた。僕の心も、幾分かホっとしたように思えた。
少し、心臓がドキドキした。そして僕は思い切って言う。ドラえもんがあの時、怒ったのもパパと同じように僕の為だったんだ。
「ドラえもん、ごめんね」
ドラえもんが少し驚いた顔でこっちの方を見ている。そして、少し笑いながら。
「良いって事さ。早く行こう。ドラミがこの雨でスネてるよ」
そう言いながら、僕とドラえもんは走り出した。先頭はドラえもん。そして、少し走るとドラミちゃんのチューリップ号が見えてきた。
時空間の中。僕達は、少し話しながら21世紀へと向かっていた。あのタイムマシンは、先に見つけて修理に出したらしい。
「じゃ、家に帰るか」
「そうね。私はお兄ちゃん達を送ったらすぐに戻るから。セワシさんが心配だわ」
「ちょっと待って」
このまま、家に帰ってボーっとしてたら意味が無い。意味が、全く無いんだ。
「あのさ、遠足の時の山に戻りたいんだ」
頭の中で、パパ達の事を思い出した。パパは、全く逃げなかった。どんなに人に遅れても、逃げて止めようとはしなかった。
怒りもしなかった――
「もう、逃げるのは止めにしたんだ」
タイムマシンは少し急ぎぎみに遠足の時に行った山へ向かっていた。