石版

文矢さん 作

 

第六幕 「彼は満足したのだろうか」

其の零 ある記事と科学者

「僕は、空の声が聞こえるんだ」

 我々が取材したイタリアの科学者、ローク・バイソン(35)はそう答えた。
バイソン氏は、三年ほど前から自分の発見、発明を発表し始め、その高度なテクノロジーは我々が使う日用品にも使われている。
上の言葉は、我々が「様々な発見などがありますが、それについてあなたはどう思っていますか?」という質問の答えである。

 これは彼のジョークでも何でもない。彼は本気で言っているのだ。
 確かに、バイソン氏の発明は地球のものじゃないような感じもする。

発見や発明の高度なテクノロジーは、地球の普通の人なら思いつかないようなことばかりだ。
しかも、彼は隕石から取り出した化学物質まで使われている。

 切欠は、二十代の頃に行ったあるイタリアのある地域だという。
地域といっても、ほとんど人が立ち寄らないところだ。森の中で、彼は不思議な機械のようなものを見つけたという。
それを耳につけてみた時から、『空の声』が聞こえ始めたと、彼は笑いながら言う。
 彼は、耳から外してその道具まで見せてくれた。小型な機械で、ぱっと見ただけでは気付かないようなものだった。
そして、それを耳に付けてみると筆者にも言葉のようなものが聞こえた。 
 それは不思議だった。最初は訳の分からない言葉が聞こえてくる。

その後に、『日本語が聞こえてきたのだ』まるで、英語の言葉を聞いた後に、翻訳された言葉を聞くかのように。
会話の内容はここに書くようなものではなかったが、筆者の体は震えた。

 バイソン氏は、これからも『空の声』を聞いて我々に役立つものを発明していくであろう。
それは、地球からの産物ではない。空。宇宙からのテクノロジーも使われているのだ。


 以上が、日本のある雑誌に載ったある記事である。二十一世紀の話だ。
 事実だけを伝えよう。時間軸的にはドラえもん達が事件に巻き込まれる少し前だ。
この記事に書かれたマーク・バイソン氏が、『自殺した』

 遺書も残されていて、イタリアの警察は自殺と断定した。その遺書の内容を日本語にしたものを記そう。
『空の声。地球から離れろ。とんでもない物が、地球人によって解放される。ああ、空の声よ、助けてくれ』

 上の支離滅裂な内容が、汚い字で書かれていた。捜査員はそれに一抹の不安を覚えたが、すぐに他の事件に熱中していった。

 

 それでは、話を戻そう。ドラえもん達と、イカたこの戦いに……

 

其の壱

 少年は、光に包まれた。
 光には常にあるイメージがある。それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。
闇と共に語られる『希望』など、存在しない。だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。
それが偶然光を発しただけだった。
 一人の男。名前は、イカたこ。彼が持っている機械。手で握れば周りからは逆立ちしたって見えないような大きさの機械。
そして、その機械は光に包まれた少年に当っていた。
 少年は当てられるその瞬間までジャンプをしていたのだろうか。イカたこに飛びかかったのだろうか。
空中に浮かんだまま、光に包まれていた。そして、段々と消えていく体。
  少年の体は足の先から消え去っていった。その間、少年はただ自分の体を見ているだけであった。
まるで、局部麻酔をされて、その部分にメスが入っていくのをただボーッと見ている患者のように。
いや、少年は今の例え通り麻酔をかけられたかの様に痛みを感じていなかった。

 イカたこの顔に笑みが浮かぶ。常に冷静だったイカたことは違う、狂ったかの様な笑み。
そう、『どす黒い』笑いだった。だが、その笑いは会心の笑みとは言えなかった。少なくとも、「やったぜ!」という笑みでは無かった。

 そして、少年の体は消え去る。いや、例えるなら空間に溶けたというべきであろう。少年の名は、野比のび太といった――
 

 話は、少し前に戻る。丁度、ドラえもん達がイカたこ達の所へとやってきた頃だ。ここからだ。

 

イカたことドラえもん達の直接対決は、ここから語られるのだ。

 

「ようこそ」

 挨拶。挨拶を特に日本人は重んじる。挨拶をされて嫌だ、という人はいないだろう。
だが、今その場所に響いた「ようこそ」という挨拶は嫌な気分にさせるどころか、彼らに絶望を与えた。それは、女の声だった。

 転送装置は、カプセルの形をしていて、部屋の中央にあった。声の持ち主は、部屋にある唯一のドアの前に仁王立ちをしている。
ドラえもん達はまだ、カプセルの中の椅子に座っているだけだ。カプセルは透明で、部屋は真っ白だった。
 どらEMONは立ち上がり、静かに水裂を抜きながら答えた。
「メタル……」
 そう、そこにいたのはメタルだった。忍者の格好をした、美女、メタル。

「あなた達は、イカたこさんの所には行けやしない。私を倒して行くには、私の罪を背負っていかなければならないのだからね」
 トントントン、という音。メタルはステップを踏み始めた。そのステップは魔法のステップ。見た者の動きを止める。
『モナリザの前で暴れる人はいない』それは、メタルが言った例えだった。素晴らしいものの前では暴れられない。
それが、メタルの技『魅惑の舞』だった。

「動けない……?」
 のび太が呟いた。カプセルの椅子に座ったまま、のび太は動くことができなくなっていた。いくら動かそうとしても、動かない。
体は震えるが、暴力的な行動をする事ができない、という事であろう。

「畜生! おい、動けるようにしやがれ!」
 ジャイアンが叫んだ。いつもは暴れ回るジャイアンも、何もする事はできなかった。ロボットであるドラえもんも動けなかった。

 二人、動ける者がいた。その内の一人は、対処法を知っている者。体を傷つけながら、戦った者。
そして、いち早く立ち上がり、行動をしやすくしようとした者。

 金属と金属がぶつかり合う音が場に響く。

「やはりね、あなたが来ると思っていたわ。どらEMON!」
 どらEMONはニヤリと笑った。眼を閉じて行動をしていたのだ。それが『魅惑の舞』を破る方法であった。

「EMONさん!」
 ドラえもんの声が響く。
 水裂をメタルの刀『ムラマサ』で防いだ時、一瞬だけ『魅惑の舞』のステップが止まったがその後はまたステップが踏まれた。
 ステップを踏んでいるといっても、メタルは入り口から離れなかった。眼をつぶって無理矢理突破するのは無理な状況になっている。

 その時だった。

どらEMONが一歩『退いた』

 一瞬、全ての動きが止まった。そしてもう一回、どらEMONが退いた。
その後も一分おきぐらいにどらEMONは一歩ずつ退いていった。

 メタルは舌打ちをした。
 そして、眼をつぶりながらどらEMONは退いていく。笑みを浮かべながら……

 

其の二

 どらEMONは退いていく。何故か、メタルをどかせる為である。アルタによると、『石版』への出発までは後少しだ。
だからこそ、早くどかせなければならないのである。例え、完全に動けなくなる危険を犯してでも。

 メタルは焦っていたが、舞うのはやめなかった。ところどころでどらEMONの動きは止まる。
今の状態でメタルをくぐり抜けてそこのドアから抜け出すのはメタルをぶっ倒す以外無理であった。

だからこそ、別の方法を完成させようとどらEMONは後ろに下がっているのである。

 

「自分は危険だぞ。ほら、一気に倒してこいよ」
どらEMONは目でメタルを誘っていた。
ここでメタルがムラマサを使って倒そうとすると、ドアの前が空く。
目をつぶれば、カプセルの中のドラえもん達も突破できるであろう。どらEMONはそれを狙っていた。

「面白い……わね。どらEMON!」
 次の瞬間だった。メタルの手から、十本の影が放たれた。その影は、氷の様なクナイ、凍牙だった。

小さいが、体を貫く程の威力をもったクナイ、それが凍牙だった。そして、その凍牙の影は『心臓を捉えている』
  一ミリメートルのズレも無い。正確に、凍牙の切っ先はそれぞれの心臓を向いていた。心臓を、突き破ったらそいつは死ぬ。
漫画のブラックジャックのような名医が隣にいたとしても、間に合わない。死という現実が襲いかかってくるだけなのだ。

 少年達は、動けなかった。メタルは、魅惑の舞を続けている。凍牙が届くのはほんの一瞬、単位で例えるなら刹那。

目をつぶる暇さえ、彼らには無かった。

 そして、どらEMONには四つの影が迫った。メタルの、作戦だった。どらEMONはドラえもん達を助けようとするであろう。
だが、さすがに四本も迫っていると自分のだけしかさばけない。それが、作戦であった。
 ステップを踏みながらメタルは舞う。子供の頃から憧れてきて、何度も練習した魅惑の舞を。

「卑怯、だと思うかしら? それでも私は構わない。忍者というのは汚れた者。
正々堂々勝負を挑まなくて暗殺をする、そんな人なのだから」

 どらEMONは水裂をすでに抜いていた。だが、彼は感じていた。何かが終わっていくのを。
自分には対抗する術が無い。何も、できない。

どらEMONのさっきまでの策はメタルがこのような事をするのを考えなかった作戦だった。
どらEMONはメタルには一対一で戦おうとする誇りがあると思っていたからだ。

 

だが、それは違った。メタルは、忍者だったのだ。正真正銘の、忍者だったのだ。だからこそ、どらEMONは敗北を感じた。
 世界が、閉じていく。どらEMONの頭の中が黒く染まっていく。


 永戸! 最後の命令だ! ドラえもん君達を守れ! 絶対にだ!――
 絶対にだ! 絶対にだ!


 金属音が響いた。凍牙は全て、床に落ちていた。
 部屋は、白かった。ギャーギャー騒いでいるのを黒や赤にすると、白だった。何処も灰色になっていない、白。

部屋の中を色で例えるなら、そうだった。沈黙。
 白い部屋に赤い液体が一滴落ちた。もう一滴。
「EMONさぁん!」

 のび太は叫んだ。
 どらEMONは刀を構えたまま、カプセルの前で仁王立ちしていた。
凍牙が体に五本、刺さっていた。その傷口からは血が滴る。真っ白なタイムパトロールの制服が赤に染まる。

「守るんだ、守らなければ、ならないんだ」

 静かに、だが強い口調でどらEMONは言った。
 何が起こったのか、理論的には誰も説明できないであろう。
例え、全てにおいて天才的だったというレオナルドダヴィンチでさえ、二十世紀の大天才アインシュタインでさえ、説明なんてできない。
理論には、人間の気持ちは入らない。どらEMONの使命感、守らなければならないという気持ち。

それが、超人的な動きをさせたとしか説明できない。たったの一瞬でどらEMONは十の影から守るべき対象を守りぬいた。
「凄い……」
 メタルは舞うのをやめて呟いた。

『あまりにも素晴らしいものの前では、人は暴力的な行動はとれない』
魅惑の舞そのものは暴力的な行動ではない。
だが、その目的はあくまで暴力的な行動といえるものだった。

 だから、メタルは動けなかった。どらEMONの一連の動きは、そう言える程、素晴らしかったのだ。
「さあ、メタル。戦おうか」
 どらEMONは静かに刺さっていた凍牙を全て引き抜いた――


 基地の外。そこには、緑の地面の上にキレイな幾何学模様がつくられていた。
そう例えられる程に、軟体防衛軍の兵士達はキッチリと並んでいた。小学生の集会の何百倍も、キレイだった。

それは、彼らの思想とトップの思想が同じだからであろう。それだけで、集団は驚くほど統一される。
 そして、集団の前ではトップであるイカたこ、そしてその配下のミサイル研究所とすずらんが立っていた。
その他に、ナグドラはロボットに乗って彼が率いるロボット隊の戦闘にいたし、実力のあるメンバーは軒並み前に揃っていた。
「もうすぐですね〜」

 すずらんは笑いながらイカたこに話しかけた。イカたこはそれに軽く答える。
 ミサイル研究所は笑みを浮かべていた。
軟体防衛軍の中で、ミサイル研究所はただ一人だけ、違う思想を持っていた。
表面にはそれを見せないが、間違いなくイカたことは全く違った。その思想の夢もかなえられる。

 最大の力が手に入る。ミサイル研究所の笑みはそんな笑みだった。

「そろそろ、話を始めるか」
 イカたこはそう言うと秘密道具で台を作り出し、その上に乗った――

 

其の三

二人だ。重要なのは、そこである。
メタルの『魅惑の舞』の中、二人動ける者がいたのだ。一人はどらEMON。
彼は、メタルと戦い、投げられた凍牙から仲間を守った。
 ここで謎かけである。もう一人は、誰であろうか?

 答えよう。そいつは、アルタだ。

 どらEMONの血が先についた凍牙が地面に落ち、音をたてる。
メタルはムラマサを構えなおし、どらEMONも水裂の切っ先をメタルへと向ける。
どらEMONの白いタイムパトロールの制服は、度重なる戦いの傷で、赤く染まっていた。
 その時、メタルはある事に気づいた。状況を覆す、重要なことだった。それに気づいたのだ。
 カプセルの中、空席が『3つ』あるのだ。今まで、誰かが座っていた筈のところだ。

 一つは、どらEMON。じゃあ、もう二つは誰と誰だ?
 メタルは、考える。だが、答えを出す方法は、誰がいないかを見るしかない。

 そして分かる。いないのは、アルタとのび太だ。

「どらEMON……のび太とアルタは、何処?」
「さあな、俺にも分からないさ!」

 どらEMONは一歩踏み込み、振りかぶった。真上からの水裂はムラマサによって止められた。
 どらEMONにとって、誰かが脱出したのならそれは好都合だ。別にそれを気にする必要は無い。

一方、メタルは気にするしかない。自分の仕事は、「この部屋から一行を出さずに全員殺す」なのだ。
 誰? メタルはムラマサでどらEMONと戦いながら、必死で人を確認した。

金属音と、気持ち悪い鉄の臭いの中、一人一人数えていく。静香、ジャイアン、スネ夫、ドラえもん――
 もしも、これが漫画だったら衝撃とかを表す効果音や、記号がついただろう。メタルは、誰がいないのか分かった。
 そして、次の瞬間メタルは倒れる。メタルの足元には、どらEMONの足があった。足を払われたのだ。
だが、メタルはそんな事気にしていなかった。体は倒れながらどらEMONと闘っていても、頭はフル回転している。

 いないのは、アルタとのび太だ――

「凍牙ァァ!」
 声が響く中、どらEMONの腕に凍牙が刺さった。
さっきからの剣での戦いに慣れていたからか、それは驚く程あっさりと決まる。
 ムラマサ。刀身に刻みつけられたその文字が、どらEMONにやけにハッキリと見えた。

カランカランと、地面に刀が落ちる音がする。その刀は、水裂。そして、血。
 凍牙が腕に刺さってから、メタルがムラマサでどらEMONを斬るまで、その流れは美しかった。
殺し合いの風景なのに、それは洗練された芸術作品のようだった。
「EMONさああああん!」
 あの愛らしいドラ声が部屋に響く。だが、どらEMONは答えられず、床に倒れた。
「この勝負、私の勝ちね」
 息をきらしながら、メタルはそう呟いた。どらEMONは仰向けで倒れていた。
斬られた部分は、腹の部分。横一文字に斬られていた。真っ二つにはならないが、それは深かった。

だが、まだどらEMONは『生きている』
 普段なら、とどめを刺す彼女もそれどころでは無かった。のび太とアルタが何処にいったのか。

それを見つけなければならない――
 メタルは、カプセルの方へと歩き出した。



 少年は、光に包まれた。



 のび太とアルタは走っていた。

のび太の足は普通の人に比べて遅かったが、それでも一所懸命に走っていた。

手にはショックガンが握られていた。アルタが渡した改造ショックガンだった。
 アルタは、カプセルで別空間に行く前に、保険として部屋に別の出入り口をつくっていたのだ。

アルタはメタルの動きから目をつぶるなどして何とか逃れ、その出入り口を空けていたのである。

「こっちだ」
 アルタはそう言うと、廊下を左へ曲がった。



 光には常にあるイメージがある。
それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。闇と共に語られる『希望』など、存在しない。

だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。それが偶然光を発しただけだった。


 のび太は空気がピリピリするのを感じた。そして、のび太は部屋を出る時にアルタに言われたのを思い出す。
アルタが向かっているのは、集会場なのだ。
 そして、ドアが見える。外へと通じるドアだ。
 アルタはドアノブを握り、すぐに開ける。

漫画なら、「覚悟はいいか?」とかそういう言葉が入るであろう場面だが、アルタは何もいわずにすぐに、本当にすぐに開けた。

 そして――

 

其の四

 そこには、イカたこの後姿があった。

 台に乗ったイカたこの前に、大量の軟体防衛軍の者――その中にはすずらん達も含まれている――がいて、
イカたこは今の今まで演説をしていたようだった。台の上に乗ったイカたこは、振り返りあの冷たい目で二人を見た。

そして、ため息をつく。
「メタルがやられた、というのはありえないな。出し抜いたわけか。まあいいだろ、ここには死ぬ為に来たのだろう? え?」

 イカたこはそう言うと、冷静にポケットに手を入れた。四次元ポケットとなっているそのポケットから静かに道具を取り出す。
じおすを、別空間へと送り去った道具。人を、別空間へと移動させる道具だった。
 手を握り締めれば誰も分からないぐらいの秘密道具。イカたこはそれを取り出す以外は体を動かさなかった。
その後は、ただ冷静に二人を見つめるだけであった。あの、冷たい目で。
 ドアが閉まる音がする。軟体防衛軍の者達は驚く程静かで、何も行動をしなかった。
冷や汗をかいているのび太が異常に見える程だった。誰も、喋ってさえいないのに。
 のび太は手元にある改造ショックガンを握り締め、引き金に指を入れた。のび太の体が震える。
恐怖ではない、のび太の頭の中には怒りしかなかった。
 頭の中で再生される…… 助けられなかった犬。あの時、ギュッと抱きしめていれば。

犬を、自分の体温で温めるただそれだけの事をしていれば。

あの時、イカたこが敵だという考えにたどり着いた瞬間、殴っていれば。様々な後悔が頭を過ぎる。
 そして、後悔だけでは無い。頭の中で様々な光景を思い出すと共にのび太の中に新たな感情が生まれる。

じおすの姿を思い出す度に、静香の怯えている姿を思い出す度に、自分達を守る為傷つくどらEMONの姿を見る度に、
その感情は高まっている。それは――

 

 

 憎しみだ。

「オオォオオオオォ!」
 のび太は雄たけびと共に狙いを定め、引き金を引く。その狙いは正確だった。
銃口から発射されるエネルギーは、一直線にイカたこの元へと辿りつく。
 ただのショックガンでも、細い木ぐらいなら簡単に砕けるし、喰らえば痕が残るぐらいのダメージがきて気絶する。
アルタの改造ショックガンは簡単に人を殺せるぐらいの威力はある。
 どんな感情も、怒りや憎しみには敵わない。
戦いにおいては、邪魔になっていたのび太の優しい気持ちも、その瞬間には無かった。
のび太のその気持ちはそれ程熱かった。だが、その気持ちは次の瞬間には冷める。
熱い焼き石を、冷たい北極海に投げ入れたかのように……

「時間の、無駄だな」
 エネルギーは、のび太に当たらなかった。イカたこの秘密道具で、別空間へと一瞬の後に消え去った。
イカたこは呆れた目でのび太を見下す。
 のび太の熱い気持ちは一瞬で冷め、静かな絶望へと変わる。

「他にする事は無いか? ここまで来たら時間を守る道理も無いからな。私にとって急ぐべき用事は無い」
 イカたこはそう言うと、『どす黒い』笑顔を浮かべて二人を見た。見下す目。

まるで、アメリカ人が黒人を見下すかのように、大富豪がホームレスを見下すかのような、
その目で『どす黒い』笑顔を浮かべていた。

「……言いたい事を言ってもいいのか?」
 アルタがボソリと言う。のび太は一歩退いて、アルタの顔を見た。最初は、のび太が知っているアルタの顔だった。
だが、途中で気づく。アルタの顔が、どんどん歪んでいることに。のび太は、喋っているアルタの顔を見て震えた。

「もちろんだ。言いたまえ」
 イカたこはあくまで冷静な口調で言う。
「バァァァァァァァァカ」
 アルタは舌を出し、大声を出した。
 その笑顔は、『どす黒かった』その笑顔は、アルタ自身の笑顔だった。そう、アルタがもう一人の自分の顔だと思っていた笑顔。
 本当の二重人格だったら、『分身ハンマー』で片方が死んだらその人格は消える。だが、違う。二重人格などでは無かったのだ。

  アルタの過去には、トラウマなんて無い。二重人格というのは、大体が少年時代のトラウマ等によって人格が割れて生まれる。
だが、アルタにはそんなきっかけは無かった。二重人格になる理由なんて無い。今までのアルタのは、全て『演技』だったのだ。
例えるなら、中学生が漫画とかで影響されて、突然変な事を喋りだすのと同じ。自分に勇気を持たせる為、一人で喋る。
二重人格なんかでは、無かった。

「そもそもだ、武力なんかで平和になるとでも思ってるの? ハ! 笑っちまうね。
徳川時代は武力でつくられたが、その時代の間も平和じゃなかったろうが。そもそも平和なんかつくらやしねえんだよ。
人類が絶望しない限りはな。何度でも言ってやるぜ、ヘニョヘニョ野郎。バァァァァァカ」

 アルタの口は驚く程、早く動いた。アルタが心底思っていることを言ったからであろう。
そして、まだ彼は『どす黒い』笑顔をしていた。

 何で、こんな奴に恐怖を感じていたんだろう―― のび太は、アルタの言葉に対してそう思った。
そうだ、武力でなんちゃらなんて馬鹿だ。
勉強とか論理面では頭が良いけど、間違ったことを言っているやつが強いわけない!

 めちゃくちゃな論理かもしれないが、のび太はそう言い聞かすことでさっきの絶望を吹き飛ばした。

そして、走り出した。
 のび太はジャンプした。上からの方が、頭を狙いやすいと考えたからだ。だが、結果的にはそれは裏目に出る。
神様が作り出した、世界の掟によって。

『空中では、人は移動できない』

 地面は土だ。誰もいないところに不自然な砂埃がたち、足跡も残る。イ
カたこは横目でそれを見て、不自然に思うが、それを無視して動き出す。空中で動けない、のび太の懐へと。

一歩一歩、進めていく。そして――

 少年は、光に包まれた。
 光には常にあるイメージがある。それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。

闇と共に語られる『希望』など、存在しない。だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。
それが偶然光を発しただけだった。
 一人の男。名前は、イカたこ。彼が持っている機械。手で握れば周りからは逆立ちしたって見えないような大きさの機械。
そして、その機械は光に包まれた少年に当っていた。

 少年は当てられるその瞬間までジャンプをしていたのだろうか。イカたこに飛びかかったのだろうか。
空中に浮かんだまま、光に包まれていた。そして、段々と消えていく体。
  少年の体は足の先から消え去っていった。その間、少年はただ自分の体を見ているだけであった。
まるで、局部麻酔をされて、その部分にメスが入っていくのをただボーッと見ている患者のように。

いや、少年は今の例え通り麻酔をかけられたかの様に痛みを感じていなかった。
 イカたこの顔に笑みが浮かぶ。常に冷静だったイカたことは違う、狂ったかの様な笑み。
そう、『どす黒い』笑いだった。だが、その笑いは会心の笑みとは言えなかった。

 

少なくとも、「やったぜ!」という笑みでは無かった。
 そして、少年の体は消え去る。いや、例えるなら空間に溶けたというべきであろう。少年の名は、野比のび太といった――

 

其の五

 イカたこは舌打ちをした。普通なら、ここで満面の笑みを浮かべ「ざまあみろ!」とでも言ってケタケタ笑い出すだろう。
だが、イカたこは気づいていた。笑えるような状況では無いことに。

 イカたこは自分の手の上の秘密道具を見た。それには、ダイアルがついていた。
ガチャガチャ回すやつだ。そして、そのダイアルは『LOOP』と書かれたところに合っていた。

「ループモード……のび太は結局ここに戻ってくるというわけか。やるじゃあないか、剛田」

 そう言うとイカたこは振り返った。そこには、足跡があった。そこには、誰もいない筈なのに。
イカたこは土を思いっきりそっちへと蹴った。するとだ、土がそこに人がいるかのように跳ね返ったり、
そこの空間に土がついたりしているのだ。どういう事か、『そこに人がいるのだ』
 下に布が落ちるような僅かな音とともに、青年は現れた。着ていた『透明マント』を脱ぎ捨てたのだ。

何処にマントが落ちたのかはよく分からない。いや、知る必要性すら無いだろう。
 青年は、軟体防衛軍の服を着ていた。髪は丸刈りで、体は細いが、何処となくジャイアンに似ていた。

「確か剛田武はお前の祖先だったな。
まあ、祖先を殺したらお前が消滅するから剛田武の命だけは救うのは許したが、今の行動は許してない。
まさか、この道具のダイアルを回すとはな」

 イカたこの秘密道具がループモードになっていたのは彼、剛田がダイアルを動かしたからであった。
立つ筈の無い砂埃と足跡は、『透明マント』を被った剛田がやったものだったのだ。

「イカたこさん、あんたに反逆させてもらおう!」

 剛田はそう言うと、ポケットの中から『熱線銃』を取り出し、銃口をイカたこに向けた。
 剛田は、ジャイアンの子孫である。フルネームは剛田清。セワシ達の世代より、一世代後の人間である。

「反逆の理由は何だ? お前の祖先の命は保証してある。分からないな。
考えるのは彼らに感化されたとか、それぐらいだが……」

「感化? 違うさ」
 剛田はそう言うと、笑みを浮かべた。そして、引き金を引いた。
 『熱線銃』の銃口からレーザーが発射される。大抵のものはチリになってしまう、恐怖のレーザーだ。
だが、そのレーザーはイカたこには届かなかった。のび太のショックガンと同じだった。
別空間へと、レーザーが移動したのだ。

まるで、ドンキホーテ、まるでブラックホールへ銃弾を撃ち込む男、
剛田がイカたこに勝つ可能性はゼロパーセントに限りなく近かった。

「時間の無駄だな。最後に言い残すことは無いか?」
「俺はね、最初、別空間で剛田武に言ったさ。お前の命だけは助けてやるとね。
あいつはそこで迷って、俺は後から連絡すると言った。そして、連絡をしたさ。どうしたと思います? イカたこさん」

「断ったんじゃあないか?」
 イカたこはあくまで冷静だった。そして、一歩一歩剛田に近づいていく。手にはあの道具が握られている。そして、その眼は冷たい。
「そうさ、まあ話が長くなるからここで省きますがね。その時に言われた言葉をあなたに送りたいと思いますよ、イカたこさん」
 イカたこはダイアルを確認した。ダイアルはちゃんと別空間から戻ってられないモードになっている。
イカたこは剛田を射程距離に入れた。

「さようなら……いや、ここはイタリア。日本語じゃあ洒落てないな。アリーヴェデルチ、といこう」
 イカたこはそう言うと、また『どす黒い』笑みを浮かべた。

そして、秘密道具を剛田の体へ――
 光に包まれて、剛田は消えていく。じおすや、のび太の時と同じように、消えていく。
そして、じおすと同じように『永遠に戻ってこれない』
 だが、剛田は笑っていた。
 消える時に笑う。自分は戻ってこれない、秘密道具も壊れる。

それを剛田は知っていたのに。笑ったのだ。それは、自分がやる事をやったという満足感でもあったし、もう一つ理由もあった。

「世界を力で救う? ふざけるんじゃあねえ!」
 剛田は叫んだ。叫んだ。叫んだ。
 腹の底から笑いながら、叫んだ。自分の祖先に言われたその言葉、それを叫びながら、叫んだ。

 剛田はイカたこを見て、滑稽だと感じた。アルタの言っていた事と同じだった。
ただのバカじゃないか、何が世界を救うだ。ふざけるな。そんなイカたこに従っていた自分自身も滑稽だと感じていた。

そして、まだまだ笑う。笑い声はその辺りに響いた。消えた後も、耳に響いてくるようだった。

「……。アルタ、私の隙を狙おうということか?」

「ああ、そのつもりだったさ。だがやっぱ気づいていたのかァ? まあ、どうでもいいか。戦おうじゃないか」

 アルタは、イカたこの後ろにいた。手には『爪』が装備してあった。そして、『どす黒い』笑い。

 二人の『どす黒い』笑顔の二人が今、対峙した――

 

其の六

 自分は、何がしたいんだろうか―― アルタは考える。自分は、軟体防衛軍を裏切った。

わざわざ、二重人格という逃げ道を作り出して。演技なのに、それによって心は楽になったのだ。
この逃げ道を作らなければ、自分は裏切れなかったとアルタは思う。

その後、色々な策を考えのび太と共にここまでやってきた。のび太と剛田が消えた今、アルタは考えるのだ。
自分は、何をやりたいのだろうか、と。

  アルタは思う。自分は地球を守るとか、平和とか、なったらいいなとは思うが、そこまでではない。
じゃあ、何で裏切ったのかイカたこのやり方が気に入らないというそれだけの感情だ。
裏切って、何がやりたいのかは特に考えてなかった。いや、違う。アルタは思う。考えていないわけでは無い。

何か自分でもよく分からないものを無意識か何かの内で考えていたから、行動ができたのだ。何故なのか。
アルタは考える。そして、アルタは思う。分かったぞ。

 気に入らない奴、イカたこをぶっ殺す――
「さあ行くぜェェェ! お前をぶっ殺して、うじ虫をたからしてやるよ!


 ネガティブ、後ろ向きなアルタは無かった。イカたこを殺すという目的で動く、『どす黒い』笑顔のアルタしかいない。

 血。血。血。辺りには鉄の臭いが漂い、腐りかけた肉の臭いと混ざって異常な臭いをかもしだしている。

「私を殺す? それは驕りというものだ。この場合は、撤退を選ぶのが正しい行動だと思わないか?」
 イカたこはそう言うと、体勢を低くした。今までは、遠距離攻撃の武器を持っている者か、無抵抗の者だけだった。

だが、『爪』を使うアルタに対しては、素早く動かないとやられてしまう。だから、素早く動ける低い体勢にしたのだ。
 アルタの動きは速かった。縮まる距離。振られる『爪』。素早く右へ避けるイカたこ。

だが、そこにはもう片方の『爪』飛び散る血……

 そして、その『肉塊』から出された『生物』だった頃の排出物の臭いがさらに部屋をにおわせていた。

部屋の中に何も知らぬ人が入って来たのなら、揺れる満員バスの中よりも、
グルグルと回転する部屋で壁を眺めるよりも、もっと凄い吐き気を覚えたであろう。

 イカたこの左腕の肉はえぐりとられ、イカたこはバランスを崩す。
それを待っていたとばかりに、アルタは最初に避けられた方の『爪』を心臓へ向ける。
その時のアルタの眼は獣が獲物をとらえる時に似ていた。いや、似ているでは無い。その通りだった。

 だが、イカたこは『どす黒い』笑いをしていた。
その笑いは、諦めとかやった事に満足だからとか、滑稽だからとかいう理由ではない。そんな理由では無いのだ。
 アルタの『爪』の威力は凄まじい。鉄よりも硬い、二十二世紀の化学物質を使っている。
それは、やろうと思えば鉄をみじん切りにできるし、台所で使ったら下にある物まで切ってしまうぐらいの物質だ。

人間の体など、楽に貫通できる。
 アルタは、臭ってくる血の臭いを楽しみながら、手を動かした。

 『肉塊』は四つ、転がっていた。どれもが、『生物』であり、権力を持っていた『人間』であった。
だが、もう喋ることは無い。その『肉塊』の周りにはウジャウジャとウジ虫がわいており、段々と死体は分解されて――

 アルタの体が、光に包まれた。アルタの脳内で再生された何時かの夢は、途中でプツンと途切れる。
そして、足の先から消えていく。イカたこは、『どす黒い』笑顔のまま、喋り始めた。

「打撃攻撃や、ナイフとかでの攻撃には弱点がある。
 近距離でしか駄目なのと、攻撃の瞬間、体を固定しなければいけないことだ。

 お前の攻撃も、もちろん固定しなければ強力な一撃はできない。分かるか? 
私は一瞬でもこの道具を当てればいいのだからな」

 イカたこはそう言うと、アルタを見下しながら右手に握られている秘密道具を指差した。
アルタは、もう『どす黒い』顔では無く、ただ虚ろな目でイカたこを見つめていた。すでに下半身は全て消え去っている。

 終わりか―― イカたこも、誰も殺せぬまま終わり。自分がやれた事といったら、ドラえもん達を連れてきただけ。

ああ、何の為に裏切ったのだろうか。アルタは思う。自分は、何なのであろうか。
 さっき確認した。自分がやりたい事はイカたこを殺すことだと。だが、だが、それが出来なかった。

さっきまでの、強気なアルタはそこにはいなかった。ただ、悲観的なアルタがいるだけであった。

「涙か……」

 イカたこの言葉で、アルタはハッとした。自分が、涙を流していることに気づいたのだ。すでに、胸まで別空間まで行っていた。
 何だよ、情けない。情けない。情けない。情けない。アルタは思う。情けない。情けない。情けない。情けない。


「何を今さら泣いているんだよ、『俺』?」

 アルタは、そう呟いた。涙が止まる。
 『もう一人の俺』をアルタは作り出した。演技をし始める。だが、最後に目にものを見せてやろう。

そう思えるようになった。イカたこに、何かをしてやろうじゃないか。首のあたりまで、消えかかっていた。

 そして――

「バァァァァァァカ」

 『どす黒い』笑顔が、輝きの光を染め、光と共にその黒さは消え去った……

 

其の七

 集団を、統率する為のステップとして第一に必要なのはなんであろうか。
それは、話を聞かせることである。話を聞かせなければ、集団はリーダーを尊敬もしない。

小学校の頃、ギャーギャーうるさい中での校長先生の話をまともに聞けたであろうか。聞けるわけがない。

 だが、静かな中で校長先生の話を聞いたら違う。逆の例えとして、感動すると話題な演説会を行っている者が
ギャーギャー騒いでいる中で演説をしても、校長先生の話のようにまともに聞かないだろう。まともに聞かせる、それが大事なのだ。

 今、イカたこの話をまともに聞ける者はいなかった。軟体防衛軍は統率がとれていない。
ミサイル研究所が怒鳴り散らして、怯えて少し静かになるだけであった。

 イカたこは冷静に考えた。冷たい目で集団を見回し、何をすべきなのか考えた。
どうするべきなのか、今はどんな行動をとるべきなのか。何パターンか考えて結論を出した。台の上に乗り、マイクのスイッチを入れる。

「予定を変更しよう。皆が落ち着くまで時間をとる。そうだな、三時間ぐらいでいいだろう。
今から各自の部屋へ戻るように。いつも通り、一番隊から部屋に戻ってくれ。以上」

 イカたこはそう言うとマイクのスイッチを切った。
 最初、軟体防衛軍の兵士はざわめいたが、イカたこの指示通り、建物の中へと戻っていった。
イカたこは、このようにそれぞれが動揺している中では何かのトラブルが起きてしまうだろうと判断したのだ。

 全員が部屋に戻っていくと、イカたこは残っている者を確認した。

ナグドラ、ミサイル研究所、すずらんと、幹部メンバーの三人だった。
「いいか、今から命令を出す。兵士達の意思は大分揺らいでる。
 だからこそ、これ以上揺らがないようにしなければならない。どうするべきか分かるか?」

「え〜? 何ですか〜?」
 すずらんがいつも通りの声でそう言う。冗談では無いんだろう、とイカたこは呆れながら思う。

「つまり、ドラえもんの奴らをぶっ潰せばいいと?」

「ミサイル研究所、その通りさ」

 ミサイル研究所は嬉しかった。そして、残っている人数が何人かをすぐさま計算した。
アルタ、のび太を抜いて五人、メタルが何人か殺していると考えても二人以上は残るだろうと考えた。

それだけの人数を殺せる。ミサイル研究所はそう思うと『どす黒い』笑顔を見せた。
いや、イカたこやアルタの『どす黒い』笑顔よりもさらに黒かったかもしれない。

心の中で自分が正しいと思う信念さえも感じられない、本当に黒い。どこまでも、どこまでも黒い笑顔だった。

「すずらん、ミサイル研究所は先に行ってくれ。今、ターゲットは空間移動室、もしくはその周りにいる筈だ」

「了解で〜す」
 すずらんは四次元ポケットから『熱戦銃』を取り出すと、スキップしながら基地の方へ向かった。
そして、ミサイル研究所はゆっくりと、黒く黒く笑いながら基地へと歩き出す。

 イカたこは、ナグドラに話しかける。
「ナグドラ、お前は部隊で行動してくれ。ロボットが入れる広い道は何処にあるかは知っているよな。

なるべく、空間移動室の近くに行けるようにしてくれ」

「了解しました」

 ナグドラはそう言うと、ポケットの中から無線を取り出し、自分の部隊へと連絡をとった。

「それでは行きます。ジャスや健一の仇を討つために」
 ナグドラは、ゼクロスの仇を討つ為とは言わなかった。その事に気づくとイカたこは複雑な表情を見せ、最後に小さく笑った。


 絶望が、襲ってきていた。

 メタルは魅惑の舞のステップを踏む。ドラえもん達は動けない。
脱出する為のアルタの作った出入り口もメタルによって塞がれ、外へ出る事はできなくなっていた。

そして、どらEMONの腹からドクドクと流れていく血。深い、深い傷。

 絶望が、襲ってきていた。
 どらEMONの息は荒くなっていた。メタルの目を盗んで止血をしようとしたが、それも出来なかった。
血は、メタルに斬られた時から流れっぱなしだ。

 メタルは今さっき、イカたこから連絡を受けていた。のび太とアルタの情報だ。

それを聞くと、メタルは安心し、冷静に動くようになった。
 スネ夫と静香は絶望して泣いていた。ジャイアンは必死に体を動かそうとするが、少ししか動いていない。

ドラえもんは汗をだらだら流しながら、どうすればいいかどうすればいいかと思ってパニックになっていた。

「最後に、言う事は無いかしら」
 メタルは静かにそう言った。どらEMONはそれを聞くとフッと笑う。

「やはりな。メタル。お前は甘いよ、甘い」
 どらEMONは顎を上にあげ、舌を出した。その行動の最中、何故か息が荒れてなかった。

そして、その目は自信に満ち溢れていた。
 コツンという、音とともにどらEMONの腹の下から一つの秘密道具が現れた。『お医者さんカバン』だ。

 どらEMONは「しまった」という顔をし、それを隠そうと腕を伸ばす。だが、メタルの目にははっきりと入っていた。
「まさか……」
 メタルの頭の中に、疑惑が生まれる。
もしかしたら、もしかしたら、既にどらEMONはこの『お医者さんカバン』を使って傷を治しているんじゃあないか。そんな、疑惑だ。

 もちろん、大怪我を負って、更に魅惑の舞で動きを封じられているどらEMONにそんな事はできるわけがない。
そう、どらEMONは別空間の時と同じ。ハッタリ勝負に出たのだ――

 

其の八

 メタルは考えた。メタルの脳裏に浮かんだのは別空間での戦いの時だ。
この煙は危険だと判断して、どらEMONに攻撃された時のことだ。あの時のことをメタルは後悔していた。

あの時、退かなければ……
 どらEMONは考えた。メタルはどうするだろうかと。ハッタリじゃないかと考えてはいるだろう。
だが、その先どういう行動をするか。踏み込んで攻撃してくるか、それとも別の行動をとるか。どらEMONは考える。
 この状況を写真で撮って、その写真を人に見せてもその人は何も感じないだろう。だが、この場にいる者は感じていた。
漫画とかで表わされるような陳腐なものではない、それ以上の何か、『オーラ』とでも言うべきだろうか。

メタルは既に舞ってはいない。だが、その『オーラ』でドラえもん達は動けないのだ。

 メタルは『お医者さんカバン』を確認する。カバンはどらEMONの腹の下にあった。
カバンの角がどらEMONから出ているのが見えたのだ。

 メタルは考える。腹の下にある、という事は今カバンは使われていないという事だ。
カバンを使うにはカバンを開けなければならない。どらEMONの腹の下にカバンがある、という事は開けられない、という事だ。

「決着を、つけましょう!」
 一歩、踏み込んだ。両手でムラマサを握り、力を込める。
 こいつは、傷を治してなんかいない、ハッタリだ! メタルはそう確信した。
だからこそ今、メタルはどらEMONを殺す決意をしたのだ。ムラマサを振りかぶり、斬る。まるで、スイカ割りのように、思いっきり。
 
 だが、一秒後場に響いたのは、メタルが望んだ音ではなかった。

望んでなんかいない、金属音。ムラマサがぶつかったのは、水裂。どらEMONの頭ではない。刀。

 どらEMONは静かにムラマサをずらし、完全にムラマサを交わした。メタルは目を動かす。どらEMONの腹へと――

「……何でっ何故!」
 どらEMONの傷は、完全に治っていた。
メタルの視線は、どらEMONの腹から足元にある筈の『お医者さんカバン』へと移る。そして、メタルの目は丸くなる。舌打ち。

「『どんぶら粉』を使わせてもらったよ。お前が考えている間にカバンの蓋を開けて治すことはできないが、
粉をかけるくらいはできる」

 そう、『お医者さんカバン』は地面に半ば沈んでいた。ひっくり返った状態で。
どらEMONの手にも粉がついているので、メタルに気づかれず水面下、いや地面下で傷を治すことができる。

 「思えば、長かったな。メタル。別空間の時も決着はつかなかった。今、終わらせよう」
 どらEMONは水裂を握るその手に力を込める。

「……ええ、そうね。今こそ、任務を果たすわ」
 メタルは動揺を抑え、ムラマサの切っ先をどらEMONへ向ける。
 空気が重くなっていく。どらEMONもメタルも、既に考えるのをやめた。
策を弄して、確実に勝とうとかは考えていなかった。ただ、剣道のように戦う。それで決着をつける。それしか考えていなかった。

 酸素を深く吸い、二酸化炭素を深く吐く。目は相手へ向けている。滑らないようにもう一度手に力を込める。

そして一歩、前へ踏み出す。

「決着だ」
「決着ね」

 二人の声は重なり合い、その声が合図だったように二人は走り出した。金属音。刹那、血しぶき。
 ドラえもん達は呼吸さえしなかった。ただ、目を見開いてその光景を見ているだけであった。そう、見ているだけ。

「決着だ」
「決着ね」

 もう一度、何かを確かめるように二人の声は重なった。そして、片方の影が倒れる。

「メタル、俺の勝利だ」
 水裂から血が滴る。メタルの胸は横一文字に斬られていた。そこから血が噴き出ていく。

 メタルの顔は、和やかだった。少なくとも、四十歳ぐらいで家族を残して死んでいく男よりは和やかな顔だっただろう。
メタルはすでに、生きたいとは思っていなかった。

「ええ、そうね……」
 しばらくの沈黙。メタルの命は後数分だろう。どらEMONの胸のタイムパトロールのエンブレムが照明に反射する。
そして何分かが経過する。その間、誰も喋らなかった。

「ふふ、こんな誇り高き死を迎えられるなんて。くのいちとして死ねるなんて。感謝するわ、どらEMON」
 沈黙を打ち破るかのように、メタルは話し出した。

「どらEMON、あなたを見ているわ。あの世から、天国から、地獄から、何処でも。
 あなたがどうなるのか、どのような死を迎えるのか、これが、私の任務、使命……」

風魔小次郎の末裔メタル、彼女は自分の家系、そして自分自身の誇りを抱いてこの世から旅立った――

 

其の九

 イカたこは静かに本を読んでいた。場所は自分の部屋。

読んでいる本は「注文の多い料理店」データでは無く、わざわざ過去から取り寄せた本のものだ。

イカたこは、機械的な画面に映し出される文章よりも、こういう紙に印刷された物語を読むのが好きだった。
 何度も何度も読み返した本だった。子供の頃から、何度もイカたこは読んでいた。

 騙されていく紳士達の面白さ、そして食べられそうになるシーンの時の恐怖。
イカたこにとっては二百年も前の物語なのに、イカたこはこの本が大好きだった。古典としてではなく、物語として。

 イカたこはふと、ドラえもん達のことを思い出す。

アルタとのび太――といってものび太はいずれ帰ってくるが――は始末したものの、彼らは今、基地の中にいる。
メタルがやられていることをイカたこは知らないが、なんとなくやられてしまったのではないかと考えていた。

ドラえもん達は今、基地の中にいるのだ。

「ようこそ、注文の多い料理店へ……」
 イカたこは静かにつぶやくと、この物語と今の状況は違うなと思いクスリと笑った。


 五分の休憩の後、どらEMONは立ち上がった。
部屋に残っているのは静香とスネ夫。ジャイアンとドラえもんは既に部屋の外へ出ている。
これは二つに分かれて動こうというどらEMONの提案からだった。

「EMONさん、大丈夫……?」

 静香が心配しながら言う。静香とスネ夫の手には改造ショックガンが握られている。
どらEMONが渡したものだ。スネ夫はドアの方にいて見張りをしている。

「ああ、大丈夫さ。そろそろ動こう……!」
 どらEMONの動きが止まる。何故か、スネ夫が後退したからだ。スネ夫は二人の方を向き、震えた声で言う。

「来た、人が!」

 その刹那。人影。男。
 どらEMONは水裂を握りしめ、静香を後ろへ回させる。そして、確認。敵は誰で、どんな奴なのか。
だが、どらEMONが確認する前。赤い液体が部屋を舞った。


「うっ……!」
 血。血。血。血。スネ夫の腹。噴き出る。噴き出る。噴き出る。血。血。血――

 スネ夫が発したのは「うわああああ」でもなく、「うおおおお」でも無かった。

「うっ」と一音出しただけで終わり、そして倒れた。激痛。激痛。激痛。激痛。
 スネ夫の腹を、何かが貫いたのだ。何か、それは裏山での戦いでタイムパトロールのタイムマシンを襲ったものと同じ。
ロケット。圧力で発射される、ロケット。

「ククク…… 血の臭いってさぁあ、良い臭いだと思わないか? 吐き気がこみあげてくるような鉄の臭い」
 どらEMONはそいつが姿を見せると同時に飛びかかった。刀を抜き、叫んだ。刀を大きく振り上げ、そいつを斬ろうとする。だが、血。

「てめえ……は!」
 どらEMONは後ろへ吹っ飛びながら言う。どらEMONの横っ腹から流れる血。それも、ロケットによるものだった。

 スネ夫、どらEMONを襲ったそいつは手にのっているロケットでカチャカチャ音をたてる。見下す目で三人を見る。

そして、口を開く。まるで、口裂け女の様な口だった。

「俺様はミサイル研究所。喜べ。お前ら犬神家のような猟奇的な死体になれるぜ。池が無いのが残念だなあ〜。
どらEMON、お前さあ、あれ持ってるか? 『お座敷釣り堀』」

 何を喜べと言ってるの? 静香はそう思った。改造ショックガンを握りしめる力が強くなる。
怒り、心配、恐怖、様々な感情が静香の中を駆け巡る。

「さあて、どうしようかなぁ」

 ミサイル研究所は楽しそうにそう言うと、ドアを静かに閉めた……

 

この話は続きます。

 


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