石版

文矢さん 作

 

第六幕 「彼は満足したのだろうか」

 

其の十九

「イカたこぉぉ!」

 

 のび太の叫びが穴の中に響いた。のび太は着地し、穴の中に入っていく。奇妙な螺旋の跡がついている穴の中に。
 タケコプターを外し、どんどん穴の中に入っていく。

走ると駄目ということをのび太は過去に戻って知っていたので決して走らなかったが、一歩一歩にはやはり力がこもっていた。
その力は、どす黒い力。何よりも、何よりもどす黒かった。

 いた―― のび太は心の中で大きなガッツポーズをとった。

 

いた。いた。いた! あいつが。憎むべき、あの野郎が。イカたこが、いた。
そしてその前には石版がある。だが、のび太は石版など気にしなかった。目的のイカたこだけを睨んでいた。

「殺す! イカたこ、振り向け! 早く振り向くんだ!」

 のび太は叫び、改造ショックガンをイカたこへ向ける。手は全く震えていない。

銃口はただ、冷酷にイカたこに向いていた。決してぶれない。まるで、何かに固定されているように。ぶれない。

まるで、四十七士が吉良に会った時のよう。

まるで、秀吉が明智の軍に出会った時のよう。

まるで、源氏の軍が平氏の軍に出会ったよう。

 のび太の気持ちは、そんな気持ちだった。仇を討つ。それができたら死んでもいい!

 振り向け、早く、振り向け! その体を早く見せろ! 無防備な心臓を、首を、人中を!
体の急所を見せてくれ!

 のび太は急所の名前など知らない。だが、何処を当てればいいのかは分かっていた

「振り向け!」
「『ここに書いてある物を決して当社、当星に向けないということを約束してほしい』」 

 イカたこは振り向いた。そして、喋り出した。のび太はボーッとその話を聞く。

「『まず、用意する物は鉄だ。この鉄は重要であるが、どの星にも存在する物。
 この鉄を一トン用意してほしい。ピッタリだ。一トンのみ。そしてそれを圧縮する。その体積を一気に減らす。質量は減らさない。

 圧縮するのだ。体積を一立方センチメートルまで圧縮してほしい』」

「何を言っているんだ、イカたこ!」

「『鉄を圧縮し終わったら次は水素だ。水素を発生させ、それを鉄に含ませる。そしてそれをさらに圧縮する。
 水素を含ませた鉄を一ミリ立方メートルまで圧縮だ。これを百個作る』」

「何を言っているんだと言っているんだ! 答えろォ!」

 のび太の体はがくがく震えていた。さっきまでは震えていなかったのに。

イカたこが言い始めた時から震えはじめたのだ。

「この後は言えないな。聞きたまえ、のび太君」
「何なんだ、イカたこ!」

「今、私が読み上げたのはこの石版に書かれた内容の最初の部分だ。実に素晴らしいよ」

 イカたこはそう言いながら、地面に置いてあったレリーフとヒエログリフの解読書、そして紙をポケットの中にしまう。
そして、のび太の方へ歩み寄る。手を、ポケットに入れたままで。

 ドラえもんとジャイアンは入れなかった。その穴の入口で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
まるで高校のグラウンドで行われているサッカーを見ている中学生の様に。

 ただ、ボーッと見ていた。イカたこが口を開く。

 

「いいか、この石版を作ったのは宇宙人なのだよ。恐らく、何処かの星へ行く途中で墜落したのだろう。
 そして、回転しながら山に激突し、この穴を作った。穴の入口、私の手首にあるのはその宇宙船のパーツだろう。

 全て、私は理解したよ」

 イカたこは得意気笑い、さらにのび太に歩み寄っていく。やはり、手はポケットに入れたままだ。

「それがどうした?」
 のび太は改造ショックガンをイカたこへと向けなおす。手の震えを精神力で止め、イカたこの心臓へと狙いを定める。

心臓を、撃つ。心臓にショックを与え、止める。

そして殺す。のび太の手に力が入る。

 

「宇宙人がどうだとか、そんなことは関係ない。あんたを殺す! それだけだ!」

 のび太は、引き金を引いた――
 

 

 

 


 のび太は、泣いていた。ただ、とめどなく涙を流していた。

 時空間から紀元前のアドバン村に出た瞬間、のび太は家の前に立っているじおすと名無しの姿が見えていた。

じおすというのはすぐに分かったが、名無しという名前すらも分からない筈だった。ただ、何故か分かった。

彼の名前は名無しだと。

 そして、始まる大虐殺。空から飛んできたミサイル研究所、のび太はその光景を見ているだけ。
じおすが死にゆく姿を見ているだけだった。

 のび太は泣いた。ただ、泣いた。

 そうやって泣いていると何故か場所が変わる。すずらんと名無し、そして数人の男達が見えた。そして、その男たちも殺されてゆく。

 のび太は案山子のようにただ立っているだけ。ただの案山子。案山子。案山子。何も、できない……

 

 のび太は泣いた。ただ、とめどなく涙を流した。

「無駄だよ、私の道具にかかれば攻撃は効かない」

 イカたこはのび太のショックガンから出たエネルギーを、あの道具で別空間へと飛ばしていた。
そして、冷酷な目でのび太を見つめる。感情のこもらない、冷酷な目でのび太を見つめる。

 歩みは止まらない。イカたこは、どんどんのび太に近づいていく。あの秘密道具を構えて。どんどん、どんどん、どんどん、歩いて行く。

 


「うるさい! 死ね! 死ねぇぇ!」


 のび太は叫ぶ。怒りにまかせて、叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。脳裏に過ぎるのはあの村の大虐殺。

 

許すことなどできない、あの虐殺。虐殺! 虐殺! 許せない

 


 のび太は引き金を引いた。ただ、引いた。だが、それもイカたこに防御され、銃声が空しく穴に響くだけだった。

 

 

其の二十

「私は今、考えている。この石版が何処の星から来たのかね。

 おそらくは、その星の武器商人が何かのトラブルでここに墜落したものだろう。
つまりだ、こんな武器が一般的にある星がこの宇宙にはあるわけだ。まあ、どうでもいいことだがね」

 

 イカたこは歩み寄る。ゆっくりと、でも確実に。そしてイカたこの速度と同速度でのび太に迫ってくる絶望!

 その絶望はどんな海溝よりも深く、そして冷たい。のび太に迫っていくは絶望。絶望。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。のび太は自分に言い聞かせる。何か、何かある筈だ。落ち着こう、落ち着こう。
のび太の頬を汗がつたる。

 油断はしない。冷静にだ。

イカたこは自分に言い聞かせる。
何か、何かあるかもしれない。落ち着こう。油断はしない。余裕はあるんだ。確実に、確実に彼らを仕留める。

 穴の中の空気は、最高に重かった。石版は例えようもない色で輝き、五人を見守っていた。

「世界を支配するのに必要なのは武力。私はこれを正しいと思っている。だが、君らは正しいとは思っていない。
 それについても前から考えている」

 

 イカたこはあざ笑いながらそうのび太達へ問いかける。

「ひっ人を殺すんだろ? 許せるかよ!」

 ジャイアンが叫ぶ。イカたこはそれに答える。

「まあ、確かに私の計画だと人は殺すな。威力というのは見せ付けてこそ恐怖になる」

 

「そんな事、許せるわけないじゃないか!」

  のび太が答える。そして、銃口をイカたこへ向ける。だが、手は震えている。それに、のび太自身も分かっている。
イカたこにはいくら撃っても無駄だと。意味無いと。

「まあ、これ以上議論をするのは無駄かな。D・カーネギーも著書で人を納得させるには議論を避けろと言っている。
議論で人の意見は変えられないとな」

 イカたこはそう言うと、また歩き始める。のび太とイカたこの間は既にほんの三メートルぐらいまで縮まっていた。

のび太は後退する。

 

 どんどん近づいてくる。宿敵。のび太は何もできない。頭で考えても何も出てこない。のび太は慌てる。

 ドラえもん。ドラえもんは、考えていた。このままだと、のび太が! のび太が殺されてしまう。その次は僕たち。

どうにかしなくてはいけない。ドラえもんは考える。考える。

 

 ドラえもんは穴の中を見る。のび太とイカたこ。イカたこは冷静な冷たい目でこちらを見ている。そしてその後ろの巨大な石版。
不気味に輝き、穴の中で存在感を出している。ドラえもんは考える。

 

「あっ……!」
 その時、ドラえもんの頭に閃きが走る―― 圧倒的な閃き!

 のび太に伝えれば、のび太ならば。のび太ならイカたこを仕留められる。ドラえもんの頭が高速回転をする。

伝えるんだ、のび太へ!

 

 ドラえもんは叫ぶ。

 

 

 

 

「のび太! 石版を撃て!」

 

 

 

 ドラえもんはのび太へと叫んだ。

これなら、これなら! 何千年も無傷だった石版。恐らくは、硬いというよりも力を跳ね返すとかそういう機能がついているのだろう。
それなら光だって跳ね返すだろう。ドラえもんのそんな推測からだった。

 

石版でショックが跳ね返れば、イカたこに跳ね返ったショックが当たるかもしれない。

 事実、これは当たっていた。懐中電灯でこの石版を照らしたら、鏡のように跳ね返る。
つまり、のび太がショックガンを撃ったならそのショックは跳ね返るのだ。

 やばい―― イカたこはドラえもんの言葉を理解する。

 

危ないところだった、と心の中で安堵していた。今、今すぐ振り返れば! まだ秘密道具で別空間へ飛ばせる!

 振り返るんだ。イカたこは秘密道具を構え、後ろを向いた。
 
 のび太は、石版に向けて撃たなかった。

 ドラえもんの言葉の意味が分かっていなかったのだ。一瞬でそこまで判断することはのび太にはできなかった。
だから、のび太は銃を構えたままその一瞬、ボーッとしていただけだった。

 そして、見えたのは後ろを向いたイカたこの無防備な背中……!

 

「イカたこぉぉぉぉ!」

 

 

 

 のび太は叫び、引き金を引く。銃口はブレていなかった。

 

引き金が折れるんじゃないかというぐらいのび太は力を込めて引き金を引き、銃口からは光が飛んでいく。

 イカたこは、何もできない。のび太が狙ったのは背中だった。背中、背骨の一センチ右に命中した。

 

そして、イカたこの体中に走るショック。悲鳴とも何ともつかぬ声が口から出る。

 

 のび太の息が荒くなる。やったのか? 疲れた。その二つの言葉だけがのび太の頭の中でグルグル回っていた。

 

 

のび太はイカたこを睨みつける。

 イカたこはうつ伏せに倒れた。呼吸はできていなかった。苦しい。イカタコの頭の中にあったのはその言葉だけだった。

 

秘密道具は撃たれた時に石版の方へ転がっていた。右手で地面を掴み、立ち上がろうとする。

 

 その時、地響き。ゴゴゴという音が穴の中に響き、穴の中を揺らす。

 上からはパラパラと土や石が落ちてくる。揺れる。揺れる。そう、それは地震だった。この穴の場所はイタリア。

そんな場所で! 地震が起こったのだ。普通ならありえないことだ。富士山に津波がくるぐらいありえない出来事。
だが、確かに地震が来ていたのだ。

 信じられない。のび太はそう思う。立つことすら困難になってきた。のび太は思う。地震ってこんなに揺れるものなのか?

 

 上からはどんどん石が落ちてくる。土もパラパラではなく、塊で落ちてくるようになってきていた。

「崩れるぞ!」

 ジャイアンの叫び声が穴の中に響いた―― 

 

其の二十一

 

 今の揺れは?――

 イカたこの部屋。すずらんは、目を覚ました。地震の揺れは当然基地の方にもあり、それによってすずらんは目が覚めたのだ。

 すずらんは状況を確認する。手には拘束道具がはめられている。前を見ると、どらEMONが立っていた。

その後ろには震えながら静香とスネ夫が立っていた。

 

「起きたか……」

「あっあなたは! 何でここにいるんです?」
「この基地の幹部やロボット部隊は俺達が制圧した、ということさ。もう対抗するなよ」

 どらEMONの口調は優しかった。ミサイル研究所を殺した時の反動、というべきなのだろうか。
とにかく、どらEMONの口調は穏やかだった。
 テーブルの上には「注文の多い料理店」が置かれている。

 すずらんが拘束されているのとどらEMON達がいること、そして机の上にマイクが出ている以外は何も変わっていなかった。
机の上のマイクは、イカたこが放送用に使っていたものだ。

 マイクを掴み、どらEMONは口を開く。

 

『基地にいる者、全員に告ぐ。軟体防衛軍は我々、タイムパトロールが占領した。幹部達は全て殺されているか、拘束されている。
 抵抗や逃亡はやめて、基地の中でおとなしくしていてほしい。我々は既に君達全員の個人情報を得ている。もう一度繰り返す――』

 言い終わると、どらEMONはため息をつき、椅子に座る。イカたこが座っていた椅子だ。

机の上にある「注文の多い料理店」に手を伸ばす気にはなれなかった。気がかりがあるからだ。

 

 永戸! 最後の命令だ! ドラえもん君達を守れ! 絶対にだ!――

 どらEMONの頭の中で仲間たちの声が響く。

 

 

「ドラえもん君、のび太君、剛田君…… 今、君達は何処にいるんだ?」

「逃げるぞ!」
 穴。ジャイアンはそう叫び、穴の入口へと向かう。
ドラえもんとのび太も穴の外へと向けて走り出す。穴は、崩れようとしていた。ポロポロと落ちる石、泥。間違いなく、崩れるところだ。

 穴の入口のレーザーはポロポロと落ちてくる石ころなどに反応してそれらを砕いていく。
のび太は速度を調節して、罠の部分を乗り越えた。
 これは、壮絶な光景だった。アニメや漫画とかで出てくるような崩れ方。

 地響きが耳をつんざき、巨大な土の塊が螺旋模様の地面を埋めていく。この世の終わりなんじゃないかと思ってしまうぐらい。

 改造ショックガンがのび太の手元から落ちる。

落ちると同時に上から降って来た巨大な石に破壊される。一瞬で。やばい。
のび太の頭の中でその三文字がぐるぐる回り始める。

「あ」
 イカたこは大丈夫なのか?―― のび太の頭にそんなことが過ぎる。

さっき、自分がイカたこを倒した。イカたこも、やばいんじゃないか? 押しつぶされて、死んでしまうんじゃないか?

 のび太は考える。

 


 いや、別にいいじゃないか。イカたこが死んでも。そんな言葉も出てくる。お前はイカたこが死ぬことを望んでいた筈だ。

いいじゃないか、イカたこが死ぬのはいいことじゃないか。何を気にする?
 いつの間にか、立ち止まっていた。前からはジャイアンが叫ぶ声が聞こえる。のび太の頬の一ミリ横を石が落ちていった。
 どうするんだ? のび太は考える。イカたこは仇だぞ。つい数分前まで殺そうとしていたじゃないか。

それなのに何を今さら! 馬鹿じゃねえの? そんな考え。そして、助けるべきなんじゃないか、という考え。

 じおすさんを殺した。名無しさんを殺した。村の人々を殺した。タイムパトロールの人たちを殺した。
部下を使って、僕たちを殺そうとした。たくさんの人を殺すつもりだった。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。

 

イカたこは、そんな奴なんだぞ!

 何を迷う? 進むんだ。穴の外に出よう。それで決着だ。
 何を迷う? 戻るんだ。穴の中に入れ。それでこそ人間だ。
 あいつが何をしたと思っている?

 今、中に入ればあいつを救えるかもしれない。あいつはたくさんの人を殺したんだぞ?

 今、中に入れ。お前は今までそういう奴だったろ?

 回る。回る。のび太は思う。頭の中でいろんな単語、文が! ぐるぐる回る。回る。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 のび太は叫んだ。思いっきり。大声で!

「よし、行こう」
 穴の中へとのび太は駆けだした――

 使いすぎたな――

 穴の中、イカたこは思う。手元にある秘密道具。空間を飛ばすやつ。それの残りエネルギーは少ししか残っていない。
人を一人ぐらい飛ばすだけ。それぐらいのエネルギーしか残っていなかった。使いすぎと、さっき落としたせいだった。

 イカたこはポケットの中を探ってみるが、空間移動系の道具はこれしか持っていなかった。
イカたこは座っていて、背もたれに使っているのは石版だった。石版は変わらず奇妙に輝いている。

 少し休憩してから外に出るか。そう思っていた時だった。前から足音が聞こえる。

 音の方を向いてみると、のび太が走っているのが見えた。イカたこは一瞬呆れる。
「何で来た?」
「たっ助けに来たんだよ!」

 のび太がそう叫んだ瞬間、大きな音がして土や石が一気に落ちてきた。のび太の後方だ。穴は完全に塞がっていた。

まるで、試験管にゴム栓を詰めたように。

 イカたこはため息をつく。こいつは、本当に何しに来たんだ、と。石版がある方にも、パラパラと石や泥が落ちてくる。
ああ、こっちも崩れてくるなとイカたこは感じる。

「お前は改造ショックガンを持っているのか?」

 

「あっ……落とした」

「落とした? 残念ながらこの秘密道具は一人分のエネルギーしか無い。
 そこの石とかも全てはワープさせれない。意味が分かるか? 絶対にどちらかは助からない、ということだ」

 沈黙。しばらくの、沈黙。イカたこは呆れていた。本当に、お前は何しに来たんだ、と。

 改造ショックガンさえあれば、これで崩れたところを壊したりして助けるんだ、とかいう言いようがある。
しかし、何も無いだと? 本当に何をしにきたんだ。呆れた。冷静に。呆れた。ため息をつく。

 見捨てるしかないな。イカたこは考える。ここで自分が死んでどうなる? 石版の中身が分かるのは俺しかいないんだ。
今、ここから出さえすれば石版の中身から兵器を作れる。そして、自分の考え通りの世界にできる。理想の世界にできる。

 のび太は慌てていた。動揺。自分はどうすればいいのだ? 動揺。一歩、後ろへと下がる。
後ろに向けた手に冷たい石の感触が走る。それは、死の感触に思えた。

 

「そもそも、何でここに来た? 憎かったんじゃないのか?」
 イカたこは言う。これは、心底疑問に思っていたことだった。皮肉とかそういうわけじゃなく。心の底から。

何で助けに来た? それともそれは嘘で、とどめを刺そうと来たのか?

 パラパラと、石が落ちてくる。その様子はまるでこの世の終わりのようでもあり、始まりのようでもある。
 穴の中の石版がのび太達二人を照らしているかの様に明るかった。石版は不思議な光を放っている。

  いくら石が落ちてきても、傷つくことは無いだろう。永遠に。
 のび太は詰まる。そして、若干の沈黙の後、口を開いた……

「もし、そこに困っている人がいるんならさ。死んでしまう人がいるのならさ! 助けるしかないじゃないか!」
「っ……!」

 カチリという音が穴の中に響く。のび太の腹に、秘密道具が当てられていた。足元から光り出し、消えていく。空間転移だった。
「さよならだ。じゃあな」
「イカた――」
 言い終わる前に、のび太は消え去っていた。場所は、穴の外。心配気な顔で待っている二人の仲間の元。

 そして、消える直前ののび太の目にイカたこはあの日の猫のように見えた…… だが、その顔は何処か満足気にも見えていた……

 ああ、いい気持ちだ――

 イカたこは思う。もう光を放ちはしない秘密道具は、手元からコロコロと転げ落ちた。
 パラパラと、土が降ってくる。その様子はまるで雪のようでもあり、雨のようでもある。

 やけに、爽やかな気持ちだった。頭の中で響くのはのび太の言葉。
もしそこに困っている人がいるのなら、死んでしまう人がいるのなら、助けるしかない。何回も、何回も響いてくる。

 寄りかかっている石版は、やはり奇妙な光を放ち、イカたこを照らす。
 間違っていたのは俺なのか? それとも彼らなのか? そんなものはどうでもいいさ。自分の人生に後悔は無い。
十分、価値があったじゃないか。

最後はあの少年を助けられたんだ。

 ああ、いい気持ちだ―― イカたこはもう一度そう心の中で呟くと、目を閉じた……


「では、授業を始める。が、その前に転校生を紹介しよう。前村君、来てくれ」

 学校の先生の声が、のび太の耳に聞こえてきた。あの出来事から、既に一か月が経っていた。

あの二人の転校生は無かったことになっていた。戻ったのだ、日常に。

何の関係も無い別の転校生が、教室に入ってくる。

 

 のび太は外を見ていた。頬づきをし、ボーッと外を見ていた。空は何処までも青く、どす黒い髑髏なんかは見えやしない。
平和な、何処までも平和な光景だった。

 鉛筆がころころと転がり落ち、床に落ちる。隣の席の女子がそれを拾い上げ、のび太の机に置く。

 思い返すのは、あの数日のこと。何度も命の危機に直面し、何度も泣いた、あの数日間。ボーッと空を見ながら思い返す。

長かった、あの数日間。自分が生きていることが奇跡だと何度も言った。

 

「じゃ、あそこの席に座ってくれ」
 のび太の横を、転校生が通り過ぎる。何かの声が聞こえてくるかな、とのび太は密かに期待していたが何も無かった。


 全ては日常に戻り、始まりの時に彼らが感じていた『何かが』起こりそうな気配も既に無い。

全ては、首謀者の死という形で終わりを告げたのだ。

 事件の解決には様々な死があった。数々の人が死んでいき、その死のおかげで解決したともいえる。
その死んだ者たちは、満足したのだろうか? 

 

 そして、イカたこ。彼は、何に満足したのだろうか? 何故、安らかに死んだんだろうか?
 全ては、想像するしかない……

 


石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 一時閉幕

 

 

 

 

カーテンコールの後に幕は下りる

 さあさあ、皆さん。これにて、未来と現在を巻き込んだアクションショーは、これにて終わりを告げました。

 イカたこ達は結果的に敗北し、我らがドラえもん達の勝利という形で終わったのです!

 無事に、全て無事に、無事に終わることができたのです。

 おっと、皆さん。立ちあがるのはまだ早いです。さあさあ、そこにお座り下さい。
 今まで役を精一杯演じてくれた役者さん達に大きな拍手をお送りください!

 カーテンコールの時間です!

 

 さあ、今幕が開きます。もう一度言いましょう! 今まで役を演じてくれた役者さん達に大きな拍手を!


   ゼクロス・アークウィンド

   ミサイル研究所

   すずらん

   メタル

   イカたこ

   ナグドラ

   剛田清

   軟体防衛軍

   大島
   松村
   小出
   田中


   ロボット

   先生


   その他、劇団員

   ハウルス
   ジャール
   マーおばさん


   どらEMON

   じおす

   アルタ

   名無し


   ドラえもん

   野比のび太

    剛田武

   骨川スネ夫

   源静香

 

 

 さあ、これで終わりと相成ります。もう一度、役者さん達に大きな拍手をお願いします!

 ありがとうございます。ありがとうございます! 皆様、どうでしたか?

 我が劇団最大最高のショウ、お楽しみいただけましたでしょうか?

 少しでも! 塩のほんの一粒ほどでも面白かったと思ってくれたのなら! 我々劇団は大喜びです。

 

 それでは、幕が下ります。長い長い、ショウでした。もう一度言います。付き合って下さり、本当にありがとうございました!
 

 


 おっと。言い遅れましたね。

 

開幕、閉幕時、幕間の講釈を務めさせていただいたのは私、文矢でございました。

 それでは、次回の講演でまた会いましょう――

 



石版 閉幕

 

 

 

 作者からの後書き

長かったです。
本当に、長かったです。

石版の序章を投稿したのが2007年の10月ですから、一年以上経ったということになりますね。はい。
今、パーッと数えてみたら66話となりました(幕間とか含めて)

いや、とんでもないです。はい。

 前作「生きる」が題名通り、人の生きざまを描いたものなら、石版は人の死に様をテーマにしたつもりです。

それぞれのキャラさんが死んでいくシーンには、力を入れました。

満足いく死、死の恐怖など、若い身としては精いっぱい頑張ったと思います。

登場してくれる方を募集したのもここらへんにあって、オリキャラが死んでも衝撃が無いな、ということで皆さんの名前をお借りしました。
 ついでに、石版の原型は生きるの第二章を書いている時に思いつきました。

あと、石版で凝ったのは伏線です。

もう、幾つも幾つも考えて、色々とやってみました。もしも暇でしたらもう一度読み返していただきたいぐらいです。

 かなり手前味噌な内容ですが、とりあえず石版は文矢の最高傑作です。
第一幕からすべて、自分的には百点満点です。

 ついでに自分が一番文章が良かったな、と思っているのは第五幕です。

まあ、間違いなく文矢の最高傑作です。

 


 それでは、ここまで付き合って下さった皆さん、本当にありがとうございました!

 又、キャラクターとして登場して下さった皆さん、本当にすいませんでした!

 

 


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